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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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六十ニ章 マトラン



 第六十二章 マトラン





 ルーネベリは言いつづけた。

「例えば、先生のような魔術師にとって命を狙われることはさほど珍しくない。しかし、それは正しいことではないと解明したところで、先生の命が狙われないということにはならない」

「そうだね、君が解明したぐらいで解決するなら、問題にはならないだろうね」

「そうですよね!これと同じ事なんですよ。俺は、下の庭で謎を解き明かすために正しいことばかり、つまり物事がどのように正しくあるべきかついてばかり考えていたんです。ですが、このレソフィアの下の庭ではそんなことを考えていると、余計に複雑になってしまうんですよ。だから、俺は腑に落ちないことに悩まされていたんです」

「何のことかはよくわからないけれど、君は悩まされていたのだね」「……はい。なので、俺がすべきだったのは、正しいところではなく、むしろ極めておかしいと思うところを探すべきだったんですよ」

 シュミレットは、テーブルはなかったのでカップを床に置いた。

「なるほどね、未だに君が何をしたいのかが僕にはわからないのだけれど。思い当たることがあるのだね。聞かせてくれるかな」

「はい」

 ルーネベリは頷いて顔をあげると、先ほどまで剣を交えていたはずのエートとマトランが剣を下してルーネベリを見ていた。

 エートが剣を握りしめたまま、椅子に座っているルーネベリの元に近づいてきた。

「今の話は何ですか?何の話をしているのかわからないのに、胸が締め付けられるように痛むのはどうしてですか」

 エートは胸元の布をぐっと握りしめた。

「えっ?いや、俺に聞かれても……」とルーネベリ。マトランが微笑んだ。

「やっぱりぼくが待っていた理解者だ」

「えっ?」ともう一度ルーネベリが言うと、マトランはエートに言った。

「戦いは中断して、話を聞こう。ぼくも話を聞きたいし、エートくんも聞きたいだろうし。お互いのために一時休戦しよう」

 エートが戸惑いながらも頷いて、その場に座り込んだ。

マトランはシュミレットの椅子の隣に移動して、椅子にもたれかかるように座り込んだ。そして、いざルーネベリに注目が集まると、ルーネベリは緊張しつつも。マトランとエートがこの場にいることがとても重要な気がした。

「ちょうどよかったかもしれません。俺の考えは正直、穴が開いたようにわからない箇所がところどころあるので。わかる人がいれば、口を挟んでもらえればいいかと」

 これにはマトランもエートも頷いた。

 ルーネベリは言った。

「それでは、俺が考えていることを話しますが……。どこからはじめたらいいのかわからないので、俺が今気づいたことから話をします。

 まず、例えに用いた『魔術師にとって命を狙われることはさほど珍しくない』が真実だとします。この真実を俺がどう正そうとしても、この真実は変わることはありません。真実という結論を変えようとするならば、根本的なところから変えなければならないときがある。先生が魔術師を辞めるか、頻繁に命を狙われないように何らかの予防策を立てるかして命を狙われる確率を下げるか、時間を遡って先生がそもそも魔術師にならないようにするかなど、可能であれば方法は様々でしょうね」

「まじゅつし?」とエートが呟いたが、マトランはシュミレットから話を聞いたのだろう、「リンのような人々」と簡素に説明を入れた。エートが頷いて納得したところで、ルーネベリは言った。

「このレソフィアでの真実は、俺が考えるに真実の女神の話です。簡単に言いますが、真実の女神がヴィソロゴダンと他の女神に捕らえられ隠された、そして、異種の子供三人が真実の女神を探しにレソフィアにやってきた。異種の子供の一人はヴィソロゴダンに騙され下僕にされて、一人は女神レソフィアに気に入られリンと名づけられて神の庭へ、最後の一人はヤルカ飼いの祖先となりヴィソロゴダンと戦っている。これが真実なんですよ。この真実変えようとするならば、大元である時刻まで時間を遡らなければなりませんが。真実の女神は過去へ遡れなど何も言っていませんから、真実の女神が求めていることは過去に遡って大元を正すことではないということです。つまり、この真実は変える必要がないという事です。そうなると、問題は真実ではないということになるんですよ」


 シュミレットはクスリと笑った。

「なるほどね、ようやくわかったよ。君が言いたいのは、レソフィアでは真実とは違うこと、本来起こるべき事が起こっていないということなんだね」

「俺はそう思うんです。真実は変わりません。ただ、状況が変えられているんです。つまり、そこにヴィソロゴダンが関わっているとみています」

 マトランはうんうん頷きながら拍手した。

「凄いな!やっと一歩前進した」

ところが、「よくわからない」とエートが言った。

 マトランが言った。

「手っ取り早く言えば、間違い探しをすればいいんだよ」

「間違い探し?」とエート。マトランは自身の胸を指差した。

「答え合わせをしていけば、ヴィソロゴダンが何をしたのかがわかる。エートくん、問題だよ。ぼくは誰でしょう」

「……マトラン、じゃないのか?」

「ぼくの名前はマトラン。でも、ぼくは元々何者でしょうか?」

 ルーネベリは赤い髪を掻いて言った。

「ヴィソロゴダンに騙された異種の子供の子孫じゃないのか……」

「それが間違い。ぼくは子孫じゃない。ぼくには奥さんも子供もいないうえに、一度も死んでいない」

「えぇ!」とルーネベリとエートが声を合わせて叫んでいた。

 マトランはにっこりと微笑んだ。

「もう一つ、問題。どうしてヴィソロゴダンはぼくだけ下僕にしたのでしょう?」

 ルーネベリは答えるのが恐ろしくなった。エートが言った。

「ヴィソロゴダンが気に入ったから?」

 マトランは首を横に振った。

「正解は、ぼくだけ神々の行いの影響を受けないからだ。どれだけ下の庭か変わっても、ぼくだけ何の影響も受けずに記憶がありつづけている。真実の女神様を助けだすには、女神レソフィアと女神サタインの影響を受けることがないぼくたち種の力が必要だった。それが、ぼくがレソフィアへ連れてこられた理由なんだ」

 シュミレットが言った。

「マトランは他に、過去を視る力があるそうだよ。ルーネベリ、君に話したヴィソロゴダンを生んだ神の話は、マトランが視たヴィソロゴダンと真実の女神の過去だそうだよ」

 マトランは軽く頷き、ルーネベリは深く頷いた。

「なるほど……。となると、ケンネルや他の人たちも一度も死んでいないのか?」

「うん」とマトラン。エートは動揺隠せずに服の胸元を掴んで、身を丸めながら呟いた。

「死んでいない?じゃあ、この記憶はーー」

 マトランは言った。

「死んでもいないし、生きてもいない。どちらでもないまま、ぼく以外の皆はこの下の庭で何も知らないまま同じような事を繰り返して暮らしてきた」

 エートは叫んだ。

「マトラン、どうして知らせてくれなかった!」

「知らせたさ。何度も知らせた」

「聞いていない!聞いた記憶もない」

「いくら聞いても、エートくん、ぼく以外の皆は忘れていくだけだよ」

「忘れないように何かしてくれていたら、もっとはやく……」

「ぼくにどうしろっていうんだ。ぼくの気持ちなんてエートくんにわかるわけがない!」

 マトランは叫んで、エートは肩を揺らした。ルーネベリやシュミレットの方を向いて、マトランは息をゆっくりと吐いた。

「ごめんね、大きな声をだして。大昔、ぼくは途方に暮れて自暴自棄になったこともあったかな。今でも、一杯一杯になってしまうんだ」

 エートは俯いて「すまない」と言った。マトランは首を横に振った。

「エートくんのせいじゃないんだ。ただ、この世界でほとんどのことを知っているのはぼく一人だけだと思うと、ずっと孤独で仕方がなかった。

 何もできないなら、どうせなら皆と同じように忘れられたほうがまだよかった。ヴィソロゴダン様に騙されたときは無性に腹が立った。それでも、彼の傍にいて、彼が感じている孤独への恐怖と彼の過去が視えしまうと、彼を責めることもできなかった。説得しようとしても、彼は固く心を閉ざしてしまっていたから……。ぼくは彼がこれ以上、心を乱さないように彼の傍にいつづけることしかできなかった。長い歳月をかけて彼に愛情を抱いてしまったことは否定しない。ぼくの気持ちをわかってほしいとは言わないけど、誰が悪なのかという物差しだけで判断してほしくない」

 ルーネベリはなんだかマトランの気持ちが痛いほどよくわかった。ケンネルのアジトで感じた疎外感はとても辛かった。人が大勢いても、一人だけ世界から取り残されたような寂しい感覚をとても長い時間ずっと感じていたのならば、傍にいる者が誰であれ、その者を求めてしまっても不自然ではない。

 エートは呟いた。

「どうして、こんな事に……」

 マトランは言った。

「ぼくらをレソフィアに連れてきた旅人は言っていたよ。すべては起こるべくして起こるけれど、それらもまた永遠じゃあない。絡まった糸を解く一瞬は必ずやってくる。だから、ぼくはずっと理解者を待っていたんだ。真実の剣は、理解者しか持てないんだ」

 ルーネベリは戸惑った。

「理解者しか持てない?どういう意味なのか……」

「焦らないでほしい。ぼくは答えを持っていない。知っていることは起こるべくして起こった過去だけ。ただ、理解者しか理を正す真実の剣を持てないことだけだよ。理解者が答えを見つけるんだ。他にも気になることを探してほしい」

「気になること?」

 ルーネベリは唸った後に言った。

「マトランとケンネルが異種の子の一人なら――、リンと呼ばれた異種の子供は誰になるんですか?」

 マトランは言った。

「彼女は神の庭に昇ったり下りて来たりを繰り返している。――あっ、なんだ、彼女に会ったんだ。レソフィアとは違う場所へ行ってしまったようだけど、それでよかったのかもしれない。彼女にシーナって名前を付けてあげたんだね。とてもよく彼女に似合っている」 

 ルーネベリは赤い髪を掻いた。

「シーナ?えっ、彼女が最初のリンだったのか?」

「本当の名前はセイレン。女神レソフィア様は彼女の名を嫌って、リンと名を改めさせたんだ」

エートは驚いた顔をして言った。

「……セイレンは幼馴染だ」

 マトランは笑った。

「恋人、幼馴染、友達、親友……。色々な記憶があると思う。セイレンは不思議な力を持っていて、遠い未来の確かなものを視ていたんだ。彼女は女神レソフィアの寵愛を受けたけど、記憶が変化するまではずっと真実の女神様を探していた。彼女が神の庭と下の庭を行き来きしているのは、彼女が失った記憶を追い求めていたからなんだ。レソフィアから離れれば、きっと彼女は他の神様たちに助けてもらえる。彼女の種はいつだって神に愛される種だから。彼女はレソフィアから解放されるだろうね」

 ルーネベリは言った。

「どうして、そんなことがわかるんですか?」

 マトランは言った。

「ぼくたちはもう存在してはいけないんだ。許された時はもうとっくに過ぎているんだ。――あぁ、もう時間切れだ。やっと理解者と会えたのに……まだすべてを話せていない……」

「時間切れ?」とルーネベリが聞き返したが、突如、マトランの目がみるみる充血したように真っ赤に変化していった。

「ヴィソロゴダン様が呼んでいる……」

マトランは剣を握りしめたまますっと立ちあがると、そのまま隣の部屋へとマトランは走って行った。それはまるで操られたかのようだった。

 隣の部屋ではヴィソロゴダンとアラやケンネルたちが戦っているのだが、そこへマトランは加勢しに行ったようだった。


 エートは立ちあがろうと腰をあげたが、シュミレットは落ち着いた様子で言った。

「君はまだここにいるべきだよ」

 エートはシュミレットを見上げた。

「マトランのように確か記憶があるわけじゃないなら、ここにいても何の役にも立たない。微力ながら向こうでケンネルたちの助けをしたほうをしたい」

 シュミレットは首を横に振った。

「それは、どうだろうね。今、君が向こうへ行ったところで、また同じことを繰り返して記憶を失うことになってしまうのではないかな。賢い選択とは到底思えないね」

ルーネベリはエートを見て、エートは戸惑いながらも再び床に腰をおろした。

「では、どうしろと?」

「僕は君に聞きたいことがあるのだよ」

 シュミレットは自身のマントの下から鞄を取りだして、鞄の中からメトリアスの鏡を取りだした。

「鏡?」とエートは驚いたが、ルーネベリは叫んだ。

「――あぁ、俺はすっかり忘れていましたよ。そうか!彼女がいましたね」

 シュミレットはクスリと笑った。

「『五つ眼開くとき、蘇る』。これが何を意味するかはまだわからないけれど、僕らはまだカードを持っているのだよね。ただ、このカードを慎重に扱うべきなのかは君の反応次第というところかな」

 エートに見せたメトリアスの鏡の表面には少女が映っていた。

「ひ、人が鏡に映っている……」と、エートは後退りしたが、シュミレットは腕を伸ばして「彼女の顔をよく見てくれないかな」と言った。

 少女は鏡の表面に両手をあてて首を横に振っていたが、鏡を突き抜けるなどはできないようだった。不思議な鏡だ。

 エートは少女がただ鏡の中に閉じ込められているのがわかると、恐るおそる鏡に近づいて顔を確認したが、首を一回横に振っただけだった。

「見たことがない子だ。どうして鏡の中にいるんだ?」

「事情があってね、彼女をここまで連れて来るのは大変だったからね。安全な鏡の中にいてもらっていたのだよ。――ところで、彼女を知らないのであれば、彼女は一体何者なのだろうね。ヤルカ飼いの青年に会いたがっていたそうだけれど、君たちの仲間ではなさそうだね」

「ヤルカ飼いの青年……。仲間なら知っている者もいるかもしれないが、記憶があるかどうかは……」

 ルーネベリは言った。

「俺は思うんですが、ヤルカ飼いの青年というのはケンネルのことを示しているんじゃありませんか?」

「ケンネル?」とエート。シュミレットは言った。

「異種の子だね。僕は彼をよく知らないけれど、可能性はあるだろうね」

「まぁ、間違えている可能性もあるんですが。先生、一度彼女を鏡の外へ出してみませんか?彼女が向かう先について行けば、何かわかるのかもしれません」

 シュミレットは頷いて椅子から立ちあがった。

「その考えはいいかもしれないね。話すこともできない彼女と意思疎通は難しいと思うけれど、少なくとも、彼女が望んでいることがわかるかもしれないね」

 シュミレットは鏡を椅子に置き、そのまま左腕に嵌めた女神の腕輪の上に右手を翳してまるで糸を引っ張るような仕草をした。すると、紫色の珠の一部が溶けた飴状のように伸びはじめた。ケンネルはまたもや驚いて後退ったが、シュミレットはその飴状に伸びる紫色の塊を鏡の方へ移動させて、鏡の中へとその塊を入れていった。

 鏡の中では、生き物のように取り囲む紫色の塊に少女は二度目だった為か怯える様子もなく、むしろ、紫色の塊の中へと自ら飛び込んで包まれた。外に出られるとわかったようだ。

 シュミレットが鏡の外で上へと手を引っ張ると、紫色の塊のてっぺんがでてきた。何度が引っ張る仕草をつづけると、徐々に紫色の塊は外へでようとする卵のごとく飛び出てきた。

 塊がすっかりと外へ飛び出ると、椅子の足は壊れてしまったが、メトリアスの鏡は紫色の塊の下敷きにされたというのにヒビの一つもつかなかった。便利なうえに頑丈とくれば、ルーネベリもシュミレットも十三世界に持ち帰りたいと願わずにはいられなかった。

 









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