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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十六章



 第三十六章 オビアの番





 何も知らないシュミレットとルーネベリは六つのオレンジ色の窓のある店まで辿り着くと、躊躇なく店の扉を開けた。そして、入った店の中は驚くほどーーその派手な外観とは異なって暗い印象だった。

 まるで別次元に入り込んだ方のように明かりが点々と灯る天井からは光の粉が燦燦と降り注いでいる。深紅の波紋柄の床に、網目のパーテーションで仕切られたダークブラウンの古い木目のテーブル席。これは十三世界と変わりなかったが、各々の席に座る客たちは頭に耳がある人型の白い毛むくじゃらや、青い肌のまったく毛のない生き物、腕が四つもある生き物などなどという異質な生き物ばかりではあったが、誰も彼も佇まいは上品で色とりどりの煙草のようなものを黙々とふかして目の前に小さな器に入った透明酒を楽しんでいた。総体的に「渋い」の一言だ。

 ルーネベリたちが扉を開けたまま呆然と立っていると。左側のカウンター奥にいた店の店主らしき大男がずかずかとこちらに入ってきて言った。

「お客さん、いらっしゃい。何人だい?」

 案外、普通のことを聞かれるのだなと思いながら近づいてきた大男を見ていると、黒い短い髪をてっぺんで丸めて結び、身体にぴったりの上下黒い服を着た人間のようだったが、ルーネベリよりも百メートル以上も背が高く、太っているわけではないのだろうが骨自体が大きいのか横幅も随分とあったので、見上げるなどという初めての体験をしたルーネベリは「へっ」とおかしな声を漏らした。

 そんなルーネベリに対して、隣に立っていたシュミレットがはきはきと言った。

「十一人です」

 店主は後ろを振り返り、またこちらを見て言った。

「好きなところへ座ってくれ。他種へ苦情はわいに直接に言ってくれ。善処する。注文は席に座った後で伺うよ」

 これまでも店を訪れた客たちに何度も言ってきたのだろう、すらすらとそう言った後、店主はカウンターに戻って行った。他種への苦情という事は、喧嘩はお断りということなのだろう。酒場では酔った勢いで喧嘩がよく起こる。どこへ行ってもそれは同じなんだと思うと、ルーネベリは可笑しくて笑ってしまった。

「君、笑っている場合かな?」

 そうシュミレットに言われるのも当然だった。店に入った目的は店主ではない。ルーネベリが慌てて店内に入り、すべてのテーブル席をざっと見渡してみたが、赤い髪のオビアの番らしき人物たちはいなかった。まだ来ていないようだ。

ルーネベリはほっとしながら皆に狩人と名乗った黒豹との話をする時間はありそうだと思い振り返ると、後ろからアラやカーンなど皆がぞろぞろと店内に入る様子が見えた。

「どこに座るんだぁ?」

 最後の方に店に入ってきたパシャルにそう言われ、皆が席を探した。

奥にパーテーションに仕切られた大きなテーブル席が三つあり、その手前に、奥へ向かって真っすぐ整列した左列と、手前右から左奥へ斜めに並ん右列にテーブル席が三席ずつあり。そちらも網目のパーテーションで仕切られていた。テーブル席は全部で九つあった。店の左側には奥から手前へつづく長いカウターと席が八席あったが、カウンター席では店主に話を聞かれるかもしれないと思い避けた。

 テーブルを挟んだ大きな長椅子にはどれも他の客が一人ないし二人以上は座っていた。

 ルーネベリが「十一人座れる席はないな」と話すと、パシャルがバッナスホートは店には来ておらず、少女の入った紫色の塊を外で見張り待っていると言ったので、十人しかいなかったのだとはじめて知った。が、どちらにせよ十人皆が揃って座れる席はなかったので、わかれて座ろうということになった。

 手口に近い左列の四人座れる席にルーネベリ、シュミレット、パシャル、カンブレアスが座り。奥にある一番左の四人座れる席にアラ、カーン、クワンが座った。右列の真ん中の四人座れる席にはシーナ、シャウ、グヒムが座り。後で、パシャルとカンブレアスがそれぞれの席に話をしに行くということになった。先ほどとは違い怖いぐらいに皆素直に従っていたので、シュミレットは不信に思っていたのだが。助手のルーネベリはまったく気づかず、四人で席に着くなり、相席になった双子の黒いの足まですっぽり長い毛に覆われた生き物に暢気に挨拶をしていた。

 その様子を見て奥の席からルーネベリを軽蔑するように睨みつけていたカンブレアスに気づいたパシャルが焦りながらルーネベリの右隣に座ったシュミレットの目から隠すようにカンブレアスの肩に腕をまわした。

「はやく座われよぉ」

 強引に長椅子に座らされているカンブレアスに目を向けたシュミレットをパシャルは見て言った。

「急ぐって言っていたからよぉ」

 パシャルの声でルーネベリはこちらを向いて言った。

「あぁ、悪い。今から話す」


 ルーネベリが黒豹に出会うまでの経緯を掻い摘んで説明した後、メトリアスの鏡を入手するために必要なものを持っているオビアの番についてようやく話しだしたところで、店の扉が開いた。ちょうどいいタイミングなのか、それとも、遅かったのかはわからないが。ぱっとルーネベリは顔をあげたので、パシャルがカンブレアスも扉の方を振り返った。

 先に顔をだしたのは、背の高く体格のいい赤髪の女性だった。吊り上がったボサボサの眉毛に、青いガラス玉のような小さな目。唇はとても厚く、美人とはいいがたいが不細工とも言い難い。長い髪を後ろで縛り、一応小綺麗にはしているようだったが、薄手の白っぽい半袖がはち切れそうなほど両腕の筋肉が盛りあがっていた。腰下は花柄の長いスカートのようなものを巻いていた。

 女性が店の中へ入ろうとすると、店主がすっと前に立ち塞がって言った。

「お客さん、いらっしゃい。何人だい?」

「二人だ」と言った女性の後ろから、ひょっこりと顔をだしたのは赤髪の男だった。ちょうど女性の胸元ぐらいの背丈しかなかったが、女性の方がかなりの高身長だったので特別背が低いわけではないようだ。しかし、肩は極端に狭く腰回りもとても細い。女性とお揃いの半袖服から伸びる腕は棒切れのようで印象はとても弱々しかった。黒豹が言っていた特徴そのままのオビアの番だ。ルーネベリはその場にいる三人に声を出さずに「あの二人だ」と伝えた。

 店先では店主が淡々とオビアの妻の方に言った。

「あんたはカウンター席だ。お連れさんは好きなところへ座ってくれ。他種へ苦情はわいに直接に言ってくれ。善処する。注文は席に座った後で伺うよ」

オビアの妻は店内に響き渡るほど大きなかさつな声で言った。

「ちょっと、あんた。私と夫を引き離すつもりかい!」

 両手の長く鋭利な爪を店主に見せつけ、オビアの妻が店主の胸倉を掴もうとしたところ、店主の背中がもりもりと盛りあがって身体が大きくなっていった。ルーネベリたちには店主の背中しか見えなかったが、正面側で店主を見ていたオビアの妻は黒く影のかかった店主の素顔を垣間見て恐怖したのか、へらっとかわいらしく笑った。

「やだねぇ、あんたの店だとは思わなかったよ。わざわざこんな遠くまで足を運んだのさ。私は別々の席でも構わないんだよ。うんとサービスしてくれるならね」

 オビアの妻の言葉を聞いて店主の身体がしゅんとしぼんだ。妻に敵意がないとわかったからだろう。

「ちょっとしたつまみなら出してやろう」

 店主は話すことだけ話すと、またカウンターの中へと戻って行った。

黒豹の話ではオビアの番は人間に擬態しており、雌つまり妻の方は化け物と聞いていたが。オビアの妻の様子からすると、人間の姿をしている店主ももしかしたら同種か、それ以上の化け物なのではないかとルーネベリは思い、少し寒気を覚えた。店主を怒らせてはいけないなと……。

 その後、オビアの妻は手前から五つ目のカウンター席に座り、後から店内に入ってきた夫のほうはふらふらと歩きまわって、右奥のテーブル席の隅に一人で座った。正面の席には白い液体状の生き物が座っている。黒豹の言った通り、番は別々の席に座っている。今が格好の機会だ。

ルーネベリは早く作戦を考えたかったので、オビアの夫の方の毛髪を手に入れる必要があるという話をさっと皆に話した。そして、手帳を取り出して、店内の様子を簡単に絵に描いた。


                   挿絵(By みてみん) 


 ルーネベリはオビアの妻の座る席を丸く囲い、夫の座る席を丸く書いて黒く塗った。そして、矢印で二つの席を繋いだ。ルーネベリはとにかく時間が惜しかったのでテーブル席はテーブルとパーテーションしか書かず適当だったが、まぁ、わかってもらえればいいとでも思ったのだろう。雑な店内の絵を見て不愉快そうにカンブレアスがパシャルに目配らせしていたが、ルーネベリはペンで描いた座席の上をトントンと叩いて考え事をしていたのでここでも気づきもしなかった。

 けれど、流石にシュミレットはカンブレアスの様子がおかしいことに気づいた。なぜなら、そこまで毛嫌いするほどの絵でもなかったからだ。

 パシャルはじっとこちらを見ているシュミレットと目線が合い、先ほどカンブレアスが言っていた話を悟られたのではないかと思い慌てて口を開いたが、シュミレットはあの場にいなかったのだからそんなわけはないだろうと思い直し。わざとらしく笑って「下手だなぁ」とルーネベリの絵を指さしてその場をやり過ごそうとした。けれど、シュミレットは冷ややな目線を送ったままだった。

 パシャルの内心はハラハラしていた。パシャル自身はこれまでの経緯からシュミレットやルーネベリに対して友好的に感じていた、いや、むしろなにもかもが新鮮で楽しかったのでこれからも共に行動したいと思っていた。仲違いなどしたくはなかった。だが、カンブレアスやグヒムという長年の友とも仲違いはしたくない。二人とも根がよく気も合う。失いたくない友だといえるだろう。パシャルは完全なる板挟み状態だった。考えるのは性に合わないが、このままではよくないと思い何かいい方法はないかとパシャルは目頭を摘まんで揉んでいた。

 カンブレアスだけでなく、パシャルの様子までもおかしいと気づいたシュミレットはこの二人には何かあるのではないかと感じはじめていたが。具体的に何かはわからず、今は優先してやるべき事があるので黙っていた。

 皆の様子が少しずつおかしくなっているとも知らず、左隣に座るルーネベリが話をしだした。

「俺たちの目的はさっきも言ったが、オビアの夫から赤い髪を一本譲ってもらうこと。そして、そのことをオビアの妻に気づかれないようにすることだ」

 顔をあげたパシャルは言った。

「髪の毛一本ぐらい、そんなことは簡単じゃないのかぁ?」

 ルーネベリは言った。

「いや、そうでもないだろうな。まず、オビアの妻の注意を誰かが引いておく必要がある。それに、オビアの夫から警戒されずにどうやって譲ってもらうかということも」

 シュミレットが横から口を挟んだ。

「それほど時間をかけるのは不味いだろうね。見てごらん、彼女は頻繁に夫の方を見ているよ」

 カウンター席の方を見るとオビアの妻が逞しい身体を横に向けて座っており、首を軽く右へ傾けるだけでいつでも夫の座っている右奥の席が見えるようにしていた。支配欲が強いとは聞いていたが、頻繁に監視までしているのであれば、素早く毛髪を手に入れなければ気づかれてしまうだろう。

「そうですね、先生の言う通りです」とルーネベリは頷き、トントンとオビアの夫が座る座席をペンで叩いた。

「問題はどうやって髪をもらうのか……」


 ルーネベリが最後まで言い終わる前に、ぬっとテーブル席の前に店主が現れた。身体の大きい店主が近づいてきたら普通気づくだろうに、瞬時に現れたように感じた。

店主はメニュー表も出さずに言った。

「注文を聞こう。何が欲しい?」

 店主を見上げて四人はそういえばこの店は酒屋街にある店だったはずだと思い、どんな旨い酒があるのだろうと素朴な考えに到った途端に困り果てた。そもそもルーネベリたちは高の庭で使える金銭を持っていないことを思い出したからだ。注文をすれば当然、支払いをしなければならない。ルーネベリの顔は青ざめ、シュミレットはごほんと咳払いした。

パシャルが考えなしに言った。

「金がかからないものはないかぁ?」

 店主は大きな体を右へ傾けた。

「金?」

「えっ?」

 ルーネベリも首を傾けた。

 パシャルが店主に言った。

「何か注文したら何かを支払わないといけないだろうぉ。俺たち金目の物は持ってねぇんだ」

「ちょっ」

 金銭を持っていない事を素直に言ってしまったら店を追い出されるのではないかと思い、ルーネベリが慌ててやめてくれとパシャルの方へ手を伸ばすと、店主が首を元に戻して言った。

「わかった、対価の話か。わいの店の対価は『情報』だ。店を出るまでの間に十一個の情報を貰う」

 シュミレットが言った。

「情報なら何でもいいのかな?」

「わいが知らない情報ならなんでもかまわない」

「それじゃあ、注文はこの店で上等なお酒を九人分。僕は酔わない飲み物を。十一人分の支払いは一括で僕がしよう。飲み物を運んで来たら、さっそくいいかな」

 店主はこっくり頷いた。

「けどよぉ、俺たち十人しかいないから十個でいいんじゃないか?」 

 パシャルがそう言ったが、店主は言った。

「入店時に十一人と言ったからには十一個情報を貰う。文句あるか?」

 凄みのある声で店主にそう言われてパシャルはたじろいだ。やはり、人間ではないのだろう。店主の身体が少し大きくなった気がした。

 シュミレットが冷静な声で言った。

「十一個必ず支払いますから、飲み物を運んでください」

 店主はパシャルを見ながら、さっと下がっていった。

 ルーネベリはシュミレットにこそっと言った。

「先生、いいんですか?」

「いいのだよ。この役目は知識量が多い僕が適任だろうからね。それより、君は一人でオビアの夫から髪を入手する役目をしなさい」

「俺が一人でですか?」

「そう、君は一人でするのだよ」

 シュミレットはパシャルとカンブレアスの方に向かって声をやや大きくして言った。

「君たち二人は他の六人と協力してオビアの妻の意識を反らしてもらいたい。僕はこの店の支払いをする。ルーネベリは髪を調達する。それで事は上手くいくでしょう」

 カンブレアスはテーブルに手を叩きつけて言った。

「納得いかないな。もっとも重要な役目をどうしてその男に任せなければならないんだ」

 途中からルーネベリを見ながら話していたので、その男というのはルーネベリのことだろう。今更ながら、カンブレアスによく思われていなかったのだとルーネベリは気づいた。パシャルはついに困ったことになったと顔を歪ませていた。

 シュミレットは言った。

「理由は単純明快。君たちにはできないと思ったからだよ」

 カンブレアスはまたテーブルに手を叩きつけた。ルーネベリの隣に座っていた双子が怯えていた。

 カンブレアスは怒りを必死に抑えているのだろう、唇を震えさせながら言った。

「私たちに何ができないと言う?」

「言い方が悪かったようだね、訂正するよ。君たちと僕にはできないと思うのだよ。幾つか理由はあるけれど、一番の理由は君たちや僕はルーネベリと違って黒豹に出会っていない」

「出会っていないから何だと……」

 シュミレットは少しため息をついて言った。

「又聞きしているだけではわからない事柄があるかもしれないということだよ。ルーネベリでさえ記憶にあまり残っていないような事柄が実は重要かもしれない。とにかく、ここは僕の言うとおりにしてもらいたい。この店の支払いは、僕の奢りになるからね」

「そうだよなぁ、奢りだからなぁ」と、とびきり明るく笑ったのはパシャルだった。

 パシャルはカンブレアスに「今は俺たちにできることをしよう」と話した。カンブレアスはやはり苛立ってはいたが、一方的に奢られシュミレットに借りを作ることはしたくなかったのだろう。渋々頷いて、不愛想にパシャルの上を跨いでグヒムたちのテーブル席の方へ行ってしまった。

 パシャルはシュミレットとルーネベリに軽く謝り、カーンたちのテーブル席へ向かった。









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