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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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六十八章 特産物



 第六十八章 特産物





 ニキルは言った。

「コロモロロトがもうじき移動する」

 ルーネベリは首を傾げた。

「どこへ?」

「別の世界へ移動する」

「えっ、それじゃあ、ヒテンとヒリスディアの二人は……」

「ヒリスディアの命には限りがある。二度と出会えないかもしれない。時間が残されていない」

 ルーネベリはシュミレットの方を向いて、言った。

「それは、困ったな……。どうして移動することがわかるんだ?」

「コロモロロトのいる世界と隣り合う世界はルーゼルずつ近づいていてエーラトずつ離れる」

「そのルーゼルとエーラトというのは何だ?」

「この言語を知らないのであれば、別の言葉を用いよう」

「いや、特定の言葉よりも、全体の説明をしてもらえると助かる。全体というのはーー」とルーネベリが言いかけると、ニキルはルーネベリが何を言いたいのかわかったのか、「そうする」と言った。

「コロモロロトは時間を主食とする生命体」

 ルーネベリは頷いた。ニキルは言った。

「今いる時間軸とは別の時間軸を食べている」

「別の時間軸……。並行世界のことか?」

「並行世界。その言葉は理解している。意味として、正しい」

「そうか。それならーー」

 ルーネベリが言いかけたところで、またニキルが先に言った。

「並行世界の主軸となっている世界がユソド。それ以外の並行世界の多くは発生した瞬間にコロモロロトに食べられ消滅している」

 ルーネベリは時間を食べるという概念がよくわからず驚いた。

「どうやって並行時間を食べているんだ……」

「コロモロロトは主軸時間のなかと外にかけて存在している。簡潔表現すると、主要時間軸に巻きついている」

「巻きついている?」

 ニキルは言った。

「コロモロロトはとても巨大な生命体。コロモロロトのすべてを見た者の数は少ない。どうやって食べているは不明だ。わかるのは、明らかに時を食べているという事実だけ。根拠となる証拠がある」

「なるほど……」

「そういった理由から、この世界にはユソドという主軸となる時間しか存在していない。だけど、隣接する世界には並行世界が存在している。多数存在する並行世界の数の増加を古いアーミアの言葉でルーセルという。反対に、多数存在する並行世界の数の減少をエーラトという」

「アーミア?」

「アーミア、『遺す者』とコクハという種が敬い呼んでいた。アーミアは古い種で、すでに滅んでいるはず」

「コクハ?」

「コクハという種ーー」

 説明をはじめたニキルに、ルーネベリは慌てて言った。

「いや、彼らのことは知っている」

「どうして?」と途端に目を丸くしたニキル。シュミレットが言った。

「セロトの賢人たちだね。僕は彼らと直接話をしたからよく覚えているよ」

 ニキルはシュミレットの黄金の瞳を見つめた。

「彼らと会い、話をしたのか。君と一部の記憶を共有したい。手を貸してもらえないか」

 シュミレットは言った。

「それこそ、どうしてかな?」

「彼らのことを知りたい。最後に会ったのはもう遠い昔のことだ」

「知り合いなのか?」とルーネベリ。ニキルは頷いて、「記憶を共有したい」ともう一度言った。シュミレットは渋い顔をしたが、ルーネベリは「先生」と言うと、シュミレットは溜息をついた。

「仕方がないね」

 すっとニキルにシュミレットが華奢な手を差しだすと、ニキルは微かに微笑み、両手でシュミレットの手を握った。

「ありがとう」

 ほんの一瞬、シュミレットの全身に電気が走ったかと思うと、ニキルは両手を離した。

 シュミレットは言った。

「今のは何かな?」

「記憶を一部共有した。彼らは今も無事に旅をつづけているようで安心した」

 ルーネベリが言った。

「コクハとは、どういった関係なんだ?」

 ニキルは言った。

「僕はコクハという種だった。大昔、彼らと共に生きていた」

「えっ?コクハという種族だったのか。でも、さっきコロモロロトの民だと……」

ニキルは頷いた。

「僕もまた生まれ変わった一人だ。コクハの同族と船で旅にでた途中、僕は手違いで彼らと離れてしまった。僕はたった一人、見知らぬ世界で死に絶えるところだったところをコロモロロトに助けられた。コロモロロトにとっては僕を助けたという概念は持っていないけれど」

 ルーネベリは言った。

「それはどういう意味なんだ?」

「コロモロロトは時間を食べている」

「あぁ、それは何度も聞いてわかっている」

「コロモロロトは生命のいない世界を選んでいる。生命体の数が多ければ、コロモロロトはその世界には現れない。でも、生命体の数が極端に少なければ、コロモロロトの中に入れた方が、コロモロロトにとって食事場所として問題がなくなる。ただ、それだけ」

 ルーネベリは二度頷いた。

「なるほど、要するに、生命体が世界にいることはコロモロロトにとっては不都合だという事なんだな」

 ニキルはこっくり頷いた。

「知らない世界ではぐれてしまった者にとっては幸運だった。コロモロロトは僕らを食べることはなく、僕らの意志をある程度尊重してくれる」

「コロモロロトには、知能があるようだな……」とルーネベリ、ニキルは言った。

「知能?コロモロロトの正式名は、アーミアが名付けた。コ=ロセヴァ=モトリヴァウェ=ロシ=ロイテタ=トだ」

「なんだって?」

「覚える必要はない。コロモロロトと省略する。意味は総じて『超越すべしもの』だ。僕ら生命体のなかでもより優れた存在だ」

 ルーネベリは赤い髪を掻いた。

「今まで色々な存在に出会ったんだが……。女神に、狩人と名乗っていた女剣士や黒い豹だとか。コロモロロトはそういった存在と近いものなのか?」

「超越者という意味では似通っているけれど、全く存在する概念が違う。生命体と肉体を有さないエネルギー集合体の違いはアーミアの知識では、同一ではないが、同一視することもできなくはないという」

ルーネベリはよくわからないと首を横に振った。

 ニキルは言った。

「僕も詳しい違いはわからない。アーミアの知識で理解できるのは言葉の意味だけだ。ただそれらの存在は大きな循環の一つであるというアーミアの結論だけは僕は賛する」

「循環?なるほど、わかるようなわからないような結論だな。結局は、神を含めてそれらの存在は大きな循環の中の一つにしか過ぎないということなんだろうが、話が途方もない方向へ進んでいるようにしか思えない……。話を戻すが、いいか?」

 ニキルは首を縦に振った。

 ルーネベリは言った。

「『ルーセルずつ近づいてエーラトずつ離れている』というのは、どういう意味なんだ?それぞれの言葉の意味を聞くと、当たり前のことだと思うんだが……」

 ニキルは言った。

「主軸となるユソドという世界の並行世界の消滅と、隣接する世界の並行世界の増減は反比例している。ユソドという主軸にライナトという並行世界が近づいている」

「というと、ライナトというのは……隣に存在する世界の幾つかある並行世界の一つということになるのか。だが、ユソドという世界は俺たちがいる世界の主軸となるということは……」

「ユソドという時間軸は痩せ細り、隣の世界がはみ出してユソドへ侵入しはじめている。並行世界が増えて減っているということは、時間の概念ではライナト含め隣の世界の並行世界の発生が異常を起しているということになる。コロモロロトはユソドという世界と隣の世界の崩壊を防ぐために、別の世界へ移動することになる」

 ルーネベリは頷いた。

「ようやく意味がわかった。このままコロモロロトがユソドにとどまって時間を食べつづけると、隣の世界にも影響がでる可能性があるからこそ、そうなる前に移動するんだな。そうなら、時間がないというのはわかる」

 ニキルはほっとした顔をした。


「僕はコロモロロトが移動する前に、ヒテンをライナトへ移したい」

 ニキルにルーネベリは言った。

「それもわかった。さっき言っていた問題というのを聞かせて欲しい」

「肉体を保ったまま隣り合う世界へ行く術がない。これが一番大きな問題だ。ヒテンは長くコロモロロトから離れれば生命活動が維持できなくなる。君たちのような姿で隣の世界へ渡ったとしても、肉体が滅びるとヒテンは死を迎える」

「そういえば、ヒテンは死について不思議な事を言っていたな……」

「コロモロロトの民には死は訪れない。ただし、不死身ではない。コロモロロトが母体として、生きている限り僕らは死なないという意味だ。ヒテンはコロモロロトの中で生まれたからそれを知らない」

 ルーネベリは頷いた。

「コロモロロトと、コロモロロトの民は共依存の関係にあるようだな」

「その言葉は正しい」

 ニキルがそう言った後、足元からあの白いうねうねとした触手が伸びてきてルーネベリたちの足に絡みつき、そして、地面へ引っ張り込んだ。気が付いたときには、別の場所へと移動した後だった。

 次に連れてこられた場所では、まずカンカンと何か硬いものを叩き削る音が聞こえてきた。周囲を見ると、小高い山に築かれた石切り場のような場所で人々は立派な足場を作り、職人らしき人々が石を先が細い金槌で削っている。驚くのは、彼らの器用な作業ではない。彼らが削っている岩山の方だった。

 岩山は黒く、中で何かが光を帯びてはじけていた。けれど、はじけていても、外にはその光が飛び散ってくるわけでもなく、岩の中で光ってははじけて光ってははじけてを繰り返していた。レソフィアの鉱石の花とはまた違う奇妙な岩だ。

 ルーネベリはニキルに言った。

「あれは何だ?何の鉱石なんだ」

 ニキルは首を横に振った。

「鉱石じゃない。コロモロロトが消化しない殻だ」

「殻?」

「コロモロロトが食べた時間に含まれている。あれらは特産物の原料になる」

 ニキルがそう言った後、またあの白いうねうねとしたものがルーネベリたちの足に絡みつき、地面に引きずる込んで別の場所へと移動した。

 移動したその場所は、白い建物が並ぶ工房のような場所だった。人々は大きな赤い窯に岩を削って粉状にした物体を注ぎ入れ、高い台から大きな黒いしゃもじのようなもので物体をかき混ぜ、その後、得体の知れない橙色の液体を窯に注ぎ込んで混ぜつづけた。窯の傍では常時数十人の人々が窯を両手で触れて立っていた。何をしているのかと見ていると、バリバリと音が鳴っていることに気づいた。

 彼らは窯に手を触れて電気を通して過熱しているようだった。窯から湯気は経っていないが、窯が赤かったのは、彼らが高温で熱しているからだとわかった。

 ニキルは言った。

「特産物を作っている部屋だ」

「あぁ」とルーネベリ。ニキルはつづけた。

「あれらをペースト状にした後、乾燥させてからよく伸ばすと出来あがる。コロモロロトは消化できずに残るものだから、沢山つくることができる。ただ、どのように作ることができるのは詳細を知っているのはコロモロロトの民だけだ。コロモロロトとコロモロロトの民は共依存の関係にある」

 ルーネベリは頷いた。

「特産物か。ある意味では不要なものを再利用しているというところか。面白いな」

 シュミレットは言った。

「僕らもあの特産物を手に入れることはできるのかな?」

「できる。でも、その対価に相応しいものと交換する必要がある。コロモロロトにとっては不要なものでも、僕らにとっては外の世界の物を手に入れるためには価値あるものだ」

「物々交換だね……。前にいた世界でもそうだけれど、金銭での交換はしていないのだね」

「世界を渡るとき、通貨は役に立たない。物々交換が基本だ」

 シュミレットはクスリと笑った。

「それでも、『通貨』という概念はあるのだね」

「僕が知っているというだけだ。通貨の概念は面白い。異界の文化を楽しんだことはあるが。通じる世界は限られている」

 ルーネベリはシュミレットに言った。

「先生、何か交換できるようなものはあるんですか?」

 シュミレットはマントの下の鞄を開いて覗き込んだ。

「幸運なことにメトリアスの鏡はまだ持っているのだよ。念のために拾っておいてよかったよ。消えずに残っているよ。レソフィアのものではないからかな」

 ニキルは言った。

「メトリアスの鏡……。その名の由来は、禍々しい者たちの住まう世界カヴェザアフの冥闇の女王メトリアスの鏡からきている。鏡の中は時間の干渉を受けない空間が広がり、その中にあるものは、稀なるもの以外は、永遠に朽ち果てることはないといわれている。女王メトリアスは、鏡の中に愛する者を入れて永久に生かそうとしたが、嫉妬した常闇の者が鏡を粉々に粉砕した。常闇の女王メトリアスは鏡の中に入り、失った愛する者を探す旅にでた。女王が鏡の中にいる限り、メトリアスの鏡は最後の一枚となっても、この世から消え去ることはないという逸話がある。――十分、交換するに値するものだ」

 シュミレットは首を傾げた。

「その話を聞いて思ったのだけれど、僕の持つメトリアスの鏡と君の特産物を交換して、メトリアスの鏡の中にヒテンを入れて肉体から離れている僕らが隣の世界へ移動させればいいのではないのかな?」

「先生!それは良い考えですね。俺たちが連れて行けば問題はないので?」

 ニキルは首を横に振った。

「コロモロロトは稀なるもの。僕らも同じ。時の中では生きられるけれど、鏡の中に入ると干からび朽ち果ててしまう」

 シュミレットは腕を組んだ。

「君たちには何らかの制約があったのだね」

 ニキルは言った。

「僕らも色々と方法は考えた。でも、すべての可能性を考えても、隣の世界へ移動することは不可能に近い。新たな可能性を共に考えて欲しい」

 ルーネベリは唸った。

「考えると言っても……」

「そんなことしなくていいよ」と口を挟んだのは、いつの間にか現れたヒテンだった。

 ヒテンはルーネベリたちの方へ歩いてきて言った。

「僕のためにありがとう。気持ちは嬉しいけど、僕のためを思ってくれるならそっとしておいてほしい」

 ニキルは近づいてきたヒテンに言った。

「それでいいの?ヒテン。この世界を離れたら、もうヒリスディアと永遠に会えなくなるかもしれない」

 ヒテンはニキルの肩に手を置いた。

「ありがとう。君はいつも優しい。僕はきっと苦しむかもしれない」

 ヒテンは目を伏せて小さく笑った。

「ううん、苦しむと思う。皆に嘘をついても、皆に知られてしまう」

「ヒテン」とニキル。ヒテンは言った。

「もし、彼女の世界へ行けたとしても、ヒリスディアの気持ちもわからない。僕が彼女に思いを告げても、彼女が迷惑に思うかもしれない……」

 ルーネベリは「想いを伝えもしていないのに」と呟き、振り返ると、アラやシャウ、バッナスホートよりも大分離れたところでリカ・ネディとオルシエが小言で何かを話していたが、ルーネベリが見ていることに気づくと二人はそっと離れていった。







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