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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十五章



 第三十五章 数奇なる選択





「それはどういう事なんですか……」

 黒い豹は小さく笑った。

《賢い頭のどこかでは考えていただろう。お前たちは誰かの代わりにここにいる。その誰かはこの時、この瞬間に俺と出会うはずだった。幾数通りもある選択のなかで俺と出会う道筋の選択をした。無意識か、故意かは知らないが。お前はレソフィアを出るための必要な通過点にいる》

 ルーネベリは赤い頭を掻いて言った。

「確かに、誰かの代わりに世界を巡っているのではないかとは思っていましたが。誰かがここであなたと出会うはずだった?ということは、俺が男を追いかけたように、ここにいるはずだった人物は同じ男を追いかけたってことですか」

《広間に辿り着いた経緯は俺も知らない。ただ、この瞬間に出会うことと、その理由は知っていた》

「理由というのは、メトリアスの鏡はあなたと出会わなければ手に入らないということですよね。でも、どうしてあなたなんですか?ルーシェという狩人に出会いましたが、彼女は何も言っていませんでした」

 黒豹は首を傾げ、黒くかわいらしい耳を左右にピクピク動かしながら言った。

《俺たちの姿かたちは違っていただろう。同じ狩人でも秀でた能力は違う。俺は耳と鼻が他の奴らより効く。どこに誰がいるのか、幾つかの未来がわかる》

 ルーネベリはこっくり頷いた。

「同じ狩人でも、あなたにしかわからない事があるということなんですね。でも、そうなると、あなたは俺にメトリアスの鏡を手に入れる方法を教えてくれるということですよね?》

 黒い豹はふんと鼻を鳴らした。

《俺がここにいられる時間は短い。一度で書き留めろ》

「えっ、あ、はい」とルーネベリは慌ててリュックから手帳を取り出してペンも準備した。黒豹は言った。

《酒屋が並ぶ一角で飛びまわっている等価交換する小人イームルがいるな。あれらの目は物の価値を正確に測る「真眼」だ。小人の真眼を狙っている連中は多いが、高の庭では略奪や戦いは許されない。女神の御膝元だからな。これ以上のないほど位の高い庭で暴れでもすればレソフィアから追い出され、永久に戻れない。真眼を眩ます秘術は存在しない。誰も真眼を騙すことができない。お前たちはメトリアスの鏡と同等の価値のあるものを差し出すしかない》

「そんなものがあるんですか?」

 スラスラと手帳に書きながらルーネベリが言うと、黒豹は言った。

《ちょうど高の庭に来ている。オビアという人間に擬態している番だ。オビアの雄は身体が小さく、赤い髪の毛には特別な力がある》 

「髪の毛?」

《一本だけでいい。赤い毛と欲する者の一番長い毛を編んで「運命の赤い糸」が出来上がる。運命の赤い糸を身体に結びつけると番を引き寄せる力がある。番が世界の果てにいても、必ず巡り会う。番を探している者にとっては素晴らしく価値のあるものだ》

「オビアという番の雄の方の赤い毛を手に入れれば、メトリアスの鏡が手に入るんですね」

 オビアの番と文字を書きながらルーネベリは確認した。黒豹は「あぁ」と答えた後、興奮した様子で鋭い歯が見えるほど大きく口を開いて言った。

《オビアの雌には気をつけろ。オビアの雌の方は身体が大きく、怒ると凶暴な化け物の姿になり手がつけられなくなる。雄を常に支配し、髪の毛一本誰にも触れさせようとはしない》

「ば、化け物?」

《番が共にいる時は雄に近づくことはできない。が、番が離れる瞬間がくる。その隙をつけ》

 ルーネベリは書きながら言った。

「隙をつく、わかりました。どこに行けばそのオビアの番に俺たちは会えるんですか?」

《客人が仲間の元へ戻った時、メトリアスの鏡の元の持ち主がちょうど出てくる店に来る》

 ルーネベリはメリトリアスの鏡の元の持ち主と聞いて、赤い髪の美女のことをまず思い出し、彼女の左目に巣くうように飛び出した

おぞましい黒い生き物のことも思い出した……。あの光景はなかなか衝撃的だったので、美女の姿はよく覚えている。ルーネベリがシュミレットたちの元へ戻った後、あの美女が出てくる店を探せばいいと言うことなのだろう。ルーネベリは言った。

「あの女性ですね」

《見失うな》

 おおまかな大事なことを手帳に書き込むと、ルーネベリは手帳を閉じてなくさないようにリュックに戻した。それから、ルーネベリは黒豹に言った。

「ところで、オビアの雄は俺たちに髪をそう簡単に譲ってくれるんでしょうか?」

《その方法は自分で考えろ》

「えっ?」

 黒豹はさっと立ちあがった。

《そろそろ時間だ。あいつが来る》

「えっ、いや、ちょっと待ってくださいよ。髪を一本譲ってもらう方法を知らないと。それに、髪の毛一本手に入れても、下手をしたら雌に気づかれるかもしれない。何か安全な方法はないんですか?」

《伝えるはずだった言葉はほとんど話した。残る言葉は後一つだけだ》

「一つ?」

《仲間の元に戻りたければ、お前持っている花を一つ道に転がせろ。転がる花を追いかければ、仲間の元に戻れる。それじゃあな》

 ルーネベリが引き留める言葉を言う前に、黒豹は軽く屈んで宙に飛び、そして、跡形もなく消えて行ってしまった。ここにいられる時間は短いとは言っていたが、本当に短すぎて肝心なことは聞けなかった。――いや、黒豹の話だと聞けなくて当然のようだった。黒豹はオビアの番の存在を教える事だけが役目だったのかもしれない。とりあえずはメトリアスの鏡さえ手に入れる方法はわかったのだ。それに、黒豹がいなくなっては聞きようもない。欲張るのはよくないなとルーネベリは思い直した。

 石の椅子から立ちあがり、それから、リュックの中から三つある鉱石の花のうち一つをとりだした。広場から離れ、寂しい店舗の並ぶ道へ鉱石の花を投げた。




 鉱石の花は地面にぶつかると、割れることもなくぴょんと跳ね上がり転がりだした。やはり黒豹の言った通りなのだろう。ルーネベリは花を見失わないように追いかけた。

 閑散とした店たちの間を抜け、鉱石の花をころころと転がってゆく。途中、道に置き捨てられた金属の破片にぶつかると転がる速度をはやめ、ぬめっとした水溜りにはまると、鉱石の花の転がる速度は遅くなった。

 鉱石を追いかけていると、いつの間にか生き物の行き交う道の真ん中に追いやられていたが、鉱石の花を追いかけるルーネベリ自身は他の生き物にぶつかることもなく、ただひたすら右へ左へと転がっていく石の花に従っていると、飲み屋街とは全く違うが、騒がしい街を通り過ぎた。

 花を追いかけながらちらりと顔をあげてみると、店ではなく細長い白い柵のようなものが建っていた。道の端に群がる生き物たちは、その柵の向こう側を見ているようなのだが、けたたましい幾つもの喚き声以外は何がそこにあるのかはわからなかった。恐らくはそこには何か沢山がいるのだろうが、見たくとも、どこもかしこも生き物が壁のように群がっていて見えるはずもなかった。

 ルーネベリは諦めて、鉱石の花を追いかけつづけた。

しばらく行くと、騒がしい街から、とても香りのいい匂いが漂う街へと入った。なんの街なのだろうとまた顔をあげてみると、そこにはふわふわと白い毛玉が沢山浮遊する、なんとも幻想的な街だった。そして、ふわっと柔らかに揺れる薄い布が心地よくなびかせながら周囲を歩いている者たちがいた。女性だ。

金髪や黒髪のおしとやかそうな人間の女性から、棒のようにただ細長くて手足のない恐らく女性だろう生き物。膨らんだ袋のような体つきの女性など、様々な種類の生物の、主に「女性」でで溢れかえっていた。女性たちは皆着飾るようにカラフルな美しい装飾品を身に着け、こぞってピンクの紫、淡い黄色というかわいらしい店に入って行き、中に入りきれない店には行列を成して並んでいた。ここでは何の店がある場所のかさっぱりわからなかった。飲み屋街と違ってここには看板が一切なかった。だた、女性たちが好みのだろうものがある場所なのだろう。身体の大きなルーネベリが通りすぎただけで、あちこちからクスクス笑いが聞こえてきた。どうやらこの街には男はほとんどいないようだった。

 恥ずかしく思わずにはいられず、ルーネベリは俯き加減に転がる石の花を追いかけた。その街を通り過ぎる間に、あちこちで女性たちが「ミミス」という言葉を口にしていた。なんのことかわからないが、どうやら女性たちはそのミミスの話をして、盛り上がっていたということだけはわかった。ルーネベリは何度も聞いてしまったので「ミミス」という言葉が妙に頭に残ってしまった。

 女性たちの街を通り過ぎると、今度は暑苦しい男たちの街に鉱石の花は転がって行った。この街では観察するのも面倒になるほど、生き物が密集して、独特の嫌な臭いが漂っていた。石の花を追いかけて街の隅に近づいた時、緑色の人間形をした植物が五十センチほどの灰色の煤のような生き物とじゃれているように戦っているを見たのだが、緑の植物が煤のような生き物を叩くと右腕が抜けずに煤の身体の中にずずっと吸い込まれていった。あれは間違いなく食べられてしまったようにしか見えないのだが、灰色の煤の生き物はルーネベリと目が合うと途端に慌てて逃げて行った。ルーネベリ以外には誰もその様子を見ていなかったので、放っておいていいのだろうかとも思ったが、鉱石の花がどんどん先へ転がって行ってしまったので、罪悪感を抱きながら灰色の煤を追いかけることも断念した。なんとも嫌な気分になりながら鉱石の花を追いかけていると、いつの間にか飲み屋街に戻っていた。

 ころころと転がっていた鉱石の花も、ぴたっとある場所で止まり、そこではじめた半分にぱかっと割れてしまった。中からどろっと液が飛び出て、地面に溶けて消えて行った。ルーネベリが顔を上げると、不機嫌そうなアラの顔があった。

「ルーネベリ!」

 怒りに満ちた声をあげたアラの横からパシャルが顔を出して言った。

「どこに言っていたんだよぉ。皆で探しに行くかどうか話し合っていたところだぁ」

「悪い!」とルーネベリは大きな声で言った。

「悪いったってなぁ……」

「詳しい話は後でする。それよりも、はやく、メトリアスの鏡を売った赤髪の女性を探してくれ。飲み屋街のどこかにある店から出てくるはずなんだ」

 アラとパシャルの後ろにいたカーン、クワン、バッナスホート、グヒム、シャウ、カンブレアス、そして、シュミレットたちはーー苦笑うシーナ以外は皆に物凄い形相で怒ってルーネベリを見ていたが。ルーネベリはもう一度大事なことだからと言って、赤髪の女性が出てくる場所を探してほしいと今度は丁寧に頼んだ。

「勝手に逸れたことは申し訳なかったと思っている。ただ、手ぶらで戻ったわけじゃないんだ。メトリアスの鏡を手に入れる方法がわかったんだ。正しくは、教えてもらったんだが」

 鏡の話を聞いて、不機嫌そうなシュミレットが口を開いた。

「教えてもらった?」

 ルーネベリは深く頷いた。

「はい、そうです、先生。教えてもらったんです。『誰かの代わりに

どこかに存在する世界を巡っている』、この仮説は正しかったんです。

先生、俺を信じてください。俺がはぐれた理由もちゃんとあるんで

す。後で詳しく説明しますから。まずは俺のことを信じて、メトリ

アスの鏡の元の持ち主を探してください」

 シュミレットは少し首を傾げたが、冷静を取り戻したのか腕を組んで静かに頷いた。

「……なるほどね、興味深いね。急ぐようだから、君の言う通り詳細は後で聞こう。君たち、あの鏡を持っていた女性を探しなさい」

「いや、どうしてそんな出任せを信じなければならないんだ!言い訳がましいのも甚だしい。こんな身勝手な行動を取った人間の話をなぜ信じるんですか?」

 そう叫んだのはカンブレアスだった。シュミレットは言った。

「君、ちゃんと聞いていなかったのかな。ルーネベリは『教えてもらった』と言ったのだよ」

「教えてもらった?誰かと会ったから、なんだと言うのですか。皆に散々迷惑をかけておいて、女を探せだって?」

 シュミレットは小さくため息をついた。

「これまで幾つかの世界を経て、君はまだ気づかないのかな。……では、君はどうやってメトリアスの鏡を手に入れるのかがわかるのかな。僕はわからないよ。君もわからないなら、口を閉じて探しなさい。口論している時間さえ無駄だよ」

「先生、ありがとうございます」

 カンブレアスとグヒムはルーネベリをきっと睨みつけてきたが、少し付き合いの長いカーンとクワンはルーネベリの肩を優しく掴んだ。ルーネベリがカンブレアスとグヒムの反感を買ってしまったことへの同情心だった。出会ったのはなにかの縁だからと行動を共にしてきたが、やはり、人数が増えるとこういった些細な事が仲間割れの原因になってしまう。パシャルとクワンは困ったなと思っていたが、そんなこともつい知らないルーネベリはただ話を信じてくれたのだろうと思い、肩に置かれた二人の手をぽんぽんと叩いて「ありがとう」と言った。

 諍いは止んだが、妙な雰囲気のまま皆はルーネベリの言ったように赤髪の女性を探すために飲み屋街を見渡した。


 飲み屋街はルーネベリが最初に見た時とは様変わりしていた。店の場所がどんどん変わっているのもそうだが、地形そのものが小高い山のようになっていて、店々は斜面の段々に建っているようだった。そのうえ、まだどんどん店は消えたり、どこからともなく増えたり移動したりしている。探すのは大変な苦労だった。

十一人は周囲にある飲み屋を一件一件見ながら、メトリアスの鏡の元の持ち主である赤髪の女性を探したが。それらしき人物は店からはなかなか出てこなかった。

 シュミレットと言い合った後からカンブレアスの態度は明らかに悪くなっていた。友であるグヒムも同じだった。イライラと素っ気ないため息をついて、ルーネベリが言う話など端から信じていなかったのだろう。「本当に現れるのか?」と言いたげに、しきりにルーネベリを冷ややかな目で見てきた。和を乱す者は許せないのだろう。勝手な行動を取ってしまった手前、ルーネベリも流石に居心地が悪かった。パシャルが二人の肩に腕をまわして「まぁまぁ」となだめてくれなければ、顔を背けていただろう。

 生憎、この件に関してもっとも無関心だったのはカンブレアスとグヒムと仲がいいシャウだった。シャウは誰の味方もするつもりもなく、ちらちらとアラを見ていたからだ。話しかけたいのか、ただ見つめたいだけなのかはわからないが、よほど気になるのだろう。カーンはそれに気づくと何度もシャウ視界を遮ろうと移動していた。やはりこの二人は馬が合わないらしい。二人は目が合うと、何度も無言で睨みあっていた。

「あっ、いた!」と不穏な空気を晴らすような声を出したのはクワンだった。レソフィアではまったく活躍しなかったクワンは、ここぞという時に力を発揮してくれた。ルーネベリは心から感謝した。

「どこだぁ?」

 パシャルが聞くと、クワンは皆が立っている場所からちょうど真正面の店から三段上に、それから右へ八ついった奥の方にあるオレンジ色の窓が無造作に六つある飲み屋を指した。そう、皆がその飲み屋を見た時にはメトリアスの鏡の元の持ち主だったあの赤髪の美女がでてきたところだった。あの印象的な黒い忌まわしい生き物は見えなかったが、前髪で顔の左側を隠して、青いドレスと、白く長い袖のような飾りもまったく同じだった。美女は店を出た後、また左側にある別の酒屋に向かって歩きだした。しかし、美女は単なる目印に過ぎない。彼女が出てきた六つオレンジの窓のある店に向かわなければならない。ルーネベリは言った。

「彼女が出てきた店だ。急ぎましょう」

 ルーネベリはシュミレットと共に我先にと店へと走り出した。その後、アラとカーン、シャウもクワンもシーナもつづいた。

ルーネベリが急いでいたのは黒豹に「見失うな」と言われたからだったが、自分の非を忘れてリーダー風吹かせた態度がよほど気に食わなかったのだろう、カンブレアスとグヒムは酷い悪態をついていた。生憎、ルーネベリの耳には届かなかったが、見かねたパシャルが二人に「ルーネベリの話が嘘じゃなかったからいいじゃないかぁ」と言っても、カンブレアスはむっとした顔つきで言った。

「パシャル、どうしてあんな連中に従う?」

「そりゃぁ頭はいいし、良い奴だからなぁ。俺たちがここまで来られたのだって先生様とルーネベリのおかげだぁ」

「私も頭はいい方だぞ。この高の庭を出たら、私たちについてこい」

「えっいや、俺一人ついていけって言うのかぁ?」

「アラとカーンもだ。信用ならない人間に従うなど愚かな事だ。長年の友である私の勘を信じろ」

 後ろでその話を聞いていたバッナスホートは無言で笑っていた。








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