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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十二章



 第三十二章 五人と五人



 ルーネベリは困ったように赤い髪を撫であげた。

「それだけでって仰いますが……。先生は魔術師ですが、この世界では……あぁ!」

 シュミレットはクスリと笑った。

「そうだよ、これまでの世界では僕は力が使えなかったからね。すっかり忘れていたけれど、この世界では僕は魔術のような力が使える。しかもね、魔術式を必要ともせず、いとも簡単にね」

 ルーネベリはこくこくと頷いた。

「そういう意味だったんですね。俺も女神様に会った後、新しい面子に出会ったり色々ありましたから、すっかり忘れていましたよ。ですが、俺が先生の助手であるだけでいいというのは、どういう意味だったんでしょうか。先生は力を使えますが、俺はこれといって何ができるようなことはないですよ」

 シュミレットは言った。

「君は情報収集だよ」

「えぇ?」

 心底嫌そうにルーネベリは「また情報収集ですか?」と言った。シュミレットは頷いた。

「君ね、考えてもみなさい。僕が力を使えることで少し楽になっているのだよ」

「どういうことですか?」

「以前話したことがあったかもしれないけれどね。僕らの生まれ故郷である十三世界では魔力というのは、外に放った後、必ず体内へ戻ってくるのだよ。もちろん、奇力異常や身体的病に侵されていない場合のみだけれどね。魔力を使うたびに常に循環され、体力さえつづけば半永久的に魔力は枯渇することない。けれどね、レソフィアではどうもその勝手が少々違うのではないだろうかと僕は思っているのだよ」

 ルーネベリはシュミレットの全身をまじまじと見た。マントで隠れて身体はよく見えないが、顔などはあいからず白いだけで特別調子が悪いようには見えなかった。

「違うというのは……まさか、魔力が戻ってきていないんですか?」

「恐らくはね。しかしね、問題は他にも幾つかあるのだよ。僕らは恐らく奇力体であるから、これまで体力の消耗や負傷、物品の損失はなかったけれど。魔力においては不明瞭な点が多い。奇力と魔力はまったくの別物だからね。ただ、魔力が体内から出た感覚はあっても体内に戻った感覚がないところみると、僕本体の身体からは魔力が外へ出ていると思うのだよ」

「それって……」

「まったくの仮説だけれどね。僕自身の奇力体がウェルテルのような媒体代わりとなり、さらにこのレソフィアの空中にある気体を通して魔力を使い消耗しているのではないかと思うのだよ」

「じゃあ、先生は魔力を使うたびに身体から魔力を失っていることになるんですか?」

「そうなるだろうね。だからこそ、リンたちの存在がこれから必要となってくるのだよ。僕という人物がいようといまいと、リンの協力ははじめから必要なのだろうね」

 ルーネベリは深く納得した。

「なるほど。リンたちが力を使った後、どうやって力を回復したり補っているのか聞くべきですね」

「君はその他幾つか聞きだしてもらいたいのだよ」

「そういうことなら、わかりました。ただ、リンたちがそう簡単に俺たちについてくるでしょうか?」

 シュミレットは遠くにぼんやりと見える少女の姿を見ながら言った。

「君は社交界には慣れているでしょう。その辺りは任せるよ。賢者の助手ならそれくらいはできなくてはね」

 ルーネベリは「まぁ、わかりましたよ……」と少し不貞腐れた様子で言った。内心、またいつものように調査をしなければならないのかと悪態をついたのは明らかだったが。あえて注意するわけでもなく、シュミレットはクスリと笑った後、急に真面目な顔で言った。

「もう一つ、君に言っておきたいことがあるのだよ。女神様は一度だけ僕らを助けてくれると言っていたね。恐らく、一度、誰かが犠牲にならなければならない時がやってくるのだろうね」

「犠牲に?」

「実際にそうなる時がやってきたとしても、けして君は名乗り出てはいけないよ」

「どうしてですか?」

「君には君のやるべきことがあるだろうからだよ。一度の犠牲を無駄にしないためにも、少なくとも僕ら二人は感情的になって動くべきではないよ」

「はぁ……」

「ーーさて、ところで、今後のことを考えると、行動しやすいように五人ずつにわかれたほうがいいと思うのだよ。君を筆頭に五人、僕を筆頭に五人にわかれよう。それで当面の間、君たちはリンたちを。僕たちは向こうにいる少女と話をつける。それぞれ準備ができ次第、この場所で落ち合う形でいいかな?」

「はい、それでいいと思いますよ。十人でぞろぞろ動くよりも、はやく済みます」

「それじゃ、僕は子供の相手が上手いアラを連れていこうかな」

 ルーネベリは顎を掴んで少し考えてから言った。

「じゃあ、俺はパシャルを。まぁ気が合うので、困った時助けてくれそうです」

「なるほどね、君らしい理由だよ。後は、本人たちに適当に決めてもらおう。親しい者同士で固めてもしょうがないからね」

「わかりました。俺から皆に話しますね」

 シュミレットは頷いた。


 ルーネベリは八人ーーアラ、カーン、パシャル、クワン。バッナスホート、グヒム、カンブレアス、シャウに目的地の下の庭へ到着するまでの間、なるべく五人ずつにわかれて行動しようと話した。皆、ルーネベリとシュミレットが考えた話に異論はなかったが、グループわけには少々時間を割くことになってしまった。

 まず、パシャルとアラの二人について問題はなかった。二人ともシュミレットやルーネベリとすでに親しくなっていたので、二人に選ばれたことを心から喜んでいたからだった。アラはシュミレットの隣に立ち、パシャルは笑顔でルーネベリの前に大の字で立ち、和やかだった。そこまではよかった。

 次に誰がどちらについていくかとなった時、真っ先にシャウがアラの方へ歩いて行った。それに気づいたカーンが目を凄ませてシャウに肩をぶつけてアラの方へどすどすと歩いて行った。この二人はどういうつもりなのだろうか。二人の不穏な空気に気づいたシュミレットは急に気難しい顔になって、真っすぐ立ったまま意地の張り合いをするかのようにお互いを睨みつけているカーンとシャウを冷ややかに見ていた。アラはそんな二人を見たくないといわんばかりに顔を片手で覆っていた。この四人の様子を見ていると、言葉を交わさずとも理由は明らかだ。カーンとシャウの険悪さには確実に「アラ」が関係している。シュミレットのグループについて行ってもいざこざしか起きないであろう最悪な組み合わせの中に誰が喜んで入るだろうか……。

 残りの四人はルーネベリの方へ歩いて行った。クワンはわざとらしく笑いながらルーネベリの隣に立ち、グヒムとカンブレアスはパシャルに抱き着いて見放されないようにじゃれついた。バッナスホートは元々、パシャルともルーネベリとも特別仲がいいわけではなかったので少々焦ったのか、パシャルの近くまで行って自慢の名剣をパシャルに見えるようにちらつかせて小さな声で「少しなら持たせてやるぞ」と言った。パシャルがグヒムとカンブレアスを押しのけて、「本当かぁ!」と叫んだことによってますますグループわけは難しくなるところだったが、ところがこの後、この問題をあっさりと解決することとなる。

 突拍子もなくアラがルーネベリたち側の方へ歩いてきて、ルーネベリの隣にいたクワンの腕をぐいっと掴んで元居た場所へ連れて行ってしまったからだ。突然のことで何も言えずにクワンはぽかんとした顔をしていたが、アラは大きな声で言った。

「これ五人だ!文句はないだろう」

 カンブレアスもグヒムもバッナスホートも微かに笑いながら頷いた。確かにこの三人には文句のつけようはなかったが、アラの隣にいたクワンはこのままでは不味いと気づいたのか慌ててルーネベリの方へ逃げようとした。しかし、カーンとアラの二人がクワンを後ろから掴んで口を塞いだ。こうして哀れなクワンは強引にシュミレットのグループに入れられたのだがーー、賢者様は五人目に温厚そうなクワンを選んだアラの判断がなかなか気に入ったようで、黒いマントを払って遠くに見える朧げな少女の方へ歩きだした。グループ分けはこうして決着した。

 アラとカーンに抑え込まれ引きずられながらルーネベリたちから遠ざかっていくクワン。呻き声が小さくなっていくほど、哀れで仕方がなかったが。誰もクワンを救ってやろうと思う者はいなかった。誰もわけのわからない争いに巻き込まれたくなかったからだ。

 パシャルはルーネベリの肩にぽんと手を置いて言った。

「あいつはセロトにいる間、ほとんど寝ていたからなぁ。俺たちの代わりに頑張ってくれるだろうよぉ」

 ルーネベリは言った。

「かわいそうだが、先生の助けは見込めないだろう……」

 パシャルとルーネベリは黙り込んだ。そして、カーンとシャウの板挟みになって困り果てるクワンの姿を思い浮かべていた。

 そんなことを二人がしみじみと考えていると、隣にいたカンブレアスが言った。

「シャウとカーンとアラは顔見知りだったのか?」

 グヒムは言った。

「初対面だと思ったが」

 パシャルが言った。

「俺も初対面だと思うがなぁ。いつも冷静なカーンがあんな態度を取るのは珍しい。シャウがアラに何かしたんじゃないかぁ?」

 カンブレアスは言った。

「シャウはそんな無礼な男ではないぞ。さっき女神様の腕輪を拾ってアラに渡そうとしていた」

「流石、第九世界からやってきた男だ。紳士的だ」とグヒム。ルーネベリは首を傾げた。

「じゃあ、どうしてあの二人は険悪なんだろうか……。どう見てもアラが原因なんだろうが、よくわからないな」

 ふっと近くに立っていたバッナスホートが笑った。

「女を巡って争っているだけだろう。十人の中に一人しか女がいない。こういうこともあるだろう」

 そう言って興味がなさそうにバッナスホートは背中を向けた。ルーネベリは赤い髪を掻いた。

「確かにアラとカーンは仲がよさそうだったが……」

「そんなくだらない話よりも、準備とやらをしなくていいのか?ちんたらしている間にあいつらが用事を済ませて戻って来るぞ」

「あぁ、そうだった」

 ルーネベリは浮かんでくる考えを振り払うように頭を横に振って、四人に言った。

「俺たちはまず、話ができるリンを見つける」

「ここに男が五人いる。女がいいな」

 ルーネベリの位置から後ろを向いたバッナスホートの表情は見えなかったが、ひどく嫌な笑みを浮かべていた。カンブレアスはなにか不安げにグヒムに視線を向けたが、グヒムはルーネベリと同じように何も気づいていなかった。




 早歩きして先を行ってしまったシュミレットに走って追いついたアラは、シュミレットの隣を小走りしながら言った。

「あの少女とどうやって会話をするのでしょうか?女神は少女が音も口も利けないと言っていました」

 シュミレットは早歩きしながらアラを見上げて言った。

「そのことなら多少、僕にも考えがあってね。仕事柄、意志疎通ができない時は決まって同じことをするようにしているのだよ。僕に任せてくれるかな?」

 アラは納得したように頷いた。やはりアラを選んだのは正解だったとシュミレットは思った。

遠くに見える寂しい透明な鉱石で形作られたキラキラと光る花々に囲まれた中に立つぼんやりと見える少女の姿。少女に近づくほどに、少女の全貌がくっきりと見えはじめた。女神の神殿で見えたとてつもなく長く、薄く青いベールはよく見ると少女の首にぐるぐると巻きついており、風になびているように宙を漂い、裾は途中から消えて見えなかった。少女の髪は色褪せた黒のような青のようなどっちつかずの曖昧な色だった。ただ、少女は女神と同じ貴重な絹のようなお召し物を纏っていたので、女神との繋がりを感じられずにはいられなかった。遠くから見てもわかるほど十歳ぐらいの少女にしては少し背が低く、細すぎる印象だった。小さな体に未知の運命を携えた少女を見て、アラは密かに心を痛めていた。

 あと数メートルで少女の元へ辿り着くという時に、後ろから全速力で走ってきたシャウはシュミレットとアラの前に立ち塞がって、歩みをとめた。

 息を切らし、シャウは二人に言った。

「二人とも待ってください」

 後から追いついたカーンとクワンがアラとシュミレットの隣に立った。シュミレットは小さなため息をついて言った。

「何かな?」

 両手をあげてシャウは言った。

「ついてきたかぎり、あなたたちには従います。逆らったりはしません。ただ、あなたやーー」シャウはシュミレットに目を配らせ、そして、クワンの方にも目を向け、「あなたの名前や、何をしようとしているのかぐらいは教えてほしい。名前を知らなければ呼べもしないし。協力できることは協力したい」

 シャウはあくまでも紳士的に振舞おうとしていた。カーンとはなぜか仲が悪そうだったが、シュミレットやクワンに対しては仲間として見てもらたがっているようだった。そもそもは悪い人間ではなさそうだった。 

 シュミレットは仕方なく説明することにした。

「僕はギルバルド、彼はクワンと呼んでくれればいい。僕らは、というよりも、僕がこれからすることは君たちにはできないことだから。事を終えたら、君たちにしてもらいたいことがあるから待機していてもらいたいのだよ」

 シャウは少し見下したような言い方をするシュミレットに少し戸惑った。

「その、あなたはーー俺たちよりも若いのに、その……」

 アラをちらりと見ながらシャウは言葉を選んで適切に話をしようとしていたが、シュミレットはぴしゃりと言った。

「ここで黙って見ていなさい。君が僕と同じことをできると思うのなら、後で文句を幾らでも聞いてあげよう」

 賢者様は幾度となく幼く見られてきて、ご立腹だったようだ。四人を置いて、一人で少女の近くまで歩いて行った。シャウが「どうするつもりなのか」と、クワンに聞いたが。クワンはにっこりと笑うだけだった。

 黒いマントを纏う少年が近づいてきたことに気づいた少女は、涙を流して逃げようとした。しかし、シュミレットは少女に語りかけようとなどせず、左腕に嵌めた女神の腕輪を右手で軽く掴んでいた。それから、まるで腕輪からた小さな紫色の珠を一つ抜き取ったような仕草をした。実際にはまったく抜き取られたわけではなかったのだが、シュミレットが抜き取った仕草をした右手の掌に小さな紫色の珠がのっていた。

 シュミレットはその珠を逃げていく少女の方へと投げた。

「あっ」と、シャウが声を漏らした。それもそうだ。輪を描いて飛んで行った小さな珠がどんどん大きく膨らんで、少女の背の高さよりもひとまわりも大きくなったかと思うと、ほんの一瞬どろっと溶けて少女を飲み込むように捕らえたからだ。大きな珠の中に閉じ込められた少女は、珠の中で壁を叩いて暴れていた。どうやら珠の中は空洞になっており、少女は奇力体というのに外に出られないようだった。

 シュミレットは得意げに振り返り、言った。

「女神の腕輪を身に着けることによって奇力体が視えるなら、腕輪となっている珠は奇力体に触れることもできる物質であるのではないかと思ったのだけれどね。僕の読みが当たってよかったよ」

 アラもカーンもクワンもなにも驚かず、こくこくと頷いた。

「素晴らしいお力です」とアラが言ったので、シュミレットは言った。

「対象が物質である限りは僕でもなんとかできるけれどね。肝心なことはこれからだよ。僕のやるべきことは終えたから、次は君たちだね。彼女を集合場所まで運んでもらおう。ーー君にもね」

 シュミレットがシャウを見ると、シャウは少し黒いマントの少年が恐ろしくなって後退った。

「あなたは何者ですか……?」

「君が僕らに従うつもりだと言ったのだから、やるべきことは彼らと同じようにやってもらうよ。ただ、僕はもう片方のグループにいる彼よりも手厳しいからね。説明するのは一度きり。くれぐれも僕の邪魔だけはしないようにしなさい。僕の前で余計な争い事は許さないよ」

 その言葉にはカーンも視線を泳がせていた。シュミレットはカーンとシャウ二人に言っていたのだ。黒いフードを被った奥にぎらりと黄金の瞳が見えた。シャウは見たこともない目の色に恐怖した。










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