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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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八章

 

 第八章 渦巻く芽





 癒しの塔の屋上、隅に設置されていた空間移動装置が、極めて低温の、石のベッドの下敷きになり、壊されていた。ギルビィ・ベーグの病室から時術をつかい、移動してきたサンジェルは、装置よりも離れた場所で、厳しく吹く風に、はためく白いスカートや髪を押さえながら、ベッドから運び、横たわらせたギルビィ・ベーグを見下ろしていた。石のベッドを離れても、まだギルビィ・ベーグの身体は凍てついたままだった。

 タニラ・シュベルは、二人よりも奥の方で、手に握っていた青い宝石のついたペンダントを見ていた。

「そのペンダント素敵ね」

 顔をあげたサンジェルは耳朶に手をあて、紫色のピアスを片方はずした。

「イモアたちがくるまで、私はここであなたの恋人を見ているわ。私が離れないかぎり、彼女の腐敗は進まないから。あなたは心配しないで」

 タニラが頷くと、サンジェルは腕を伸ばしてタニラにピアスを手渡した。

「これを身に着けておけば、この世界の中なら、空間移動は不自由しないわ。でも、安い魔道具だから、使える時間はそう長くはない。力を失った間道具は、ただのガラクタよ。覚えておいて」

 頷いたタニラは、穴すらも開いていない綺麗な耳朶にピアスの針を突き刺し、無理やりこじあけるように穴をあけて、ピアスを取りつけた。しかし、一度は流れ、耳朶から滴りそうになった血が、傷口に戻り消えていた。

 サンジェルは掌をタニラに向けた。

「大事なものでしょう。預かっておくわ」

 タニラは考えもせずに、持っていたペンダントをサンジェルに渡した。ペンダントを受け取ったサンジェルは、ペンダントを首からぶらさげ、白いワンピースの上に飾ると。意地悪く、微笑んだ。






「避難命令が出たのなら、ジェタノ・ビニエという奇術師も借りだされているんだろうか」

 ルーネベリは腕を組み、首を傾げた。

「あんたが言っているのは、門査委員会に連れてかれたビニエさんのことか?」

「彼をご存知ですか」

 男は頷いた。「二つ隣の部屋だからな。こんな時にあれだが、ビニエさんは帰ってきていたのか」

「俺はそう聞きました。会っていませんか?」

「避難命令が出た後、皆慌てて外にでた。貴重品も持たずにな。他の奇術師なら何人か見た気もするが、この混乱の中じゃあ……おっ、そろそろだ」

 ルーネベリが見下ろすと、街道のレンガを取り除く作業が終わり、丸い金属製の蓋が見えていた。人々がさっきよりも増えている。ざわつく人々の中、奇術師を手伝って、屈んだ数人が、蓋を持ち上げようとしていたところだった。

 男は鞄を抱きしめて、言った。

「避難が先だ。避難した後だって、ビニエさんに会えるだろう」

ルーネベリは半ば頷いて、そして、最後の質問をしようとしたのだが、男は「あんたも、早く下りるんだぞ」と言って、慌てて階段を下りていってしまった。

 避難命令がでたのだ。身の安全を優先するのは、もっとものことだった。しかし、ルーネベリは避難よりも先にすべきことがあると、出口に向かうのではなく、ビニエの部屋がある庭の方へ走っていた。

 西南四十五棟の六号室。今さっき、会ったばかりの男は二つ隣の部屋といっていたなら、この階であっている。庭を一つ二つ越え、三つ目の庭でルーネベリは立ちどまる。庭を仕切る壁に書かれている部屋番号を確かめる。

「五号室、次か」 

 ルーネベリは隣の庭へ走った。花のない数種の澱んだ緑の植物が生い茂った庭を駆け、ルーネベリが六号室に着くと。六号室の窓やガラス戸には厚い灰色のカーテンが閉まっていて、中の様子がまったく伺い知れなかった。ビニエは留守なのだろうか。ルーネベリはガラス戸を引いてみると、軽く力を加えただけで戸が開いた。けれど、「もし」と、ルーネベリが声をかけても中からは反応がなかった。部屋の中には誰もいないのだろうか。

 厚いカーテンを払い、少しだけ中に入ると、さっそくルーネベリの顔を軽く叩くように、何かが当たり、行く手を阻まれた。たいして痛みを感じるものではなかったが、明らかに不自然だった。一度外に出て、ルーネベリはカーテンで閉じられた部屋の中に腕を入れて、手に触れたもの手繰り寄せ、引っ張った。そうすると、ずるずると、何か長いものが部屋の外にでてきた。

 なんということだろう。ルーネベリが引っ張りだしたのは、指三本ほどの太さの、深い紫色の植物の蔓だった。

「部屋の中に蔦?」

 ルーネベリはすぐに、昨日、奇術師から聞いた話を思い出した。ビニエは植物の種を育てていた。だが、部屋に入れないほど繁殖させるのは、異常だ。ルーネベリは蔓についた、紫色の葉をちぎった。ちぎった葉の断面から、黒いオレンジ色の液体が滴った。うっ、とくる臭いだった。葉を捨て、鼻を押さえたルーネベリは言った。

「アルコール、高濃度のアルコールだ。酒を飲んで成長する植物――はぁ、キイベラか。水の世界で見た蔓とは、比べ物にならないほど、性質の悪い植物だ」

 眉を寄せて、蔦をさらに引っ張り、ちぎっていない葉を嗅いだ。すると、なにも臭わなかった。

「葉の表面はアルコールの臭いがしない。育ってまだ間もないようだな。キイベラは数十分で爆発的に成長するが、まだ成体になるまで時間がかかるようだ」

 蔓を放して、ルーネベリは「今のうちに、枯らせば……」と、肩に手をやった。だが、何ものっていない肩に掴めるものがあるはずがなかった。

「くそ、第三世界に鞄を置いてきた」

 徹夜だったことや、考え事に気を取られていたせいで、いつも持ち歩いている道具類を一切忘れたのだ。ルーネベリは頭を掻き毟り、革ジャケットの胸ポケットに手をやると、魔道具ライターしか入っていなかった。

「ライターは、火に油を注ぐようなものだ。使うなら、あっちだな」

 ルーネベリは部屋から離れ、隣の五号室の庭に行った。避難したのだろう、患者一人いない部屋に押し入り、ルーネベリは部屋を物色しだした。

「筒か、管があればいいんだがな」

 五号室は、シュミレットの病室とまったく同じものだった。部屋のつくりも同じで、バスルーム、トイレ、キッチン、ベッド、テーブル、ソファにいたるまで、その配置も同じだった。しいていえば、床に書類の束がないことが、違いといえることだった。ルーネベリはベッドの脇や、机やバスルームなどを探ったが、どこにも筒や管になるようなものはなかった。キッチンに立って、引き出しを捜しても、食器が数枚あるだけで、この部屋の住人が治療のための仮住まいをしているのがわかる程度だった。

 ルーネベリはテーブルにのったグラスを手に取った。

「これじゃあ、だめか」

 グラスを置いて、ルーネベリは必死に考えた。成長途中のキイベラは枯らすには、大量の水をかけるなど、陰性の物質を与えるのがいいのだ。けれど、少量の水をかけても、キイベラに耐性をつくらせるだけで効果がない。

「それなら、いっそのこと、部屋に入ってキッチンの蛇口を全開するか。部屋を水浸しにすれば、キイベラの根にかかるかもしれない」


 ルーネベリは部屋を出て、六号室に戻ると、部屋の外からでじっくりと部屋の様子を観察した。少しあけたガラス戸の隣に、閉まった窓。蔓が蔓延した部屋の中に、ガラス戸から堂々と入ることは、恐らく難しいだろう。では、窓はどうだろう……。

 そういえば、カーテンで見えていないが、窓の向こう側は、ベッドではなかっただろうか。隣の五号室も、シュミレットの部屋の窓も、ベッドのすぐ傍にあった。それは奇術師の自宅も同じなのではないだろうか。治癒の世界の病棟は、すべて庭から部屋に入る形式になっている。それにはれっきとした理由がある。

 部屋の作りや家具の配置がちがっていても、窓のすぐ傍にベッドがあるのかもしれない。

「窓を壊して、中に飛び込むか。一か八かだ」

 ルーネベリは庭の端まで行き、勢いをづけて窓に向かって全力疾走した。そして、窓にぶつかるちょうど手前で、ルーネベリは身体を丸めた。――パリンッ。

 派手な破壊音とともに、ルーネベリの巨体が窓ガラスを壊し、カーテンや蔓を引きずりながら中に転がりはいった。

 中に入ると、思ったとおり、窓の向こう側にはベッドがあり、弾力性のあるベッドが飛び込んできたルーネベリの身体を受けとめた。砕けたガラスが全身に浴びた。しかし、無事に中に入れたのだ。目を開けたルーネベリは、かぶったガラスの破片を払い落としながら、ベッドの上に立ちあがった。

 部屋に外の光が入ってきて、キイベラに侵食された部屋の全容をすっかり見ることができた。キイベラの蔓が部屋いっぱいに広がり、床には太い根が少し床からでていた。もしかしたら、下の階にまで、根は達しているのかもしれない。キイベラは生命力が強い。栄養源であるアルコールを探すために、根を広げてつづけているのだろう。

 ルーネベリは天井からも、ぶらさがった蔓を押しのけ、キッチンまで走り、蛇口をめいっぱい捻った。水が滝のように流れでた。シンクに蓋をすると、水はどんどん溜まっていく。このまま、ほうっておけば、水がシンクから溢れでるだろう。ルーネベリは蛇口をそのままにして、部屋を出ようと身体を傾けた。そうすると、気づかずに瓶を蹴っていた。

キッチンの床に数本の酒瓶が無造作に倒れていた。蓋もない瓶は、当然のごとく空だった。瓶を拾いあげ、ガラスに刻まれた表示を見ると、度数が五十五度と、非常に高かった。きっと、この酒のせいで、キイベラが爆発的に成長してしまったのだ。

 ルーネベリは不意に、キイベラの球根がどこにあるのだろうかと思った。床からでている根や、蔓を目で追っていくと、キイベラはすべてバスルームの方から出ているのがわかった。成長途中のギイベラはまだアルコールを欲しているだけだが――、ルーネベリは慎重に、忍び足でバスルームに近づいた。息を落ち着かせて、バスルームの奥を見ると、バスルームの壁に蜘蛛の糸のように、蔓が人型に巻きついているのを見つけた。ぱっと顔を戻し、何度か見るが、間違いなく人に巻きついているようだった。

「ジェタノ・ビニエ?」

 もしや、酒を飲んでいて、なにかの拍子で酒がキイベラの種にかかったのだろうか。ルーネベリはバスルームを再度見た。シャワーのスイッチがちょうど、蔓の間から見えていた。あれを押しさえすれば、一発だ。

「根付いた場所が悪かったな」

 蔓と根を避けながら、巨体を隙間にすりこませ、腕を伸ばしてボタンを押した。高い位置にあるシャワーヘッドからザーッと水がでてきた。

 キイベラが化け物のような声をあげながら、途端に萎み、枯れていった。蔓の束縛からやんわりと解かれたビニエの身体がぐったりと、壁によりかかった。もはや、枯れきったキイベラの蔓や根が、最後の力を振絞り、一目散に逃げるように球根の中に戻っていき、球根は硬い殻に身を隠した。ルーネベリは、すっかり種に戻ってしまったキイベラを取り、胸ポケットに入れた。

 それから、腕を掴み、息のアルコール臭いビニエの身体を半身、肩にのせてリビングに出ると、リビングの床が濡れていた。ルーネベリが捻った蛇口の水が、キッチンのシンクから水が溢れでいた。水は、これ以上はもう無用だ。ルーネベリはビニエを抱えたまま、キッチンに向かい、蛇口を閉めた。


 庭に出たルーネベリは、芝生の上にビニエを座らせると、頬を軽く叩いて、酔って朦朧としていたビニエを起こした。

「ビニエさん、ジェタノ・ビニエさん」

 喘ぐビニエに、ルーネベリは尚も頬を叩きつづけた。

「起きなさい。こんな所で、寝ている場合じゃない」

「はぁ、なんだ……」アルコールで顔が赤く、ビニエの心臓の鼓動も早かった。呼吸がしずらそうだ。どれほど飲んだというのだろう。

「なんだ、じゃないだろう。キイベラの性質も知らずに、部屋で酒を飲むなんて自殺行為だ」

「キイベラ?」

「あの植物の種が何か知らなかったのか。あれはキイベラという蔓科の食人植物だ。成体になっていたら、あのまま食われていたぞ」

「食われていた?恐ろしいことを言うな」

 ルーネベリの手を乱暴に払い、ビニエは額を押さえて頭痛がすると言った。悪い酔いしているようだ。

「奇術師がなんてざまだ」

「奇術師は酒を飲んではいけないのか!」

 ルーネベリは呆れながらも言った。

「俺は酔い覚ましの薬は持っていないので、このままの状態で、質問します。あなたは以前、翼人を見て冰力に侵された晩に、『楽園の使者』という言葉を叫んでいたそうですね。一体、どこでこの言葉を知ったんですか?」

「楽園の使者?」

「『楽園の使者が舞い降りて、死者の屍の上を歩く』。この言葉は、ブラノ・デュッシの劇本にも載っていない、千年前の軍人、バレンシスの日記に記された言葉です。なぜ、あなたがこの言葉を――あなたは、何を知って、この言葉を叫んだのですか?」

「うぷっ」

 ビニエは口を手で覆ったが、何事もなかった。

「大丈夫ですか?」

「吐き気がしただけだ」

「そうですか。それで、どこでバレンシスの言葉を知ったんですか?」

「バレンシスなんて知らない」

「では、どうやってその言葉を?」

「わからない。叫んだことすら記憶にない」

 頑なにビニエは「知らない」と言いつづけた。困ったルーネベリは眉を撫でた。

「嘘をついていることは、あなた自身の行動でわかっているんです」

「知らないと言っているのが、嘘だって言うのか?」

 ルーネベリは言った。

「えぇ。冰力に感染していたあなたは、解毒剤を飲んで通常の状態に戻った。普通なら喜ぶべきことですが、自宅に帰ったあなたが酒を飲んだ。それも、意識を失うほど暴飲しましたよね。だから、あなたはキイベラの種が成長し繁殖していたことも、あなたが飲んだアルコールに反応して、身体をキイベラの蔓に捕らわれていたことも、まったく知らなかった。もし、俺があなたの自宅に来なければ、あなたは死んでいたところなんですよ」

 ビニエは唾を飲み込んだ。

「本当に、死んでいたのか……?」

「間違いなく」頷いたルーネベリに、ビニエは顔を引きつらせた。

「種をくれた男は、何も言っていなかった」

「誰かにもらったんですか?」

「そう、そうだ。珍しい植物の種を集めていると言ったら、譲ってくれたんだ」

「誰に、どこでですか?」

 肩を強く掴んだルーネベリを、ビニエは見上げた。

「ルーネベリさん」

 振り返ると、庭に治癒者の青年が走ってきた。

「お前は、ええと」

「ブリオ・ボンテです。あぁ、まだここにいらしてよかったです。目の前で避難命令を出されていたのに、ルーネベリさんまで避難するかもしれないってことを考えていなくて……どうしたんですか?」

 ブリオは芝生の上で、赤い顔をして座るビニエを見てそう言った。

「酔い覚ましの薬はないか?」

「ビニエさん、酔っているんですか」

「あぁ、飲みすぎたようだ。持っているか?」

「すみません、持っていません。でも、時間をもらえれば、持ってきますよ。あっ、その前に、また忘れるところでした」

 ブリオは手に持っていた一枚の書類と、端の焼き焦げた紙切れをルーネベリに見せた。「シュミレット様から預かってきました。ぼく、あの方が鬼才とよばれる賢者だったなんて、まったく」

 ビニエはブリオを掴んで、ブリオが持ってきた、端の焼き焦げた紙切れに描かれた文字を見て血相を変えた。

「インスラット……」

「はい、ギルビィ・ベーグの病室で見つけたそうです。ルーネベリさんなら、この意味が見つけられると仰っていました」

 ビニエの手が震えていた。震えのとまらない手で口元を押さえ、怯えた声で「楽園の使者」と呟いて、ビニエは突如、立ちあげって走っていった。

「おい!」

 追いかけようとルーネベリが立ちあがったが、すぐに芝生に伏せることとなった。すぐ近くで、激しい爆発音が聞こえ。同時に、地響きが鳴ったのだ。










ジャジャン~更新!!

今年にはいってから、この小説をうまく書けずにいたのですが、

なんとか、日曜日中に書き終えました

成せばなるものですね



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