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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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二十二章




 第二十二章 統治世界へ



 事務的作業として、何者かがルイーネに偽装できないように、ルーネベリはルイーネ本人の肉声を魔道具ライターに録音した。これで、ルイーネ以外の人物がルイーネに扮して証言しても、その証言にはなんの効力もなくなるのだ。魔術を学術的に研究できる時代の賜物だろう。

 ルーネベリはライターを革ジャケットのポケットにしまった。

「おつかれさま」と、シュミレットはルイーネに言った。ルイーネは苦く笑い、手を差し出した。

「妹のセロナエルは、悪事に手を染めてしまったけれど。私が証言することで、妹たちを止めることができれば幸いだわ」

 ルーネベリがルイーネの手を握り、握手した。

「あなたが勇気を示してくれたのです。近い将来、きっと彼らの悪事は暴かれ。犯した罪の数だけ、裁かれることでしょう」

「同じ血の通った妹に、そんなことを願うなんて無情な姉だと思われるかもしれないけれど。私は切に、そう願うばかりだわ。他人の娘を使って、管理者の力を狙うなんて……なんて残酷なのかしら。妹はイモアにさえ出会わなければ、こんな道に進むことはなかった。今さら悔やんでも、遅すぎるけれど。裁かれることで、妹にわかってほしい。もっと、別の生きる道があったことを」

 ルーネベリは手をはなして、相槌をうったが。黙って、ルイーネを見ていたシュミレットは目線を床へ落とした。

 身体に怪我を負っているルイーネ・J・アルトに、すぐにでも治療を受けさせるために、玉翠の屋敷から、玉翠がルイーネを担いで城に連れて戻ると、城の前でミースが待っていた。

 玉翠に担がれたルイーネを見ると、息を吸って、ミースは走って近づいてきた。

「叔母様」

「私のかわいい、ミース。こんな危険なところまできてくれたのね」ルイーネはミースに手を伸ばし、白く若い頬を撫でた。

「お身体は大丈夫なのですか?」

「えぇ、心配しないで。玉翠さんのおかげで、大分、よくなっているわ」

「一年もの間……。いいえ、ご無事でよかったです。本当に、よかった」ミースは玉翠を見て、腰を曲げて深々と頭をさげた。

「叔母を世話していただき、ありがとうございました。シュミレット様、それに、パブロさん。あなた様方のおかげで、こうして叔母に再会できることができました」

「なんだ、礼ぐらい言えるようになったじゃないか」

 ルーネベリがミースの首に腕をまわし、片手で髪を掴むように撫でまわした。「やめてください」と言うミースに、ルーネベリは笑った。ミースの冷めた顔に、ほんの少し喜びが浮んだ。

 ミースはルーネベリの腕から逃れ、言った。

「これから、叔母はどうなるのですか?」

「まずは、第四世界で治療を受けてもらうつもりだよ」

「怪我はそんなにひどいのですか」

 玉翠は言った。

「ルイーネ様はとても気丈な方でございます。見た限りでは、一年もの間、癒えない傷を負ったままだったようには見えません」

「痛み忘れの薬と、水酒のおかげだわ」

「水酒?」と、ルーネべり。

「水酒の原料は、水竜の鱗にございます。水竜の鱗には、さまざまの用途があり。その中に、炎症を押さえ、傷を癒す効能もございますので。魔道具を使う魔術師には人気が高いのです」

玉翠は言った。ルイーネは頷いた。

「気休めだとわかっていたけれど、毎日欠かさずに水酒を一口飲んでいましたの。そしたら、出血が少なくなった気がしますの」

 ルーネベリは「はぁ」と頷いた。時の止まっていた間、奇力の力のおかげで人々は動いていただけで。実際は、人の体内時計は止まったままだ。つまりは、一年間、ずっと怪我を負っていたというのは間違いで、時が止まる直後の状態のままだということだった。

 それを細かく説明しょうかとルーネベリは思ったが、隣でシュミレットが首を横に振った。面倒なことになるから、そこまで言わなくてもいいと、言っていた。

 シュミレットは静かに話を聞いていたミースに、小さく言った。

「ガーネの事を聞かないね?」ミースは唇を舐め、俯いた。「ガーネの事は、時術師から聞きました。しばらく、クロウィン・ユノウ様に預けられるそうですね」

「そうだよ。君の叔母様から聞いても、やはり、ユノウに様子をみてもらおうと思ってね」

「一生、第三世界から出られないのですか?」

「それは、ユノウ次第だよ。ガーネを預けた後は、ガーネの身柄は彼に一任するつもりだからね」

「そうですか……」

「大丈夫だよ。ユノウは、ガーネを取って食ったりするような人物ではないよ。彼も賢者の一人。ガーネにとって一番いい方法を考えてくれるさ」

 シュミレットがいくらそう言っても、ミースには、今後、ガーネがどうなってしまうのかが、とても気がかりだったのだろう。シュミレットがミースを見上げていても、ミースは目を伏せて、しきりに何か考え込んでいた。

 間もなくして、第三世界に応援を呼びに行った三十人ほどの時術師が城から出てきた。シュミレットはミースの背をポンポンと叩き、時術師の長を手招き寄せてしゃがませると、耳元でそっと囁いた。

「急いで体内時間を外時間に調整してから、ルイーネ・J・アルトは、第四世界に連れて行っていき、治療をうけさせてくれないか。尋問は治療を受けながらでいい。その尋問時に、テファン・エリク・コーベンの話がでてくるかもしれないが、テファンの話は別の調書に書き加えて欲しい」

「別の調書とおっしゃられますと?」と、時術師は小声で答えた。シュレミットは目を左に向け、時術師の耳元で言った。

「ケトラ・J・ウォンドの調書さ。話だけ聞いていると、テファンは先見の明があるように思えるけど。ルーネベリの情報まで持っているのは不自然だ。あのお節介者がかかわっているかもしれない。

 ミース・ラフェル・J・アルトの方は、体内時間の調整が少し遅れてもいいから、かならず、第五世界まで送り届けてくれ。そして、第五世界に行ったら、内密でアニドル・ラスキン卿に会い、ガーネをユノウに預ける件を主に伝えてほしい。ただし、テファンの話は一言も話さないでくれ」

「わかりました。青年の記憶は消しますか?」

「ミースの記憶は消さなくてもいいけど。第十四世界が外時間枠と同じ時の流れにもどったら、球自体の時間と人々の体内を、本来あるべき世界時間に戻し。その後、この世界の都人たちの記憶を、今回の件はあまりに大事ではなかったという記憶に書き換えて欲しい。キュデル派が失敗したとはいえ、今回の件を広めることによって、真似をしようとするやっかいな人間がでてくるかもしれない。そんなことになったら、仕事が増えるばかりか。僕はキュデル派を喜ばせたくないんだ」

「了承しました。外部に漏れないよう責任をもって行わせていただきます。シュミレット様は、すべての事が終わるまで、この世界でご覧になりますか?」

「いいや。後のことは、君たちに任せる。僕とルーネベリはただちに第三世界に戻るよ。女王に報告して、数日だけでも休みたいんだ」

「やはり、ご無理をなさったのですね」

「新世界主義を相手にするのは、随分と久しぶりだからね。ちょっと、はりきってしまったみたいだ」と、シュミレットは右目を眠そうに擦った。「ルイーネの後じゃあ、僕らの体内時間を外時間に戻すのには、時間がかかるかい?時術師以外の人間が来る前に、帰りたいのだけどね」

時術師は言った。「今すぐにもどられるのでしたら、体内時間調節器をお渡しします。城の空間移動の間に用意させますので、このままお向かいください」

 シュミレットは時術師の耳元から、顔をあげて言った。

「君たちは仕事が早いから、助かるよ」

 時術師はかるく笑った。

「賢者様、それが時術師というものです。管理者のご様子をご覧になりなってからお帰りになりませんか?」

 疲れ果ててため息がでてきた。シュミレットは「桂林様はどうしているんだい?」と言った。

「まだ、目が覚めず。城で休んでおられます。駆けつけてこられた弟様と、その婚約者の方が付き添っておられるそうですが……」

「灼力は身体にほとんど戻ったから、桂林様の身体は大丈夫だよ。目を覚まさないのは、僕同様、すごく疲れているんだ。しばらく、ゆっくりと寝かせてあげたほうがいい」

「はい」

「僕は会わずにこのまま帰るよ。君たちは仕事をすべて終えたら、第三世界に帰っていい。報告は、わざわざ僕を通さずとも、女王に直接伝えてくれればいいよ。今回の件はおしまいだ」

 シュミレットは、ルイーネと玉翠と話し込んでいたルーネベリに「帰るよ」と言って、革のジャケットの掴んで、城へ引っ張り歩いていった。誰にも説明も、別れの挨拶もせず、せかせかと歩くシュミレットに、後ろ向きに歩かされるルーネベリは「ちょっと、先生!」と、足を絡ませそうになりながら叫んだ。

 一言もなく、どこかへ行ってしまう二人を目の当たりにし、追いかけようとしたミースを時術師は呼びとめた。

「待ちなさい」

「でも」

「追いかけても、あの方には、もう二度と会うことはないだろう」

 ミースは「どうして?」と、時術師を振り返った。

「君は、賢者とその助手とは違う。彼らは雲の上の人だ。時術師の長をやっている、この私ですら、そうだ。君がご一緒できた三日間は、夢のまた夢のようもの。いい思い出ができたとでも思って諦めるんだ」

 時術師は、シュミレットやルーネベリが叩いたミースの肩に手を置いた。「現実を見なさい。今、君には労わるべき人がいる」

 玉翠の背に担がれたルイーネを、ミースは見た。

「その人を置いて、賢者を追いかけても、君のためにはならない。もう一度、あの方々に会いたいのなら、時間をかけて一歩ずつ、階段をのぼっていきなさい」

 城の中へ消えていったシュミレットとルーネベリの面影をおもい。ミースは眼鏡を外して、顔全体を洗うように擦った。女王の城アルケバルティアノの客間で出会ってから、たった三日しか経っていなかったのか――。それなのに、別れが惜しすぎた。

 色々な出来事が起こった。賢者シュミレットとは思ったよりも一緒に行動できず、もどかしかったが。ルーネベリがいたおかげで、なにかと忙しかった。はじめは、あれほど毛嫌いしていたというのに。もう話も聞けなくなるのかと思うと、とても残念だった。

「泣いているのか?」と、時術師が言った。

「まさか!謝る機会を失って後悔しているだけです。よく知りもしないのに、決めつけるばかりで……。私は、まだまだ未熟です。叔母が第四世界に行くなら、私も付き添います」

 薄いフレームの眼鏡をかけて笑ったミースに、時術師は微笑み返した。「君の叔母さんが退院するときに、一緒に第五世界に帰れるように手配しよう」






 第三世界の、女王の城アルケバルティアノに戻ったシュミレットは、その足で女王に面会した。第十四世界で起こった出来事の一部始終を簡単に説明し、詳細は後日、助手のルーネベリの調査結果もふまえた上で、報告書にして女王に送り届けるという話でまとまった。そして、管理者桂林の身体から取り出した魔力玉とガーネの身体からでた魔力玉を、城に在住している賢者アフラ・エントローの助手に預けると、シュミレットは時術式を使い、さっさと城下北東区の外れにある古いアパートに戻ってきた。

 城下北東区の外れは、他の世界に家を持つ人々が、統治世界で短期間を過ごすためだけにつくられたアパートが多く。年中人気が少なく、静かだった。それは、シュミレットとルーネベリがが住んでいるアパートも例外ではなかった。シュミレットがアパートの自室に帰ると、先に戻っていたルーネベリが空気を入れ替えるために窓を開けているところだった。

「やっと、我が家についた」

 着込んだマントをソファに投げて、その上で万歳をして横になったシュミレットは鼻歌をうたった。服も顔も汚れはて、その格好はとてもだらしなかったが、仕事からやっと解放されて、当のシュミレットは嬉しそうだった。

「ミースにさよならぐらい言えばよかったな」

 窓辺に立っているルーネベリはため息をついて、そう言った。対照的に、気落ちしているルーネベリにシュミレットは言った。

「なんだい、情が移ったのかい?」

 ルーネベリは苦笑った。

「最初はどうなることかと思いましたけどね。一緒に行動しているうちに、だんだんと歳の離れた弟のように思えてきたのですよ」

「歳の離れた弟か。確かに、ミースは少し変わっていたけど、聞きわけがいい子だったね。でも、未練を残させるのはよくない」

 口では「わかっています」と答えたが、とても複雑な心境だったのだろう。ルーネベリはズボンにぶらさげた、鎖に繋がれた黒ずんだ銀色の円盤を手に取った。第十四世界を出る前に、空間移動の間で時術師に渡されたものだ。円盤の表側の黒い部分には銀色の目盛りがこれでもかと刻まれているのだが、針が一本もないものだから、一見では、用途もないガラクタのようにしか見えなかった。

「体内時間調節器。しばらく、これのお世話になるわけですね」

「ぶら下げておくだけだよ」

「気をつけないと、これを外した途端、ひどい時差ぼけになるのですよね。俺たちは数日、寝たきりになるとか」

「外さなければいいだけさ」

 ルーネベリは首をすくめた。

「でも、よかったよ。ミースの叔母が見つからなければ、事が長引いていたかもしれなかった。彼女が怪我を負ったことは不幸中の幸いだったね」

「先生。そのことで、どうも腑に落ちないことがあるんですが」

「腑に落ちない?どうぞ」と、横になったままシュミレットは言った。ルーネベリは美しく装飾された椅子に、巨体を座らせた。

「ガーネの事なのですが。軍師の屋敷で、ルイーネさんがキュデル派の魔術師に立ち向うために準備をしていたと言っていましたよね」

「うん」

「彼女が言っていた準備というのは、宿の部屋に置いてあったトランク、魔道具のことだと思うのですが。ミースと三人で宿屋を訪れたとき、ガーネは突然、それを開けようとしたのです。様子がおかしいと思って、俺はそれをとめようとしてガーネと揉みあったのですが。トランクを落としてしまい、トランクを開けてしまったのです。なんとか先生が仕掛けてくださった魔術式でトランクを閉じることができました。ですが、トランクを開いてしまったばかりに、ガーネが気絶してしまったんです。これは、どういうわけでしょうか?」

 シュミレットは「なんだ、そのことか」と頷き、身体を半分起こした。

「それは、クラマリーショックだよ」

「クラマリーショック?」

「魔術師が持てる魔力の限界に達したとき、身体が一時的にショック状態をひき起こすことで、外部から入ってくる魔力を完全に遮断するんだ。魔力調整は難しくて、大人にしかできないけどね。キュデルがかかわっているなら、ガーネに覚えさせたのかもしれない」

 ルーネベリは「なるほど」と深く頷きながら、顎を撫でた。

「ところで、先生。顔色が赤くありませんか?」

「そうかな」

ほんのりと赤味のさした頬を見て、ルーネベリはシュミレットの額に触れ、「ほら、熱がありますよ」と言った。

「これぐらい、平気だよ」

「この温度の高さ、常人には高熱というんですよ。身体のどこかか、怪我なんかしていませんか。疲労からくる発熱なら、いいのですが……」

「そういえば、さっきから右肩がどうも痛いなと思っていたんだけど。ちょっと、みてくれないかい?」

頭から服を脱いだシュミレットは、ルーネベリに背を向けた。皮と筋しかない、がりがりの白い身体。その右肩がふっくらと変形するほど、青く腫れあがっていた。

「どうなっている?」

「先生。こんなになるまで放っておけば、熱もでますよ」

「そんなに酷いのですか?」

「それはもう、酷いのなんのって。自分のことになると無頓着なんですから。結婚なさったら、どうですか。将来が心配です」

「結婚だって?君、言い過ぎじゃないか。僕には君という頼れる助手がいるから、いいんだよ」

「待ってください。俺は先生と一生は、ご一緒するつもりはありませんよ」

「ひどいな。本当のことでも、助手なら嘘でも頷くべきだろう」

「先生を心から敬愛していますが、それは冗談でも言いたくありません」







                            END.











「針の止まった世界」全二十二章、ここに完結しました。

最後までお読みくださりありがとうございました。


書き終えた当初の文を誤って削除してしまい、

一体どんな内容を後書きにかかせていただいたのかは覚えておりませんが。


謎がなぞを呼ぶ物語、引き続きお楽しみくださいますように。 


                     2011年6月30日 佐屋 有斐


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