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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十七章




 第三十七章 誘惑作戦





 シュミレットはため息をついて左隣に座るルーネベリに言った。

「まったく滑稽だね」

「えっ?」

「マーシアの息子だよ。子供の頃に会ったときはもう少し賢かった気がしたのだけれどね。僕のことも覚えていなかった」

「あぁ、カンブレアスのことですか?俺はどうも一人ではぐれた件で嫌われてしまったようですね。先生が話をしてくれなければ、喧嘩になっていたかもしれません。ーーでも、それほど嫌ならどうして先生の言い分を素直に聞いたんでしょう。カンブレアス本人が情報を払えばよかったのではないでしょうか」

「彼は剛の世界の人間だよ。知識を蓄えるよりも、鍛錬をして力を磨くことを好む。理の世界で育った君と違ってね」

 ルーネベリは自身の顎を撫でた。

「あぁ、そうですか……。ですが、理の世界で育った俺も十一個も情報を払える自信はありませんよ。この世界には様々な種族がいるみたいですが、十三世界と似たような文化を持つ種族も沢山いるでしょうし」

「その面では読書家の僕に分があるというものだね。さて、事が終わる前に支払いにいかなければならないね」

 シュミレットはすっと椅子から立ちあがった。

「お願いします」とルーネベリが言うと、シュミレットは言った。

「君が毛髪を手に入れるまでに、僕が蓄えてきた情報を十一個すべて店主に話し終わるように努力するよ。だから、君はどんな手を使ってでも毛髪を手に入れなさい」

「わかりました」

「ただ、毛髪を手に入れた後は、そのまま僕らを待たずに店を出て、そのまま真っすぐメトリアスの鏡を交換しに行ってもらいたいのだよ」

「先生たちを待たずにですか?」

「カンブレアスの態度を見てすっかり不安になってしまったからね。集合場所はバッナスホートのところにしよう。神の庭から連れてきた少女を忘れてはいけないからね。レソフィアでの課題は彼女を無事に下の庭に連れていくことだよ」

「そうですね……」

「後は任せたよ」とそう言ってからシュミレットは店主のいるカウンター席の方へ行ってしまった。残されたルーネベリはなぜこんなことになってしまったのだろうと悔いていたが、いつまでもカンブレアスたちのことを考えている暇はない。ルーネベリはどんな手を使ってでもオビアの夫から赤い髪を手に入れなければならない。気は重かったが、どうやって手に入れようかと考えていると、パシャルがテーブル席に戻ってきた。すぐに戻ってきたところを見ると、ルーネベリが黒豹と出会った話などはしてこなかったようだ。

 パシャルはルーネベリの隣に座ると言った。

「面倒だから、俺たちがあのおっかさんを口説くことになったと話しておいたぞぉ」

「口説く?」

「意識を反らせって言っていたから、そのほうが早いだろぉ。俺たちが口説いている隙にさっさと終わらせてくれよぉ」

「わかった。じゃあ……」

 ルーネベリはパシャルに先ほど書いた部屋の絵を見せて、オビアの妻が座るカウンター席と夫の座るテーブル席の間にある通路にバツ印をつけた。

                     挿絵(By みてみん) 

 ルーネベリは言った。

「一人が口説いている間、ここに七人ぐらいが集まって立っていてもらいたい。あの奥さんが立ち上がってこっちの様子を見てくるかもしれないからな」

「そうだなぁ」とパシャルは頷いた。

「俺はなるべくはやく毛髪を手に入れる方法を考える。自信はないんだが……」

 パシャルはルーネベリの肩に手を置いた。

「お前ならどうにかできる。任せたぉ」

「あぁ……」

「それでなぁ、カンブレアスのことなんだがぁ」

「あぁ、あれは俺が悪かったんだ。パシャルたちにも迷惑をかけた。一人で行動して悪かったと思っている」

 ルーネベリが軽く頭を下げたのだが、パシャルは首を横に振った。

「気にするなよぉ。お前たちには今まで散々世話になったからなぁ。俺も考えたんだぁ。どっちつかずはよくないってな。カンブレアスは、根は良い奴なんだが堅物だ。一度決めたら考えを変えたりしないだろうからなぁ。多分、ここで俺たちは別れることになると思うんだよなぁ」

「えっ?」

 パシャルは小さく笑った。

「あの先生様も何か言っていたんじゃないかぁ?」

 まったくの図星だったのでルーネベリは咄嗟に返事に困ったが、パシャルはすべてわかっている様子で言った。

「いいんだぁ。俺たちのことは気にせずに、手に入れられるものは手に入れて先に行ってくれ。ただ、アラだけは連れて行ってやってくれないかぁ」

「アラを?」

 パシャルは頷いた。

「俺たちだけじゃあ、先には進めないだろうからなぁ。もともと、俺とカーンはどこで終わってもかまわないんだぁ。けどよぉ、アラは違うからよぉ。ルーネベリ、お前が賢者さんと一緒にアラを行けるところまで連れて行ってやってほしい」

「それはわかったが……。パシャル、それでいいのか?」

「いいに決まってらぁ。今まで楽しかったからな、いい思い出になったぁ」

 ルーネベリはしばらく黙り込んだ。パシャルもそれなりに覚悟を決めて話しているのだと思うのだが、パシャルやカーンという友とここで別れると思うと、とても残念でしかなかった。しかし、ここで我儘を言ったところで誰も喜びなどしないだろう。

 ルーネベリはこっくり頷いて言った。

「俺は髪を手に入れたら、その足で鏡と交換しに行く。だから、アラを連れて行く余裕がない。誰かが外で待つバッナスホートの元へアラを連れて行ってもらいたい」

「バッナスホートの元に行けばいいんだな。わかったぁ、ありがとう」

「パシャル、お前たちと共に過ごせてよかった。十三世界に戻ったら酒でも飲みに行こう」

 パシャルは拳を軽くルーネベリの肩にぶつけて言った。

「約束だからなぁ。上手くやってくれよ、じゃあなぁ」

 さっと立ち上がってパシャルは行ってしまった。カーンに別れをの言葉を言いたかったが、きっとパシャルが言ってくれるだろう。ルーネベリは小さくため息をついた後、ようやく席を立った。

 席を立つと、パシャルやアラたちがぞろぞろと席を立ってオビアの妻の方を見ていた。パシャルが先ほどルーネベリが絵にバツ印をつけた場所へ皆を移動させ通路を塞ぐように誘導してくれていうようだ。ルーネベリは右一列に傾いたテーブル席の奥の通路へ迂回し、オビアの夫が座る右奥のテーブル席の方へ怪しまれないようにゆっくりと歩きだした。




 シュミレットは出口近くのカウンター席に座ると、カウンター内にいる店主に話しかけた。

 パシャルとカーン、クワン、アラ、カンブレアス、グヒム、シャウ、シーナの八人は通路の真ん中で作戦を相談しはじめた。そして、主に話の主導権を握っていたのはカンブレアスだった。

 カンブレアスは小声で言った。

「先鋒はシャウにするか。見た目も良いし、女性にも優しい。もしかしたら、シャウ一人で十分かもしれないだろう」

 シャウはまんざらでもない顔でアラをちらっと見たが、アラは無視を決め込んでいた。

「俺はぁ?」と言ったのはパシャルだった。

 カンブレアスはパシャルとカーンを見て、カーンを指さした。

「シャウがもし失敗したら、次はカーンだ。寡黙な男が好きかもしれない」

 カーンは頷いたが、パシャルは「俺はぁ?」とまた言った。

 カンブレアスは言った。

「パシャルは私たちとここで待機だ。シャウ、行ってくれ」

 シャウは「あぁ」と短く頷くと、最後にまたアラを見てからカウンター席に座るオビアの妻の方へ歩いて行った。

 一方、ルーネベリはシャウがオビアの妻の元へ近づく様子を遠く見ながら、店内右奥のテーブル席へ移動していた。シャウがカウター席に座るか、オビアの妻がシャウに視線を向けている隙に、オビアの夫の隣に座るつもりだった。

 シャウが軽やかに、だがごくごく自然な様子で身体の大きなオビアの妻の右隣の席に座り、シュミレットと話す店主に言った。

「酒はまだですか?」

 やはり物の世界出身だけはある。酒屋は慣れているのだろう。その一瞬、オビアの妻は美声を聞いて好奇心が沸いたのか隣に座ったシャウの方を見た。ルーネベリはそれを確認すると、急いで右奥のテーブル席まで走り、滑り込むようにオビアの夫が座る隣の席に座った。

「お待ちどうさま」

 店主が驚くほど素早くシャウの目の前に小さな透明な液体の入ったグラスを置いたのと同時に、オビアの妻は一度後ろを振り返ったが、カンブレアスやアラたちが通路を塞ぐように集まり立っていたので、夫の様子が見えなかった。オビアの妻は眉を軽く寄せたが、すぐにカウンターの方を向いて店主に言った。

「こっちはまだかい?」

 店主はまた素早くオビアの妻の目の前にオレンジ色の液体の入った大きなグラスを置いた。グラスの隣には小鉢が置かれており、中には緑色の焼き菓子のようなものが入っていた。オビアの妻はそれを見ると顔を綻ばせた。大好物のようだ。

 大きなグラスを持ったオビアの妻。そこへ、シャウが小さなグラスを近づけてきた。

 シャウはオビアの妻のグラスにかるくぶつけて挨拶をしようとしたのだが、オビアの妻はシャウのグラスを押しのけた。

「あんたは好みじゃないよ。あっちへお行き」

 妻はぐいっとグラスの中の酒を飲み干して、グラスをカウターテーブルに強く叩きつけると店主におかわりを頼んだ。グラスは頑丈で、割れてはいなかった。

オビアの妻はシャウにとっても好みの女性ではないと声を大きくして言いたがったが、紳士らしくない振る舞いをアラに見られたくなかった。これ以上、シャウを無視するオビアの妻の近くにいても惨めなだけだったのでグラスを持ったまま、あっさりと皆の元へ退散した。

 次にオビアの妻の元へ向かったのはカーンだった。カーンはシャウが座っていた席に座ると、少しオビアの妻を見た後、無言で片手をあげた。店主がそれを合図だと受け取って、酒を運んできた。カーンは目の前に置かれた酒を静かに飲みはじめた。

 オビアの妻もカーンを横目に見たが、関心がないのだろう、もう一杯酒を飲み干すと、席から一度立ち上がってアラやカンブレアスたちが集まって見えない夫の席の方を見た。

「あいつら邪魔だね」と妻はぼやいて、また席に戻って酒を店主に頼んだ。

 カンブレアスがその様子を見て、今度は気のよさそうなクワンがカーンと交代しようと言った。


 クワンがカーンの元へ歩き出したとき、ルーネベリはようやく隣座っているオビアの夫の方を向いた。オビアの夫はいきなり隣に滑るこむように座ったというのにルーネベリの存在には気づかず、手元にある厚いボードを夢中で見ていた。ルーネベリはオビアの夫に少しにじり寄ると、そのボードには文字らしきものが等間隔に書かれているのが見えた。この店のメニューかと思ったが、そのボードはオビアの夫の正面に座っていた青い肌の生き物に「助かりました」と言って返した。

 青い肌の生き物は人型でまったく毛がないというのに服を着ておらず裸だった。しかし、目を隠す必要もないほど胴体も四肢もつるんとした真っ平らで、一切性別はわからなかった。人間ではないのだろうが、人間にとても似た種族のようだ。

 青い肌の生き物はオビアの夫に言った。

「この店は頼めば何でも飲み物がでてきますよ。聞いたことがないような貴重な飲み物までもね。レソフィアを訪れるときは必ずこの店に立ち寄りますな」

 案の定、丁寧な口調だったのでルーネベリはなぜか安心してしまった。

 オビアの夫は言った。

「風の噂に聞いていたとおりですね。私はもう何十年も飲んでいない幻の飲み物を求めてやってきました。妻はめったに遠出をしたがらないのですが、私が我儘を言いまして」

 青い肌の生き物は上品に笑った。

「お優しい奥様がいらっしゃるとは羨ましい。私は三千年あまりも独身です。そろそろ身を固めたいのですが、同種となかなか出会えませんで。仕事だけが生き甲斐ですな」

 ふと青い肌の生き物がルーネベリの方を向いた。

「お一人のあなたはどうしょう?」

 ルーネベリは咄嗟にオビアの夫に目線を移し、話しかけていた青い肌の生き物と目を合わせた。ついつい二人の様子を見ながら話を盗み聞いてしまったが、オビアの夫に近づく良い機会だと思い口を開いた。

「これは失礼しました。興味本位で話を聞いてしまいました」

 青い肌の生き物はこれまた上品に笑って言った。

「隣でこれほど大きな声で話をしていれば、聞きたくなくても聞こえてしまいますな。それで、あなたには伴侶がいらっしゃるのですか?」

 ルーネベリは赤い髪を掻いた。

「いやぁ、俺も同じようなものです。仕事に追われてなかなか、良い出会いを逃しています」

 青い肌の生き物は嬉しそうに言った。

「ここにもお仲間がいたようですな。われら二人は『運命の赤い糸』を身体に結びつけておかなければなりません」

 冗談のつもりで青い肌の生き物はそう言ったのかもしれないが、オビアの夫は顔を引きつらせていた。流石に、オビアの夫の毛髪が「運命の赤い糸」となるとは言えないからだろう。

ルーネベリは顎に手をあてた。同席している青い肌の生き物のおかげでオビアの夫と軽い話ぐらいはできる状態になったが、ここからどうやって毛髪を手に入れるように話を持っていけばいいのかがわからなかった。

 ほどなくして、店主がルーネベリの目の前のテーブルに酒を置きに来て、ついでに店主がオビアの夫にいつもの常套句を付け加えて注文を聞いた。

 オビアの夫は「奇跡の水をお願いします」と言った。店主は首を横に振った。

「お客さん、申し訳ないが。わいの店だけじゃなく、高の庭のどこを探してもそれは置いていない。どうしても欲しいなら、そこらじゅうを飛び回っているイームルが取り扱っていないか調べてみた方がいいだろう。勘定は要らない」

 店主はそう言うと、カウンター席で座る支払い途中のシュミレットの元へ戻って行った。

オビアの夫は落胆したのか、がっくりと肩を落としていた。元々ほっそりとしていたので、さらに弱々しく見えた。よほど飲みたかったのだろう。先ほど遠出と言っていたが、どれほど遠くから来たのかはわからないが、わざわざ足を運んで欲しいものを得られず徒労に終わる悔しさはルーネベリにもよくわかる。ついていないだけでは、しばらくは気が晴れないだろう。

 見かねた青い肌の生き物がオビアの夫に言った。

「イームルが取引するほどの水なら、それはまさに幻の逸品ですな」

 オビアの夫は言った。

「昔は湖のように沢山あって浴びるほど飲んでいました。番になってからは住処を変えたので飲む機会がなくなってしまいました。『奇跡の水』が恋しくて恋しくて……。近頃は眠るたびにうなされます」

「お可哀そうに」

 心底同情しているからだろうか、青い肌の生き物は片目から涙を流して手の甲で拭いていた。

 ルーネベリは考えた。もしかしたら、その「奇跡の水」というものをルーネベリは持っているのではないだろうかとーー。まさかとは思いつつも、リュックから鉱石の花を取り出した。そして、がっくりと肩を落としたオビアの夫に念のために聞いてみた。

「もしかして、これではないですか?」

 オビアの夫はふっと目線をあげた。赤い髪と同じ憂いを帯びた赤い目がちらりと鉱石の花を見たが、首を横に振った。

「それは神の庭に咲く花でしょう。その中のものは私には毒です」

 あまりにも安易な考えだったようだ。ルーネベリはそっとリュックに鉱石の花を戻した。青い肌の生き物は言った。

「『奇跡の水』は、元もとは何なのでしょうな?」

 オビアの夫は言った。

「あの水はあるものを浸した水です」

「あるもの?」とルーネベリは首を傾げた。










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