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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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二章 女王の依頼




 第二章 女王の依頼





「それで、今からどこへ行かれるのですか?」

 第三統治世界、女王のいる城下西区の品物街から少し外れた場所にある馴染みの古びた魔道具屋ハロッタ・トーレイで、シュミレットは頼んでおいた布切れに包まれた小さな四角い箱を受け取り。さっさと店を後にすると、人の流れの中を桁並み外れた速さで歩いていた。人よりも三倍も四倍も速い足。魔術でも使っているのじゃないかと、一度尋ねた事があったが、シュミレットはこんな事には魔術は使わないと言っていた。まさに、鬼才ならではの行動の一つだったが、もう五年もこれがつづいていると、いくらルーネベリでもとっくに慣れきっていた。それに、よくよく考えてみれば、この速さで歩く方が二人にとって無難だということ。全世界で有名な三大賢の一人が街を歩いていて、しかも、お供は非常に淑女にもてる。ただ囲まれるだけではすまない。だからこそ、こんなに足が速いのだろうかと、ルーネベリは考えた事もあった。けれど、そんな事はこの大賢者にとってはどうでもいい事だ。彼にとってはいたって普通の速ささなのだから。

「――それなのだがね、僕はこれから女王に会いに行かなければならない」

「また急ですね。でも、どうしてですか?」

 街を行き交う人々の間を二人は器用にぶつからず、するりと通り抜けてゆく。

「君、この件の依頼主は一体誰だと思っているんだい?」

 シュミレットは背後の城を振り返った。

 ルーネベリはこの件が第三世界からすべての世界を統治し、管理している女王様の依頼だとは思いもよらなかった。だが、確かにおかしくもない話だ。隣にいるのは大賢者様だからだ。小奇麗な洋服店を通り過ぎると、二人は城の南区飲食街に入った。美味しそうな香りがあちこちから芳しく匂いを振りまいている。と、シュミレットは立ち止まった。だから、ルーネベリも慌てて立ち止まった。とたんに、周りの風景が動き出した。

「しまった!」

「なんですか、今度は?」

「いやね、まだ用があるのを忘れていたよ」

 シュミレットはボリボリとフードをかぶったままの頭を掻き、暑くもないのに落ち着きなく襟をバタバタと叩いた。奇妙な行動は、なにかしら緊張を感じている時にいつもする癖だ。ルーネベリはただ冷静にシュミレットを見つめた。シュミレットが言った。

「今回はもう一人、連れて行ってほしいと頼まれている人物がいるのだよ」

「えっ?」

 自分以外にお供を連れるなど、この五年間で初めてだった。

 ――女だろうか、男だろうか?長年、連れていって欲しいという崇拝者は後をたたない。そんな中、シュミレットが受け入れたとなると、よっぽどの秀才しかいないのだろう。忘れたと言え、この人はいつもなんの前触れもなく話を振ってくる。その度に自分が本当にシュミレットの助手なのかどうか疑いたくなる。

「第五の世界から来る子なのだけどね……、少し問題があってね」

 ルーネベリの不安も、何も知らないシュミレットは俯き加減で、ぽつぽつとそう言った。

「問題ですか?」と、ルーネベリ。シュミレットの奇妙な行動がピタと止まると、今度は眼鏡のアミュレットを触りはじめた。まったくもって、こういう態度は賢者様というよりもおどおどした少年にしか見えない。

「いや、どうもね。女王が言うには僕の過激な崇拝者だっていうんだ」

 顔色は見えないが、シュミレットはあまり嬉しそうには話してはいなかった。もちろん、ルーネベリは五年でその切れる頭を使って、シュミレットの苦手な事も得意な事も大方知り尽くしているつもりだった。そして、その苦手な事の一つに代表されるのが、賢者故に崇拝される事だった。


 一度、用があって第五魔の世界に二人で立ち寄った時は、異常すぎるほど細やかな歓迎を受けた。大抵、魔の世界では、ルーネベリのような学者は塵のように扱われるのだが、この大賢者様の助手という立場は彼らにとって尊敬に値する域に入るらしい。だから、おこぼれでも恩恵をルーネベリも受ける事ができたが、シュミレットの方はひどく苦い思いをしたようだ。魔術研究所に足を運んでほしいとか、しばらく滞在してほしいとか、特別講義をしてほしいとか散々と頼まれていたらしい。しかし、さすがシュミレット。仕事があると一言言い残し、さっさと第五世界を抜け出した。崇拝されるのと同じく、目立つのがとにかく嫌いなのだ。以前ポロッと言っていたのだが、三大賢者になるのだって本当は嫌だったとか……。

 なら、どうして賢者になったのかと聞いても、知らんぷりして答えてもくれない。まったく謎の多い大賢者様だなと毎回思い知らされる。大体、崇拝者に何の問題があるのだろう。

「崇拝者なら、俺もその一人ですよ」

「君は助手じゃないか」

 一応、賢者様の口からその言葉を聞けてルーネベリは嬉しかったが、どうもモジモジして言うシュミレットを見ていて、もしかしたらその事に問題があるのではないかとルーネベリは思った。

「でしたら、俺が助手だという事が気に食わない崇拝者なのですか?」

 シュミレットは気まずさそうにゆっくり頷いた。

「そんな所だよ」

 なるほど、確かに言いにくい事だと、ルーネベリ。第五出身の過激なシュミレットの崇拝者は、助手であるルーネベリの事を気にくわない人間が多い。あの世界にいた時、周りいたのはシュミレットに関わるすべてのものに酔いしれた視線を送る者ばかりだったが、過激派になってくると話は別だ。どんなに虐げられるかわかったものではない。

「はぁ、だから俺を連れて行く事にあまり乗り気じゃないと言ったのですか」

「いや、それは違うよ。本当に危険かも知れないと思っただけ。だけど、さっきの話覚えているかい?」

シュミレットは顔を上げて、顔に掛かった髪を振り払った。

「さっき?」

「ほら、君を連れて行って有利な点の話だよ」

 確かにさっきそんな話をしていた。話がころころと変ってゆく所為で忘れていた。ルーネベリは皮ベルトに手をかけ、息をついた。

「さっきは情報収集だと言っていましたよね。もしかして、まだあるって事ですか?」

「そうそう、あるんだよ。実はね、連れて行く子が大変な事しないように監視してもらいたいのだよ」

「監視ですか」

「そうそう。どうもその子は、まだ十六歳ぐらいの若い子なのだよ。だから、若気の至りってやつで、下手に動かれるととても大変な事になるからね」

 眉毛を吊り上げ、妙に嫌そうにシュミレットは言う。過激派の子供なら、下手な事をやらないとは限らない。めったに会えない、偉大な賢者様に自分の力をアピールして、認めてもらいたいと思うのはごく自然なことだと言ってもいいぐらいだ。

「……いや、でも、俺を気に食わない人間が、俺の話を聞くと思えないのですが」

「そんな事、大丈夫だよ。だって、君は僕と五年も一緒にいたのだから」

「あなたと五年いた事とどういう関係が?」

「ほら、僕はかなりマイペースでしょ?でも、君はついて来られたじゃないか。君の以前に何人か助手を受け入れた事があったけれど、君ほど優れた人間はいなかったよ」

 シュミレットはにっこりと微笑んだ。第七の世界にルーネベリがまだいた頃、ちらりとシュミレットの助手をしていた人物がいたという噂話を耳にした事があるが、その人物は一ヶ月もしないうちにノイローゼになってしまったとか。あの頃ルーネベリはシュミレットという大賢者が恐ろしいと思っていた。だが、今となってはその前助手が根性のない奴だったのだと思うばかりだった。

 時々、シュミレットのマイペースさには気が滅入る時があるが、この人が仕事をこなす姿を見ていたら、そんな事はどうだってよくなってくる。この人ほど偉大な人物はいないと、ルーネベリは心から敬服していた。だからこそ、普段は言うことさえない、シュミレットのお世辞にさえもつい照れてしまう。ひどく単純になってしまったものだ。

「そう言って貰えると光栄ですよ」

 ハハッと、手を頭に乗せて照れ笑いするルーネベリ。シュミレットからしたら、大男であるルーネベリもまだまだ子供にしか見えなかったが、彼は世界でいう立派な大人でもある。これから出会う少年をなんとかしてくれるだろう。幼い頃の苦い思い出の所為で、シュミレットは子供も女性も苦手だった。ルーネベリがいて本当によかったと今更ながら思っていた。

「そうかい?僕は本当にそう思っているよ。君はすばらしい。だから、彼の監視なんてお手軽なもんさ」

「いや、でも……あなたの崇拝者でしょ?俺が本当になんとかできるのか……」

 ルーネベリは考えるほど憂鬱であった。シュミレットの助手としてこれからもやっていく自信はあるが、子守をする自信など全くなかった。なんせこの十数年間、自分より年下の人間とろくに話をした事がない。兄弟にも身近にも、年下の人間はいなかったのだ。しかも、十六歳という年齢の魔術師の子は、自分の力を過信している節がある。見下されるのが目に見えている。

「大丈夫。君ならできるよ」

 それでも、シュミレットはにっこりと微笑む。まったく、この人は……などと思っていたら、シュミレットは肩からぶら下がった鞄から黄色い紙切れを取り出すと、ルーネベリに押し付け、真剣な顔をした。「そろそろ城に行こうか。僕は女王と会わなければいけない。君は、第五世界からくるミース・ラフェル・J・アルトという子を頼むよ」

 落しそうになった紙切れをきちんと持ち直し、ルーネベリはシュミレットを見る。どうもひどく急いでいるような口調だ。不安が一気に込み上がり、嫌な予感がした。

「シュミレット先生?」

「悪いけど、時間がないから空間移動させてもらうよ」

 案の定、ルーネベリの嫌な予感は当ってしまった。地面を見れば、白い光で描かれた円形の時術式がシュミレットとルーネベリの足元に一つずつ作られていて、両方とも七色の眩い光を放っていた。空を見上げれば同じ時術式が浮かんでいる。もう術をかけた者以外は逃がれることができない。賢者の特権により、シュレットが空間移動の時術を使ったのだ。

「まさか、このまま別々の場所に飛ばすのでは……?」

「ご名答」

「先生、待ってくださいよ。こんな街中で」

 叫んだルーネベリは空間移動が大の苦手だった。空間が一瞬グニャリと捻じ曲がるあの感覚ほど、居心地の悪いものはない。おまけに、一人で空間移動するとなると、衝撃も激しい。

「急ぐんだ。それじゃあ、城で会おう」

「ちょっと、先生!」

 シュミレットはルーネベリを無視して、最後に術式を発動させた。喘ぐ間もなく、溢れてゆく光にシュミレットは包まれ消えてゆく。そして、ルーネベリもまたその光に包まれた……




 目を開けると、女王の城アルケバルティアノの、女王の塔の客間に一人ぽつりと立っていた。華やかな装飾のソファとテーブルに、壁紙のような大きなメラトリスの真っ赤な大輪が壁一面を覆い囲んでいる。メラトリス特有のほのかに香る優しい香りが、部屋の香料剤代わりとなっている。第三世界にしか存在しないメラトリスは何度見ても不思議に思ってしまう。一年中枯れる事もなく、水さえめったに与えなくても、そのかわいらしい大輪を咲かしつづける。

 ルーネベリは肩の力を抜いて、ソファに大袈裟に腰を下ろした。巨大な身体の重みでソファが悲鳴をあげる。そんな事には気にも止めず、ルーネベリは手に持っていたさきほどの紙切れに目線を移した。

「ミース・ラフェル・J・アルト」

 当然、聞いた事もない名だが、どこかしら意地の悪さが名からにじみ出ているような気もした。魔力もないが、ルーネベリの些細な予感はよく当る。だから、なお更今から会うであろう人物に期待などできなかった。ぼんやりと紙切れを眺めながら、鞄に手を伸ばし、煙草を引っ張り出した。シュミレットの手前、助手という立場にあるからこそ、なるべく外では控えるようにしていたが、一人きりになるとどうも煙草がなければ落ち着かなかった。手馴れた仕草で煙草を詰めて咥え、魔道具ライターで火を着けようとした。

 すると、突然、ギィッと扉が開く音がルーネベリの耳に飛び込んできた。ノックもせずに人が入ってくる事など、礼儀知らずの人間が第三世界にいるなど思いもしなかった。驚きの目で扉を見つめていたら、大きな騒音と共に少女が入ってきた。

「お邪魔します」

 甲高い声が部屋に響く。ルーネベリはいつもの癖で、テーブルの上の皿に火のついていない煙草を押し潰した。大切な魔道具ライターは鞄にしまい、ゆっくりと立ちあがった。過激派と聞いていたが、こんなに陽気な声を出す女子だとは思ってもいなかった。

 ルーネベルは少女の方へ体勢を変え歩み寄った。魔術で吹っ飛ばされやしないか不安だったが、あえてそれは考えから外した。いくら憎い助手だからといって、初対面の人間にそこまでするとは思えなかったからだ。ルーネベリは手を差しだした。

「ルーネベリ・L・パブロだ。よろしく」

 あくまでも紳士的に装ったつもりだったが、怖がらせてしまったのか、少女は口をあんぐり開けて自分よりも数倍も背の高いルーネベリを見上げているだけだった。手を差しだしたままのルーネベリは、数秒考えてから手を下ろして聞いた。

「ミース・ラフェル・J・アルトじゃないのか?」

 この部屋に入って来る十六歳前後の人物は、男女かまわずミースだと思っていたが、この少女の態度から本人ではないのだろう。

 少女の背は低く、シュミレットよりいくらかか小さかった。肩まで伸ばされた輝く赤茶色の髪は白い肌と調和し、丸く深い青の瞳はまるで宝石の様に美しい。まだあどけなさが残る顔だが、将来は美人になるに違いない。少女は深い紅のマントを羽織るように着て、中には黒いワンピースを着ていた。過激派とは思えない。いたって普通の女の子だ。少女はようやく開いた唇から言葉を発した。

「あなた、パブロさんなの?」

「本物?」と、どうも、この少女は自分の事を知っているようだった。けれど、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。ルーネベリにはよくわからなかった。三十歳を遥かに越えた淑女は好みだが、少女には何の感情も沸かない。ルーネベリは頷いた。

「あぁ、そうだが。君は?」

「やっぱりそうなのね。本物だわ!」

 いきなり猿のような大きな叫び声を出して、少女は部屋中を飛び回りだした。目を点にして、「なんだ?」という顔をしたルーネベリをよそに、少女は一人舞いあがってソファの上を靴のまま飛び乗った。ある意味では、過激といえば過激かも知れないとルーネベリは思ったが、今はそんなばかげたことを考えている暇はなかった。

「おいおい、何だ?ソファから降りろ」

 ローブを引っ張り、なんとかソファから少女を降ろす事ができたが、少女はまだキャッキャッと騒いでいた。ルーネベリはやれやれと思いながら、少女をソファに座らせ落ち着かせようとした。けれど、座らせれば座せたで、少女は身体を揺すりながら熱っぽい目でルーネベリを見上げつづけている。

 まったくどうなっているのだとルーネベリは思った。過激な術者の見習いが来るかと思えば、猿のような少女が現れて暴れている。――これは夢か?それとも、もしかしたらシュミレットが部屋を間違えたのかも知れないと賢い頭で考え、ルーネベリを見つめている少女に聞いてみた。「お前の名前は?」

「私は、ガーネ・J・アルトよ」

 そう言って少女はウインクして、ルーネベリの腕に巻きついた。要するに抱きついたのだが、暴れないだけまだいいかと、好き勝手にさせていたルーネベリは、ガーネと名乗った少女が紙切れに書かれた名前と同じ姓だと知り、一瞬間を置いてから呟いた。

「もしかして、頼まれたのは違う人物だって言うのか?」

 ルーネベリは混乱しきっていた。どんなに考えても、賢者であるシュミレットがこんな些細な間違いをするとは思えなかったからだ。ちょっとした物忘れはしても、あの人にかぎってはそんなことありえない。こちらによこす以前に手違いがあったのかも知れない。なんとか理解できるように、穴間の中を整理しようとルーネベリはその頭脳を必死に働かせていた。

「ねぇ、パブロさん。ザーク・シュミレットさんは?」と、ガーネ。しかし、一度考え込んだルーネベリからは返事がなかった。ガーネは固まって動かないルーネベリを小突いた。なんの反応もない。自分の世界に入り込んでしまったのだ。予想外の事があると、ルーネベリはきまって筋を通そうと考え込んでしまう癖があった。  

 ガーネはそんなルーネベリがおもしろくて、あちこちに跳ねた髪に触ったり、ルーネベリの胸に抱きついたりして、いたずらをしていた。

「パブロさん、あなたとても素敵よ!」










< 物語の用語補足 >


・術式 … 時・魔・奇力を操るための式

・時力 … 空中の力(時空を動かす力)

・時術 … 空中で作られる時力の術式

・空間移動 … 空間に入り口と出口をつくり、瞬時に移動させる時術

・アルケバルティアノ城 … 第三世界の統治女王と三大賢者が住む城



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


後書きが寂しいので、HP時代の用語補足を復活させることにしました。

補足がない章もありますが、よければご活用ください。


2020.11.7

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