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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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六十七章 コロモロロトの民



 第六十七章 コロモロロトの民





 ヒテンの後について、しばらく何もない真っ白な道を歩いていると、ゆっくりとなだらかな坂道を歩いていることにルーネベリは途中で気づきはじめた。坂の傾斜はほとんど感じなかったが、徐々に道の左右に白い壁が見えはじめたのだ。

よくよく周囲を見渡してみると、高台からくだる緩やかな坂道を歩いているのがよくわかった。

 ルーネベリは歩きながらヒテンに言った。

「ヒテンの暮らしている町は遠いのか?」

 ヒテンは首を傾げた。

「すぐ近くだよ」

ヒテンがなにもない道の先を指差した途端、突如目の先に町が現れた。

「えっ?」

 ルーネベリが声を漏らしたのも無理はなかった。

 坂道を歩いても歩いても遠くに見えるのは何もない白い道がただあるだけだったはずだが、まるで取って付けたように道の先に洒落た白いレンガ造りの噴水のある広場が現れ、広場を囲むように白い壁のオレンジ色の屋根の家々が建ち並んでいた。ちょうど、広場を中心に輪を描くように一列、二列、三列、四列、五列と家々が並んでいた。ところが、奇妙な事に人の姿は見当たらず、広場も家々も静まり返っていた。まるで誰もいないようだった。

 ヒテンは言った。

「町の入り口に着いたね」

 ルーネベリはなにがどうなったのかさっぱりわからず苦笑いながら頷いた。

 シュミレットはぼそり「興味深い」と囁いた声が聞こえた。

 ヒテンは広場を指差した。

「君たち、あそこに立って」

「広場に?それはいいが……。何かあるのか?」とルーネベリが言うと、ヒテンは言った。

「君たちはここへははじめて来たって言っていたよね?」

「そうだが……」

「コロモロロトに見てもらわないと、町には入れないよ」

「コロモロロト?」

「僕らの町は彼の中にあるんだ。君たちは大丈夫だと思うけど、町に入るには一度コロモロロトに見てもらわないといけないんだ。ごめんね」

「いやぁ、謝ることはないが、見てもらうというのはどういう意味なんだ?」

「君たちは大丈夫だと思うんだ。でも、時々、僕らの町には悪い人たちがくるから。外から来たお客さんたちのことをよく見てもらうんだ」

「悪い人たちというのは……」

「泥棒だよ。僕らの町には特産物があって、時々外からくるお客さんと物々交換しているけど、たまに特産物を盗んでユソドの外へ持ち出そうとする悪い人たちがいるんだ。コロモロロトは僕らが嫌がるから、中に入ると人たちを確認してくれるんだ」

 ルーネベリはヒテンの話を聞きながら「あぁ」と頷き、どの世界にいても盗人というものはいるものだなと思った。つまり、ヒテンの話では、コロモロロトという何かの中に、ヒテンの住む町があるそうだ。そして、コロモロロトというものが町へは入る者たちの何らかの確認を行っているらしい……。

 コロモロロトが一体何なのかわからないが、いずれはわかるだろうと思いルーネベリは言った。

「わかった。コロモロロトとはどこにいるんだ?」

「もう彼の上にいるよ」

「へっ?」

 ルーネベリが間抜けな声をあげた瞬間、レンガだと思っていた地面から白いうねうねしたガムのような塊が触手のようにルーネベリの両足を捕えるように絡みつき、強い力で地面の中に引きずる込まれた。それはほんの一瞬の出来事でまるで抵抗などできなった。

 その出来事はルーネベリの身にだけ起こった出来事ではなかった。シュミレットもアラも、バッナスホートも、リカ・ネディもオルシエも、シャウも、皆なす術もなく地面の中に引きずり込まれた。


 全身が柔らかいふかふかの布団のような弾力のある何とも言い表しがたい心地のいいものに包まれたかと思うと、あっという間に解放されて、すとんとどこかへと着地した。辺りを少し見たところ、そこは、材質は何なのかさっぱりわからない白いもこもこと盛りあがった壁と、これまたもこもことした床しかない小部屋のような場所だった。

 今の一体何だったのだろうかと考える暇もなく、ルーネベリたちの目の前に白髪の少年が立っていた。    

 いつ現れたのかはわからなかった。

 少年は白い服と白いズボンを履いていた。白い髪で目元をが少し隠れていた。

 なぜだろうか、ヒテンのほがらかな雰囲気とはまるで異なり、少年は冷たい印象を受けた。

 ルーネベリの隣に着地したヒテンがその少年に向って言った。

「ニキル、新しいお客さんだよ」

 白髪のニキルと呼ばれた少年は真っ黒な瞳をこちらに向けてまじまじと見てから、ヒテンに言った。

「どこで出会ったの?」

「異線の岬の近く」

「そう、そんな遠くに……」

 ニキルと呼ばれる白髪の少年は親指を噛んで、ぶつぶつとなにやら呟いた後、ルーネベリたちに言った。

「君たち、物々交換をしに来た客じゃないね。どうしてここへ来たの?」

 ルーネベリは言った。

「どうして、と言われても……。俺たちもどうしてかはわからない。この世界に来てはじめに出会ったのがヒテンだ。ヒテンに言われて町まで連れて来てもらった」

 ニキルは頷いた。

「そう。目的がわからない客だ」

 ルーネベリは額に手をあて唸った。

「いや、確かに目的はあるんだが、まぁ、今はわからないというのは間違ってもいないんだよな……。とりあえず一応聞いておきたいんだが、俺たちは町に入ってもいいのか?」

 ニキルは頷いた。

「君たちは客には違いない。ようこそ、ヘトの町へ。僕はこの町の長のニキル。用件はすべて僕に言って欲しい」

「用件……」

「何が欲しい?」

「何も?――いや、しいて言えば酒と飯が……」

「それはない」

 ニキルは首をよこにぶんぶんと振った。

「酒はともかく、飯がない?」

「ない。ヘトの町へ来る客たちによく聞かれるけれど、ヘトの町には『飯』は存在しない」

「存在しない?――あぁ、もしかして飯という言葉じゃないのか。エネルギーを摂取するために食物など何らかの栄養素となるものを外から摂取するだろう。俺はそのことを言っている」

 ニキルは黒い目を大きく開いてルーネベリに言った。

「言語の意味は認識している。『飯』で合っている。僕らはそういう形ではエネルギーを摂取しない」

「摂取しない?そんな馬鹿な」

「僕らの体内には必要なエネルギー合成サイクルが存在している。外部から摂取するものはただ一つ電気のみ。電気の供給はコロモロロトの内部ではいつでも行える。ただ、電気を体内に取り込む生物的システム構造が必要だ。客たちの身体は対応していないと思う」

「電気?あぁ、そういうことか。電気が食事ということか」

 ニキルは頷いて、それから言った。

「『馬鹿な』。その言葉ははじめて聞いた。どういう意味?」

「あぁ、すまない。忘れてくれ……。それじゃあ、どこか休むところは……」

「ない」

「休息する場所ぐらいはあるだろう?」

「その言葉もよく聞かれるけれど、コロモロロトの民は休まない。だから、休む場所はない」

「休まない?そんな生き物いるのか」

「コロモロロトの民は特別だ」

 ルーネベリは困り果てた。言葉が伝わっているようだが、肝心の普段の生活で必要とされているものが存在しないといわれてしまえば、どうしようもない。

 ルーネベリは赤い髪を掻いて言った。

「そうなのか。じゃあ、せめて座るところでも……」

「どこでもご自由に。だけど、同じ場所にずっといると迷子になる」

「迷子に?」

「コロモロロトは動かないものを別の場所へ移動させる」

「えっ、座っているだけで移動させられるのか……。ところで、そのコロモロロトっていうのは一体何なんだ?」

 ルーネベリの問いかけに、ニキルは黒い目を伏せて言った。

「コロモロロトは時間を主食とする生命体。コロモロロトの民はコロモロロトに寄生し共存して暮らしている生命体」

「確か、この世界はユソドという世界だったはずだが……」

「ユソド。この世界の名称。コロモロロトが食事場所とした選んだ無数に存在する世界の一つの名称」

「無数に存在する?――ということは、そのコロモロロトは世界を移動しているというのか?」

 ニキルは頷いた。

「コロモロロトは移動する。主食となる時間の影響を考えて、生物の存在しない世界にのみ移動する」

 ルーネベリは苦笑った。

「まるで機械のような受け答えをするんだな」

 ニキルは言った。

「きかい?聞いたことがない言葉だ。どういう意味?」

「いや、すまない……。ところで、俺たちはどこへ行けばいいだろうか」

「どこへ行きたい?」

「どこへ、と言われても……。どこかいい場所――、そうだ、人がいる場所へ行きたい」

「わかった。人のいる場所」とニキルが頷いた瞬間、また地面から白い触手のような物が伸びてきてルーネベリの両足に絡みついて地面へ引きずり込んだ。そして、何かふわふわしたものの間を通り抜けたかと思うと、ルーネベリたちは気が付くと広い空間へ辿り着いていた。


 その場に辿り着いて第一声に聞こえてきた言葉は「どけぇ!」という誰かが叫ぶ声だった。

 どこに盗みを働いた者がいるのだろうかと周囲を探さずとも、その犯人はルーネベリたちの目の前を走り横切って行った。

 ほんの一瞬しか見えなかったが、盗人はルーネベリたちと同じ人間の姿をしていて、両腕に何か抱えていた。しかし、驚いたことに盗人は一人だけではなかった、一人が先頭を走り、残りの四人が先頭の男を追いかけていた。

「どけ、どけぇ!」と盗人たちは叫びながらまっすぐ走ったかと思うと、右に回って引き返してきた。ルーネベリたちの横をまた横切ったかと思えば、また引き返してルーネベリたちの目の前を通り過ぎていった。

「何をしているんだ?」とルーネベリが呟くと、ニキルは静かに言った。

「盗人が逃げている」

 ルーネベリは小さく笑った。

「それは見ればわかる。だが、同じところを走っているように見えるんだが。それに、俺たちと彼らだけで、誰もいないし、誰も追いかけていないだろう。なんであいつらは走っているんだ?」

「追いかける必要はない。疲れたらとまる」

「それはそうだろう……。俺が言っているのはそういうことじゃなくて……」とルーネベリがどう伝えればいいだろうかと考えていると、隣からシュミレットが言った。

「彼らには何が見ているのかな?」

 シュミレットの言葉にルーネベリは「あぁ、そう言えばいいのか」と呟いた。

 ニキルは言った。

「僕らコロモロロトの民に追いかけられていると思っている」

 ルーネベリが言った。

「それはもしかして、コロモロロトが何かを確認しているということと関りがあるのか?ヒテンから聞いたんだが……」

「ある。コロモロロトは生命体の構造を確認している。生命体には各々構造が異なる神経回路を築いている。僕らは電気を扱い、彼らの感覚を狂わせている。盗人である彼らにとって良い罰になるだろう」

「あぁ、まぁ、罰といえば、そうだな。無駄に走らされているわけだ……」

 ルーネベリが走っている盗人たちを再び見ると、彼らは徐々に走る速度が明らかに落ちているのがわかった。汗をたっぷりとかいて息を荒く、相当の時間走っているのがわかった。

 盗人たちが走る速度が遅くなったおかげで彼らの容姿がよくわかった。盗人たちはやはり人間のようだった。黒髪と焼けた肌、手足は二本あり、薄汚れた粗末な服を着ていた。首元には深い切り傷だろうか、横線が三本並んでいた。

 ルーネベリは盗人たちの姿をじっくりと見てからはじめて違和感を覚えた。

「彼らは一体……」

「彼らは僕らの特産物を狙っている種の囚人」

「囚人?」

 どうりで……とルーネベリは彼らの粗末な服と首に見える三本線の深い切り傷を見つめた。

 ニキルは言った。

「特産物を盗んで帰れば、彼らは解放されると思っている」

「解放されないのか?」

「彼らは持ち帰っても解放されずに殺されてしまう。僕らの特産物は必要でも、彼らの存在は必要とされていない」

「えっ?もしかして見殺しにするのか」

「そんなことはしない。彼らが走るのをやめて落ち着いたら、別の場所へ連れて行き保護する。彼らは元々、帰る場所を失った者たちだ。住処を与え、コロモロロトの民として相応しい身体になれば大人しくなる」

「ニキル」と突如、ヒテンが呼んだ。

「どうしたの?」とニキルが聞くと、ヒテンはニキルに近づいて耳元で何かを囁いた。ニキルはこっくり頷いた。

「そう、そろそろだろうね。ヒテンは皆に伝えてきて」

「うん」とヒテンは少し辛そうに頷いた。

 何だろうかと思っていると、ヒテンは一転して明るい顔をルーネベリたちに向けた。

「ごめんね。これから僕はしないといけないことがあるんだ。ニキルに何でも聞いてね」

「えっ、あぁ。ここまで連れて来てくれて、ありがとう」

 ルーネベリがそう言うと、ヒテンは微笑んだ。

「こちらこそ。出会えて、よかった。それじゃあ、また!」とヒテンが言うと、足元から白い触手が伸びてきてヒテンの身体を包むと地面の中へ引っ張り込んでしまった。

 ヒテンがいなくなった後、ニキルがルーネベリに言った。

「君たち、ヒテンと異線の岬に行った?」

 ルーネベリは「あぁ」と頷いた。すると、ニキルはぶつぶつと呟いてから言った。

「ヒリスディアを見た?」

「ヒリスディア?あぁ、彼女のことを見た。とても綺麗な女性だったな」

「そう。彼女はまだ生きているんだ」

 ルーネベリは首を傾げた。

「生きている?」

「僕らのいるユソドという世界とヒリスディアのいるライナトという世界は隣り合っているけれど、時間の流れが異なっている」

「それはヒテンから聞いたが……」

 ニキルは言った。

「彼女が生きている間に、僕はヒテンを彼女の世界に移したい。でも、問題が多数存在している」

 ルーネベリははっとした。

「もしかして、ヒテンとヒリスディアの二人の事を知っているのか?」

 ニキルは二度頷いた。

「知っている。ヒリスディアはわからないけれど、ヒテンは彼女の映像を繰り返し思い返している。コロモロロトの民は皆それを知っている。客が教えてくれた、それは『恋』だという。その意味をコロモロロトの民である僕らは生涯知ることはないけれど、ヒテンはそれを知ることができる。ヒテンをヒリスディアのいる世界へ移してあげたい。それがコロモロロトの民の総意だ。でも、そう時間が残されていない」

「時間が残されていないって、それはどうしてだ?」









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