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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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三十章



 第三十章 空を昇る大蛇





 二人のリンはシュミレットの黄金の瞳を見てからというもの、すっかりシュミレットが神だと思い込んでいた。冷たい態度から一転、うやうやしい態度で再び深くフードを被ったシュミレットの両脇に立ち、自身よりも背の低いシュミレットに合わせて腰をこれでもかと曲げて媚びへつらっていた。残りのルーネベリ含む六人にはリンたちは眼中がなかったが、シュミレットの機嫌を損なわないよう、ぎこちなくも丁寧に接してくれていた。リンたちの態度を見ていると、「身分こそがすべて」と言ったシュミレットの言葉通りだなとルーネベリは密かに思った。

 神の庭というには些か寂しい景色の中を再び歩きだして、どこまで広がる天を飾る美しい星空を皆が見ていると、星空を侵食するような突き抜けて高い濃い紫色の巨大な煙突のようなものが見えてきた。もしかしたら、舗装された道や花と同じ鉱石でできているのだろう。流動する液体が煙突に集まっているようだが、時々、液体のない部分があるようで、煙突に柄のようなものができていた。やはり、煙突というだけあって、その建物のてっぺんからは煙がでていたのだが。その煙は青緑色の薄光で、星空に煙がわっと広がると、星がぽつぽつと生まれ、青緑の煙は黒へと溶け込んでいった。まるで煙突から出る煙が星空をつくっているかのようだった。

 リンの片方が言った、冷たい言い方をしていた方だ。

「女神様はあの神殿にいらっしゃいます。あの神殿の周りにはリンが大勢おりますゆえ、襲って来るやもしれませぬ。神の怒りをお示しください。さすれば、リンは戦わず神に従います」

 シュミレットはこっくりと頷いた。

「わかったよ。君たちは道案内だけしてくれればいい。僕がなんとかしよう」

二人のリンは整った笑顔を向けて「御命令のままに」と口を揃えて言うと、さっと皆の前を歩きだした。

ルーネベリはシュミレットに駆け寄り、小さな声で言った。

「ちょっと、先生。大丈夫なんですか?なんとかするって……考えでもあるんでしょうか」

 シュミレットもまた小さな声で言った。

「少しね」

「少し?もし、先生が神じゃないってばれたらどうするんですか」

「君も心配性だね」

「心配にもなりますよ。さっきまで攻撃されそうになっていたんですから。今度も女神様が助けてくれるとは限らないんですよ?」

 ひそひそとシュミレットとルーネベリが話しているのに気づいて、「何か御用がございましょうか?」と二人のリンが振り返ったが、ルーネベリは愛想笑いを浮かべ。シュミレットは自信に満々に「なにも。はやく案内しなさい」と言った。

 ルーネベリはもう一度シュミレットに話しかけようとしたのだが、ぶっきらぼうな話し方をしていたリンの方が、ちらちらとこちらを振り返っているのを見てやめた。怪しいと思われても困るからだ。

 ルーネベリは大勢のリンがあの炎や氷の弓矢で襲ってくることを思い浮かべてぞっとしながら、女神のいる神殿へと皆と共に黙々と歩いた。

 濃い紫色の煙突に近づくほどに、遠くから見てわかるほど人影がいくつも動いているのがわかった。さらに近づくと、その人影がわっと増え、その全貌が見えてくる。三十代ほどの若い白髪の男女たちは星空と同じ服を着て、雷のみで形作られた槍や光の剣、黒く毒々しい双剣や鋭く煌めく糸、氷の盾や土の杖を振りまわして踊っていた。剣舞のようだ。まだまだ他にも武器らしいものを振りまわしていたが、何の武器かはわからなかった。ある女性は刃が花のように十も別れた武器を持ち、ボールのように空に投げて落ちてくると突風のような息を吹きかけて空へと飛ばし、空中でくるくると回転させた。ある男性は炎の輪っかを振りまわすと、輪が大きいものから小さいものとへ徐々に増えて一番小さな輪っかから炎が噴出された。恐ろしい武器だ。

 奇妙な武器の数々を見ながらアラは難しい顔をしていた。バッナスホートに至っては特に関心はなかったようで愛刀の鞘を撫でるように触っていた。カーンもまた無表情だったが、パシャルは「おぉ!」と小さな歓声をあげていた。

 ルーネベリはとても不安げにシュミレットを見てみると、シュミレットはなにやら自身の掌を見つめて、手を開いたり閉じたりしていた。


 遠くにいるリンたちの一人がふとこちらに気づいて顔をあげた。一人が気づくと、次々とこちらへ顔を向けていった。皆目を凝らしてじっとこちらを見ていた。ひどく警戒しているようだ。二人のリンが先頭を歩いているというのに、武器を握りしめてルーネベリたちの方へぞろぞろと歩きはじめた。

案内をしていたリン二人が立ち止まり、シュミレットの方を向いた。何も言わなかったが、神ならば力を見せてみろといわんばかりに二人のリンは微かに薄らっていた。

 ルーネベリはシュミレットの方を向いた。一体、どうするつもりなのだろうかと問いたかったが、シュミレットといえば、いまだ呑気に掌を見ていた。ルーネベリが不安になって顔をあげると、遠くの方で歩いたはずのリンたちが勢いよく走っているのが見えた。警戒していたリンたちははやくもルーネベリたちを敵だと認識したようだ。男のリンも女のリンも恐ろしい形相でこちらへ走ってくる。

「先生!」と、焦ったルーネベリが声あげたところ、シュミレットが両手の掌を空に向けたーーその途端に、けたたましい熱風に周囲の者たちは軽く吹き飛び、こちらへ走っていたリンたちも熱風を浴びて両手で顔を覆った。リンたちの持っていた武器は消え去り、熱風に身を反らしていた。

 吹き飛ばれて地面に腰着いたルーネベリは両腕で顔を庇いながらシュミレットの方を見ると、華奢なシュミレットの両手からどろどろとしたマグマの塊が勢いよく飛びだしていた。そのマグマの塊は非常に長い胴体を持った大蛇となった。巨大な大蛇が自由を求めるかのように空へ昇っていく。その大蛇は頭に二本の角を持ち胴体に腕がついていた。シュミレットの手から離れた時、大蛇に足はなく、尾は蛇そのものだった。

「ヘルビウス……」

 大蛇を見上げながらルーネベリはそう呟いた。第八世界の遊覧船で見た姿と瓜二つの大蛇は空を昇りどこかへ飛び去って行く。熱風はとまったが、皆は自由気ままに飛んでいくヘルビウスの姿を眺めていた。マグマで形作られたヘルビウスは、どんな武器よりも圧倒的だった。

 二人のリンたちは地面の上で頭を抱えて震えていた。

 ルーネベリと同じように吹き飛ばれて地面に座り込んでいたパシャルは言った。

「流石、賢者様だなぁ。ちびりそうになったぁ……」

吹き飛ばされていただろうカーンはすでに立ちあがっており、座り込んでいたアラに手を貸していた。バッナスホートは名剣の鞘を支えに一人で立ちあがっているところだった。

ルーネベリはさっと立ちあがって、シュミレットの元へ歩いた。

「先生、今のはもしかして魔術ですか?」

シュミレットはマグマがでてきたというのに、火傷一つしていない自身の掌を見ながら言った。

「魔術とは少し異なるようだね。しかし、やはりね。僕の考えは正しかったようだよ」

「えっ?」

ヘルビウスを掌から出す前と同じようにシュミレットは手を開いたり閉じたりしていた。

「リンたちが掌から弓を作っているのを見ていてね、僕もなぜか同じことができるような気がしていたのだよ」

「どういうことですか?」とルーネベリ。シュミレットは言った。

「君も知っての通り、僕の身体の中には魔力が流れている。血管とおなじような管によって全身を巡っている」

「えぇ、それは知っていますが……。十三世界では空気中にウェルテルという物質がなければ、魔力は……あぁ!」

 ルーネベリはあることに気づいて両手を大きく叩いた。

「煩いよ、君」

「すみません。ってことは、このレソフィアという世界にはウェルテルと同じ、または似通った物質があるってことですよね」

「恐らくはね。僕は頭の中で、マグマでできたヘルビウスの姿を思い浮かべたのだけれどね。魔術式もなく、そのままヘルビウスが掌からでてきたのだよ。ウェルテルよりもさらに上の伝達物質なのかもしれない」

「興味がそそられますね」

 賢者と助手が二人にしかわからない内々の話をしていると、いつの間にか二人の周りに大勢のリンたちが集まっていた。恐ろしい形相をしていたリンたちは、シュミレットが掌からだしたマグマのヘルビウスを見て、驚異的な力の差を思い知ったのかもしれない。リンたちは憧れの眼差しでシュミレットを見つめていた。

「お見事でございます」と、リンのうちの誰かが言ったかと思うと、また誰かが「神々しいお力です」と言った。

 ルーネベリは苦笑った。シュミレットは性格に難はあるが、確かに素晴らしい人物だ。魔術師の頂点に立つ賢者で、力は並みの魔術師よりも遥かに上なので、あの巨大なヘルビウスを出した程度では疲れることもないだろうが。神ではない。ただ単に、リンたちよりも力があったに過ぎず、神よりもリンたちの身体の仕組みに近いのではないかとルーネベリは思ったが。やはり、シュミレットが神のふりをしている方が今は都合がいいので黙っていた。大勢のリンたちを騙したと怒らせると思うとぞっとするからだ。

 シュミレットたちを案内していたリン二人が周りのリンを押しのけて、二人は声を合わせて声を張りあげて自慢気に言った。

「皆、道を開けよ。女神様より直々に御命令を頂いた。女神様のお客様だ。当然の如く、神であるぞ。無礼を働く者はこのリンが許さぬ。道を開けよ」

 わっと群がっていたリンたちは下がり、神殿につづく道をあけた。

 案内役のリンたちはわざとらしく、手をひらけた道の方へ指したので、シュミレットは頷いて歩きだした。シュミレットのマントが歩くたびにひらりひらりと揺れているだけなのに、女のリンたちはうっとりとした声を漏らしていた。背が低く小柄なシュミレットを子供だと思っているようだ。どこからか「愛らしい」という声が聞こえてきたが、ルーネベリは笑わないように必死に笑いを噛み殺した。



 女神の神殿だという濃い紫色の煙突の建物の扉のない入口にまでようやく辿り着くと、案内のリンたちは一旦立ちどまって身なりを整えて、神殿の中へと入っていった。パシャルは面白おかしくリンたちの真似をして身なりを整えたが、誰も笑わず。クワンは念入りに深緑の衣を整え、赤い前髪を撫でた。よっぽど女神に会えるのが嬉しいのだろう鼻歌をうたっていた。

 皆が神殿の中へはいると、白く妙に幅の広い階段が少し上の階へとつづいていた。リン二人と共に歩いて、その階段をのぼりきると、煌めく絹のような布が部屋を覆っていた。ーーいや、違う。ただしくはとてつもなく高い天井から垂れ下がっている弾幕のように見えただけで、実際のところは、それは女神の御召物のほんの一部だった。

 見上げると、千メートル以上の並外れて大きい女性が煙突の中にすっぽり収まるように立っていた。

ルーネベリも、パシャルも、クワンも、アラやカーンでさえ口をあんぐりと開け。「女神様」と、二人のリンたちは床に額を押し付けて平伏した。

 女神は実に美しかった。柔らかな光をうっすらと全身に纏い、とても綺麗な金の糸のような長い髪が床まで伸びていた。金髪の睫毛が閉じられるたびにルビーのような紅の瞳が輝き。絹のようなお召物に隠されたふくよかな肉体は女神の豊かさを表しているかのようだった。

 女神はその巨体に合う大きな金色の筒のようなものを煙草のように吹かしていた。筒の先端からは、煙突の先からでていたものと同じ青緑色の薄光で、もうもくと天井へとのぼっていった。この女神が空を作っているというのだろうか……。

 女神は筒を口元から離して指先で掴むと、キラキラと輝く紅の瞳を足元へ向けた。

《客人たちよ、十人も我の招きに応えてくれたことを嬉しく思う》

 ルーネベリは女神の声を聞いてはっと我に返り、「十人?」と呟いた。女神はルーネベリの呟きを聞こえていたのか、美しい指先で誰もいない床の方を指した。

「えぇ?」

まったく誰も人も動物もいないというのにどういうことだろうかと、首を傾げたルーネベリに女神はさらに言った。

《見えぬ眼を開けば、その眼に映る姿がある》

 女神は大きな手でルーネベリたち七人と、女神が指さした床の間を壁のように遮ると、さっと手を引いて見せた。すると、先ほどまで誰もいなかった場所に、三人の男が立っていた。ルーネベリたち七人が驚いた顔をしたのと同じように、向こうの三人も驚いた顔をしていた。

 バッナスホートが「カンブレアス」と言うと、向こう側に立っていた褐色の肌の黒髪の美男子が「バッナスホート」と言い返した。どうも、この二人は知り合いなのだとルーネベリは思ったのだが、この二人だけではなかった。

 褐色の肌に映える白い上着を着た、清々しい顔をした赤い短髪の男が嬉しそうな顔をして「パシャル、カーン、アラ!」と片手をあげた。顔をぱっと明るくしたパシャルはその男に抱きついて、「こんなとこで会うなんてなぁ、兄弟!」と頭を撫でまわしながら笑いかけた。

「やめろよ」と笑いながら言う男に、アラが「グヒム」と呼び掛けるのを聞いてシュミレットはルーネベリに言った。

「グヒム・ルジュー。なるほどね、彼は剛の世界の副管理者の息子だね。あの黒髪の青年はカンブレアス。マーシアの息子で、ユー・ヴィアの兄だよ」

「ユー・ヴィアに兄なんていたんですか。よくご存じですね?」とルーネベリ。シュミレットは言った。

「あの二人は次期管理者と、次期副管理者だから名前を知っていただけだよ。もう一人の青年は誰かわからないね」

 シュミレットが誰だかわからないと言っていた青年は少し大人しそうな金髪の色白の男だった。剛の世界の人間の血を引いていないようで、二人の男たちよりも二十センチほど背は低く身体つきもけして良いとはいえないようだったが、顔だけは二人よりも整っていた。

 グヒムはパシャルから逃れて、笑いながらぽつんと立っていた金髪の青年の肩を抱いた。そして、アラとカーンとパシャルに言った。

「三人に紹介する、友のシャウ・ボローだ。第九世界から来た変わり者だ。仲良くしてやってくれ」

 シャウは気持ちよくアラたちに短い挨拶した後、黙って様子を見ていたシュミレットやルーネベリの方にも軽く頭を下げた。少しは気のまわる男のようだ。

 十人がそういったやり取りをしている間に、女神はリンたちに《下がれ》と言った。リンたちはルーネベリたちを案内したことを褒められると思っていたのだろう、随分と肩を落としながら神殿を出て行ったのだがーー、シュミレット以外は誰もリンたちが出て行ったことに気づきもしなかった。

 バッナスホートとカンブレアスはなにやら小声で静かに話をしていた。

 グヒムはシャウの肩を抱いたまま、パシャルと久しぶりに会えたとまた喜びだしてお喋りをしていたのだが。シャウはグヒムに肩を抱かれたまま、じっとアラを見ていた。その目つきは異性として興味を持ったような甘い目つきだったので、アラは居心地悪くシャウから顔を背けた。カーンはアラが顔を背けたのを見て、シャウの視線を遮るようにアラの立っている場所より前へ移動してパシャルの隣に立った。

 急に相棒が隣に近づいてきたので、「なんだぁ、カーン?」とパシャルが言ったが、カーンは無言で口を閉じていた。グヒムが「面白い奴だ」と笑って場を和ませようとしたので、パシャルは「そうなんだよぉ」と笑い返した。シャウはアラの前に立っているカーンを敵対視するように睨みにつけ、アラはカーンの背後で苦しい顔をしていた。

十人が巡り会った理由はわからないが、この出会いを真に喜んでいたのは、パシャルとグヒムだけだった……。


 女神は筒を吹いて、皆の会話をとめた。なぜだか、その場にいた十人はぴたっと話す気が失せたのだ。

 女神は筒を吹いた後に言った。

《我の招きに応えし十人よ、女剣士の言葉を覚えておるか?》

「女剣士というと、あのプレイエム……えーと」と、誰よりもはやくルーネベリは言った。女神の話からすぐにこの世界へ来る途中に出会った剣士の姿が思い浮かんだからだ。名前はうまく思い出せなかったが、女神はその人物だといわんばかりに頷いた。

《女剣士は我の声に耳を傾けてくれた。我は神であり、娘なり》

「娘!」とパシャルとグヒムが声を揃えて叫んだ。どうみても女神は娘というよりも、立派な二十代後半から三十代中盤の成人女性というべき容姿をしていたので二人は驚いたのだが。シュミレットは落ち着いた様子で言った。

「確か、女神に祀り上げられた娘が逃げまわっていると言ったそうだね。しかし、女神様、あなたは逃げまわっているようには僕にはまったく見えないのだけれどね。どういうことかな?」










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