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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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二十章



 第二十章 大賢者





 ひらいた細い手をやんわりと丸めた。「距離はこのくらいか」と、賢者は竜とガーネの位置を測り終えると、腕を下ろした。

「ミース。ちょっと、大きな声で『城に逃げろ』って言ってくれないか」

「はい?城へ、ですか」と、ミース。

「そうだよ。それで、皆と一緒に城に入ったら、そこでじっとしているように言ってくれればいい。すぐにルーネベリが時術師を連れて戻ってくるけど、君は都の民と一緒にいるんだ。賢者の指示だと言えば、皆、君の言うことを聞いてくれるから、心配はいらない」

「でも」

「ここは僕に任せて」

「でも、それでは、シュミレット様のご勇姿が見られません」

「そんなもの見てもしょうがない」

「こんな機会、めったにこないのです。シュミレット様の魔術を行う姿を見られないなんて」

「戯言を、見世物じゃないんだ。君は、僕の言うことがきけないのですか?」と、シュミレットはぴしゃりと言った。

「いいえ!そんなことは、けしてありません」

「だったら、安全な場所にいなさい」

 シュミレットはフードに手にかけ、顔に影がかかるほど深く被り、しょぼくれたミースの背を押した。そして、左手首をぐいっとあげると、近くの茂みにあった小石が派手に爆発した。人々が一斉に振り返った。

 ミースはシュミレットに言われたとおり、「城に逃げろ」と大きな声で叫んだ。都人の脇にあった石が爆発し、また、別の石も爆発した。都人たちは飛びあがった。なにがなんだかわからないが、とにかく大変なことがまた起こったのだと、一目散に城に駆け込んでいった。都人たちの足音が轟音となって遠ざかっていった。

 地面で力果てた水竜たちの間を歩き、シュミレットは城の屋上にいるガーネと赤い竜に目を向けた。うなだれた赤い竜の生気が、かわいそうなほど失われていた。ガーネの方といえば、あいかわらず、水竜の体当たりをかわしながら、赤い竜から力を吸いつづけ。もともと赤茶色の髪の根元が、青く染まろうとしていた。

「これは、不味いな」と、シュミレットは零した。

「思ったよりも、吸い取る速度がはやくなっている。吸われれば吸われるほど、元に戻すのは難しい。おちおち、時術師も待ってもいられないなんて……。老体に響くなぁ」

 シュミレットは片眼鏡に触れ、マントの上から胸の辺りを擦った。

 水竜の攻撃をやめ、空中にとどまった。

 ドンッと、ガーネと竜の地面と頭上に時術式が現れると、時術式の、光の柱の中にいるガーネと竜の動きが一切止まってしまった。中にいるガーネも竜も、息も瞬きもしていない。心臓すら動かず。一人と一匹を繋ぐ、白い光の流れも止まった。シュミレットが発動させた時術式は、どうやらすべての時をも止めてしまうもののようだった。

「真部分停止。しばらくは、魔術式も働かない。今のうちに、桂林様の中の魔力を取り出して、ガーネに仕掛けられた魔術式も解いておこう」

 手をたてて掌を向き合わせた。右手と左手の間に、小さな術式がカードのように四つ縦に浮びあがった。

 シュミレットは両手が合わさるように近づけた。そうすると、押し縮められた術式がすべて丸い球状となった。楕円形の術式が球になるよう、そのまま丸めたようなものだった。四つの球は、空中に飛び出すと、屋上に立つガーネの元へ飛んでいった。

 四つの球はガーネの元まで辿り着くと、ローブの繊維の隙間から中にするりともぐり込み、ガーネの背に描かれた魔術式まで到達した。そこではじめて、球は半分にぱっくり割れた。ちょうど、人の口のようにパクパクと動き、魔術式を食べはじめたのだ。

 シュミレットは手を叩いた。同じような小さな術式が一つ、球となって飛びあがった。その球は、ガーネではなく、赤い竜の方へ一直線に飛んでいくと、竜の花の穴から体内に入り込み、竜を蝕む魔力を探しあてると、ぱっくり割れた口から飲み込んだ。

 ガーネの背に潜り込んだ四つの球が、術式を食べおわり、ガーネの背から離れてシュミレットの手元に戻ってきた。竜の体中に入った球もまた、手元に戻ってきた。球はそれぞれシュミレットの手元に収まる前に、空中で自然熔解した。球の術式に含まれていたシュミレットの魔力が、シュミレットの体内へ戻り。それ以外の、球に包まれていた何者かの魔力は液体となって空中で三つに分解された。綺麗に三つに分かれた白い液体は、シュミレットの両手の平に透明な玉となって落ちてきた。水晶のように美しいが、それは魔力が固体となったものだった。シュミレットは三つの透明な玉をマントの下の鞄に入れると、突如、立ちくらみに襲われた。くらくらする額を手で支えた。



「賢者殿!」

 城に着いた玉翠が走ってきた。

「大丈夫ですか?」

 屈み込んだシュミレットに、近づいてきた玉翠は手を差しだしたが、シュミレットは掌を向けて「大丈夫」と答えた。

「何が起こったのですか?あの竜は……」時術式の、光の柱の中で止まっている竜を見て、玉翠は口篭った。

「先生、連れてきましたよ」

 城から走ってきたルーネベリが、時術師を六人も連れてもどってきた。シュミレットの顔色が少し晴れた気がした。背をまっすぐにして、フードの端を引っ張ると、シュミレットは「待っていたよ」と言った。

「賢者様、ご挨拶します」時術師が肩膝をかるく曲げた。「到着が遅れたこと、お詫びいたします。本来、時が止まったという事件は私どもの仕事ですが……」

「堅苦しい挨拶ならいらないよ。僕は女王に依頼されて来ているだけですから」

 邪魔くさいと、シュミレットは手を振った。時術師の長がそんなシュミレットの態度を見て「随分、お疲れのようですね。すぐに代わりましょう」と言った。紺色の襟付きのコートをはおり、下には白いチュニックと紺のズボンをはいている。時術師の仕事着だ。

「それも、必要ない。魔術式と桂林様の中にある魔力は取り除きましたけど。一瞬でも時間の隙間ができると、今度は、ガーネの中にある灼力が、桂林様に戻らなくなるかもしれない」

 時術師は思慮深く頷いた。

「賢者様がそう判断なされたのでしたら、私どもは従うのみです。しかし、賢者様はとてもお疲れのようです。この後の作業に支障がでないよう、私どもが賢者様の時間を一時的にお引き取りいたしますが、よろしいでしょうか?」

「それは嬉しいな。作業も大いにはかどるだろうね」と、シュミレット。「でも、僕の疲労度はかなり重いと思うんだ。それでもするって言うのかい?」

「ご心配なく。ここにいる六人で分担させていただきます。賢者様には、何不自由なく、ご十分に作業に没頭していただけますよう、私どもは精一杯、後方からご支援いたします」

 シュミレットはため息をついた。そして、「それなら、君たちに任せるよ」と言って、珍しく譲ることにした。

 時術師がこうもお役目を買ってでるのは、賢者クロウィン・ユノウのせいだ。大した仕事もせずに帰れば、ユノウに何を言われるかわからないのを、時術師は懸念していたのだ。

 時術師は賢者に礼をした。

「私は何をすればよいでしょうか?」玉翠が言った。会話に混ざりきれなかった玉翠がシュミレットの前に跪き、私にも役目を与えてくださいとでもいうかのように、「何でも致します」と言った。

 シュミレットは一度瞬きを止めた。今、なにか匂ったようだった。玉翠が跪き、緑の衣が揺れたとき、匂いが鼻まで届いた。

返事を待つ玉翠に、シュミレットは近づいた。近づけば近づくほど、わかる。匂いのもとは玉翠の衣だった。わずかに消毒液の匂いがするのだ。シュミレットは玉翠の衣に目を向けた。そうして、何もいわないまま、深緑の衣を引っ掴んだ。

「い、如何いたしましたか、賢者殿!」

 声もかけられず、無作法に服を引っ張られて驚いた玉翠が、身を軽く退けぞらせた。息を吹きかけられるほど近づいたシュミレットは、目を伏せ。玉翠の衣をじっと目をむけた。かと思えば、玉翠の目を見上げた。

ルーネベリはシュミレットの行動を見て、興味深く顎に拳を置いた。

「私の服に何か付いていますか?」

玉翠はうろたえながらも、そう言った。

「いや、後にしよう」

 衣から手を離し、シュミレットはぷいと顔を反らした。何事なのだろうと、玉翠はしばらくシュミレットを見ていた。シュミレットはもう背をむけ、ガーネと竜の方に目線を向けていた。

 ルーネベリが玉翠の衣を見たが、滑らかな深緑の衣には塵すらもついていない。特に何もなかったのだ。それでも、賢者様は何を見つけたのだろうかと、ルーネベリはさり気なく玉翠に近づいた。

たいして鼻がよくなくても、空気に混ざった消毒液の匂いと、消毒液の匂いに消されかかった、生臭い血の匂いに気づかないわけがなかった。シュミレットが反応を示したことを加え、玉翠の衣に付いた匂い。頭のどこかある糸をピンと弾かれたように、これらの事柄が、ルーネベリにある事柄を勘付かせた。

 六人の時術師が、黒いマント姿のシュミレットの背後を取り囲むように立った。時術師の六人それぞれが、手で糸を縫うように空中に時術式を描き、時術式を発動させて光の柱の中に立った状態になると。それで準備ができたのか、時術師たちは互いに頷いて、合図をとりあった。

 シュミレットの足元と頭上に時術式が現れた。光の柱の中に立っているシュミレットの身体から、疲労が記憶となって出てきた。羽根を取り出す記憶や時の石から魔力を取り出す記憶が、細かい場面となって、次々と外に出てくると、時術師たちの術式の方へと六人均等に流れていった。疲労感の少ない時術師の身体が、水を吸った服のように重くなった。

 光の柱の中から、シュミレットはガーネに魔術式をかけた。止まったままのガーネと赤い竜の身体を結ぶ光が、再びできあがった。だが、今度はガーネの中にある灼力を竜に戻すためのものだった。小さな身体から、青い光が赤い竜の方へ勢いよく流れだした。ガーネの根元がすぐに元通りの赤茶色に変色していく。青い光がガーネの身体からでなくなると、一人と一匹を繋ぐ光は消え去った。

 シュミレットはガーネと竜を止めていた時術式を解いた。すべての身体の機能は動きだしたが、奪った魔力と灼力を抜かれたガーネは気を失い、膝が崩れて床に倒れた。竜もまた気を失っていた。身体にもどった灼力が全身に行き渡ったのがわかるほど、赤い鱗が青く染まっていった。それにつづいて、不安定だった身体が調子を取り戻すと、竜は人間の姿となって柱から窪へと落ちていった。

 時術師たちは、シュミレットの記憶を瞬時にシュミレットの身体に戻すと、自身の術式をも解いた。玉翠が崖の方へ走った。落ちていく桂林を引き止めようと、時術師は術式をかけるために手を伸ばしたが、「大丈夫」と、シュミレットが言った。

 何かがびゅんと窪みの底へ落ちていった。空高いところで様子を見ていた水竜の群れが、桂林の落ちていった溝へ急降下していったのだ。水竜の群れは、あまりの速さに鱗の下の皮膚が切れるのも、ものともしなかった。群れの中で一番先を行った竜が、底につくぎりぎりのところで、桂林の身体を背に受け止めた。そうして、水竜は桂林を背に乗せたまま急上昇して、陸地まであがってきた。

 桂林を連れた竜のその姿をみて、玉翠や時術師が安堵のため息をついた。

 けれど、桂林を救った竜は首を地面につくと、息絶えてしまった。シュミレットは竜の顔を悼むように撫でた。

 玉翠は死んでしまった竜の背にのぼり、全裸で横たわる桂林を見て、緑の衣を脱いでそっと上にかけた。半裸になった、玉翠は桂林を抱きかかえて、竜から降りてきた。





「元にもどせたのでしょうか?」と、シュミレットに近づいてきた時術師が耳打ちした。竜を撫でるシュミレットは首を横に振った。

「ガーネの身体に灼力が残っているかもしれない。でも、それを取り除くのは、無理のようだね」

「時術で時間を戻しても、不可能ですか?」

「それをしても意味がない。身体に残っている灼力は、もうガーネのものなっている」

 時術師の顔が曇った。シュミレットは左側を見ていた。

「それは……、賢者様」

「あぁ、おかしなことに、これには秘密があるようだね」

 鞄からシュミレットは玉を一つ取り出して、皆に見えるようかかげた。「見えるかい?この玉は、ガーネくんの背中に仕組まれていた魔術式からでてきた魔力です。この魔力は、この世界に来る以前から、ガーネの背中から流れでていたものとまるで同じもの」

 シュミレットは玉を持った腕を下ろした。

「僕はてっきり、ガーネが魔力を垂れ流していると思っていたけれど、これはガーネの魔力じゃなかった。よくできた細工をしたものだよ、まったく」

「それは誰のものなのですか?」時術師が言った。

「ルイーネ・J・アルト。ガーネくんの叔母に当たる人物のものです。今回の事件が明るみになったのは、ガーネくんが叔母の探索願いを女王に願いでたことからがきっかけだった。どうやら、ガーネくんは叔母を探していたのではなくて、魔力を追いかけていたんだろう。僕らは見事に、新世界主義のデルナ・コーベンに踊らされていたわけさ」

 落胆した声で、「賢者様」と時術師が言った。 

「まぁ、そんなにしょげることもないさ。デルナ・コーベンは僕が来ることまでは頭がまわらなかったようだからね」

「先生は、今回の件がデルナ・コーベンの仕業だと知っているのですね」

シュミレットはルーネベリに言った。「ついさっき知ったところさ。僕も驚いている。なにを驚いているかっていうと、ついにデルナ・コーベンに関わってしまうことにさ!」

「その言い方だと、まるでデルナ・コーベンを避けてきたような物言いですね」

「そうだよ、僕はずっと避けてきたんだ。デルナ・コーベンが起こした事件は、過去百年間、すべて前賢者ダビ様が取り仕切ってきたんだ。ダビ様はデルナ・コーベンに執着なさっているから、僕も手出しはしなかったのだけど。時の置き場での、出来事を話しましたよね。僕が時の置き場で生き埋めになったとき、時の置き場はすぐに元通りにもどったけれど、地上まで戻ってくるのはとても大変だった。賢者でなくなった、ダビ様が僕と同じような状況に陥ったら、まず、地上には戻ってこられなかっただろう。デルナ・コーベンは、ダビ様を時の置き場に閉じ込めて、殺すつもりだった。桂林様を捕えられて、ダビ様も殺せる。一石二鳥ってわけさ」

「では、ダビ様は命拾いなさったのですね」

「そうだね、僕は散々だったけど。ともかく、デルナ・コーベンが賢者のことをよく知らないようで助かったよ。この通り、全部元に戻せたのだから」

「あの少女の身体にある灼力はこのまま、放っておくのですか?」

 時術師が言った。

「まだわからないことがある。そのことを知るためにも、そろそろ、本人の口から事の経緯を詳しく聞かせてもらわないとね」

「アルトさんがいらっしゃる場所がわかったのですか?」

「それは玉翠さんがよくよくご存知ですよね」と、ルーネベリが代わりに答えた。いきなり、質問が飛んでくるととは思っていなかった玉翠が、眉を寄せた。

 シュミレットはルーネベリに目を配らせ、ルーネベリが頷いた。

「あなたは城に戻ってくるまで、どこにいらしたのですか?」

「私の屋敷です」

「でしたら、そこにルイーネさんがいるのですね」

 玉翠は口をあっと開けたが、否定はしなかった。

「どうして、私の元にいらっしゃるとわかったのですか?」

「君の服に、玉と同じ魔力が付いていたんだ」

「俺は先生の取った行動と、あなたの服についた消毒液の匂いから推測したにすぎませんが」

 玉翠は言った。「それだけで推測なさったと?」

「それだけあれば十分です。先生は僕らには見えないものを見ていた。それだけなら、わからなかったかもしれませんが、あなたの服からは、消毒液のほかに血の匂いがした。あなたは怪我を負っているような素振りを一度も見せていない。薬を飲んでいるとしても、人一人担げるほどの力はないはずです。怪我を負っているのは、別の人物ということになります。

 そこで、怪我を負っている何者かが、魔術師である可能性がでてきたわけです。先生に聞くまでもない、あなたの服についていたのは魔力です。魔力は大抵、人の目には見えませんからね。時を止まっていた間、怪我を負っている魔術師を匿う理由があるのなら、それは、表にでてくると危険な目にあう人物。先生が、ガーネがルイーネさんの魔力を吸っていたといっていました。怪我をして弱っている状態で、ルイーネさんはガーネに会えば、命を奪われかねない。あなたは、それを知っているからこそ、ルイーネさんを匿っていたのです」

「そこまでおっしゃられたら、私は何も言うことがありません」

「ルイーネさんに会わせていただけますね?」と、ルーネベリは玉翠の目を見て、言った。玉翠は頭をさげた。










やっと更新できました。

最近、やたらと暑くて夜になるとぐったりとなります。

「ちょっと、太陽さん。気が早すぎますよ」と言いたいぐらい。

まだ、6月なのに……。


あと二話で第一部の第一章は終了。そして、あと7日で7月に!



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