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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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十八章



 第十八章 赤い竜




 

 地面が地響きをたて、激しく揺れた。時が止まってしまった代償か、それとも、デルナ・コーベンの策略か。このまま神殿にいても、どうしようもない。揺れがすぐにおさまったが、ルーネベリはまた何か起こるのではないかと思った。

「都に戻らなければ」

 ルーネベリは阿万僧侶の身体をゆすった。だが、僧侶は目を覚ましそうになかった。起きるまで待てないと、ルーネベリは僧侶を背

に担ぎ、神殿の外へ出ていった。藁の神殿が、水上でまた揺れ動いた。僧侶を担いだまま外に出てきたルーネベリは、随分と遠くに見える六角柱を見た。向こうで何が起こっているのか、柱の向こうでなにやら大きな爆発音が聞えてきた。揺れは都からきているようだった。

 僧侶を担ぎなおし、ルーネベリは竜の道を手探りで探そうとした。けれど、竜の瞳なくしては、もうどこになにがあるかもわからない。僧侶さえ目を覚ましてくれればいいのだが。藁に僧侶を寝かせ、身体を何度も揺すり、顔も軽く叩いたが、やはり、僧侶は苦痛の声をあげるだけだった。困ったことになってしまった。早く戻らなければならないのに、これでは都にすら戻れない。ルーネベリは僧侶と、都の方をくりかえし見た。どうにか手立てを考えなければと、焦りが積もる一方だった。

 焦るルーネベリの気づかぬ間に、背後、神殿の反対側で青空を写す水鏡が細かく微動さしはじめた。それは都からくる揺れのせいではなく、宙に現れた奇妙な六角形の、扉の出現のせいだった。壁もなく、ただ扉が水上に無造作に立っていた。どこにも人の姿はない。密かに現れた木の扉は存在を告げるために、音を立てて少し開いた。

 扉の開く音に振り返ったルーネベリは目を疑った。水と空しかない神殿のとなりに、戸の少し開いた木の扉があったのだ。扉の枠に二重の丸い紋様がいくつも彫られ、六角形扉の上についた三角の溝板の、さらに上の板に、木で編まれたような円が印のように刻まれていた。「とっ、扉?」

 不自然に開け放たれた扉は、まるでそこに入れとでもいっているかのようだった。ルーネベリは目を凝らした。何かが向こう側を通り過ぎたのだ。扉の隙間に、なにやら家のようなものが見える気がした。それに、扉の向こうはやけに騒がしい。ルーネベリは僧侶の傍を離れ、扉へと近づいた。薄くはった水の上を歩き、扉に近づけば近づくほど、扉の向こう側で人々が叫び、逃げ狂う声が聞えてくる。

ルーネベリは扉を押した。

 神殿に来る前まで、目にしていた光景が飛び込んできた。田畑や家々が並ぶなか、逃げまどう人々が城の方へと走っていた。信じられない。扉の先に、ウケイの都があったのだ。ルーネベリは後ろをふりかえると、そこはたしかに、神殿があった。ルーネベリは驚きで声もでなかった。時術の空間移動術をなくして、こんなことがありうるのだろうか。神殿とウケイの都が、たった一枚の扉で繋がっている……。ルーネベリは頭を振った。

「考えるな、大丈夫だ」と、心にあったためらいを捨てた。たとえ、デルナ・コーベンの罠だったとしても、こんなことは願ってもない好機だ。ルーネベリは扉を開いたまま、僧侶の所までもどり。抱きかかえて、扉の外へと走った。

 ルーネベリたちがでてきた扉は、ちょうど民家の家の扉とつながっていたらしく。都人には民家から出てきたようにしか見えなかったのだろう。

 走ってきた都人が、ぼうっと突っ立っていたルーネベリに言った。

「なにをもたもたしているんだ。あんた、早く城に逃げないか!」

「どうしたんですか。何が起こったのですか」

「なにをだって!竜だよ、竜」

「竜?」

「竜の群れが、地下から出てきたんだよ」

 都人が空を指差した。青い空に、無数の竜たちが羽をはばたかせて飛んでいた。

「どうして、竜が急に……」

「地震が起こった後、しばらくして竜たちが地下からでてきたんだ。珍しいことだよ。とても怯えて、前後左右がわからなくなっているのか、竜たちが民家を襲ってきたんだ。あんたも、早く城に避難するんだね。今の竜は正気じゃあないよ」

 そう言って都人は、せかせかと逃げてゆく人々の流れとともに行ってしまった。ルーネベリは顎に手をあてた。竜が暴走しているのか。一体、何が起こっているのだろう。ルーネベリは担いだ僧侶を横目で見た。なにが起こったか、この目で確かめる前に、僧侶を城まで連れて行かなければ。

 しかし、ウケイと神殿を繋いだ扉はどうなるのだろうかと、ルーネベリは振り返ろうとした。顔に冷たい風があたった。大きな影が目の前に迫り、何事かと見上げると、竜が民家の上空で飛んでいた。ルーネベリは思わず、顔を庇った。民家の屋根に竜が降りてきて民家を押しつぶしたのだ。黄色い埃が舞った。すっかり半壊してしまった民家の上空を、竜は飛びあがった。ルーネベリはすぐに家から逃げるように走ったが、竜は追ってはこなかった。それどころか、竜が襲ってくる気配すらなかった。ルーネベリは立ちどまった。空中を飛ぶ竜はどこか落ち着きがなく。半壊した民家の中を覗き込んだが、見つからなかったのか、空高く飛びあがった。何をやっているのだろうと、ルーネベリが都を見まわした。

 竜たちが先ほどの竜とそろって同じことをしていた。民家のに屋根に降りて民家を潰し、潰した民家の中に何かを探しているかのようだった。

「何を探しているんだ」と、ルーネベリは呟いたが、竜たちは次々と、民家の屋根という屋根を潰していった。こうはしていられない。ルーネベリは僧侶を担いで、城へと逃れる人々と一緒になって走りだした。




「こりゃ、外は大変なことになっているな」

 汚れて白く曇った窓に張り付くようにくっついて、宿屋の主人がそう言った。ミースも部屋の窓に近づいて、外の様子を覗いた。たくさんの都人たちがこっちに向かって走ってくる。その後ろでは、竜たちが民家を壊しているせいで、いくつかの家から火があがっていた。ミースは窓から離れ、ベッドに腰かけて難しい顔をした。

「俺の宿は大丈夫なのか?心配だな」

 ちょっと様子でも見てこようかと、主人はぼやいた。

ベッドの上でルイーネのリュックを抱えたミースは、黙ったままシーツにおいた血のついた包帯を見つめていた。

 ため息しかでてこなかった。

 リュックを開けても、赤い裏地しか見えないというのに、ミースは何度もリュックを開けては閉めた。もうなにも入っていないとわかっているのに、こうでもしないと自分が惨めだった。

 ミースは俯き、顔を両手に埋めた。もやもやとした瞼の裏に、怪我を負ったルイーネの姿と、目の前で消えてしまったガーネの姿が浮かんできた。こんなことになるなら、もっと優しく接してやればよかったと後悔した。時々、両親のもとへ帰るミースと違って、ガーネは十一年間ものあいだ、親と離れて育った。ルイーネを母親のように慕う気持ちは、誰よりもわかっていたつもりだったが、ルイーネがあまりにもガーネを甘やかすものだから、それではガーネのためにならないと、ミースはガーネを思って、厳しさを教えるためにあえて冷たい態度をとっていた。それが今になってひどく悔やまれた。

「待つことしかできないなんて」

 度を越して落胆するミースをよそに、窓辺で主人が「まだ宿泊代、払ってもらってない」と、独り言をつぶやいた。

 ミースは晴れない顔を、すこしあげた。またリュックに目を落とし、次に宿屋の主人の背中を盗み見た。

 あの人となにひとつ変わらない。いくら魔力を持って生まれても、今の自分自身には、あの人と同じように見ていることしかできない。ますます苦悩し、ため息ばかりがでてきた。ミースは、ガーネの使っていた右隣のベッドを見た。

ルーネベリは神殿に無事に行けたのだろうか。ルイーネは神殿に何の答えがあると言いたかったのだろう。残した手がかりが、ルーネベリの役にたつのだろうか。怪我を負っていても、城に行くほど動けたのなら、ミースたちに無事を伝えることだってできただろうに、なぜ、そんな遠まわしに言葉を残したのだろう。まるで、ミースたちを避けているようだ……。

 苦悩から一転して、疑問がミースの頭にはびこった。

「叔母は私たちを避けて、身を隠したのか」

 自分の言葉に息を飲んだ。どこにも根拠などはなかったが、ルイーネがミースたちを避けているという答えは、核心をついているように思われた。

眼鏡を外し、目をぎゅっととじた。

 けれど、ルイーネがミースたちを避けているとしても、すべての話しはまだ繋がりそうで繋がらない。欠如した一番の答えが、まだ見つかっていないからだ。ミースは眼鏡をかけ、リュックを脇においた。ベッドから下り。ローブを持ちあげ、屈んで靴紐を結ぼうとした。ふと、ガーネの使っていたベッドの足もとになにか落ちているのに気がついた。ミースは手を伸ばしてそれを取りあげた。

平べったい金のペンダントか、部屋の灯りに反射した。

「ガーネのペンダントか。昨日、宿から連れて帰ってきたときに落としたのか」

 ミースはペンダントトップについた埃を払った。そうすると、ミースの腰とガーネの肩を抱くルイーネの立体記録がでてきた。冷めたミースの顔がかすかに綻んだ。記憶が蘇ってくる。これは二年前に、ルイーネの家の庭で撮ったものだ。三人で撮った記録が一つもないと叔母がいいだして撮った。ガーネはルイーネの持っていたペンダントに記録したが、ミースはガラスの板に記録したのだ。家の本棚に、今でも置いている。

 ペンダントの端の歯車をまわすように撫で、立体記録は消した。ミースはペンタントを首にかけ、ガーネに返してやろうと思いながら、ペンタントトップをもちあげた。影をもった金の裏側に、なにやらちらりと凹凸が見えた。「なんだろう?」

ミースは首を傾げ、ペンタントトップの裏返した。そうすると、裏側には字が浮かびあがっていた。途切れ途切れの文字を、ミースは片言で読もうとした。

「……てい…わ……ネ。し……くわたし……な……」

 顔を近づけ、目を近づけても、それ以上はわからなかった。ミースは諦めようと、トップから手を離して鎖の部分を掴んだ。ペンタントトップの裏側に、ミースの指の後がくっきりと残っていた。裏の部分だけ素材がちがうのだろうか、体温に反応しているようだった。熱を失った部分が、すぐに普通の金にもどっていく、。ルーネベリが宿泊名簿を手で擦っていた、あれと同じ、化学というものなのだろうか。

 ミースはトップの裏側に五本の指をあて、軽く擦った。文字がみりみると浮かびあがってくる。熱が冷めないうちに、ミースは浮かびあがったすべての文字を読んだ。


 


 都人が寄せ集まり、押しのけあう中、ルーネベリがもう間もなく城に着くというところで、「阿万様」と僧たちがこちらに気づいてやってきた。僧たちはうまく、人ごみをすり抜けてルーネベリの前までくると、阿万僧侶に手を伸ばした。

「怪我はしていない。少し頭を強く打って、意識がないんだ」

 僧たちは両手を合わせ、ルーネベリの背から阿万僧侶を下ろした。そうして、六人がかりで阿万僧侶を抱えると、何も言わずに、城の方へ連れて行ってしまった。一人残った僧が、ルーネベリに言った。

「ご事情がおありなのは存じております。竜たちが騒ぎだした大変な折に、ここまで阿万様をお連れいただきましたこと、まことに感謝いたします」

 僧はルーネベリを責めるどころか、とても丁寧にお辞儀をした。

「阿万僧侶が神殿に行っていたこと、知っていたのですか?」

「あしからず。私どもは阿万様の深いお考えをおとめすることができなかったのです」

「それじゃあ……」

 僧は言った。

「阿万様はこの世界にいる桂林様の影の存在を恐れておりました。私どもの持つ影と同じく、桂林様の影もまた、主を襲うことはないのです。けれど、阿万様は影があるからこそ、桂林様のお命が賊に狙われると日頃から懸念していらしたのです」

「阿万僧侶は、桂林様を守るためにあんなことをしようとしたのですね」

「阿様が何をなさろうとしていたのかは存知ませんが。管理者様を思ってやったこと、どうか、大事にはなさらないでください」

 ルーネベリは頷いた。

「阿万様は慕われているのですね」

「あのお方は、都の者には恐ろしいやら、人並み外れていらっしゃるといわれておりますが。とても人間味のある方なのです。目を失明なさった桂林様に、これ以上の苦難が来ぬよう、身を粉にして神殿に向かわれたことでしょう」

「どうやら、俺はそれを悪く勘違いしたようです」

 僧は目をぱちくりさせた。「安心してください。大事になどしません。ですが、阿万僧侶が目を覚ましたら、お伝えください。少し言い過ぎたと」

 苦笑いを含めて、そう言ったルーネベリに、「お伝えいたしたします」と僧侶は頭をさげて、城に帰っていった。




 窓越しに、目を細めた宿屋の主人がミースに言った。

「あれ、赤髪の兄ちゃんじゃないか?」

 窓の下を指差す主人は、「ちょっと、ここに来て見てみろ」と、ミースを急かした。ミースはペンタントをローブの下に隠し。腰をあげて窓に近づいた。主人に言われた方角の、窓の外を覗くと、ガラスの屈折で人々の顔が歪んで見えたが、あの赤い髪をはねさせた巨体は、遠くからでもすぐにわかった。ルーネベリが戻ってきたのだ。

 ミースは身体の向きをかえて、扉に向かった。

「おい、どこに行く!」

 主人の声が遠くに消えてゆくなか、ミースは一人で城の廊下を歩き、外へと早歩きした。

 出口のある下の階まで一息もつかずに降り。廊下を通って城の外に出ようとすると、反対に、城の中に入ろうとする都人の流れに飲まれそうになった。ミースは足にめいいっぱい力をいれて踏ん張ったが、肩や腰が人々にぶつかるたび、身体は城の奥へと戻ってしまう。人を押しのけようとしても、大勢の人々の流れにはかなわなかった。ふいに肩をつかまれた。

「ミース、ここで何をやっているんだ?」

「パブロさん」

 ルーネベリの巨体は人々の流れの中、下手なことでは動かない木のように立っていた。ミースはルーネベリの手首を掴んで、「聞きたいことがあります。外に出ましょう」と言った。ルーネベリは軽く頷き、強引に人々の流れの逆を歩いて外へでていった。ルーネベリの手首を掴んだままのミースもそれにつづいていた。城の外にでると、人の少ない円城の右隅まで移った。そこで、ルーネベリは言った。

「どうした?俺は今から……」

「おっ、おい。あれを見ろ!」

 ミースが口を開ける前に、都人の大きな声が響いた。

 城から離れた壊され燃える民家で、何かを探していた水竜たちがそろって鳴き叫び、地上から飛び去った。

 ルーネベリとミースを含めた、人々が皆、都人が指差した先を見た。そこには水の噴だす六角柱があった。そして、六角柱のちょうど、真ん中に小さな黒い点のようなものができていた。

「見ろ、どんどん大きくなっている」

その場にいた人々は、柱に釘付けになった。都人のいうように、次第に、点は肉眼でも見えるほどの穴となった。得体の知れないその穴は、中心に向かって渦まいていた。

とびきり目のいい都人は、不意に現れた穴の中に竜の細長い瞳を見つけ、恐れおののいた。穴の縁に鉤爪を置き、少しだけ青い鱗に覆われた顔をだした竜は、穴が小さくて出られないとわかると、力任せに穴を壊し破った。

柱を構成したクレ・ミラールが粉々になって、空に飛び散った。穴から、大きな青い竜が飛び出てきた。

 陸地にいた人々は、恐怖で言葉もなくその様子を見つづけた。

 民家にやってきた竜たちよりも、ひとまわりも、ふたまわりも大きく立派な青い竜は、崩壊した柱を足蹴りにして空へと飛ぼうと羽をひろげた。けれど、外にでてきた大きな竜は苦しそうに鳴いた。羽に力がこもらず、うまく飛べないのだろうか。柱をすべり落ちながら、尖った鉤爪で竜はなんとか柱につかまった。

それでも、めげることなく竜は羽をはばたかせて空へ飛ぼうとしたが、ふたたび、竜は飛ぶことに失敗した。柱に身体を打ちつけ、呻くように竜は鳴いた。

「弱っている」と、誰かが呟いた。

 竜の胸に、竜を捕られた巨大な魔術式が現れた。魔術式が七色に強く輝くほど、竜の鳴声はたかくなり。竜の青い鱗が、みるみる鮮明な赤色に染まっていった。










……ぎりぎり五月です。

次回も、がんばります。






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