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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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九章



 第九章 犠牲者の叫び





 壁が埃とともに粉々に砕け散った。街道の人々は爆発時に地面に伏せ、突拍子もなく訪れた出来事に呆然としていた。程なくして、舞った埃がおさまり、半壊した棟の二階からまず見えたのは、フードを被った黒いローブを着た男だった。

黒いローブの男は、あの爆発で追い詰め、煤汚れて弱りきった、紫色のワンピースを着た女の奇術師の首を掴んでいた。奇術師は宙に浮いた足を動かし、圧迫する手に爪をたてて、微かな声で「助けて」と必死に叫んでいた。――その瞬間、人とは思えない悲鳴がこだました。

 人々は声を失った。見たくはないものを見てしまった。残酷なものが人の温もりを、容赦もなく奪ったのだ。生命力を失った腕が、ぶらりとおちた。

 人々は後退し、喘いだ。地下に通じる蓋を手放し、そして、少しでもその場から遠くへ逃げようと、人々は一斉に逃げはじめた。この脅威を前にして、他のことは考えられなかった、見開いた目がだらりと動き、逃げる人々の方をむいていた。

 タニラは屍と化した女の身体を、床に落とした。どさりと、死体が別の死体の上に重なった。それも、一体や二体などではなかった。避難命令後、病棟から出られなかった八人全員が、二階の廊下で息絶えていた。おぞましい光景だった。

 死体を顧みることもなく、タニラは屍を踏みつけながら、胸にある奇術式を腹でも撫でるように、幾度となく撫でまわした。


 爆発の後、芝生の上に伏せたルーネベリとブリオは、目眩に襲われていた。

「今の爆発は……」

「右隣の棟で起こったようです」

「そうか、隣か」

 芝生に手を置き、不調でも訴えるように顔を顰めたブリオに、ルーネベリは「大丈夫か?」と言った。

「はい、なんとか。でも、とても驚きました」

「俺も驚いた。驚いて、ジェタノ・ビニエを追いかけ損ねた。どうなっているんだ?」

「ぼくたちも避難したほうがいいかもしれません。翼人が現れたのかもしれません。だから、ビニエさんが……」

「いや、そのこととは関係ないだろう。明らかに、その文字を見て、動揺していたからな」

 ルーネベリはブリオの持ってきた端の焦げた紙切れに目を向けて、黙った。

インスラットという奇語と、千年前に生きた軍人バレンシスの日記に記された『楽園の使者』という言葉。食人植物であるキイベラの種をジェタノ・ビニエに渡した男。そのすべてに関係があるのことなのだろうか。ビニエが動揺した理由は何だ。ビニエを逃がした後では、まるで知る術もなく。振り出しに戻ってしまった。

 ルーネベリは「とりあず、隣がどうなったのか見てみるか」と言った。階段の方まで走り、爆発音が聞こえてきた隣の病棟の方を見てみると、棟の二階が半壊していた。

「これは……、何があったんだ?」

「あっ。ルーネベリさん、下を見てください!」

 ブリオが叫んだ。

「下?」

「皆さん、地下じゃなくて東南エリアに向かって走っています」

「東南だって」

 ルーネベリが見下ろすと、確かに街道にいた人々が、地下におりる通路、蓋のあった場所から、どんどん遠ざかっていた。

「避難命令が出たんじゃないのか。もう撤回されたのか?」

ブリオは首を振った。

「撤回されていたら、ぼくたちにもズゥーユ様の声が聞こえていたはずです。撤回じゃないと思います」

「それじゃあ、爆発と関係あることなのか」

 身を乗りだして、ルーネベリは街道を挟み、結構な距離のある隣の棟内を見ようとしたが、人影も、なにも見えなかった。助けを求めている様子も、救助している様子もない。なにより、病棟は寂しいほど、静かだった。

 爆発があった後、人々が逃げていく中、それが特別、不自然なことだとは思わなかったが。ルーネベリも、ブリオも、その病棟の中で殺人が起こったことなど知る由もなかったのだ。きっと、住人たちは避難命令がでた時にすでに病棟を後にしていて、無事だったのだろうという安易な結論にいたった。

「誰か、火をつけたまま外出したのかもしれませんね」

「あぁ。爆発があって、街道にいた人たちも驚いたんだろうな」

 ブリオは顔をにこやかにさせた。

「大変なことにならなくて、よかったです」

「そうだな」ルーネベリは頷いて、緊張をほぐしてやろうと、ブリオの肩に手を置いた。

「そういえば、伝言役ばかり任せて悪かった」

「そんな!ぼくはまだ下っ端ですから。こんなことはしょっちゅうです。それに、賢者様とそう何度もお会いできることなんて、普通ではありえないことですから……嬉しいです」

「確かに、先生は素晴しい方だ。なんてったって、三大賢者の一人だからな」

そう言って笑ったルーネベリは、軽く隣の棟を見たつもりだった。だが、隣の棟を見て、すぐに顔が強張った。半壊した二階の廊下に立っていた誰かが、気味悪いほどこちらを見ていた。ルーネベリたちの存在に気づき、引き戻してきたのだ。

 そうと知らないルーネベリの目には、その人物が突然、どこからともなく現れたように見えていた。魔術師のような服装をした人物。目が釘付けになっていた。

 黒いフードを被る人物を見れば見るほど、ぼんやりと記憶の中のシルエットが浮かびだし、次第に十四世界の瞳心の神殿で見た人物と重なった。何かを繰り返し呟いた人物――一年前、あの人物が誰だったのかは、最後まで確認しなかった。いや、あの出来事の後は、アルト家の人間とも、十四世界の人々とも一切会っておらず、確認できなかったのだ。おまけに、仕事が忙しく、すっかり、記憶から飛んでいた。

 向こうが動きを見せた。こちらを見たまま、ローブを着た人物がフードの中に手を突っ込むと、頭上に時術式の片割れが現れた。心臓が飛躍した。こっちに来るつもりかもしれない。まずい気がした。

 ルーネベリは肩に置いた手をすべらせ、腕を掴んで階段へと引っ張った。

「ブリオ、逃げるぞ!」

 説明するよりも早くに、ブリオの腕を掴んだまま、身体は階段を駆け下りていた。

「ル、ルーネベリさん。いきなり、どうしたんですか」

 引き摺られながら階段を下るブリオは、ルーネベリの赤い後頭部を見て言ったが、ルーネベリは答えず、一度、後ろを振り返って、さらに慌てだした。

 時術式で西南区四十五棟の二階に降り立ったタニラ・シュベルは、

階段をくだり、走り逃げる二人の男たちの姿を見つけた。さほど距離は遠ざかっていない。衝動に駆られ、同じように階段をくだり、二人を追いかけた。

 ルーネベリは一階に降りると、すぐに時術式目がけて走った。引っ張るブリオが錘のように速度を落としたが、それを注意している暇もなかった。後ろで爆発音が聞こえた。さっきまで、ブリオが走っていた場所だった。階段の壁が砕かれ、ブリオは後ろを振り返った。黒いローブの布が、階段から少し見えていた。

「誰かついてきている」と、ブリオが言葉を発した途端、ルーネベリとブリオは一階にある時術式に到着し、光る術式に乗って、第三世界へと空間移動した。数秒後、光が消えはじめた時術式に辿り着いたタニラは、時術式の前に立ち尽くしていた。


 第三世界の空間移動室に着いてもまだ、ルーネベリはブリオを連れて東に走り、適当な時術式の上に乗った。身体が光とともに、また治癒の世界に戻ってきた。

 もう走れないといわんばかりに、床に転がったブリオ。ルーネベリは荒い息のまま、周囲をみて警戒していた。

「追ってきていないな……」

 ブリオは落ち着かない呼吸の合間に、唾を飲み込んだ。

「ぼくたち、襲われたのですか?」

 ルーネベリは額にどっとでた冷や汗を拭った。






 北東エリアでは、詰めかけた人々が、蓋をあけた穴から梯子を使って順番に地下に避難できるよう、メリア・キアーズが街道で誘導していた。そこに、メリアの名を呼び叫ぶ、若い女性の治癒者ケフィタ・シャイヨが走ってきた。

「キアーズ長」

 メリアは手を貸していた老人を近くにいた治癒者に預けて、駆け寄った。「どうしたの、ケフィタ。西南エリアで奇術師の手伝いはどうしたの?」

「キアーズ長、大変です」

 ケフィタは、メリアにだけ聞こえるように耳元で、目撃した恐ろしい出来事の一端を話した。メリアはケフィタの話を聞いて、口元を両手で塞いだ。

「それは本当なの?」

「はい。目の前で……」

 目に涙をためたケフィタの若くほっそりとした身体を抱きしめ、メリアは頭を撫でた。

「あぁ、怖い思いをしたわね。避難命令がでたばかりなのに、もう、そんな事になるなんて……」

「キアーズ長、どうしたらいいんですか。私たちも殺されるんですか。死んでしまうんですか?」

「いいえ。簡単には、そうはさせないわ。意地でもね。あなたは、ここに残って皆を誘導してちょうだい。私はズゥーユ様に会いにいってきます」

 メリアは抱擁を解き、泣いているケフィタの肩に両手を置いた。

「辛いかもしれないけれど、気をしっかり持ちなさい。私たちはこの世界の人々の命を預かっている身よ。治癒者なのよ。相手がどんな人間だろうとも、私たちはけして屈せずに、この世界にいる人々を守りぬくの。わかったわね?」

「……はい、キアーズ長」

 涙を拭いて頷いたケフィタに、メリアは笑って頷き返した。そして、その場をケフィタに託して、メリアはすぐ近くにあるシュミレットの病室に急いだ。



「整理しよう」と、壁から外した地図をベッドに置き、シュミレットが言った。

 ズゥーユは奇術式でシュミレットの腕の治療をつづけていた。


               挿絵(By みてみん) 


「僕らが今いるところは、北東。副管理者ワール宅とギルビィ・ベーグの病室は北西エリアにある。そして、西南エリアにジェタノ・ビニエの部屋があって、東南エリアには君の家があるのだね」

「そうです」

「僕らを襲った人物は、他ではなく、ギルビィ・ベーグの病室にきたね。それに、君が持っていたペンダントを見て、とても怒っていた。彼はタニラ・シュベルなのかな」

 ズゥーユは小さく頷いた。

「確かめていませんが、恐らく、タニラ・シュベルでしょう。しかし、付き添い人だった彼が、どうして、翼人と一緒にいたのでしょうか」

「翼人……」

 シュミレットはベッドの上で退屈そうに、片眼鏡についた紫色のアミュレットをいじっていた。痛みはなくなったようだ。シュミレットはしばらく黙り、それから、言った。

「彼女、白いワンピースを着ていたね」

「シュミレット様」

 ちょうど、叫んだズゥーユの声の上から、「ズゥーユ様、大変なことになりました」とメリアの声が重なった。

 何事だと振り返ると、ガラス戸の前でメリア・キアーズがしゃがみ込んでいた。あまりにも急いで走ったため、身体がついてこられなかったのだ。メリアの耳には、心臓の鼓動が激しく鳴り響いていた。

「何かあったのですか?」

「えぇ、とても大変なことが起こりました。ついさっき、西南エリアで爆発が起ました。そして」と、一呼吸入れてから、メリアは「爆発の起った棟で、奇術師が殺されました」と言った。

「殺された?」

 ズゥーユは思わず、奇術式をとめてしまった。

「一体、誰が殺されたのですか」

「わかりません。でも、多くの人が、殺される場面を見たようです。

かわいそうな私の部下が、それを伝えにきてくれました」

 メリアはよろよろと立ちあがり、ベッドに手をついて腰掛けた。

「どうすればよろしいでしょうか。第三世界に人々の受け入れを申請したほうが……」

 シュミレットは言った。

「その場にいた人たちは、どこにいるんだい?」

「現在、西南区にいた人たちは、東南エリアに移動しています」

「それじゃあ、東南エリアから地下に避難させるように指示しなさい。これ以上、被害者がでないように、僕が行くよ」

「シュレミット様、まだ治療をはじめたばかりです」

 慌ててズゥーユはシュミレットをとめ。メリアは、ズゥーユが持っていたシュミレットの腕を見て、びっくりした。痛みは引いたものの、腕の痣自体はまったく消えてはいなかった。

 メリアは言った。

「その腕は、どうなさったの?」

「私を助けてくださるために無理をなさったのです。怪我をなさっている腕で、魔力をお使いに」

 ズゥーユは立ちあがろうとするシュミレットの腕を強く掴んだ。痣を押されると、シュミレットは呻きながら、ベッドに戻された。

腕は治療の途中で、治っていないのだとズゥーユは再度言った。

「魔力をお使いになって、そうなるものかしら」

 ズゥーユがシュミレットの腕がこうなった理由を簡単に述べると、メリアは「まぁ」と叫んだ。

「血の塊が魔力の通り道を圧迫して、破裂……。私のせいです。はじめから、ズゥーユ様に相談していれば、こんなことには」

「僕が望んで、君に頼んだのだよ。ところで、第三世界に避難申請しても、無駄なことだから、やめておきなさい。突き返されるだけで、時間の浪費だよ。それよりも、君は時術の魔道具か何かもっていないかい」

 メリアは首を横に振った。

「魔道具なんて、持っていません。必要なんですか?」

「気休めでもいいから、治療を早く終わらせたいのだよ。時術師がいればいいのだけど」

「あら、時術師ならいますよ」

 ズゥーユがメリアを見た。

「今も、私たちのお手伝いをしてもらっていますけど。呼んできましょうか?」

「そうですね、彼ならきっと」

「誰のことを言っているのかな?」

「癒しの塔で働いてもらっている、イスプルト・マシェットです。時術師なので、きっと協力してくれるでしょう」

 メリアは言った。

「えぇ、きっと。すぐに呼んできますから。シュミレット様、くれぐれも無茶はなさらないでね」






 タニラ・シュベルは西南区四十五棟、一階の時術式の前に立っていた。ルーネベリとブリオを逃し、悔しい思いをしていたわけではなかった。タニラは目を閉じ、心の中に聞こえる人々の声を聞き分けていた。

 生まれ変わったタニラには、この世界に息づく生き物の『声』がすべて聞こえていたのだ。ざわざわと雑音のような何億もの声の中に、逃したルーネベリとブリオの声もあった。彼らがどこにいて、何をしているのかさえ、タニラには筒抜けだった。けれど、タニラはルーネベリたちを追うことはなかった。追う必要がなくなったのだ。胸の上に浮かぶ奇術式が、内なる眼が、まったく別の存在を見つめていた。ずっと遠くの方で聞こえる。

 生きようとせっせと動く心臓の音が、愛しい恋人を思い出させた。

「もう一度、声が聞きたい……」

 奇術式が消え、目をあけても、見えるのは鮮やかな世界ではなかった。寂しい黒の世界。タニラはそこで、独りぼっちだった。多くの声を聞き取れても、タニラの欲しい声はどこにもない。探している声はどこにあるのだろう。

 主は言った。

 ――沢山ある青い花を摘まなければ、このまま、どんどんギルビィ・ベーグの面影が失われていく。黒の世界に食い破られる前に、花を集めなければ、ギルビィは死んでしまうと――。 

 タニラは耳につけたピアスに触れた。頭上と床に時術式が現れ、煌く術式の光が、タニラ・シュベルを次なる場所へと連れ出した。











次の章で、十章目ですが、

「灼熱の銀の球体」第一章から数えると、三十二話目になるそうです。

そんなに書いたっけ……?

と、思ってしまうのは、なぜでしょう。



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