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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部一巻「針の止まった世界」
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十一話



 第十一章 管理者の秘密





「明美さん?」

 目を細めたルーネベリを気遣い、明美は顔に火の灯った塩の砂を近づけた。揺れる火に照らされた顔は、たしかに玉座の傍で桂林を助けた侍女だった。

「あなたが俺に何のご用でしょう?」

明美は言った。

「瑠菜から話は伺いました。時を止めた犯人や、その目的について調査なされているそうで」

「えぇ、まだ全貌を掴めたという状況ではありませんが」と、ルーネベリは頷いた。明美はしばらく俯き、顔をあげて言った。

「瑠菜から話を伺い、私にはすぐにわかったのです」

「どういうことでしょう」

「何がわかったと?」

「私には時を止めた犯人に、思い当たる人物がいるのです」

 ルーネベリは「それは本当ですか?」と声を張り上げた。明美は慌てて口元に人差し指を立てた。

「お静かに。外に聞こえてしまいます」

「あぁ、すみません。あまりに驚いたもので」

「お願いしますよ」と明美は、近くにあった木の箱の上に火の灯された皿を置いた。ルーネベリが押し込められた部屋は、どうも物置のようだった。ガラクタが詰められた箱がそこらじゅうに山積みになっていた。明美に促され、ルーネベリは箱の上に腰掛けた。

「それで、思い当たる人物とは?」

「それは、桂林様が盲目となられた理由から話さなければなりません」

 ルーネベリは言った。「生まれたときから盲目だと聞いていましたが……?」

「いいえ、それは違うのです」

 明美は、ルーネベリの座る箱よりもやや背の低い箱の上に座り込んだ。

「桂林様は四十三年前、幼い頃にデルナ・コーベンという女魔術師に命を狙われたことがあるのです。前々から時の石の管理者に目をつけていたのか。賢者を引退なさってから放浪の旅にでていらしたダビ様と、軍師玉翠様のお父君、朋蓮様が命をおかけになり桂林様をお守りしたため、桂林様は視力を失っただけに留まりましたが。デルナ・コーベンはその際に、桂林様の、エレメント世界の管理者一族の秘密を知ってしまったのです」

「管理者一族の秘密?」

「はい。それ故に、ダビ様は時折、桂林様に連絡をお取りになっておりました。ですが、時が止まり、外の世界との連絡が途絶えてしまいました」

 明美は震えながら腕を擦った。「私はとても怖いのです。もしも、今回の事がデルナ・コーベンの仕掛けたことならば、今度こそ桂林様のお命を奪ってしまうのではないかと……」

 ルーネベリは優しく明美の肩に手を置いた。

「そのデルナ・コーベンという魔術師について、ダビ様はなんと仰いましたか?」

「ダビ様は仰いました。デルナ・コーベンは新世界主義の一派に属する魔術師だと」

 ルーネベリは顎を擦り、床を見つめながら「新世界主義か……」と呟いた。

「私はよく存知あげないのですが、それは一体何なのでしょうか?」明美が言った。

ルーネベリはおぼろげに燃える火に目を向けた。ゆらゆらと線細く、天へ煽られるオレンジの火を。

「新世界主義。いわゆる、銀の球体を第二の故郷とする思想」

「思想?」

「あるがままの暮らしに満足できるあなた方には、理解できかねないかもしれませんが。他の世界の人々にとって、銀の球体はまさに憧れ。理想郷なんです。翼人ですら手に入れることができなかった。膨大な力とその神秘さは、いつの時代も人々の心を奪って仕方がない」

 火に照らされ、時折、光る赤い瞳を明美は見つめた。

「ただ、それが憧れで終わればいいんですが。野心を持つ者にはただの憧れではすまされない。彼らは『誰にも踏み込めない未知なる世界への進出』を渇望している。その理由も目的も数えきれないでしょう。昔から、そんな連中が後を絶たちませんから。

ですが、皆これだけはわかっています。成功した者はいない。無謀な望みだと。しかし、新世界主義をうたう者たちはそれを実現するためならば、手段を選ばない。命すら彼らにとっては道具にしか過ぎない」

「それでは!デルナ・コーベンは野望のために、桂林様のお命を……」

 明美ははっとしてルーネベリの口に手で封じた。コツコツと廊下で誰かの足音が聞こえてきたからだ。明美は手を離し、火をそっと消した。そして、何事もなく通り過ぎた足音を聞いて、安心した明美は言った。

「お話の途中で申し訳ありませんが、私はもう戻らなければなりません」

「まだ、聞きたいことがあるんだが」

「申し訳ありません。くれぐれもお気をつけください」

 明美はフードを被り、火の消えた皿をローブで隠して部屋をさっと出て行った。ルーネベリは、わざわざ尋ねてくれた礼を言う暇もなく、開いた手だけがぶら下がっていた。真っ暗な中、仕方なく手を下ろしたルーネベリは呟いた。「デルナ・コーベン」その名を聞いたことはなかったが、ルーネベリは女魔術師と聞いてピンときた。そして、廊下にたとえ誰がいるともかまわず、部屋を飛び出し、自室に戻って鞄を引っ掴んだ。


ルーネベリは宿屋へ走っていた。昼間とまったく変わらない様子の、昼のままの宿まで辿り着くと、そこにはすでに主人も姿もなく。ルーネベリはそのまま入り口から宿屋に入り、二階にあがって、ルイーネの泊まる隣の部屋の扉を「ハミル・デラ・カートン!話があるんだ」と何度もノックした。

そっと扉を開けてルーネベリの慌てた様子を見たハミルは、用件を聞かずにルーネベリを部屋に招き入れた。浴室からでてきたばかりの、ハミルの友人のシャルベリーが腰に一枚布を巻いた半裸姿の状態で、ルーネベリのいかつい容姿を見上げた。

「夜分にすまない」

「君は第五魔術世界大学を出たと言っていたな?」

「はい、言いましたが……」

「聞きたいことがある」

「はぁ、なんでしょうか?」

戸惑いながらハミルは言った。ルーネベリは立ったまま「デルナ・コーベンを知っているか」と聞いた。

「デルナ・コーベン?」

「知らないか?新世界主義に属しているデルナ・コーベンとい女魔術師だ」

 ハミルは首を傾げた。

「あぁ、新世界主義の操り師デルナ・コーベンじゃありませんか?」

ベッドに座り、タオルで髪を乾かしていたシャルベリーが言った。ルーネベリは言った。

「君は知っているようだな。詳しく教えてくれ」

 タオルを手に持ったシャルベリーはご機嫌な様子で頷いた。

「デルナ・コーベンといえば、賢者を引退した数百年後からダビ様と何度も争った魔術師で。どんな術式も巧みに操ったことから、操り師と呼ばれていた恐ろしい魔術師ですよ」

「よく知っているな」と、ハミル。シャルベリーは言った。

「伯父さんが魔術師の研究をしていて。昔から散々聞かされたんだ。新世界主義の魔術師は、術式を操作する技術力がずば抜けているってね。中でも、デルナ・コーベンの属しているキュデル一派は手が込んでいて、第三世界の時術師も手をこまねいているらしい」

「キュデル一派か」

「キュデルとマルデリアという魔術師を筆頭に、純粋な魔術師のみで構成されている一派ですよ」

「まだ捕まってはいないんだな?」

「そうみたいですね。でも、昨年一人捕まったとか伯父さんが言っていたな。感染して一派から見放されでもしたんでしょう」  

 シャルベリーはまるで他人事だと、面白おかしく笑った。

「君は何と言ったかな?」

「自己紹介がまだでしたね。シャルベリー・E・ダルフォットです」

「あぁ、ダルフォット君」

「ルーネベリ・L・パブロだ」と早口で言った。シャルベリーはルーネベリの名を聞いて、「あれ?どこかで聞いたことがあるような……」と首を捻った。

「君の気のせいだ。とにかく、また助けられたな」

「とんでもないです。些細な事ですよ」と、ハミル。シャルベリーがテーブルにあった酒瓶とグラスを手にして言った。

「どうですか?これから水酒を開けようと思っているんですが、一杯していきませんか」

 普段なら喜んで受けるルーネベリも、さすがに手を横に振った。

「折角の誘いなんだが、俺はまだやらなければならないことがあるんだ」

「残念です。また別の機会にでも!」

「あぁ、そうしてくれ」

 廊下に出たルーネベリは「楽しくやってくれ」と言った。ルーネベリを見送ったハミルが「また、第五世界に来た際は一杯しましょう」と、外に出ようとするシャルベリーを押さえながら「おやすみなさい」と扉を閉めた。






 ルーネベリは考え事をしながら下の階へ降りて、玄関から外にでようと、ふと、受付台を見ると、「御用の方を鳴らしてください」という立て札と金のベルが一つ置いてあった。先程は、あまりに急いでいたせいで気がつかなかった。せっかくここまで戻ってきたのだから、様子見がてら、ルーネベリはルイーネの部屋にあるトランクを引き取ろうと思い、ベルを手に取って五回鳴らした。けれど、誰も出てくる気配がなかった。

ルーネベリはもう一度五回ベルを鳴らした。これもまた同じだった。もう就寝してしまったのだろうか。迷惑を承知の上で、ルーネベリはベルを鳴らしつづけた。すると、しばらくしてからようやく奥から主人が出てきた。

「そんなに鳴らさなくとも、聞こえているってぇの」

「夜分に申し訳ない」

 主人は目を擦り、ルーネベリを見てため息をついた。

「おや、またあんたか。今度は何の用だ?」

 ルーネベリは言った。

「ルイーネさんの部屋にある荷物を引き取ろうと思いまして」

「こんな夜中にか?」

「迷惑だとはわかっているんですが、お願いします。あと、人の来ない安全な場所はありませんか?」

主人は大きな欠伸をした。

「そんな場所に行きたいのならウケイの外に行けばいい」

「なるべく近場でそういう場所はありませんか?」

 背中を掻きながら、主人はルーネベリをじろじろと見た。

「そんなに行きてぇのなら、俺が下まで降ろしてやろう」

「下?」

 主人は首を左右に曲げた。そして、昼間と同じように棚から鍵を取り出すと、受付台の上に置いた。

「ほら、鍵だ。あんた一人ならあの大荷物も軽いもんだろう」

 ルーベリは肩をすくめた。「荷物持って外にいてくれ。俺は籠を用意する」と主人はまた欠伸をして、奥に戻っていった。ルーネベリは受付台の上に置かれた鍵を握ると、廊下を通って上の階へのぼり、ルイーネの部屋の扉をあけた。

中ではまだ、十個の術式がトランクを取り囲み、回っていた。魔道具ライターから少しでも引き離すと、やはり何かが起きそうで怖かった。ルーネベリは、ライターをジャケットの胸ポケットに入れてからトランクをそっと片手で持ちあげた。とても軽い。紙を一枚持ったような、若干の重みも感じないほどだった。主人の親切をルイーネが断るわけだ。ルーネベリは鞄を脇に寄せ、リュックを左肩に背負い、二つ目のトランクを持ちあげた。こちらはどうも、中身が詰まっているようだ。それなりの重みがずしんと手首を唸らせた。

 荷物を持ったまま廊下に出ると、隣の扉からシャルベリーとハミルの笑い声が聞こえてきた。世間話などしながら、楽しく酒を交わしているのだろう。なんて羨ましい。仕事さえなければ、今にでも若い魔術師たちの仲間に加わっただろうに。ルーネベリは中身の詰まったトランクを一度置き、鍵を閉めてからまた持ちあげた。

宿の外に出たルーネベリは、主人の姿を探して、辺りを見渡した。

「こっちだ、こっち!」

 主人が崖から顔をだして、手を振っていた。まるで地面から現れたようだった。竜の道にでも立っているのだろうかと思いながら、ルーネベリは主人のいる崖へ近づいた。荷物を置いて、崖を見下ろすと、主人は緑の縄で編まれた籠の中に立っていた。

「これは魔術師用の籠だ。あいつらは竜の道は怖くて通れないんだと」

「荷物をこっちに」と、主人が手を伸ばした。ルーネベリは礼を言ってトランクとリュックを渡すと、籠に乗り込もうとした。

「それもだ」

 主人がシュミレットの術式がかかったトランクを指差した。

「なんだ、そのキラキラ光っているものは?」 

「いえ。これは危ないので、俺が持ちます」

主人はたいして疑問に思うことなく、ルーネベリが籠に乗り込むと、籠を支える滑車に巻かれた、永遠と長い緑の縄を手動で回しはじめた。籠がゆっくり下へと降ってゆく。

「これは第十世界の蔓で編んだ縄だ。頑丈でいくら重みや圧力かけても、千切れやしない」

主人は自慢げにそう言った。岩壁にそって降りてゆくと、次第に眩しさに目を閉じた。何かが反射したのだ。ルーネベリが薄っすらと目をあけると、小さく薄いものが幾つも岩壁に埋まっていた。試しに、それを一枚引き抜くと、簡単に手に取れた。

「なるほど。こうやって魔術師は壁にはまった水竜の鱗を採るのか」

「ここにわざわざ宿を立てたのも、そのためだ」と主人は笑った。

 取ったものをかざして、じっくりとルーネベリは観察した。青紫がかった光沢あり、薄いがとても硬い。加工が難しそうだ。だが、物質変化をいともたやすく操作する魔術師には、簡単なことなのだろう。この鱗を使って作るものといえば、ルーネベリには工芸品しか思いつかなかった。

 籠はどんどん下へ降りて、そのうち光も届かなくなってきた。主人は籠の中にあらかじめ積んでおいた塩の砂が入った皿に火を灯した。そして、そのまま暗い底へと降りていった。底に着いたのはそれから、随分経ってからだった。ルーネベリの見立てでは、もう外の世界でいう、朝にはなっていただろう。

「ここまでくりゃ、人っ子一人どころか、竜一匹すらいない」

主人は底につくと、縄を巻きはじめた。陸地へ戻る時のため、準備をしているのだ。時が止まったせいで、主人は疲れてはいないようだった。縄を巻き終えると、籠の中に主人は腰掛け、一息ついた。トランクと一緒に籠から降りたルーネベリは、自身の鞄の中から、ぐるぐる巻きにされた革製の道具入れのようなものを取り出した。

「なんだそりゃ?」

籠の中から主人が言った。

「今からこれを解体するんです」

「そんなことができるのか」

「はい。その塩の砂を少量いただけませんか?」

「いいが。何に使うんだ?」主人は首を傾げた。

「見ていると、わかりますよ」

 ルーネベリはトランクの縁を縫い込んでいた糸を、道具入れから取り出した針先ほどの細さのハサミで切りはじめた。一本一本、トランクを取り囲む術式の様子を見ながら、慎重に切っていた。その作業を主人はうんざりする顔で見守った。

トランクの形状に沿って縫われた糸を切り終えると、今度は鞄の中から小さな瓶を一つ取り出した。それをトランクの脇に置き。明りの灯る皿から砂の石を少量、手に握り、瓶の中へ入れた。ルーネベリはトランクをばらす前に、胸ポケットからライターを取り出して底を地面に叩きつけた。トランクを囲んでいた術式が急に消えた。

 トランクは、まるで獣のように震えだし、バタンと勢いよく開いた。中から漆黒の煙が飛び出た。

「こりゃ、一体……?」

主人が立ちあがった。けれど、主人の心配をよそに、ルーネベリはハサミを道具入れにしまって、くるくると巻いていた。とにかく、作業は終わったようだ。ルーネベリを見て、主人は座った。

トランクから飛び出た煙は空中で渦を巻き、石の砂を入れた小瓶にすぅっと吸い込まれ。小瓶の中に、真っ黒な煤のような液体ができていた。










さて、今年も今日で終わりですね。

あぁー今年も色々ありましたが、

いつも読んでくださって感謝です。


来年もまたよろしくお願いします。

良いお年を!!




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