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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十九章




 第三十九章 等価交換





 小人イールムはすぐに見つかった。

《メトリアスの鏡はいかがかな~?広々空間に収納は最適、持ち運びもできる~》という大きな声で叫びながら飛びまわっていたからだ。あんな特徴的な声は忘れようがなかった。

 ルーネベリが近づこうとしたとき、奥のほうから別の生き物がメトリアスの鏡を持った小人に近づいてくるものがあった。ルーネベリは走りながら叫んだ。

「鏡が欲しい。交換してくれ!」

 小人はぱっと宙でとまると、ルーネベリの方へ飛んできた。別の生き物は片手をあげたが、小人はまるで見向きもしていなかった。そして、ルーネベリの目の前にとまると、飛びながらにっこりと笑って言った。

「何をお持ちで?」

 ルーネベリは握りしめた拳を開いて、クインルの毛を見せた。

「これで文句はないだろう?」

 小人はクインルの柔らかそうな艶のある一本の毛を見るなり、小さな掌から銀縁の綺麗な鏡を取りだした。

「お目が高いね!運命の女神様が大事にしていた獅子から採れる貴重な運命の赤い糸の原料だね」

 黒豹の言っていた「真眼」は本物らしい。毛を一目見ただけでそいれが何なのかを特定したからだ。しかし、そういえば、黒豹はこうも言っていた。略奪は許されないと……。ルーネベリは言った。

「これは抜け落ちた毛を拾ったんだが……。鏡と交換してもらえるのか?」

「自然と抜け落ちた毛だから良いんだよ」

「そうなのか、よかった。でも、本人は知らないんだが……」

「獣にとって毛なんて身体を無駄な守る為のものだよ。嫉妬深いアーチェルムという化け物は髪の毛一本盗られるのを嫌うっていう話もあるよ。でもね、アーチェルムは運命の女神の庭で酷い目にあったせいなんだよ。他の生き物を信用できないだけなんだ」

 小人がクインルの話とほとんど同じ話をしたのでルーネベリは感心してしまった。

「なんでも知っているんだな」

「当然だよ。品物以上になんでも知っているよ。毛を渡してもらえる?」

「あぁ……。ちょっと待ってくれ、その前に聞きたいことがあるんだ」

 小人は「何?」と言いたげに首を傾げた。ルーネベリは言った。

「運命の女神の庭には『奇跡の水』というものがあるそうだが、それは何を浸して作られているんだ?」

 小人は迷うことなくただ普通のことを言うように短く言った。

「木だよ」

「えっ、木?特別な何かの木なのか」

「ううん、木と名のつくものすべてだよ。汚れた世界を綺麗にして運命の女神様は庭を造ったんだ。はじめは様々な種の木を沢山植えられるように大きな庭を造った。そこへ他の女神様たちが飼っていた獣を放ったり、湖を作ったり、花を植えたり。色々としているうちに立派な庭になってしまって。そのうち色んな生き物が住みだして、今では賑やかで楽しい世界となってしまった。運命の女神様は騒がしいのがお嫌いで、別の世界に新しい庭を造った。そこでも運命の女神様の元には沢山の女神様方が寄ってくるから、運命の女神様は次から次へと世界を移ってしまって、今では庭を造った運命の女神様を探す方が難しいんだよ」

「た、大変なんだな」

「大変じゃあないよ。運命の女神様はそういうものなんだよ。皆に愛されてやまない」

「一人しかいないなら、やっぱり大変じゃないか」

「一人?運命の女神様が?」

「違うのか……?」

 ルーネベリがそう聞くと、小人はゲラゲラと笑った。

「一体、世界がいくつあると思っているの?お話はここまで。毛は貰うね。鏡はここに」

 小人はルーネベリの手から手際よく赤い毛を抜き取ると、メトリアスの鏡をルーネベリの手に握らせた。それはほんの数秒のことだった。ルーネベリが鏡を見下ろしてお礼を言おうと顔を上げると、小人はすでに飛び去って行った。剥き出しになったままの赤い毛は小人の手の中で、ガラスのような透明な薄い筒状のケースの中に入っていた。小人はあの独特な声で叫んだ。

《運命を司る獅子の毛はいかがかな~?髪と結びその身に結べば運命の番と巡り合える、次はいつお目にかかるのか、貴重のなかの貴重な品~》

 小人の声を聞くなり、歩いていた生き物たちがざわめきだした。

「欲しい、欲しい」と皆が口を揃えて叫びだしたのだ。生き物たちは競い合うように小人に群がろうとするのだが、小人はすいすいと生き物たちの隙間を縫うように飛びまわり、空高く飛び上がると、真下にいる生き物たちを見て笑っていた。目を大きく見開いて、どうやら、貴重なものを持っている生き物を見定めようとしているかのようだった。

 生き物が熱気を帯びた声をあげながら群がっている様はとても恐ろしかった。ルーネベリは後退り、メトリアスの鏡を大事に胸に抱えた。


 飲み屋街の道の真ん中では小人の周りに生き物がわっと寄せ集まり。そこから離れると、生き物がいなくなっていたため見晴らしがよくなっていた。生き物がうようよと歩いてばかりいたのでよく見えなかったが、飲み屋街の地面は砂色のようなレンガで作られているのだとわかった。わりとしっかり舗装された街だったのだ。

 ルーネベリは誰もいない道を歩きながら、集合場所であるバッナスホートの姿を探すと、すぐに見つけることができた。

 バッナスホートは噴水、いや、空から流れ落ちてくる滝と滝の水を貯めた囲いの前に立っていた。

飲み屋街に滝のようなものがあったのかとはじめて知った。もしかしたら、神の庭から流れ落ちていたものと同じものかもしれない。ただ、空中では流動せず、上から下へと流れ落ちていく滝になっていた。滝の下では、様々な生き物たちが滝に打たれていた。修行でもしているのか、酔い覚ましているのかはわからなかった。

 囲いの前にいるバッナスホートの傍にはもちろん少女を閉じ込めた紫色の塊はあり、シュミレット、アラ、シャウもいた。ルーネベリが皆に駆け寄りながら声を掛けようとしたのだが、アラがバッナスホートに怒鳴っていた。

「お前のせいでパシャルたちを置き去りしてしまった!」

 バッナスホートは呆れたように言った。

「馬鹿を言うな。嘘を吹き込まれて感情的になったお前のせいだろう。俺のせいにするな」

 アラはぐっと拳を握り、悔しそうに顔を顰めていた。シャウが「アラさん……」と心配そうに呟いた。

 ルーネベリは先ほどの店でパシャルがアラに耳打ちした姿を目にしていた。きっとパシャルはアラを店から出すため、わざとバッナスホートに纏わる嘘を言ったのだろう。アラが必ず反応するだろう言葉を言ったのだ。パシャルの思惑通りに事が運んだが、当のアラは騙されたことよりも仲間を置いてきてしまったことを嘆いているようだった。

 パシャルは本当に良い奴だった。無事でいればいいのだが……。

 ルーネベリはとぼとぼと歩いていると、シュミレットが近づいてくるルーネベリに気づいて声を掛けてきた。

「ルーネベリ。大丈夫だったかな?」

「……はい。鏡は手に入れましたよ……」

 元気なく返事をして鏡を手渡してくるルーネベリを見て、シュミレットは心情を察していた。カンブレアスの態度から、いずれは別行動をすることになるとシュミレットはわかっていたのだが、メトリアスの鏡を手に入れた代償は思った以上に大きかった。これまで共に行動してきたあの賑やかなパシャルや寡黙なカーン、お人好しのクワンがいなくなったのだ。シーナも気掛かりだ。カンブレアスやグヒムでさえ心配だった。まさか、店が消え失せてしまうなどと誰が考えただろう。

 しばし皆は黙り込んでいたが、シュミレットが鏡の中に紫の塊ごと少女を押し込もうと提案したので、バッナスホートとシャウとルーネベリの三人係で紫の塊を持ち上げて地面に置いたメトリアスの鏡の上に置こうとした。メトリアスの鏡は紫の鏡を吸うように取り込んでいった。それからシュミレットは鏡に左手を突っ込み、紫の塊を砕いて少女を外に出してやった。鏡の中は明るく、白銀の床があるだけの壁も窓も扉さえも何もない広い空間になっていた。少女は辺りを見渡した後、シュミレットと目が合うとじっと見返してきた。少女は落ち着いた様子で騒いだりはしなかった。シュミレットは少女に軽く手を振った。少女は真似をするかのようにシュミレットに手を振り返した。バッナスホートと留守番をしている間、飲み屋街の様子を少女は見ていたのかもしれない。意思疎通はできなくとも、シュミレットたちが何をしようとしているのかがわかったらしい。

 シュミレットは鏡から手を抜きだし。自身のマントから生地を新たに作り出して鏡が割れないようにぐるぐる巻きにしたものをルーネベリに渡して、リュックの中に入れるように言った。鏡の大きさからして、入る袋はそれしかなかったからだ。誰も文句は言わなかった。バッナスホートは端から鏡や少女には興味がなく。アラはまだパシャルたちの件で落ち込んでおり、シャウはアラの近くで慰めるためには何をすればいいのかを考えていたからだ。こうなってみると、反論される言葉が全くないというのも寂しくなる。

 ルーネベリはアラに近づいて言った。

「俺たちには落ち込んでいる暇はない。平の庭へ行こう」

 アラはルーネベリを見て、苦しそうに頷いた。シャウがアラに構おうと手を軽くあげたのだが、アラはそれに気づいて「大丈夫だ。放っておいてくれ」と言った。それでもシャウはアラの為に何かしようとアラの後ろでそわそわしていたので、バッナスホートが苛立ったように言った。

「そんな女、放っておけ。女々しいだけだ」

 アラはバッナスホートを恨めしそうに睨みつけた。やはり、この二人は仲が悪すぎる。アラを連れて行くことにはルーネベリも賛成だったが、バッナスホートという男と行動を共にして、この先果たして大丈夫なのだろうかとルーネベリは妙な不安が過った。

 助手が不安を感じている間に、賢者シュミレットはポケットから小さくしておいたマントの生地でできたヘルビウスを取り出すと、元通り大きくしていた。そして、皆に持っている鉱石の数を確認した。賢者様は手際がいいというか、なんというか……。

 とりあえず、シュミレットは一つ、ルーネベリも一つ、アラは二つ、シャウも二つ、バッナスホートは一つと。計七つの鉱石を持っていることがわかった。使用したことや人数が減ったこともあったので減るのは仕方がないが、これからは大事に使わなければならない。なんせ、魔術のような力を使えるのはシュミレットしかいなくなったわけだ。移動するたびに一つ飲むと考えても、後一回は必ず飲まなければならい。自由に使えるのは残り六つ。後残るには平の庭と下の庭がある。何事もなければいいのだが……。


 シュミレットを先頭に、ルーネベリ、アラ、シャウ、バッナスホートが布製のヘルビウスに乗り込んだ。未だ、道の真ん中では生き物たちが群がって、小人イールムが客を品定めしていた。シュミレットはどこへ向かっていいのかはわからなかったが出口らしい場所といえば、空しか見当たらなかったので、ヘルビウスを浮き上がらせて、空高く舞い上がらせた。すると、どういうわけか様々な街の一角が左右上下に見えてきた。この庭は本当に不思議な街だ。目がおかしくなりそうだ。街の中を歩いていると違和感がなかったが、まったくどういう構造なのか、幾重に重なり寄せ集めた四角い箱のようなものの中心を飛び抜けていくと、沢山の星の見える空が見えてきた。それは恐らく、神の庭にいたときに見たものと同じだった。高の庭からすっかり出てしまうと、庭の名前の由来がよくわかる。

 高の庭は高く聳える地面の中にあるものだった。そして、神の国レソフィアは大きさの異なる円柱が段々と重なった形をしているということがわかった。飛んでいる高さからでは神の庭は見えなかったが、ちょうど神の庭があるはずの場所から下へと伸びる巨大な柱と高の庭に接する部分の周辺が空洞になっており、その空洞が飲み屋街の空と繋がっていたのだ。そこからシュミレットたちが出てきたので確かだ。球体世界に生きるルーネベリたちにとっては理解を超えた庭の概念だ。

 ヘルビウスが高の庭を出ると、しばらく何もない宙を迂回した後、シュミレットは平の庭へ下る方法を探していた。こういう時、シーナがいれば何か知っていたのかもしれないが、誰も何もわからなかったのでそのまま空中を飛びまわるしかなかった。高の庭の端の方へ飛んでいくと、周囲にもやもやとした白い霧が発生していた。

 シュミレットの後ろ座るルーネベリが言った。

「先生、あれを!」

 ルーネベリが後ろから長い腕を伸ばして指さした高の庭の端の方には、巨大な轟く滝があった。シャウが恐ろしくて息を飲む音も掻き消されてしまうほど煩かった。

 滝は神の庭の時と同じように下へと流れている。恐らくはあの滝に沿って下りていくと平の庭があるのだろう……。しかし、それにしても、大きな滝だ。あれほどまで大量の水はどこからきているのだろうか。十三世界の水の世界にも滝はあるが、規模がまるで違う。上から見てもその全貌は見えず、滝の底も暗くて見えなかった。平の庭に辿り着くまではずいぶんと距離があるようだ。神の庭を下るときのように、あの滝を突っ切るのは難しいかもしれない。シュミレットはどうしたものかとヘルビウスを滝の上で旋回させた。

 ルーネベリはシュミレットの後ろから大きな声で言った。

「先生!何か頑丈な大きな塊を作れますか?俺たち五人がすっぽり入るほど大きなものです」

 シュミレットも珍しく大きな声で返した。

「そんなものを作ってどうするつもりかな!」

「大きなボールを作るんです。塊の外と内側に、このヘルビウスの厚い生地を敷き詰めて」

「なるほどね、滝の動力を使って下るつもりなのだね!」

「そうです!」

「君の言うとおりにしよう!」

 マントの下の鞄からシュミレットは鉱石の花を取り出すと、半分に折って飲み込んだ。ヘルビウスを飛ばしているだけでも魔力を消費しているのだ。シュミレットは鉱石の花の欠片をポケットにしまい込んだ。

シュミレットは右手で腕にはめた女神の腕輪から小さな紫の球体を作ると、紫の球体を布でできたヘルビウスに押し付けた。すると、小さな球体の中にぬっと黒い生地が入り込んでいった。紫色の塊の表面にも同じように黒い生地を纏わりつけ、その上、生地を幾重にも重ねて厚くした。五センチほどの黒いボールができた。なかなかいい出来だ。一旦、ボールをポケットにしまうと、先ほどしまい込んだ鉱石の欠片と、高の庭で割った欠片を四つ両手に乗るように取り出した。両手が塞がった為、ヘルビウスの上でシュミレットの身体はよろけたが、ルーネベリが後ろからすぐに抑えたので落ちることはなかった。

 鉱石の花の破片をシュミレットは力を使って一つ凝縮させた。そして、中に空洞のあいた透明な球体を作ると、ガラス細工をするように小さな小さな円卓を中心につくり、その円卓を取り囲む長椅子を作った。

「魔術式も使わないのもいいものだね」

一人楽しそうに呟いたシュミレットはポケットから黒い球体を取り、透明な球体を黒い球体の中へ押し込んだ。透明な球体はすっぽり黒い球体の中に入って見えなくなったところで、シュミレットは布製のヘルビウスを風呂敷上に変形させた。あまりにも突然のことだったので、ルーネベリは「わっ」と叫び、シャウは後ろからアラに抱きついた。バッナスホートは大事な剣の柄を落とすまいと握っていた。

 風呂敷状になった布は五人を頭まで包み込もうとしていた。徐々に視界が暗くなっていくので、シャウやアラが不安げにシュミレットを見ていた。

 シュミレットは手の中で転がした黒い球体を風呂敷の隙間から投げた。すっかり風呂敷が皆を包み込んだ後、シュミレットたちの視野は暗く何も見えなってしまった。皆の息遣いだけが聞こえていた。

風呂敷の外では、黒い球体が空中で巨大化しパックリとひとりでに割れて風呂敷全体を飲み込んだ。なんとも大胆なやり方だ。賢者様らしいといえば、らしいが……。

 。すっかり風呂敷が皆を包み込んだ後、シュミレットたちの視野は暗く何も見えなってしまった。皆の息遣いだけが聞こえていた。

 ぱっと五人の目の前が明るくなったのは、すぐのことだった。

 シュミレットがキラキラ光る鉱石の花を作ったからだ。何が光っているのかははっきりとわからなかったが、白いぼんやりとした明かりは、小さな部屋中を照らすにはちょうどいい明るさだった。

その場が明るくなってようやくルーネベリたちはいる場所がどうなっているのかがわかった。部屋を占める透明の円卓と透明な椅子の上に黒い布がクッションのように敷かれている。

 皆の顔が見えたので、なんだか安心してしまった。

 シュミレットが言った。

「そうそう、掴まるための手摺りを忘れていたね」

「えっ?」とルーネベリ。円卓の端に見事なまでに頑丈そうな透明な手摺ができたのを見て、ルーネベリはとても後悔した。滝の動力に任せるという事は、そのまま落下することだ。無事に下りることは考えたが、落下する恐怖をすっかり忘れていたのだ。

 シュミレットがパチンと指先を鳴らしたとき、嫌な吐き気と背筋に冷や汗がたらりと流れた。









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