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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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十三章



  第十三章 水の物質





「ケトラ・J・ウォンド。私は彼にセロナエルを紹介してもらったんだ。私の知りたいことを知っている女がいると」

「ウォンドがあなたに?」

 ビシェフは「あぁ、そうだ」と頷いた。

「彼は私を訪ねて、第七世界までやってきたんだ。私の研究課題をたいへん評価してくれてね。研究が進むよう、ぜひセロナエルに会わせたいといってきた」

「どうして、知人だと嘘を?」

「なにせ、昔のことだ。記憶違いをしていたんだ。故意ではない」

 ビシェフはこのことについて何も嘘はついていないと、手を振った。ルーネベリは言った。

「ケトラ・J・ウォンドはあなたとセロナエルを引き合わせた。あなたとセロナエル、ウォンドが得た報酬は何ですか?」

 ラン・ビシェフは首を撫でながら、顔を反らした。

「君は、私が怪しいと思ったかもしれないが。私は今回の件には一切かかわっていない」

「それでは、仰ってください。何の情報を売買したんですか?」

 ルーネベリの質問に、ビシェフは言いずらそうに口篭っていた。

「答え次第では、あなたを時術師に引き渡さなければならなくなります。そうなると、あなたは研究を続けなくなるかもしれませんよ?」

 ビシェフは驚いて顔をあげた。

「私は何もしていない!ただ、情報を取引しただけだ」

「あなたは取引をしただけでしょうが。ここに二十年も住んでいる

のなら、事態の深刻さを十分わかっているのではないですか。よく考えてみてください」

 眉間に皺を寄せてそう言ったルーネベリに、ビシェフはがっくりと肩の力を落として、背もたれに寄りかかった。

「……知識ある者、万人のために尽くせと?」

「そうです。あなたが知る真実が、この世界を救う手だてになるかもしれません。それと同時に、あなたの身の潔白も表明できるかもしれません」

 ビシェフは苦悩するように顔を両腕に埋めた。主人が「大丈夫か」と肩を擦ると、ビシェフは黙って頷いた。そして、小さな声で語りだした。

「ウォンドが得たものが何かは知らないが、私はセロナエルと情報の売買をした……」

「二十年前より以前から、私はこの世界にしか存在しない水を研究していた。その物質名はクレ・ミラール。物質そのものが鮮やかな青色をしている。気体時には空気よりも軽く、液体時には容積がとても小さくなるが、クレ・ミラールの濃度が高くなると、有毒性物質となる。固体時には毒性はまったくなくなるが、かなりの強度持ち、物理的に影響を与える力のみを遮断する物質となる」

ビシェフは間をあけて言った。「私は、当時は仮説にしか満たなかったクレ・ミラールの欠点をセロナエルに教えた」

「その仮説とは?」

「水の世界の陸地と呼ばれる場所以外では、固体のクレ・ミラールの上を液体のクレ・ミラールが薄く覆っている。硬い石の上に水が溜まっていると思ってくれればいい。

私は、クレ・ミラールの有毒性が固体にも影響を与えるのではないと考えていた。私たちが今いる場所がまさに具体例だろう。クレ・ミラールの六角柱から吹き上げられた水は陸地に溜まるが、それは歳月とともに、しだいに溶けて大きな窪地をつくりだした。それで、私はこう仮説した。この世界には水に隠された窪地がいくつも存在するのではないかと」

「セロナエルから、竜族が竜の道を使って世界を行き来きしていると聞いて、ますます、窪地の存在する可能性は高いと考えた。平坦ではない水面上を歩くのはとてもじゃないが安全とはいえない。そして、その窪地を探ってゆけば、時の置き場がある場所を特定できるのではないかと」

 ルーネベリは相槌を打ち、「魔術師たちは、窪地で時の置き場を探っていたのか」と呟いた。

「魔術師?」

「いいえ、なんでもありません。それで、セロナエルからは何を聞いたんですか?」

 ビシェフは深くため息をついた。

「おかしな話だと思うかもしれないが……。セロナエルは、獣のように瞳孔が細長く、淡い緑のガラス玉のような瞳を持っていたんだ。質問は沢山あったんだが、その目に見とれて、私はつい変なことを聞いてしまった」

「その目はどうしたんだと」

 ルーネベリはテーブルに手をついて、言った。

「セロナエルは何と答えたんですか?」

「私と出会う数十年前に目を怪我して、気づいたらこうなっていたと、そう言っていた。だが、私はその目に見覚えがあって、もう一つ聞いたんだ」

 ビシェフはルーネベリから主人に目を移した。

「……悪いが、耳を塞いでいてくれないか。お前には聞かれたくないんだ」

 ひどく申しわけそうな顔をしてそう言ったビシェフに、主人は苦笑いをして、節くれだった二つの手をきつく両耳を当て。ついでに、目も閉じた。

 ビシェフは肩をすぼめた。

「私はセロナエルに、魔術師のあなたがどうして竜族の瞳を持っているのかと聞いたんだ。彼女はそのことについては言わなかったが、その代わりに、管理者について教えてくれた。代々、管理者は死ぬまで一人しか存在しないこと。時の石の置き場近くには、必ず竜がいること。そして……」

「管理者は何があろうと途絶えないということだ」

ビジェフは首を横に振った。「その意味はわからないが、とても重要なことらしい」

黙ってビシェフの話を聞いていたルーネベリは、ゆっくりと視線をテーブルに落とした。

「五十年前、デルナ・コーベンは桂林様の目に怪我を負わせ。元賢者ダビ様と戦い、ダビ様と共に戦った軍師を殺したそうです。セロナエルが竜族の瞳を持っていたということは、桂林様の事件となにかしら関わりがあるのかもしれませんね」

「出生時から盲目ではないのか」

 ビシェフはまったく知らなかったと、目を見開いた。

「そうです。おそらく、このことを知る人物は少ないでしょう」

 ルーネベリは目を閉じて言った。

「桂林様が盲目になった事件も今回の件も、デルナ・コーベンたった一人の仕業だと考えていました。ですが、それは思い込みだったのかもしれません……」

それから、会話がぷっつりと途絶えた。二人は、思いおもいに考えに耽っていた。十分も満たずに、先に、いい結論でも思い浮かんだのか、ビシェフは汗ばんだ手を揉んで、宿屋の主人に「恂結、送り届けてやってくれ」と言った。

ルーネベリはビシェフを見た。

「まずはメモの差出し人の言うとおりに動いてみるのはどうだろうか?」

 ルーネベリは右手に持っていたメモに書かれた文字を見つめ、半分に折りたたんで胸ポケットの魔道具ライターの横に入れた。

「そうですね。次のてがかりというのは、それ一つですから」

 主人は一人陽気に立ち上がって、「それなら、飯も食ったことだ。戻るか」と言い。ビシェフと軽く挨拶を交わすと、小屋を出て行った。ルーネベリも主人の後について、小屋の外へ出ようとした。すると、ビシェフがルーネベリの左腕がそっと掴んだ。

「もし、今回のことが私のせいなら……」

「いいえ。話を聞く限り、あなたは関係ないでしょう」

「だが、私が情報を与えたせいでこうなったのなら」

「道具は使い方次第というでしょう」

 どういうことだと戸惑った顔をしたビシェフに、ルーネベリは苦笑いした。

「世界には何人、人がいると思いますか?一人一人あらゆる情報を持っている。その情報が偶然組み合わされ、犯罪へと導いてしまったとしても、情報を持っていた人の責任ではないんです。罪があるのは、私利私欲のために情報を掻き集め、罪を働いた者たちです」

 ルーネベリはビシェフの手を優しく放させた。

「何かを知りたいと思うのは誰にでもあることです。知りたいという欲求は罪ではないんです。ただ、その欲求が他に害を与えたとき、欲求は罪となるんですよ」

 ビシェフは半ば頷いた。

「それなら、私は過ちを繰り返さないことだな」

ルーネベリは言った。「あなたの研究は興味深いです。あなたの、その研究で何か新しい発見に繋がればいいですね」

 ビシェフは笑った。「科学者ならば、新しい発見で過ちを正せと?」

ルーネベリは笑い返して、片手をあげた。

「またぜひ、お会いしましょう。その時は、互いの研究について一晩中、語りあいたいものですね」

 ビシェフは腕を組んで「ぜひ、受けてたとう」と言って、ルーネベリを見送った。


 ルーネベリは宿屋の主人に籠で地上へと運んでもらい。宿泊名簿の記された本を主人から受け取ると、城へと一度帰ることにした。 

昨日の別れたきりの、ミースやガーネの様子が気になったからだ。ルーネベリがちょうど城の入り口にさしかかったとき、急ぎ足で杖をついて歩いてきた老人とぶつかった。地面に転んだ老人は茶色のマントについた埃を払い立ち上がると、「失礼」と一言。よろけ

ながらも、忙しなく城の中へと入っていった。ルーネベリは「大丈夫だろうか」などと老人を心配していると、後ろから「パブロさん!」と誰かが呼んだ。振り返ると、息を切らしてミースが走ってきた。

「ミースじゃないか」

目の前まで走ってきたミースは膝に手をつき、ぜいぜいと息を激しく吸い込んだ。「パブロさん、どこに行っていたんですか?」

「ちょっと用があって下まで降りていた。こっちはまだ小昼だろう。どうしたんだ、そんなに慌てて」ルーネベリはミースの周囲を見た。「ガーネはどうした?」

 ミースは言った。

「どこにもいないんです」

「どこにもいないって?どういうことだ」

「あの……あなたが信用できなくて。だから、私は自分でどうにかしようと……」

 ルーネベリがいなかった半日のうちに、何が起きたんだろうか。ルーネベリは言った。「何をしたんだ?」

 ミースはうろたえるように喘いだ。

「何があったんだ?ミース、答えろ!」ルーネベリはミースの肩を強く掴んだ。ミースは恐るおそる息を飲んだ。

「ガーネが一晩中、苦しそうに呻いていたので、術式をかけたんです。そしたら、見に覚えのない術式がガーネの身体の真下に……、現れて……」ミースは目を逸らした。

「ガーネはどうなったんだ?」

「それが、消えてしまったんです」

「魔術式をかけたのに、消えだと?」

「……はい。跡形もなく、消えてしまって。パブロさん、あなたの部屋にすぐに行ったのですが。あなたの姿がなくて、今までずっと探していたんです」

ミースは落ち着きなく腕を擦った。ルーネベリはミースの話を聞いて、はっとして額に手をあてた。「おかしい」

「あの……、私は消えるような術式は、断じてかけていません」

 叱られた少年のように意気消沈にそう言ったミースに、ルーネベリは言った。

「いいや、違う。魔術式では人は消えない。魔術ができるのは物質変化だけだ。ガーネが消えたのなら、時術を使ったとしか思えない」

「時術なんて、私……」

「あぁ、わかっている。お前にはまだ魔道具は使えない」

「それでは?」とミース。ルーネベリは頭を抱えて言った。

「どうして、今まで気づかなかったんだろう。はじめからおかしいんだ。なぜ、ガーネは違法空間移動できたんだ?」






「お待ちください、紫水様」

 城の反対側で、紫水は崖の方へ歩いていた。早足で歩く紫水に、侍女の瑠菜は小走りで追いかけた。紫水は歩きながら言った。

「やはり、姉上が心配だ。昨晩、戻られなかったのに、まだ連絡がない」

「ですが、賢者様とご一緒です」

「シュミレットと一緒なのは知っている。だが、姉上は昔、凶悪な事件に遭われている。私は心配なのだ」

 紫水の前に、密かに後を追ってきた玉翠がさっと立ちはだかった。「軍師様」と侍女。玉翠は紫水の前で腕を広げ、言った。

「紫水様、時の置き場に行かれても、賢者様の足手まといになるだけかと」

「そうかもしれないが。姉上のご無事をこの目で確かめたいのじゃ」

「我侭を仰らないでください」

「我侭だと?」

 玉翠は、紫水を見つめたまま一歩前へ足を進めた。紫水は驚いて一歩後退した。

「万が一にも、桂林様が襲われたとしましても。あなた様は、今回の件に関わりなってはなりません」

「なぜじゃ」

 紫水は叫んだ。

「姉上が危ぶない目に遭われておるのに、私は安全な場所でぬくぬくとしておれと?」

「そうは申しておりませんが。管理者一族様は……」

「何じゃ?申してみよ」

 玉翠は押し黙り。渋い顔をして、突如、紫水の目の前で跪いた。「お許しください。これは桂林様のご命令なのです」

「何をする。立たぬか!」

「どうか、お許しください」と、跪いた玉翠は、手を口に当て俯いた。いつの間にか、背後から忍び寄った、甘い香りのする煙が生き物のように宙に漂い、紫水の顔に纏わりついた。その煙を吸った紫水は「うっ」と苦しみ、たちまち、気を失った。脱力した身体は崩れるように倒れた。玉翠は地面へと倒れる紫水を手早く支えた。

煙のたつ壷にカポッと蓋をした音が聞こえると、甘い煙は瞬時に消え去った。玉翠は紫水を背負い、壷を持つ人物に目を向けた。

「阿万様」

「困った若君様ですな」

 阿万僧侶は微笑んだ。

「桂林様のお命が危ないならば、紫水様も同様。もう少し、ご自分のお立場をお考えくださればよいのですがね」

「紫水様はまだ何もご存知ないのです。桂林様も継承の時まで口にするなと申しておりました」

 阿万僧侶は二度頷いた。

「桂林様らしいお考え。心の清らかな弟君を想うがために、伏せていらっしゃる。しかし、女帝の弟君であることにはお変わりない」

 玉翠は首を横に振った。

「継承はずっと先です。今はまだご自分のことよりも、外の世界に憧れるお年頃。いずれ受け入れてくださるのを待つほかありません」

「……何事もなくその時を迎えてくださればいいのですが」

 阿万僧侶は片手を祈るようにあげた。玉翠は溜息をついた。

「今回は賢者様方だけが頼みの綱です。軍師の私にはどうすることもできません」

「そう、ご自分をお責めになりますな。手をお貸ししましたが、紫水様はどうなさるおつもりで?」

「時が動きだすまで、紫水様は円城様に預かっていただこうと思います。円城様は兵をいくらか持たれていますし。天音様もご一緒です。無茶はなさらないでしょう」

「円城様。それはいい考えです。あの方は信仰深く、礼儀をよくよく知っておられる」

玉翠は頷いた。

「紫水様にとってはこの世界でもっとも安全な場所といえるでしょう。これから、私は紫水様を円城様の邸までお連れし。その後は、城に戻ります」

「では、私は瞳心の神殿に立ち寄りましょう。何かわかりましたら、使いをやります」と阿万僧侶。玉翠は侍女に言った。

「瑠菜、今聞いたとおりだ。城の者にはそう伝えておいてくれ」

「わかりました」

 頭を下げた侍女は、玉翠の背で眠る紫水を確かめてから城へと戻っていった。阿万僧侶も一時の別れの挨拶をすると、崖を降り、竜の道を歩きだした。玉翠は城の方に向けた身体をぴたりと止め、少し反転させて、竜の道をゆく僧侶の背に、「阿万様」と話しかけた。

「あの子供に会われましたか?」

 振り返った僧侶はひどく驚いた顔をした。










もう二月も来週一杯で終わりますね

日々、時間がたつのがはやすぎて

ある種の時差ぼけ状態がつづいております。

皆様、お気をつけください



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