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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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五十九章 王と僕



  第五十九章 王と僕





「女の子……」とルーネベリ。

 エートが頷いた後、ケンネルが言った。

「セイレンが視ていた未来は私たちと同姓同名で同じ顔なうえに、声も同じで、体格も同じ。考え方や好みすらすべてが等しく、生き方だけが違う人たちの未来でした。大人たちはセイレンが夢見がちだと怒り、セイレンに未来を語ることを固く禁じました。後にセイレンは神の庭に昇り、人々はセイレンへの酷い行いを悔いて、戦いの前に鼓舞するように彼女の名を叫ぶようになりました。彼女が視た未来のようにあらゆる可能性のある未来を勝ち取るために」

 ルーネベリは「神の庭」と呟き、少し考えた。

 このセイレンという名の少女は神宿りの少女なのではないだろうか……しかし、今そう決めつけるべきだろうかともルーネベリは思った。ケンネルの視た未来の中で何かが変わったことだけは確かなようだ。その何かがわかるまでは、決めつけることによって勘違いをしてしまうかもしれない。ヴィソロゴダンを罰しなければならない以上、慎重にならなければならない。セイレンについては、しばらくは保留にしておくことにした。

 ルーネベリは言った。

「――なるほど。あらゆる可能性を考えれば、二番目の未来、三番目の未来など無数にあると考えてもおかしくはないだろうな。ただ、俺自身、考えられる未来だけではなく、現実に起こっている物事こそを軸にして考えるべきだと思っている。だからこそ、予言者の子孫だからといって、予知に固執すべきではないと思う。

 俺に重荷を背負わせたというが、重荷を背負っているのはケンネル自身じゃないのか。重荷に押し潰されて一人の身を犠牲にするよりも、なるべく皆が助かる道を考えた方がいい。綺麗事にしか聞こえないかもしれないが。ケンネルがいなくなった後のことは考えたか?戦いが終わったら、平和に暮らすために皆を導かなければならない役目があるだろう。死を決めつけて諦めるよりも、前向きに考えたほうがいい。どんな時も、みっともなくとも、心から受け入れられるまでは最後まであがくべきだ」

 ケンネルは何も言わず、苦しそうな顔をした。ケンネル自身、独りで相当苦しんだのだろう。自身の今際を視たのだ。恐ろしくもあっただろう。だが、その未来が来ないのであれば、それに越したことはない。人生はどれほど苦しもうが、楽しもうが、つづいていくのだ。たとえいくら努力をしようと結末が変わらないとしても、諦めてその瞬間を迎えてしまった時の後悔よりかはずっといいのではないかとルーネベリは言いたかったのだ。

 エートはルーネベリの心中を察して、ケンネルの背中に手をあてた。エート自身も同じ気持ちだったからだ。

 ルーネベリは言った。

「一つの可能性にのみ絞って決めることも時には必要だが、決めるタイミングもとても大事だ。――あぁ、余計ないことを話してしまうな。説教をしたいわけじゃないんだ。新しい道もあるのだということをわかって欲しかったんだ。この話はこの辺りにしておこう。――一応、言っておきたいんだが、必要があればセイレンという少女についてはまた訊ねるかもしれない。興味深い話だったんでね」

「いつでもどうぞ」とエートが口角をあげて言った。

「ところで、話があると言っていたが。本題を聞かせてもらえないか?」

 ケンネルは表情を和らげた。

「今この下の庭で起こっている話を知ってもらいたい」

「もちろん、聞かせほしい」

 こっくりとケンネルは頷いた。

「私たちは真実の女神様が解放されると予知をして、大きな犠牲を払いました。使者が女神様を開放するとき、ヴィソロゴダンは必ず邪魔をしようとする。私たちはヴィソロゴダンの腹心であるマトランーー私と同じ異種の子の子孫に罠をしかけました。私たちの偽のアジトの場所を知らせ、襲わました。仲間は囮となって命を落としたでしょう。何人も……」

 ケンネルの沈んだ声に、ルーネベリは少し俯いた。

「それは、残念だった……」

 ケンネルは目を閉じて頷いて、気を静めるように一呼吸置いた。

「仲間が囮になってくれている間、私とエートはヴィソロゴダンの住処へ侵入し、ヴィソロゴダンの足止めをしていました。私は気を失っていたので、その後のことはよくご存じでしょう」

 ルーネベリは言った。

「その時に、俺たちは出会ったのか……」

 エートが頷いた。ケンネルは言った。

「ヴィソロゴダンの足止めには成功しました。しかし、マトランは賢いので、すぐに囮だと気づいてヴィソロゴダンの元に戻っているでしょう。ヴィソロゴダンを倒す前にマトランをどうにかしなければ、私たちはヴィソロゴダンの元に辿り着けもしない」

 ルーネベリは腕を組んだ。

「なるほど、そのマトランという人物は俺たちの前に立ち塞がっている最初の人物だというわけか……。そのマトランというのは、どういう人物か教えてもらいたい」

 ケンネルは言った。

「マトランは私と同じ異種の子の子孫です」

「ヴィソロゴダンに騙されたというーー」

「騙された?」とエートは鼻で笑い、到底信じられないという顔をしていた。

「えっ?」とルーネベリが声を漏らすと、ケンネルは言った。

「マトランはヴィソロゴダンの忠実な僕です。私たちがどうしてテント暮らしをしているかわかりますか?」

「いや……」

「マトランはどうしてか、私たちの居所を見つけるのが上手く。家を建てて一カ所に定住すると、必ず住処を燃やされるからです。マトランは私たちを追いつめる策を巡らせるのも上手く、ぎりぎりまで追い詰めてから解放するという卑劣なやり口を何度も繰り返してきました。あの卑劣さはヴィソロゴダンよりも上まわるでしょう。エートが考えた罠も、元々はマトランの策を利用したものでした。マトランには二度目は通用しないでしょう」

「そうか、マトランという人物は相当賢い人物のようだ……」

 ケンネルだけではなくエートも頷いた。

「私たちは新しい策を考えなければなりません。しかし、その前に、アジトを移さなければならない……。一度襲われたこの場所は危険です。ただ、私はこのような状態です。エートにほとんどの指示を任せます。使者方にはしばしエートの手伝いをお願いしたい」

「それは構わないが、策についてはどうする?」

「アジトを移してから、仲間の中でも知恵のある者を集めて話し合いをしたいと思っています。使者方にはぜひ来てもらいたい」

「そうか、わかった。そうしよう。皆にもそう伝える」

 その後、少しケンネルとエートと雑談をしてから、アジトを移転させる準備がはじまるとのことでルーネベリとリカ・ネディはテントを出た。

 未だ、アジトの人と話をしている少し遠く見えるアラとオルシエの方に向いながら、テントの中では終始口を紡いでいたリカ・ネディにルーネベリは話しかけた。

「やけに静かじゃないか」

「ん?」とリカ・ネディはルーネベリを見た。

「俺ばっかり話をしてしまったな……。ケンネルに話したい事とか、聞きたかったことがあったんじゃないか?」

「そんなものあると思うのか?」

 リカ・ネディは意地悪く笑った。

「いや、でも……」とルーネベリが言うと、リカ・ネディは頭の後ろに腕を組んでルーネベリを追い抜きながら言った。

「俺はここの事情にまったく興味はないからなぁ。邪魔をせず、ついていくだけだ。戦えって言われれば、戦う。何もするなって言われれば何もしない。ルーネベリたち同行する条件も守っている」

「確かにそうだが……。本当にそれでいいのか……?」とルーネベリが自信なくそう聞くと、リカ・ネディは振り返って言った。

「何か心配事か?」

「心配というより……。いや、なんでもない」

 ルーネベリは口元に手をあて、言葉を飲み込んだ。

 問題が山積みだというのに、新たな疑問を抱いてしまった。リカ・ネディはなぜ文句の一つどころか、助言も意志表示も何もしないのかが不思議だった。ルーネベリたちに同行する条件を言ったのは確かにルーネベリ本人だ。アラたちに攻撃をしない、喧嘩をしないというものだが。リカ・ネディもオルシエも無理に守っている様子もなかったのだ。むしろ、自然とルーネベリたちの中に溶け込もうとしているように思える。それがどうしてか腑に落ちなかった。同行は一時的なものではなかったのだろうか……。

 リカ・ネディは悪い奴ではなさそうだが、良い奴とも言い切れるのだろうか。そもそも、リカ・ネディやオルシエがこの天秤の剣の催しに参加した目的は何だったのだろうか。どうして、リカ・ネディと話す機会があったというのにルーネベリ自身、それらの事を聞かなかったのだろうか。まったく失念していた。これからやらなければならないことが沢山ある。この疑問は胸にしまっておくべきだろうか……。

 ルーネベリが口元を抑えたままリカ・ネディを見ていると、眠くもないだろうに、リカ・ネディは欠伸を漏らして、また意地の悪い笑みを浮かべた。

「次は何すりゃいい?」

 リカ・ネディがそう言った直後、アジトの入り口へと向かって四足歩行で駆けてくるくるピンク色の毛のヤルカの姿が見えた。シュミレットを探してくれると言った、あのヤルカだ。ようやく帰ってきたようだがーー、その背中には人らしく姿はなかった。




 一方、その頃、ヴィソロゴダンの立派な住処では、ヴィソロゴダンが分厚い床の一部分を大きくくり抜いて凹んだところを塗料でべったりと固めて乾燥させてから、部下の黒いヤルカたちに手運びで湯を入れさせて湯あみをしていた。

 黒い毛むくじゃらの両腕を床に置いて、ヴィソロゴダンは鼻息を荒く吐いていた。

「ヴィソロゴダン様、そんなに怒らないでください。ぼくだって自分が昔作った罠を上手く利用されるなんて思わなかったんですよ」

 ズボンの裾をたくしあげてしなやかな二本の足を出した青年が、ヴィソロゴダンの背後からそう言った。青年は艶のある黒い肌をしていて、目も髪も薄い水色がかった銀色をしていた。唇はわずかに紫がかっていたが、整った青年の容姿を引き立てていた。青年は先の尖がった特殊なブラシを手に持って、茶色い袋に入った洗髪剤のような泡立つ粉をヴィソロゴダンの肩に吹きかけてからごしごしとブラシで丁寧に洗っていた。

「マトラン、お前、俺の僕の癖にいざという時にいないってどういうことなんだ!」

「だから、すみませんって。女神様が解放される日だってことついうっかり忘れて罠に嵌ったんです」

「うっかりお前が忘れたせいで、ケンネルの奴に邪魔されて、女神が解放されちまって、下の庭に真実の剣が持ち込まれた。あの剣は俺を斬ることもできる。どうしてくれる!」

「まぁまぁ」と青年マトランは穏やかに言った。

「何が、『まぁまぁ』だ!お前、何か考えろ。あの剣を持った男、俺を倒しに俺の元にやって来るだろう。ケンネルも殺し損ねた。奴ら結託して乗り込んでくる」

「そうでしょうね」と相槌を打ちながらマトランはヴィソロゴダンの首回りを洗いながら、絡まった毛を見つけると器用に解いてから、マトランの傍に置いていた桶に入っている櫛を取りだして梳いた。マトランが櫛を滑らせるほど、ヴィソロゴダンの毛は光沢をだしはじめたが、当のヴィソロゴダンがぶるぶると身体を左右に揺らすせいでせっかくのマトランの苦労は泡となった。無理に水気を飛ばそうとするせいで、ヴィソロゴダンの剛毛は乾燥して光沢さえださなくなった。

「『そうでしょうね』、じゃねぇだろ。わかっているなら、先手を打て。先手をだ!」

マトランは不満そうにヴィソロゴダンの毛を見つめながら言った。

「――よく喋る大きいペットだこと」

「あぁ?何か言ったか」とヴィソロゴダンが振り返ると、マトランは偽りの笑みを浮かべて「何も言っていませんよ」と答えた。

 ヴィソロゴダンはフンッと鼻息を立てて、正面を向いた。背後でマトランはため息交じりに桶に櫛を戻してから「誰か、次の新しいお湯を!」と叫んだ。

 マトランがそう叫んでから、一分も経たない間に黒いヤルカが三匹お湯の張った桶を運んできた。マトランが足元に置くように指示すると、黒いヤルカたちは両腕を震わせながら慎重にマトランの傍らに桶を置いた。三つの湯煙の立つ桶が床に並ぶと、マトランは黒いヤルカたちに言った。

「ご苦労様。もう行っていいよ」

 ヴィソロゴダンの顔の左側上下についた二つの目がぎょろりと黒いヤルカたちに向けられて、黒いヤルカたちは怯えながら部屋を退室して行った。

 ヴィソロゴダンはまたフンと鼻息を吐いてから言った。

「マトラン、奴らが乗り込んでくる前に何かしろ」

「何かって何をですか?」

「何かだ!」と、ヴィソロゴダンは床を強く叩いて怒鳴った。あまりにも強く床を叩いたせいで、一瞬マトランの身体は軽く浮いていたが、マトランは楽しそうな顔をしただけだった。

「何かって言われても、何かをする必要あります?」

 ヴィソロゴダンが恐ろしい形相でマトランを振り返った。

「お前も俺を見捨てるつもりか!」

 マトランは首を横に振った。

「ぼくは永遠にヴィソロゴダン様の味方ですよ」

「味方だって言うなら、何か考えろ。俺は死にたくない!」

「ふぅ、そうですね……」と、マトランは湯の張った桶の一つを掴んでヴィソロゴダンの頭にゆっくりとかけた。ヴィソロゴダンは四つの目を閉じた。マトランは二つ目の桶の湯はヴィソロゴダンの首から肩へかけてゆっくり流しかけて泡を落した。

「何か、言え!」と怒鳴ったヴィソロゴダンにマトランはおっとりとした様子で言った。

「ヴィソロゴダン様、そう焦らないでください。何もしないのも手のうちだとぼくは思いますよ」

「何もしないだと!」

「そう怒鳴らないでください。部屋の外にいるヤルカたちが怯えるだけです」

「グゥルル……。お前はなんで怯えないんだ!」と、またヴィソロゴダンは床を叩いた。それも三度も叩いたので、マトランの身体は軽く三度浮いた。マトランはそれでも楽しそうな顔をしていた。

「ぼくはいくらヴィソロゴダン様が怒鳴っても、叫んでも、暴れてもまったく怖くありません」

「なんでだ?」

 マトランはヴィソロゴダンの頭の上に手をぽんっと置いた。

「ぼくだけは何があってもヴィソロゴダン様の味方だからです」

 ヴィソロゴダンはむっとしながら「煩い!」と言って黙り込んだ。

 マトランだけはふふっと笑って楽しげにしながら、部屋の片隅に置かれた一人崖の赤いソファに置いたふかふかの毛布を抱えてヴィソロゴダンに言った。

「さぁ、そこから出てください。湯冷めする前にお身体を拭きましょうね」

 湯に濡れたヴィソロゴダンはよたよたとしながらもくり抜いた床から這いあがり床の上に立ちマトランと並んだ。マトランはなかなか長身だったが、それでも背はヴィソロゴダンの胸ほどだった。マトランは微笑みながらまるで子供を扱うかのごとく、ふんわりと毛布でヴィソロゴダンを包みながら体を拭きはじめた。

 ヴィソロゴダンは何を言われるでもなく、自ら中腰になってマトランに頭を向けた。マトランは毛布で優しく頭を撫でるように拭いた。

「ヴィソロゴダン様――」

「何だ?」

 毛布で身体を拭かれることが気持ちが良いのか、うつらうつら夢心地のヴィソロゴダンにマトランは言った。

「食事の後は休んでいてください」

「俺が休んでいる間に奴らが来るかもしれない……」

「彼らの事はぼくにお任せてください。ぼくがいるかぎり、何の心配はいりませんよ」

 マトランは拭き終わたヴィソロゴダンの頭を優しく撫でた。

「どこまでも、いつまでも一緒です」




 ヴィロソゴダンが寝室に向っていた頃、ルーネベリたちの方ではアジトの移転の為に人々が荷物を整え、畳んだテントと一緒に色付きのヤルカたちの背に積んでいた。色付きのヤルカたちは嫌がる気配どころか、積極的に荷物を運ぼうとしていた。色付きのヤルカは仲間意識が強いようだった。

 ルーネベリは皆から少し離れたところで一人考え事をしていた。ピンク色の毛のヤルカから、結局シュミレットは見つからなかったと聞いて落ち込んでいたのだ。賢者様は今頃、どこで何をしているのだろうか……。

 ルーネベリはエートに呼ばれ、人々の移動がはじまった。







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