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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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九十章 リイリカナの物語



 第九十章 リイリカナの物語





 リプセはルーネベリとアラに手を差し伸べた。いつの間にか、木の太い枝が幾重にも絡み合い半円を描いて長椅子のようになったものが目の前に置かれていた。リプセはそこへ座るように促しているのだ。

 ルーネベリとアラが大人しく木のベンチに座ると、リプセは優雅に半透明の身体を捻らせて一人で踊り、ギラギラと光る三つの瞳のうち二つの目を閉じて、まるで物語の語り部のような落ち着いた口調で話しはじめた。

「デハルの話をするならば、最初にとても欠かせない登場人物がいます。ーーそれはデハルのお母君」

「母親?」とルーネベリは思わず聞き返したが、リプセは頷いて言った。

「彼女の名はリイリカナ・デ・バル。彼女は何の力も持たない人の種でした」

「デ・バル?それは……」

「ご想像された通り、デハルの名前の由来はお母君の家族名です。彼女はデハルの人生に幸せと影をもたらした最愛の女性でした。

 彼女、リイリカナが生まれた世界は後にアーミアと呼ばれる者たちの先祖にあたる、『貴人』と呼ばれていた少数の者たちが支配する世界でした。彼らの種にとってはまだ知識の浅い、未熟な時代でした。彼らは種の異なる、知能の劣ると考えた者たちを平凡種と名付けて虐げていました。リイリカナの両親もまた平凡種として生まれました。リイリカナの父も母も、暗い茶色髪の茶色い瞳を持つ素朴な容姿をしていました。体力もそれほどあるとはいえず、知能も同種とさほど大差ありませんでした。特別さを見つけることもできないほど、突出したものも個性も乏しかった。しかし、その二人から生まれた子であるリイリカナは、平凡種と思われていた種に起こった突然変異体でした」

「突然変異体?」

「リイリカナ・デ・バルはその世界に生まれ落ちた瞬間から光を放ち、輝く金髪に淡いパールのような白色の瞳を持つ愛らしく麗しい容姿をしていました。彼女の泣き声は植物の成長を早め、深い傷や病を癒しました。不運なことに彼女は平凡な種の中でただ一人特別な力を持って生まれてしまったのです。リイリカナは女神の生まれ変わりだと皆が崇めたてました。リイリカナの噂はすぐに貴人たちの耳にも届きました。リイリカナは攫われるように両親から引き離されて、わずか三歳にして貴人たちの長の妻にさせられました」

 ルーネベリもアラも驚きながら不快に顔を顰めた。リプセは言った。

「貴人の長は乳母を雇い入れてリイリカナを丁重に世話をしましたが、母親が恋しい幼いリイリカナは泣いてばかりいました。彼女が悲しみ泣いても、植物は分別なく豊かな実りをつけました。貴人の長は幼いリイリカナを泣かせるように鞭を手に残酷な仕打ちをしました。貴人たちは彼女が一度泣くだけで多くの富を得ることができましたが、彼女にとっては想像を絶するほど悲しく辛い日々を送っていました。そして、成長するたびに美しさが増すリイリカナを貴人の長は屋敷に閉じ込め、リイリカナが十六歳の時、息子アミアガリアを出産しました」

「アミアガリア……」

「その息子こそがアミーアの祖となる男です。アミアガリアの若い頃は貴人の長に瓜二つの性格をしていました。傲慢で我儘、凶暴で残酷な気質を持った子でもあり。物心ついた頃から実母のリイリカナをとても軽蔑していました。彼女の話は聞かず、召使いたちもリイリカナを嘲笑い。毎夜、夫には鞭打たれ。リイリカナは深い悲しみが積もりに積もり、ついに涙が枯れ果て泣けなくなりました。 

 貴人の長はリイリカナが富をもたらさないとわかると、屋敷に捨て置き。貴人の娘を妻に娶り、屋敷から離れた土地に居を構え、新しい家庭を築きはじめました。十歳だった息子のアミアガリアは父である貴人の長と共に屋敷を出たため、屋敷には屋敷を維持するためだけの数人の召使いとリイリカナだけが残されました。彼女は気力を失い、与えられ最低限の食事で細々と暮らしはじめていました。

 それから数年経ったある日、静かな屋敷で目覚めた者がいました。わたしの主人、テフォレイスです。……あぁ、懐かしい」

「懐かしい?」とルーネベリ。リプセは口元をわずかに綻ばせて話をつづけた。

「主はまだ剣の姿ではなかったのです。まだ、『白宝石』と呼ばれた白銀に煌めく石でした」

 ルーネベリは手元にあるプラチナの剣を見下ろし、これが元は石だったのかと思った。リプセは言った。

「主を甘く見ていらっしゃるようですね」

「えっ、いや……」

「主はああ見えて、老神様と肩を並べるほど古い神なのです」

 ルーネベリはピンとはこなかったが、神々から老神を度々耳にしてきたので、「なるほどです」と頷いた。

「でも、どうして老神様と肩を比べるほど古い神なのに、石だったんですか?」

 ルーネベリがそう聞くと、待っていました!と言わんばかりにリプセは意気揚々に言った。

「主は元々、生命からお成りになった神ではないからです!主が神々との交流に疎いのもそのせいです。物からお成りになったために、感情というのがよくわかっていらっしゃらないんです」

「はぁ……」

 気のないルーネベリの返事にリプセは慌てたが、ルーネベリはルーネベリなりに興味は持っていた。物から神になるという概念はルーネベリにはなかったが、どうやって成るのかが気にはなったが、これ以上話をつづければ話がテフォレイス主体へと移ってしまうだろう。ルーネベリは好奇心を我慢して言った。

「ところで、話を戻してもらっても?屋敷で目覚めたテフォレイスから話のつづきをお願いします」

 リプセは途端に残念そうに肩を落としたが、話のつづきをしてくれた。

「そう、長く眠っていた主はある日、目覚めました。わたしの主はリイリカナの生まれ育った世界の地下から貴重な石として発見されて以来、貴人の長のみが持つ特別な宝石として扱われてきました。権力者である貴人の長の力の象徴という立場に、主は長年それなりに満足していたのです。貴人の長たちは代々、贅に溺れた口先ばかり虚者でした。主が神であることすら知る力も術もなく、ただ華美だという理由のみで主にはなんの力もないと決めつけていたのです。

 リイリカナの夫である貴人の長は、先代の長から受け継いた主をはめから軽んじていました。主をただの宝石の類と同じだと思うようになり戸棚の奥へしまい込み、主のことをいつしかすっかり忘れ。居を別に移した時も、主を持っては行かなかったのです。主は怒り狂い、目覚めてから毎日のように叫んでいました。けれど、誰も宝石が叫ぶなどと思わず、屋敷に化物がでたのだと召使いたちは恐れ慄き、屋敷から皆逃げ出してしまったのです。ついに一人残されたリイリカナは一日中叫ぶ主の元へ、声の主の元へ意を決して屋敷中を探しまわったのです。ーーそれが主とリイリカナの出会いでした」

 心なしか、リプセの声が沈んだようにルーネベリは感じた。それは他人の話をしている様子ではなく、過去にあった出来事を思い出しているようでもあったからだ。

 リプセは言った。

「主はリイリカナに怒鳴り散らした。しかし、リイリカナはとても嬉しそうでした。もう誰もリイリカナに見向きする者も、声を掛ける者もいませんでした。リイリカナはもう泣けないと思っていたのに、嬉しさのあまりに泣いたのです。リイリカナから放たれた特別な力に乗って歓喜の感情が周囲に溢れました。主は本心からリイリカナが主と会えたことを喜んでいると感じて感激してしまったのです。

 主は強欲な生命体ばかり見てきたので、些細なことにさえ涙する純粋な想いを持つ生命体が健気できわめて可愛らしいと知らなかったのです。真実の愛おしさを感じた主は孤独なリイリカナのために力を貸してやるとまで言ったのです。主があれほど親身になってあげた人間は他にはいません。リイリカナの人生にこれまで何があったのかを聞いた主はリイリカナに屋敷を出るように言い、彼女の両親に会わせてやると豪語しましたが。すでにご両親は亡くなった後でした。主が見せた過去のリイリカナの両親の顔は、二人とも少しずつリイリカナと似ているところがありました。リイリカナは会えなかった両親に思いを馳せ、貴人たちの手の及ばない土地へ行き。それから、行き場のないリイリカナに主は言いました。『世界は一つしかないわけではない、異界へ渡ればいい』とーー」

「異界へ渡る……」 

「主は異界へ通じる扉を開いて、リイリカナと旅に出たのです」

 ルーネベリとアラにはその意味がよくわかっていた。幾つかの世界を旅した今、リイリカナという女性がどのようにして別の世界に旅立ったことが容易に想像ができた。


 リプセは言った。

「主とリイリカナの旅は彼女にとっての十数年間でした。主にとっては瞬く間でしたが、主はリイリカナととても楽しい時間を過ごすことができました。主の身体を毎日のように磨き清めるリイリカナを主は寵愛していたのです。

 旅の初め、口数が少なく感情の乏しかったリイリカナは長い旅の中で、さまざまな種と出会うたびに『考え』について知りました。屋敷の中に閉じ込められてきた彼女にとっては目新しいことばかりですが、どの世界へ行っても住む者も旅人も各々の基準であるゆる考えを持っていたのです。

 なにも持たず、なにをすれば良いのかわからないリイリカナにとって主の存在は救いでした。主はやはり神なのです。石という形を成していても、神を見抜く者は見抜くのです。主に守れたリイリカナはその恩恵に預かりたいと云う者たちに施しを幾度も受けました。リイリカナは彼らからの恩を返したいと誠に願うようになり主に乞い、主の声によく耳を傾けたのです。主は彼らの未来の一端を些細な言葉としてリイリカナに授けました。神にとっては容易く粗末なことです。

 しかし、主の言葉は多くの人々の救いとなったのです。長い旅路の中で、リイリカナは『神のお声を聞く者』として広くその名を知らしめました。リイリカナに会いにわざわざ訪れる者も多くありました。リイリカナは多くの者に必要とされ、過去の傷は消えないけれど、ようやく人を助けたことで生きる意味を見出すことができたのでした。

 主とリイリカナは誠に互いを大切に想いあっていました。それは紛れもなく愛でした。奪い合うような激しい愛ではありません。静かな温かい愛でした。神である主をリイリカナは手放せずにいました。主もせめてリイリカナの最期まで傍にいてやりたいと思うと同時に、リイリカナには生命として幸せになってほしいと思うようになっていたのです」

「テフォレイスがそんなことを……?」

 ルーネベリが思わずそう言った。あの捻くれた神にもそんな優しい一面があったのかと思ってしまったのだ。

 リプセは言った。

「主は元々お優しい方ですよ。ーー主はわかっていらしたのです。主ではリイリカナの番、伴侶にはなってやれないと。また、主はリイリカナを神にすることも願わなかったのです。深い傷を抱えたまま終わりの見えない歳月を存在させることはいずれリイリカナを絶望させ悲しませるだけだとわかっていたのです。

 主は多くの世界を見通してリイリカナに相応しいだろう相手を探したのです。無理強いなどするつもりもなく、ただ偶然を装い巡り合わせるつもりでした。

 主の考えはある日、予期せず現実となりました。リイリカナの伴侶は主が思い描いた通りの者ではありませんでした。ふと立ち寄った世界の小さな集落に住む、もう若くはなかったが身体は頑丈で心の純粋な人の男とリイリカナは一目で互いに恋に落ちたのです。リイリカナとその男は小さな集落で粗末な祝儀をあげ、翌年には子に恵まれました。その子の名はレフェレント。あなた方がご存じの、神デハルが人間だった頃の名です」

 アラもルーネベリも頷いた。デハルの本名を聞いても、特別何かを思うわけでもなかったが。恐らくまだ話がつづくのだろうということだけはわかった。

 リプセも頷き返して、言った。

「デハルーーレフェレントは、リイリカナよりもさらに美しい容姿をしていました。ですが、髪の色と瞳の色だけは父親譲りの灰みがかった茶色いと、神秘的な深い紫色の瞳をしていました」

「紫色の瞳……」と呟いたルーネベリ。リプセを気にせずに話をつづけた。

「レフェレントは他にも父親の能力を受け継いでいました。あなた方の世界にも存在する『魔術』とよく似た力で、神の無から創造する力にも似ていました。母リイリカナは恐れました。レフェレントもかつてのリイリカナのように攫われ、酷く辛い目に遭わされるのではないかと恐怖したのです。毎夜眠れぬほどのリイリカナの恐れは誰の言葉をもってしても安心させることができませんでした。彼女自身が受けた心の傷はそれほど深かったのです。

 しかし、長年側にいた主だけは違いました。主はリイリカナに集落の鍛冶屋に頼んで主を高温の熱で溶かして鍛えるように言いました。主は剣となり、生涯、リイリカナの息子を守ってやると誓ったのです。リイリカナは心から喜びましたが、レフェレントの父親は主を剣にすることを反対しました。集落で親子三人ひっそりと暮らせば息子を攫う者などおらず、主を宝石のままにしておけば、いつか生活に困った時に他の集落で高く売ることができるからだとリイリカナを説得しようとしましたが、リイリカナは生まれて初めて激怒して主を手放そうと考えたことを許しませんでした。リイリカナにとって主がどんな存在なのか、レフェレントの父親には少しもわからなかったのです。神といえども宝石にしか見えなかったのです。二人の心は離れ、リイリカナは息子のレフェレントと主を連れて集落を出ました。主はリイリカナを説得しようとしました。リイリカナはもう戻りたくないと云い、別の異界へ行けるように主に乞いました。主はそれがリイリカナの幸せになるのであればと、異界への扉を開いてやりました。

 リイリカナとレフェレントは衣類をたっぷりと着込み帽子で顔を隠し、さらに容姿がわからないように顔を黒い粉で汚しました。二人と主はまたあてもなく異界を巡り歩きました。リイリカナは息子と主が何者かに奪われるのではないかという強い不安が拭えず、同じ場所に長く住むこともできず、食が少しずつ細くなりはじめました。夜もほとんど眠れず。何度も息子の顔を見ては主の石の身体を握り締めました。そうしてリイリカナは少しずつ少しずつ心を疲弊させていったのです。

 ある時、異界の街を歩いている時、二人の幼い兄弟が走りながら戯れあっている姿を目にしました。そして、息子のレフェレントは言ったのです。『僕にも兄弟がいたらよかったのに』とーー」

 ルーネベリは無意識に口をぽっかりと開けていた。兄弟、姉妹のない子供ならば思うこともあるだろう。他の兄弟、姉妹の楽しげな姿を羨ましく思ったのだろう。

「リイリカナは故郷の世界にいるだろうもう一人の息子を思い出しました。アミアガリアの十歳の頃の姿しかリイリカナは思い出せません。それも、軽蔑した目という悲しい記憶です。アミアガリアの笑顔などもっと幼い頃にしか見た記憶がありませんでした。もう一人の息子レフェレントと大違いです。レフェレントは見惚れてしまうほど愛らしく美しい笑みを母親に向けてくれるのです。母の過去などなにも知らず、母をただひたすらに愛してくれているのがわかるのです。リイリカナはこの息子にただ一度でいいから兄に会わせてやりたいと思いました。主はリイリカナを止めはしませんでした。リイリカナの故郷の世界へ通じる扉を開いて、二人を渡らせました。

 リイリカナが故郷へ戻ったのは、実に十八年ぶりでした。貴人の支配していた世界は大きく様変わりしていました。整えられた立派な白い漆喰の塗られた家々の中央に湖に取り囲まれた聳える大きな城がありました。街の者にリイリカナが城について尋ねたところたった十八年の間に、かつてのリイリカナの夫である貴人の長は王を名乗り。その地帯一帯を支配していました。他の貴人たちは別の地域に散らばり彼らもまた王として君臨していたのです。「国」と呼ばれるものがあちこちにできていました。そして、国同士は時たま、傭兵を大勢雇い争っているのだといいます。ですが、リイリカナがこれまで見てきた戦争とはまるで違う様子でした。

 リイリカナは息子のアミアガリアについて尋ねた。アミアガリアは既に二十八歳となっていました。十年前に貴人の妻を娶り、子も二人おり、次期王太子として父王を補佐しているのだと聞きました。民には立派な王太子様と呼ばれているようです。しかし、リイリカナはまるで赤の他人の話を聞いているかのようでした。残酷な貴人の長と、軽蔑した目の息子アミアガリア。リイリカナはレフェレントを会わすべきか悩みましたが、リイリカナもすでに四十を超えていたので、また故郷に戻ってくることなどないのではないかと思ってしまったのです。リイリカナは迷いながらも心を決めて、城に実の母が参ったと訪ねて行きました。

 強固な城の門兵は王太子には王妃様がいらっしゃると答え、リイリカナを追い返そうとしました。リイリカナは光り輝く主を見せて、どうしても会いたいと強く訴えかけました。騒ぎを聞きつけた貴人である王はリイリカナとレフェレントと主を謁見の間に通しました。貴人である王の前に姿を現したリイリカナに王は驚いていました。かつて見たリイリカナの弱々しい印象はもうなく。気丈で美しい婦人の姿に王は歓喜しました。側室として再び迎え入れてもいいと云ったのです。

 主はとても怒り、リイリカナ以外の者にもわかるように大きな声で叫びました。主は神であり、リイリカナと側にいる子は主の庇護のもとにあり侮辱は赦さないと叫んだのです。ーーあぁ、あの時は痛快だった!」

 リプセは愉快そうに声を弾ませた。

「貴人の王は、まさかかつて有していた宝石が神であるなどと思わなかったが、主は元は貴人の王の所有物だと主張したのです。主は強欲な王に言いました。主はただの生命である貴人の王には所有など端からできず。リイリカナもまた主の所有者ではなく、庇護するに値する生命に過ぎないと。ーー主は神の怒りをその身に受けるか、息子のアミアガリアとリイリカナと対面する場を設けよと脅しつけたのです。貴人の王は神が何たるか知らなかったので鼻で笑いましたが、城の者たちはただ宝石の姿をした主が叫んでいるだけで恐ろしくてたまりませんでした。貴人の王の命なく、城の者たちは主に約束したのです。貴人の王は、王の許可なく勝手に約束するなどと憤慨する様子を見せたので、主は貴人の王の声を奪いました。微かな呻き声さえあげることができなくなった貴人の王は指先をリイリカナに向けて、城の者たちに攻撃するように指示をしました。主は襲いかかってくる城の者たちを吹き飛ばしました。そして、身体を強く光らせました。城内はわずかに熱気を帯びはじめました。貴人の王も、城の者たちも主が神であり、声どころから命さえ奪うことのできるほどの力を有しているのだと知り震えあがり、主に向かって叩頭して無言で赦しを求めたのですが。主は声をけして返してやりませんでした。

 主の力の一端を目にした者たちは青ざめながら叩頭してすぐにアミアガリアを呼び出して、城の一室に連れて行きました。

 母リイリカナとアミアガリアの再会の時は、恐怖に包まれていたのです。アミアガリアはほとんど記憶にない母を見ず、母の手の上で輝く主を見つめて怯えていました。主が父王の声を奪ったことを城の者から聞いていたのです。

 リイリカナは片方の手でもう一人の息子の背を押しました。そして、アミアガリアの前に素顔を見せるように言いました。レフェレントは顔に塗った黒い汚れを袖で軽く拭き取り、かぶっていたフードと帽子を脱いで兄に向かい言いました」

「はじめまして、兄上様」

 爽やかな幼い声が突然耳に聞こえ、ルーネベリもアラもびっくりして立ち上がった瞬間ーー目の前にいたはずのレプセの姿はなく、ルーネベリとアラの腰ぐらいの身長のこの世の者と思えないほどの美少年が立っていた。ルーネベリの人生の中で出会った美しいもの達の中でも際立って傑出した容姿をしていた。そして、その隣には、女神のように光纏う麗しい女性が立っていた。どうなっているのかと後ろを振り返ると、血色の悪い青年が今にも倒れそうになって壁に手をついていた。そして、震える唇から辛うじて弱々しい声をだした。

「はじめまして、我が弟よ……」

 その声が聞こえた後、ルーネベリとアラの姿が掻き消えた。





 


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