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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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十四章



 第十四章 ルイーネの伝言





 唸ったルーネベリは、髪を激しく掻き毟った。

「このことを先生は気づいていたんだな」

「どういうことですか?」と、ミースが言った。

「あの人は知っていても、必要最低限のことしか教えてはくれない……」と、ぶつぶつと文句を言ったルーネベリは、目を細め、返事を待つミースに言ってやった。

「いいか。先生はガーネが違法空間移動したと聞いて、わざと、ガーネをこの世界に連れてきたんだ。魔術師の子供が、魔道具も使わずに空間移動すれば、大事なんだろう?副管理者のラスキン氏が城にわざわざ来た、本当の理由がそうだ」

「今更、何を言うのですか?私ははじめから知っていましたよ」

 ミースはきょとんとした顔で言った。

「あのな、俺とお前では育った環境が違うんだ。認識の違いがあって当然だ」

 ルーネベリは乾いた唇を濡らした。

「ガーネには俺たちの知らない何かがある」

「何かといいますと……、何ですか?」

「俺にわかるはずがないだろう。とりあえず、ガーネを探すんだ。そうでもしないと、何もわかりやしない。――いや、見つけたころで、俺に何ができる!魔術なんて専門外もいいところだ」

「何を仰っているんですか?」

「気にするな、独り言だ。とにかく、ガーネを探せ」

 強引な物言いに、ミースは戸惑いながら頷いた。「わかりました。でも、もしも見つからなかったら……」

「その時は、そのときだ」と、ルーネベリ。真剣に探す気があるのだろうかと、ミースは半ば溜息をもらした。

「それなら、私は城から見て左側辺りを探してきます。パブロさんは右側を探してください」

「あぁ」とぼんやり返事をしたルーネベリは、持っていた白い本に目を落とし、「いや、待て。手がかりが先だ」と叫んだ。

「手がかりなんて、あるのですか?」

「ガーネについての手がかりじゃないが。おそらくだが、ルイーネが残していったものだ」

「叔母さんが?」

 そんなものがあったのかという顔をしたミースにルーネベリは本を預け、皮ジャケットの胸ポケットからメモと小瓶を取り出した。瓶の中で液体が波立っていた。

「読んでくれ。このメモには、丸を一つ消せと書いてある」

 指先でメモを持ったルーネベリが言った。すばらくメモの文字を目で追ったミースは「そうですね、そう書いてありますが?」と頷いた。

「一つというのは、複数あるときに使う言葉だ。なら、話は早い。

あの宿で、複数あったものはトランクと署名しかない。だが、トランクは一つ俺がすでに解体している。だとすると、この宿泊名簿にある署名以外にはないわけだ」

 ミースは本のページをめくり、ルイーネの署名を探した。ルイーネの署名はちょうど、百二十三ページ目にあった。しかし、署名のどこにも丸らしきものはなかった。ミースは首を横に振った。

「丸なんて、どこにもありません」

 ルーネベリはそれに、ニヤリと笑い。小瓶を振った。

「それはそうだろう、だから、これが必要なんだ」

ミースはルーネベリが揺らした小瓶を指差した。

「それを、どうするつもりですか?」

「見ていろ。お前は魔術的、俺は学者的な解釈でいこうじゃないか」

 ルーネベリはミースから本を取り上げると、小瓶を傾けてルイーネの著名上に一滴ずつたらした。ミースがくぐもった声で唸った。水滴は紙に落ちると、じわりと大きな染みを二つつくり。後に書かれただろう、署名のインクを滲ませていた。

「丸とは、染みだ」

「染み?」

「まぁ、子供騙しだがな。次はこの染みを消すぞ」

「魔術を使わずに……この染みを消すことなんてできるのですか?」ミースは言った。

「魔術なら、本についた染みを消すなど造作もないことだろうな。だが、そんなものは必要ない。そのまま消せばいい」

 ルーネベリは開いた手を丸め、インクの滲んだ署名をごしごしとページごと擦りだした。滲み緩んだ紙がインク色に染まっていき、摩擦のせいですっかり熱を持った。ルーネベリが紙から手を放した。紙が新鮮な空気に触れると、バチッと静電気が起こり。黒くなった染みが紙の上に液体として飛び出た。液体は生き物のように這い、空中へふっと蒸発し、霧と化した液体が薄っすらと文字をかたち取った。


   挿絵(By みてみん)


 ゆらゆら揺れた文字が、一度限りの役目終えて消えていった。

ルーネベリは言った。

「ほぅ、文字に語らせるとはまた滑稽だな」

「これは、どういうことなのですか?」

 目の前で何が起こったのかわからなかったと、ミースが言った。ルーネベリは本を閉じ、首を傾けた。「仕掛けを解いたまでだ。学者にとっては、魔力も元素の一つだからな。ルイーネは、そこの所をよくわかっている」

 ミースは目を瞬きさせた。

「……あ、あの叔母が科学を?」

「博識な叔母を持ってよかったな」と、ルーネベリはミースの背を軽く叩いた。

「ほらほら、坊主。行き先が決まった。神殿に行くぞ」

「坊主はやめてください」と、ミースはルーネベリを睨みつけ。ルーネベリは大袈裟に笑い。つい昨日、侍女に案内された神殿までの道のりを、鮮明に頭の中で思い浮かべながら、城の裏手へとまわった。

 

 一方、神殿への道を歩いていた阿万僧侶は玉翠の顔を見て、それから、落ち着いた仕草で手を組んだ。

「子供とは、何のことでしょう?」

 玉翠が言った。「もう隠さなくともよいのです。いずれ、皆の耳にも届くでしょう」

 僧侶は苦笑った

「隠すとは、また大そうな」

「私はすべて知っているのです」

「何を知っていますと?」

「はじめからすべてです」

「すべて?」

「私はお会いしたことも、お姿を拝見したこともございませんが。阿万様ならば、すでにお会いになっているのでしょう。その子供は、神殿にいるのですか?」

焦りを見せる玉翠の問いに、僧侶は一度口を閉じた。

「もしそうならば、お伝えください。時が動き出す前に、逃げるようにと」

 玉翠は顔を伏せた。まるで苦渋の選択をしているかのようだった。阿万僧侶は少し考えながら、玉翠の背で眠る紫水にそっと目を向け、口を開いた。

「どのような者に、なにを聞いたのかは存じあげませんが。何事も、そうそう思い通りにゆくものではありません。賊の天下でもありますまい。玉翠殿、あまり踊らされてはなりません」

「踊らせてなど!」

「ご自分がいかに感情的になられているのが、おわかりになりませんか?」

 冷静な僧侶の言葉に、玉翠は急に恥ずかしくなった。

「これでは、紫水様とまるで同じ。軍師たるもの、動揺などすべきではないものを……」

「慌てすぎてはなりません。大きな世界にとって、我々など塵に等しく。この身は、なりゆきに身を任せることしかできません。誕生も滅びも、この世界と共にあるだけです」

 僧侶はそれだけ言うと、手を組んだまま礼をして竜の道を登っていった。去っていく僧侶を目の前にして、玉翠は、阿万僧侶の言った言葉が意味するところを考え。どうしたものかと、口元を撫でた。

「そこにいるのは、玉翠さんではありませんか?」

 城の表から裏側へまわり込んできたルーネベリが、遠くの方で玉翠の方へ歩いてきて言った。「これは、助手殿」

「それに、お供の方も」と、ミースを見ていった。ミースは小さく鼻を鳴らした。ルーネベリは「こんな所で会うとは、奇遇ですね」と言いながら、玉翠が誰かを背負っているのに気づき、顔を覗いた。「お背中にいるのは、紫水様ではありませんか?」

「さようでございます」と玉翠は頷いた。

「散歩の途中で、お眠りになられておしまいになり。婚約者のお父君である円城様のご自宅までお送りするところでした」

「あぁ。それなら、お邪魔をしてはいけませんね。どうぞ、お行きください」と、ルーネベリが道をあけて答えた。玉翠は頭を下げ、ルーネベリとミースと脇を通り過ぎ、立ち止まって辺りを見回した。

「時に、少女も一緒ではありませんでしたか?」

「あぁ、ガーネでしたら部屋で留守番しています」

 ミースが「えっ」という顔でルーネベリを見上げた。ルーネベリは玉翠に気づかれないよう、そっとミースの手の甲を叩いた。

「おてんばすぎて、調査に支障がでて困るのでね」

 玉翠は少し俯き、「そうですか」と頷いた。

「ガーネに何かご用でもありましたか?」

「……いえ、特には」

「何なら、伝言でも伝えますが?」

「いいえ、なにもございません。ただ、神殿で見たときは確か三人いたはずだと思い。お訊ねしたまでです」

「あぁ、そうでしたか」

「はい。急ぎますので、それでは、これにて失礼いたします」と、お辞儀した玉翠は紫水を背負いなおし、城の正面へ歩いていった。ルーネベリは首を傾げた。

「どうかしましたか?」と、ミースが言った。

「いや、あれは嘘だろうなと思ってな」

「あれ?」

 ルーネベリは頷いた。「こんな時に散歩だって?」

「しかも、途中で寝てしまっただ?そんな見え透いた嘘をつくなんて、よっぽど、紫水様に騒がれては困るんだろう」

「それじゃあ、あの人が、眠らせたと言うのですか?」

「いや、何の証拠もない。だが、恐らくはそうだろうな」

「紫水様を眠らせて、何をしようとしていたんでしょう……。あの人は、時を止めた犯人の一味でしょうか?」

「どうだろうな。玉翠は怪しいといえば、怪しいが。デルナ・コーベンに父親を殺されている。いくら、どうしたって手を組むには無理がある」

「父親を殺されている?」 

とにかく、玉翠には玉翠の軍師としての考えがあるんだろうと言い切ったルーネベリは、やれやれと首を振り。崖に近づいた。

「しかし、どうやって私たちの肉眼では見えない、この竜の道を渡るんですか?」

「そうだな。いくら道順を覚えていても、肝心の道を渡れなければ日が暮れたって神殿には辿り着けない。それどころか、落ちて死ぬかもしれない……だが、そうも言っていられない」

「どうするのです?」

 ルーネベリはその場にしゃがみ込み、砂を握った。そして、地面のない空中にばら撒いた。砂がかろうじて、何かにのっているように、宙にとどまっていた。そこに竜の道があるのだ。

「これでどうにしかするしかないだろう」

 ミースはルーネベリに「こんな時に、何を考えているのですか!」と罵った。

「誰かを呼びに行きましょう。そうでもしないと、とても……」

「そんな時間はない」

 ルーネベリは砂を両手に握り、すでに砂を撒いた竜の道を慎重に歩いた。そして、再び砂を少量撒いた。「少しずつ落としていく。お前も砂を掴んで、ついて来い。足元をよく見て歩くんだ」

「こんな原始的なこと!」

 魔術師の自分がなんでこんなことをしなければならないんだろうと嘆く、不憫な面持ちをしたミース。ルーネベリは数歩進むたびに砂を撒き、「おい、置いていくぞ」と叫んだ。

 どんどん先へと行ってしまうルーネベリに、ミースは奥歯を噛み締め。砂を掴んで、竜の道を歩き出した。ほとんど砂のかかっていない透明な道からは恐ろしい闇が見えた。窪みの底だ。さっと手に持った砂を撒くが、気休めにもならなかった。不安定な、嫌な気分に息があがった。まるでいつでも落ちて来いといいたげな、その存在感がミースを苦しめ。どんなに生きた心地がしなかったことだろう。陸地と六角柱のちょうど間まできて、もはや恐怖心しかなかったミースは立ち止まった。

「やはり、戻りましょう」と、精一杯の気取った声で言ったが。ルーネベリは「何を言ってる!ここまで来たんだ。このまま進むぞ」と言った。

「それじゃあ、私が戻って、誰かを呼んで来ます。あなたはそうやって進んだらいい」

 ミースは一刻も早くと、逃げるように身体を捻り、後方へ足を置いた。ルーネベリが引きとめようと振り返った途端、ミースの足の置き場が悪かったのか、撒かれていた砂に足を滑らせた。

「はぁあっ」と吸うような叫び声をあげ、背中から落ちてゆくミース。ルーネベリは身をのりだし、即座に手を伸ばした。けれど、ルーネベリの手はミースの腕を掠めたけだった。あっけなく、ミースの救出は失敗に終わり、落ちてゆくミースを尻目に、ルーネベリもまた前方へ倒れようとしていた。しかし、前へ乗り出したからといって、この空中に上身体を受け止めるものなど、竜の道以外にあるはずもなく。頭から真っ暗な底へと真逆さまに落ちはじめたのだ。ミースとルーネベリの激しい悲鳴が、響き渡った。






 銀色の、金属の池から交わされた白の羽根と黒の羽根の先が見えてきた。魔術式でつくられた光の手が、沈もうとする二枚の羽根をそうはさせまいと、必死で上へと持ちあげていた。そのお陰で驚くほどゆっくりだったが、羽根はみるみる、その姿を現そうとしていた。シュミレットは「桂林様、あと少しです」と、苦しそうに一息ついた。汗で髪もマントもすっかり、ずぶ濡れになっていた。この二日間、これほどになるまでシュミレットが地道な作業をつづけたおかげで、魔術式が二つの羽根を、今、まさに取りあげようとしているところだった。

桂林は立ち上がり、「おぉ」という歓声をあげた。羽根がちょうど、金属の池の上にまであがってきたときだ。

「これが、かの支配者たち。翼人の羽というものか!」

 薄目で立ち尽くす桂林は、時の置き場の方へ近づいた。

「なんと、美しいものか……」

 シュミレットは驚いて、振り向いた。

「羽根が見えるのですか?」

「そうじゃ、光の輪の中に二つの壮麗なものが見えるのじゃ」

「目が治ったというのですか?」

 桂林は首を横に振った。「そうではなさそうじゃ。シュミレット、そなたの姿は見えなんだ。なぜ、あれが見えるのじゃろう。物を見るのは、五十年ぶりじゃ」

 桂林の細い指は羽根を差し、触れようと追いかけていた。

「さがって!」

 シュミレットの大きな声に桂林は身体を震わせ、後方へと下がった。シュミレットの光の手が空中へ羽根を持ちあげ、ついに、金属の池から取り出したのだ。しかし、羽根には極細い糸が絡まっていた。羽根が交わされているのはこの糸のせいだった。

「これは、どこから?」

 シュミレットは羽根ついた糸をゆるく引っ張り、辿ろうとした。

「どうしたのじゃ?」

「糸がついているんです。これが何と繋がっているのか……」

 軽く引っ張った糸が、ぴんと張った。シュミレットは見上げた。そこには時の石があった。「なるほど、そういうことですか」

 片眼鏡を正しい位置にもどすと、シュミレットは笑った。

「なんじゃ?わらわに教えよ」

「僕はてっきり、外に漏れないよう剛鉄の器に密封して銅のピンで刺しただけだとおもっていました。でも、本当は、銅の上に剛鉄をコーティングしたピンで刺していた。思っている以上に石の力は強く、押さえ込むのことすら容易ではなかったのかぁ」

 桂林は「そなた、何の話をしているのじゃ」と言った。シュミレットはクスクス笑った。

「どちらにしろ、魔力を石から取り出せば、時は動き出し。桂林様のお気に召した羽根も取り出せますよ」

 シュミレットは濡れて気持ちの悪いマントの首元を少し持ちあげ。光の手で羽根を持ったまま、さらに背後から大きな術式を出現させた。それはちょうど、時の石と同じほどの大きさのものだった。










この度の地震で、被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

日本中、世界中、いつどんな災害が起こるか、わかりませんが。

今はただ、ただ、迅速かつ、早急な復旧を願っております。

日々、苦労の連続かもしれませんが、めげずにがんばってもらいたいです!



 

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