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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部二巻「楽園の使者」
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七章

 


 第七章 使者の到来





 両手で扉を引き、広間に女が入ってきた。女は背の広くあいた白のワンピースを着ていたが、背には白い翼はなく、魔術式が一つ描かれているだけだった。

 腰を揺らしながら、女は男の元へと歩いてきた。

「サンジェル、着替えてきたのか」

「えぇ。もう出るなら私も行くわ、見たいものがあるの」

 サンジェルはタニラを見下ろし、意味深く微笑んだ。

「……へぇ。あれほど失敗続きだったのに、一度で成功したのね。しかも、たった一晩で」

「期待していた以上の出来だった。あの男に借りができたな」

 男はサンジェルを横目で見て、「どうしてまた、白を選んだ。白は好きになれない色だ」と言った。

「そう、私は好きよ。彼にこないだ買ってもらったの。どうかしら?」

 その場でひとまわりして、サンジェルはスカートの袖をもちあげた。

 短いブロンドに、美しい容姿。上から下まで流れるようなSラインを描く身体。その服が似合わないわけがなかった。けれど、男は褒め言葉のひとつも言わずに、手招きして誰かを呼んだ。壁際で、腕を組んでひっそりと佇んでいた大男がこちらに歩いてきた。広間にいたことすら、サンジェルは気づかなかった。

 まったくの気配を消していたこのデムという男は、気づいてからはじめてその存在感の大きさがわかる。上半身はたっぷりついた筋肉のせいで、まるで太っているようだった。丈が短いのか、着ていた黒いローブから手首が見えている。目元の濃いクマのせいか、陰気で嫌みったらしい顔つきをしていた。

 大男は小さな目を、サンジェルに向けていた。美しい容姿に見とれているのではなかった。

「デム、例の場所に送ってやってくれ」

「二人ですか?」

「あぁ、今は二人だ」

 男は、目の前に跪く者に言った。

「タニラ・シュベル」

 名を呼ばれ、伸ばされた手に顎を軽く上に引かれて、男を見上げていた。タニラの黒い目が、フードの中の、男の顔をじっと見ていた。サンジェルほどではないが、整った容姿にまるで輝石のように飾る、男の緑色の目に引き寄せられた。

「お前の願いが叶うときがきた。お前のすべきことが何か、わかるな?」

「はい」 

 タニラは頷いた。頭には、魔術式に焼かれていたときに、奇術を通して送られてきた男の言葉が浮かんでいた。事細かく、鮮明に、タニラは男の告げた「すべき事」を把握していた。

 男は言った。

「途中で邪魔が入っても、お前は何もしなくていい。サンジェルにすべて任せろ。お前は目的だけを果たせ」

 男の隣に立っていたサンジェルが自信ありげに「任せて」と言った。男はタニラから手を放した。タニラはただ頭をさげ、男のローブの裾を掴んで、そこにキスをした。敬愛を意とするキスだ。

 タニラは目を閉じて言った。

「はい、イモア様の仰るとおりに。すべては……」

 男はデムに合図した。

 デムは両手の指先だけを合わせて俯いた。すると、サンジェルとタニラのそれぞれの地面と上空に時術式が現れ、術式が発動した。

 きらきらと光る時術式の中、二人の身体はふと消え去った。






「まだ、来ないのかい」

「担当の治癒者、ミグディーン・ドゥワンに何度も呼びかけているのですが。診ている患者が暴れだしたようで、もう少し遅れるそうです」

「僕は早くギルビィ・ベーグの個人情報を知りたいのだよ。なぜ、他に知っている人はいないのですか」

 シュミレットは刺々しくそう言い放つと、病室内を行ったり来たりしだした。

ズゥーユはため息をつくと、目を閉じ。奇術式を発動させて、治癒の世界のどこかにいるミグディーン・ドゥワンに再度呼びかけた。 

 だが、病室内を歩き疲れたシュミレットは待ちきれずに、室内の探索に取り掛かった。包帯の巻かれた右腕が不自由だというのに、シュミレットは左手を器用に使い、石のベッドの隣に置かれた棚に目をつけて、最初の一段目を引っ張りだしてみた。中には櫛や歯ブラシ、手鏡などが入っていた。他にめぼしいものはない。入っているのは全部、日用品だ。シュミレットは引き出しを戻して、二段目を引っ張りだした。

「シュミレット様、患者の私物を勝手に!」

 患者の棚を開き見ているシュミレットの姿に気づいて、ズゥーユが叫んだ。しかし、シュミレットはさっそく言い返した。

「見てはいけないことぐらい、僕にもわかっているよ。だけどね、僕は彼女の情報がどうしても欲しいのだよ。ギルビィ・ベーグがどの世界出身で、なにをしていたか。どういう経路で灼力に感染したのか。君は僕にひとつでも説明をしてくれたことがあるかい?」

 ズゥーユは吃り、「いいえ」と答えた。

「彼女の今の状態じゃあ、いくら君でも、魔術師なのかもわかりませんね?」

「第三期にいたった患者は、魔力を持っていても、九割ほど失われてしまいますから。判断のしようがありません……」

「それなら、故意ではないけれど、持ち物で確かめるしかない」

 シュレミットは堂々と、二段目の引き出しを引いた。

 中には、きちんと折り畳まれたタオルが収められていた。底の方をみても、なにもなかった。引き出しを戻して三段目に手をつけたが。三段目には下着類や、ワンピースなどの簡単な服しか入っていなかった。

 四段目の引き出しをとりだすと、今度は青い宝石のついたペンダントと、端の焼き焦げた紙切れだけが入っていた。それだけしかなかった。不思議に思ったシュミレットはネックレスを取り出すと、ズゥーユに渡し、次に紙切れを手に取って書かれていたマークのような文字に目を凝らした。



                    挿絵(By みてみん)



「インスラット。それは奇語ですね」

 紙切れを、横から覗き見たズゥーユが言った。

「奇語?」

「はい。文字にすることなど、ほとんどないのですが……。意味は奇力と時力を表していて、複数に使うのは不向きですが、単体で使うには便利なので。奇術を使う私どもには欠かせない語です。ご存知ありませんでしたか」

 シュミレットは呆気にとられたような顔をしていたのに、ズゥーユの説明を聞いてクスリと笑った。

「奇術師はおもしろいことをするね」

 ズゥーユは「おもしろいこと?」首を傾けた。

「だって、この文字は――」と、シュミレットはそう言いかけて、「まぁ、余談はいいかな。この奇語は手がかりかもしれないね。持って帰ろう」と言って、紙切れをマントの内ポケットにしまい込んだ。無断に拝借することにしたのだ。

 シュミレットは言った。

「そっちのペンダントは何か変わったところはないかい?」

「そうですね。特にはなさそうですが……」

 ズゥーユが持っていたペンダントを裏返そうとしたとき、ひゅうと風が吹いてきた。やけに生暖かい風だった。

 ズゥーユが扉の方を見ると、病室の扉がやはり開いていた。そして、入り口に何者かが立っているのが見えた。黒いローブの男と、白いンピースを着たブロンドの美しい女。目が合った女の背中から、みるみると純白の羽が生えるようにでてきた。夢でも見ているような、光景だった。あまりの衝撃で、口をあっと開けたまま動けなかった。

 それは翼人だった。現れた立派な白い羽をはばたかせ、女は数センチほど飛んでいた。ズゥーユは息を詰めた。

「それに触るな」

 低い声で喘ぐようにそう言った男は、こちらにむかって十個も連なった魔術式を発動させた。魔術式によって生まれた単なる風が、渦を巻きながら術式を通っていくほど威力を増し。轟音を鳴らしながら、一挙に大きくなった竜巻がシュミレットとズゥーユを襲ってきた。

 あまりにも容赦のない不意打ち。予期せぬ攻撃だった。だが、躊躇う前に、シュミレットは左手を動かし、ズューユのところまで盾になる防御の魔術式を六つ張り巡らせた。零点コンマ以下の反応にしては、上出来だった。しかし、それで安心、とはまではいかなかった。

 竜巻の威力が強すぎて、とっさに作った四つの術式では受けとめきれず、二人は壁ごと吹き飛ばされた。空中に投げ出されてもなお、竜巻の勢いは休まることがなく、防御の術式にひびが入ってすぐにも壊されそうだった。新しい術式をつくって応戦しても、空中戦では、奇術師であるズゥーユも一緒だということも考えなければいけなかった。

 瞬時に考えを決めたシュミレットは、右手で動かし、ズゥーユと共に発動させた時術式にのって難を逃れた。

 

 この場から去って行った二人を、たいして追う気もないサンジェルは、背中に描かれている魔術式の中へ、羽を体内に戻した。そうして、翼が背中におさまると、石のベッドまで歩いた。壊疽したギルビィ・ベーグの皮膚からでる悪臭に、口元を押さえたサンジェルは、片手でギルビィの眠る石のベッドの縁を掴んだ。マイナス千度の石を直接触れても、サンジェルの身にはなにも起きず、石から煙があがっている程度だった。

「タニラ、行くわよ」

 サンジェルが耳にあけた紫色のピアスを使い起動させた時術式は、ベッドまで覆うほど巨大なものだった。タニラは、ズゥーユが落として行ったギルビィ・ベーグのペンダントを拾い、サンジェルが発動させた時術式の中に乗り込んだ。


 

 シュミレットとズゥーユが逃れたのは、シュミレットの病室だった。部屋に未だにいつづけたブリオは、いきなり時術式が現れ、そこからシュミレットとズゥーユが転げおちてきたことに驚いて、持っていた書類を手落としてしまった。

「シュミレット様!」

 床につくなり、シュミレットは右腕を強く押さえて蹲った。小さく呻いていた。ズゥーユは駆け寄り、シュミレットの背に手を置いた。

「大丈夫ですか。私をかばって、あの突風にあたったのですか?」

「間一髪のところでかわしたよ。でも、うっかり右腕で術式を使ったら、こうな――うっ」

 腕の中のほうでぴりぴりと、筋肉がまるで痙攣しているかのような激痛に、シュミレットはさらに蹲った。

「お見せください」

「いいや、その前に。この世界の人を早く避難させなさい。治癒の世界は、地下に研究所があったね。それに、昔の学校もそのまま地下に残っていたはず……早く、地下に」

 力のない手で腕を掴まれたズゥーユは、冷や汗を掻きはじめたシュミレットを見て、ようやく落ち着きを取り戻した。早く処置しなければいけないが、賢者の指示に従うのが先だ。賢者が一刻もゆうするといっているのだ。

 ズゥーユは目を閉じて、奇術式を発動させた。治癒の世界にいるすべての奇術師と治癒者に非難命令を一斉にだした。何千人もの奇術師からの返信が来る中、ズゥーユはブリオに手伝うように言った。

 二人がかりでシュミレットの軽い身体をベッドに運ぶと、ブリオはシュミレットの上半身を支え、ズゥーユが左腕の包帯をゆっくりほどいていった。シュミレットの華奢な腕に、染めたような大きな赤紫色の痣が見えてきた。すっかり包帯をとりのぞいたころには、腕全体に赤紫色をした痣が広がりつつあった。

「痛そうだ」とブリオは呟いた。ズゥーユは発動させていた奇術式を一旦とめ。シュミレットの腕を持ったまま、すぐに別の奇術式を発動させて、ズゥーユとシュミレットの身体に奇術式が浮かばせた。奇力を探り、一刻も早く病状を明らかにしようとしていたのだ。

 シュミレットは悶えながら言った。

「ううっ、僕の怪我が悪化したのかい?」

「より深刻です。魔力の通り道が、部分的に破裂したようです」

「破裂?」

 ズゥーユが頷くと、身体に現れた奇術式が消えた。

「小さな破裂ですが、放っておくと命に関わります。怪我をなさっていたところに、大きな血の塊がありました。血の塊は魔力の通り道を圧迫していて、その状態で魔力をお使いになったので、圧迫された魔力の通り道の脇に瘤できて破裂したのです」

 奇術師としての冷静な診断に、シュミレットは言った。

「この非常事態に、僕は魔力が使えないわけなのだね。なんて悲運なのだろう。奇術で治すと、どれくらいで魔力が使えるようになるのですか」

「三時間ほどは。破裂した箇所を修復して、破裂して漏れでた魔力を体内に吸収させ、さらに血の塊を取り出さなければ」

「それほどまで待てない。修復と魔力を吸収するだけなら、一時間でできるね?」

「シュミレット様、怪我を甘く見られてはいけません。ただでさえ、奇力治療は身体に負担が大きいですから」

「今は応急手当ですませたいのだよ。右手をつかわなければいいのだからね……」

「応援は呼べないのですか?」

 辛そうに息を吐いたシュミレットは、「それはできない」と言った。

「僕が動けない状態で応援を呼ぶのは、二次被害を招くことような行いは許されないのだよ。まして、あの翼を持った者が、本当に僕らの知る支配者なのか。まだわからないでしょう」

「シュミレット様」

「頼むよ」

 首を横に振りはしたが、心痛な思いで、ズゥーユは奇術式を発動させてシュミレットの腕の治療をはじめた。

「賢者ザーク・シュミレット……」

 二人の会話から行き着いた少年の正体に、ブリオは戸惑っていた。やけに偉そうなのも、賢者だといえば、当たり前のことだ。けれど、この少年が賢者だというのは、ブリオには信じられなかった。

 シュミレットは背後にいるブリオに言った。

「君はルーネベリに会えたのかい」

「あっ」

「会えなかったのかな?」

「会えました」

「彼はどこに?」

「ビニエさんに会いにいかれました……」

「今もそこにいると思うかい?」

「そう思います」

 シュミレットは「じゃあ」と言って、左手でマントの内ポケットからギルビィ・ベーグの病室で見つけた紙切れを取り出した。

「これと――。あと、あそこに置いてあるものを、ルーネベリに届けてくれないかな。彼なら、その両方が意味するところを見つけられるだろうから」

 ズゥーユはブリオを一目した。シュミレットが紙切れを持って指したベッドの端に、ブリオが置いた書類があった。どうやら、この書類のことをいっているのだろう。ジュミレットはブリオの端の焼き焦げた紙切れを押し付けるように渡すと、自ら左手を使って横になった。

 ブリオがズゥーユを見ると、ズゥーユは頷いていた。




 なにやら遠くのほうで騒がしくなってきた。ジェタノ・ビニエの部屋に行く途中だったルーネベリは、階段をあがったところで、縁から顔だして見下ろしてみた。街道にでていた沢山の人々が、街道のレンガを鉄の棒で取り除く、奇術師の周りを取り囲んでいた。

「何をしているんだ……」

「おっと、あんた」

 振り返ると、青い寝巻きをきた男がルーネベリの肩を掴んでいた。

「こんなところで、なにをちんたらしているんだ」

「はい?」

「さっさと下りないと、置いてかれるぞ。おれは貴重品を取りに戻っていただけだからな」見ると、男は右手に革鞄を抱えていた。ルーネベリは言った。

「なにかあったんですか?」

「何がって、なんだ」

 ルーネベリは地上にいる人々を見下ろした。

「大勢集って、何かのイベントですか?」

 男は驚いて言った。

「イベントって、あんた。なにを暢気な事を言っているんだ。避難命令が出たんだ。この世界にいる全員が、今から地下に避難だ」

「避難命令?」

「管理者から出たらしいから、よっぽど悪いことが起こったんだろうな。大変なことにならなければいいが……」










明日で2011年も終わりです。

あと一日あると勘違いしていたのですが……

時間はあっという間に過ぎ去ってしまいますね。


残り僅かですが、いい年をお過ごしください。




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