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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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六十九章 心の整理



 第六十九章 心の整理





「ルーネベリ」

 名を呼ばれ、ルーネベリがシュミレットの方を見ると、ヒテンがニキルに「何もしないでほしい」と話しているところだった。シュミレットは「困ったね」と漏らし、ルーネベリは「そうですね」と頷いてからもう一度後ろを振り返った。

 リカ・ネディは何気ない様子でアラに「落ち着ける場所ないのか?」と話しかけ、オルシエは腕を組んだまま俯いていた。二人の様子になんら変わったところがなかったが、それがむしろ不自然にも思えた。

 なぜだろうか、二人の行動はまるで知られまいとしているようではないだろうか……。

 そう思うと、途端にルーネベリは何かあるのではないかという気がしてならなかった。二人に関して、とりとめて注意して記憶に残しておくべき出来事は特別なかったはずだ。リカ・ネディは思ったよりもよく話す楽しい人物で、パシャルの従兄だけあってかどこかしら似ていて、気が楽だった。オルシエはどういう性格かはよくわからなかった。ルーネベリの前では一貫して寡黙そのものだった。

 二人は文句を言わず、面倒事も起こさない。当初に交わした約束をよく守ってくれていた。――何かあったとすれば、ダネリス・バルローとパシャルの関係性に驚いたぐらいだ。

 ルーネベリは額に手をあてながら、記憶を辿りながら、そういえば……と考え込んでいると、また声をかけられた。

「ルーネベリ」

 話しかけてきたのはシャウだった。

 ルーネベリは言った。

「どうしたんだ?」

 シャウは言った。

「色々と考えたんだが、俺は……。ここで終わりにしようと思う」

「終わりにする?」

 ルーネベリがそう聞き返すと、話を聞いていたシュミレットが振り返って言った。

「彼はここで旅をやめるということだよ、恐らくはね」

「えっ?」

 驚いたルーネベリにシャウは頷いた。

「ここまで来られたのは、皆のおかげだ。幸運だったとしか言いようがない。元々、カンブレアスたちについてきただけで、俺は叶えたいと心底思っている立派な望みらしい望みもなかった。毎日、飯を食って働いて一日の終りに仲間と楽しく酒を飲み交わせれば満足だ。この先に進んだとしてもーー。野望も望みもない俺が最後まで残ってもしょうがないだろう。この辺りで旅は終わりにする。これまで共に旅ができて楽しかった。十三世界に戻ったら、カンブレアスたちも誘って飲みに行こう」

 ルーネベリは苦笑った。

「俺が参加しても喜ばれないと思うが……」

「カンブレアスたちは真面目で融通が効かないが、酒を飲むとだいたいのことは忘れてしまう。細かいことは気にせずに飲みに行こう。きっと楽しいはずだ」

「そうだな……。本当にここで旅をやめるのか?」

 ルーネベリはちらりとリカ・ネディと話をしているアラを見た。それに気づいたシャウは微笑んだ。

「関係ない。俺は気持ちを伝えることができた。まったく後悔していない」

「そうなのか?」

「あぁ。旅をやめると決めたのは紛れもなく俺の意志だ。十三世界に戻れるまでこの場所をあちこち見てまわりたい。思えば、今まで旅した世界はゆっくり見てまわる暇もなかった気がする。時間を食うというわけがわからない生き物の中にいるなんて……戻ったら、自慢できる」

「それもそうかもしれないが……」

 シャウはルーネベリに別れの抱擁をし、高い所にあるルーネベリの背をトントンと叩いて言った。

「旅の無事を願っている」

「ありがとう」とルーネベリが答えたところ、男二人が抱擁している様子見て、アラとリカ・ネディが近づいてきた。

 リカ・ネディは片目を吊りあげて言った。

「どうした?」

 ルーネベリが説明しようとしたが、先にシャウが別れの挨拶をはじめたのでルーネベリが口を噤んだ。シャウの話を聞きながら、リカ・ネディは「お疲れさん」とシャウの肩に手を置き、アラは少し戸惑っているようだった。

 ルーネベリは心配になったが、シャウがシュミレットと握手し、リカ・ネディと別れの抱擁をしてから、その次にアラにも抱擁し。アラの耳元で「最後まで残って、願いを叶えて欲しい」と囁くのが聞こえたので、ほっとした。

 リカ・ネディは「男姉ちゃんにだけ言うのはずりぃな」と冗談交じりに笑ったが。アラはシャウの目をしっかりと見て「もちろんだ!」と応えた。

 シャウは清々しい笑みを浮かべた。

 最後までいい男だ。一時はどうなるかと思ったが、シャウの本心はどうであれ、気持ちよく見送るつもりなのだ。ルーネベリは何も言わず、ただ頷いた。 

 シャウはニキルに言った。

「俺はヒテンのために何もしてやれないのにすまないが、案内役を頼めないか?コロモロロトの中を見てまわりたい」

 ニキルは頷いた。

「言語を話せる者のいる場所へ移動させよう」

「感謝する。が、少し待ってほしい」

 シャウは改めてルーネベリ、シュミレット、アラ、リカ・ネディ、そして、少し離れたところに立っているオルシエとバッナスホートに言った。

「今までありがとう。また十三世界で会おう」

「また」と皆が言うと、シャウは軽く背伸びをして、ルーネベリとシュミレットの向こう側にいるヒテンに向って言った。

「ヒテン、俺はなにもできないが、せめて一言、煩い忠告を聞いてくれ。――どうして思い切らない?何かできるかもしれないと思えるうちは幸せだと思わないか」

 ヒテンは肩を揺らした。

「一言じゃなかったな……」とシャウは微かに笑い、つづけた。

「皆、生きているだけで何かをしなければならない。先に進まなければならない。どの先へ進むのかを決められるうちは己の意志で決めて進まないと、ただ何もなく流されてゆくだけだ。誰かに迷惑をかけるからだとか、誰かのことは考えるな。他人は関係がない。己が何を望むかだ。わかりきっていることをただわかったと悟ったふりをするな。わずかにでも望むなら、思い切れ。うまくいかなかったとしても、思いがけない幸運だってある。俺のようにな……」

「それは」とルーネベリは言いかけたが、「何を?」とは聞かなかった。

 望むならばその心のままに従うべきだと、シャウは言っているのだと、ルーネベリは思った。恋だけではない。すべてにおいていえることだろう。

 すべてを知ることなどできない。すべてを常に得ることもできない。人によって望む結末も違う。しかし、結果に正しさを求めなくてもいいのだ。その時は、どれほど無駄に思えても、長い人生、得る者は最良の形で得るのだ。結局は、時間はかかったとしても、心の整理をつけられるのだからこそ、ただ闇雲に恐れることこそに疑問を抱いたほうがいいのだ。起こってもいない出来事を想像してただ怯えているからだ。その想像から現実の世界へと、出なければならない。現実の結末を知るべきなのだ。

 シャウはそのことをヒテンに教えたかったのだろうが、ヒテンに伝わったかは定かではなかった。けれど、シャウはヒテンに伝えながら、シャウ自身にも言い聞かせたのだ。ヒテンはかつてのシャウの姿と重なるかもしれない。

 旅を終わらせることは、シャウなりのけじめと、仕切り直しの意味を込めていたのだろう。

「気を付けて先へ進め、友たちよ」

 シャウは笑いながら手を振ったと同時に、白い触手が地面から伸びてきてシャウの両足に絡みついて地面に瞬時に引きずり込んでいった。

 シャウとの別れは思ったよりも寂しくはなかった。

 また会えるとわかっているからではない。シャウが本当に満足そうに笑っていたからだ。


「よかった」と思わず呟いたルーネベリに、シュミレットは言った。

「何がよかったのかな?問題はまだ解決していないのだけれどね」

「あぁ、そうでしたね……」、

 シュミレットがニキルに言った。

「ところで、君に訊ねたいことがあるのだよ。いいかな?」

「何?」

「隣の世界に渡るのに、例の『扉』を開くことはできないのかな」

「あの扉はーー、隣の世界へ通じることはない」

「えっ?」と、横からルーネベリが言った。

 シュミレットは言った。

「理由はわかるのかな?」

 ニキルは頷いた。

「扉は時間に開く穴だ」

「穴?でも、確か扉には……」

「扉に相応しい装飾を見たのなら、それはただの見せかけ。何度も扉を通る者は境目を見分けるために見せかけを作っているだけ。実際の穴は、僕らの想像を遥かに上回る膨大なエネルギーによってこじ開けられる。隣り合う世界がそれぞれ膨大なエネルギーで穴が開くと、どうなると思う?」

「つまり、穴が開いているということは、空いている間は膨大なエネルギーがそこに存在するということなんだな」

「そう。二つの膨大なエネルギーが並ぶと、どうなるか……」と、ニキル。ルーネベリは言った。

「それほど大きなエネルギーなら、周囲に影響を与えるだろうし。エネルギーの性質や状態にもよるだろうが、引き寄せ合う可能性が極めて高い……二つの膨大なエネルギーが引き寄せ合い衝突すると……。あぁ、先生、理論上、隣り合う世界に穴を開けることは不可能ではありませんが、それは阻止しなければならないでしょうね。でなければ、とんでもない事が起こる」

 ニキルは言った。

「扉を開いて隣の世界へ行くことができない理由が伝わった。別の方法を考えて欲しい」

 シュミレットはクスリと笑った。

「残念だね。けれど、二つの隣り合う世界に穴が開くと、どうなるのかはとても興味深いね」

 ルーネベリはため息をついた。

「先生、あなたね……。冗談でもやめてください。爆破ともいうべき現象ですよ。考えただけで、ぞっとしますよ」

 シュミレットは言った。

「学者の君も興味を持つと思ったけれどね」

「興味はありますよ。ただ、実際に起こって欲しいとは思いません。時間軸という概念が正しいのであれば、その一部が吹っ飛ばされるわけですよ。そうなった場合、考えられる可能性はそう多くはありません。……ニキルの言う通り、別の案を考えましょう」

「そうするしかなさそうだね。でもね、その前に、僕はメトリアスの鏡と特産物を交換したいのだけれどね」

「交換しよう。メトリアスの鏡の価値に相応しい量を渡そう」

 シュミレットは言った。

「今、ここで君に渡せばいいのかな?」

「ここには完成された特産物はない。移動しなければいけない」

「ニキル」と声の沈んだヒテンが呼んだ。

 ルーネベリとシュミレット、そして、ニキルがヒテンを見ると、いつの間にかノートと毛布を持っていたヒテンが首を横に振っていた。

「何もしないでほしいと言っているのに……。もうすぐ時間だから、僕は異線の岬へ行ってくる」

 ルーネベリは片手をあげた。

「あっ、俺も……。先生、俺もヒテンと共に岬に行ってきます。ちょっと気になることもあるので。他の皆はここにーーいや、コロモロロトの中にいてください。戻ってくるので」

 シュミレットは頷いた。

「別行動だね、わかったよ。また後で」

「はい、後で!」

 ルーネベリがそう言った瞬間、地面から白い触手が伸びてきてルーネベリとヒテンを捕まえて地面に引きずり込み、気づけば外に立っていた。

 ヒテンは外に出て早々、ルーネベリに言った。

「僕についてきても、僕は何もしないよ。最後まで彼女には何も言わずに別れる……」

 ルーネベリは頷いた。

「俺はヒテンに何かしてほしいわけじゃない。俺はただ、隣の世界をよく見て見たかっただけだ」

「ライナトを?」

「あぁ。隣り合う二つの世界を扉で繋ぐことはできない。だが、隣り合う世界は互いの世界の『中』を見ることが一時的にできる状態になっている。これは、二つの世界が重なり合っているというべきだろう?」

「そうかな……」

 ルーネベリは言った。

「この現象はなかなか見られないものだ。安全に見られるなら、見ていられるうちは見ておくべきだろう?」

 ヒテンは面食らった顔をしたが、しばらくしてからぷっと笑った。

「面白い考え方をするんだね」

「そうでもないな。単に、俺は見慣れていないからな。ヒテンにとっての、この剣と同じだ。珍しいんだ」

 ルーネベリは背中に背負った真実の剣をヒテンに見せながらそう言うと、ヒテンは「そっか、珍しいからなんだ。その気持ちは、なんだかわかる気がする」と笑った。

 ルーネベリはヒテンの腕に肩をまわして言った。

「皆が言ったことは、あんまり気にするな。ヒテン、お前を心配しているだけだ。恋をすると、盲目になる人間もいるが。一方で、理性的になる人間もいる。後のことまで色々と考えてしまうんだろう。それは悪い事ではないがーー」

 ヒテンは頷いて「うん。皆の気持ちはわかっているんだ。ありがとう」と目を伏せて言った。

 ルーネベリにはヒテンが何を心配しているのかわからなかったが、ヒテンの中ではとても重大なことなのだろう。ため息を漏らしていた。




 ヒテンと共に異線の岬に向ったルーネベリは、岬の先端でその時が来るのを待っていた。

 ヒテンは地面に腰かけて毛布にくるまり、ノートを開いて準備していた。立ったままのルーネベリは岬の先にある地平線を眺め、変化が起こるのを度々確認しては赤い髪を掻いた。

 数分ぐらい経った頃だろうか、地平線に変化が起こった。白い雲のようなものの真ん中に黒い染みが現れたのだ。その染みは最初に見た時と同様にユソドの世界を黒く染めた。

 ヒテンが嬉しそうに小さく笑った声が聞こえた。

 夜というべき闇がユソドを覆ったかと思うと、前回も格段にはやく地平線に染みが現れ七色に歪んだ。大きな拡大鏡というべきそれは、瞬く間にライナトの中にある緑の壁を映しだした。

 ルーネベリはここでようやく、コロモロロトが移動しなければならない理由を深く理解した。ユソドという世界とライナトという世界が重なり合うまでにかかる時間がは早まっているのだ。もちろん、ルーネベリはこれを目撃するのは二度目なので、きちんとした統計を取らなければ正確な変動はわからないが、明らかにライナトが何らかの影響を受けているのは明らかだろう。

 時間軸が一本しかないユソドに対し、時間軸が急速に増えて減っている隣の世界の多々ある時間軸の一つであるライナト。このままではライナトはユソドと重なり合う面積も増えていく可能性は高い。

 ルーネベリは、コロモロロトの移動は考えていたよりも早いだろうと思った。

 映し出された映像は下から上へと移動して、ぽっかりと開いた植物の間に空いた天然の窓に美しいヒリスディが立っていた。クリスタルのような星の形によく似た石の耳飾りをつけて、今日は赤を基調としたと白のドレスを着ていた。美しいヒリスディアにとても似合っていたが、彼女はにこりともしなかった。

 異変を感じたヒテンは彼女の隣に立っている人物を見て、息を飲んだ。

 ルーネベリはその人物を見て言った。

「誰だ?」

 ヒリスディアの隣に立っていたのは、ヒリスディアのドレスと同じ赤を基調としたワンピースを着た顔の整った利発そうな男だった。ヒリスディアよりも濃い紫色の髪で、額には銀のか細い飾りを身に着け、胸を張って堂々とこちらを見ていた。

 ヒテンは消えるような声で言った。

「彼はリスデア。ヒリスディアの対になる人……」









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