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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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二十九章



 第二十九章 冷たい庭




「ルーシェって奴は何者だったんだろうなぁ……」とパシャル。

「狩人って言っていたが、何を狩っていたんだろう。わからないことだらけだな」

 ルーネベリがそう言うと、パシャルは「不思議だ」と首を傾げた。

 二人は皆の元に戻ってルーシェの話をしたのだが、誰も今更驚くことなどあるだろうかといわんばかりに平然としていたので、ルーシェへの関心はすぐに薄れた。しかし、彼女が去り際に言った「女神に祀りあげられた娘」の話にはクワンが強い関心を寄せていた。

「女神様がこの世界にいるならお会いしたい!」

 ついさっきまで暢気に眠っていたというのに急にはりきりだしたクワンは女神様に会うにはどこへ向かえばいいのかとルーネベリに聞いたが、ルーネベリもルーシェから話を聞いただけでどこへ向かえばいいのかすらわからないと答え。とりあえずのところは、ルーシェに言われたようにもう少しこの靄の中を歩くのはどうだろうかと提案してみた。すると、皆は反論もせずに「そうしよう」と頷くだけだった。考えるだけ無駄だと思っているのかもしれない。

 七人はしばらく靄の中を歩いた。クワンはパシャルとカーンからセロトで起こったこれまでの出来事を楽しそうに聞いており、並んで歩くアラとバッナスホートは気まずく黙り込んでいた。

 シュミレットは皆の少し後ろをゆっくりと歩いていたので、内々で話すのならば今だと思い、ルーネベリはシュミレットに話しかけた。

「先生、ちょっといいですか?」

 シュミレットは歩きながら少し顔をあげて言った。

「なにかな?」

「コーウェルの砦に向かう前に話していたことを覚えていますか?」

「何だったかな……」

「天秤の剣の話です。天秤の剣が作りだした空想の世界に俺たちがいるのかどうかという」

「そんな話もしていたね。それがどうかしたのかな?」とシュミレット。ルーネベリは言った。

「さっき出会ったルーシェという人物が、ここが世界の入口だと言っていたんです」

「そうらしいね」

「世界の入口、セロトから通った扉。これらこそが空想の世界ではないという証明なのではないでしょうか」

 シュミレットは少し間を置いてから言った。

「詳しく話してくれるかな」

 ルーネベリは興奮しないように落ち着いて言った。

「俺たちは脳裏に浮かんできた『言葉』のとおりに行動し、達成した時にのみ、世界から世界へと移動することができました。移動の仕方は乱暴でしたが、ともかく、もしも空想の世界にいるのでしたら、あんな大掛かりな世界から世界への移動は必要なく。浮かんできた言葉を達成しなくても、好きな時に自由に別の世界に移動できていたんじゃないでしょうか。あるいは、これが試練でも、どの試練から始めるか、離脱するか、個人で選べたとも考えられるんです」

「だから、空想の世界ではないというのかな?」

「はい。それに、なによりも、これまでの世界にはそれぞれ独自の秩序があり、その中では秩序に従って生きている人々がいました。十三世界とはまったく異なった文化ではありましたが、ある一定の秩序さえ保たれていれば、旧生成術のような技術は実際に存在することも可能ではないかと俺は思うんです。ここでもあくまでも俺の考えに過ぎませんが、これまでの三つの世界はすべて存在しているけれど、俺たちには『言葉』に関わる以外の行動はできないのではないでしょうか」 

「僕たちの行動には制限がかかっていると言うのかな?」

「はい、ある程度ですが」

「何を言いたいのか、はっきりと言ってくれて構わないよ」

「ですからね、俺はこれまでの世界はすべて実在していて、俺たちの行動はすべて誰かが必ずしなければならない行動だったのではないかと思うんです。もちろん、アプローチの方法は人によって違っていたのかもしれませんが」

「なるほどね。つまり君は僕らが誰かの代わりにどこかに存在する世界の問題を解決しながら巡っていると言いたいのだね」

「そうです」

 シュミレットは呟くように言った。

「ーー誰かの代わりにね。君はいつも面白いことを言うね」

「世界の入口、扉、これは世界と世界がどこかで繋がっているということなのでしょう。ただ、アザームを逆さまで見たときのあれが何だったのかよくわかりませんが……」

「セロトは船だと言っていたね。アザームは一人の男が作り出した街だった。世界の在り方は一つの形だけではないのかもしれないね。僕もよくわからないから思っていることをただ言う事しかできないけれどね、君が言った『僕らが誰かの代わりにどこかに存在する世界を巡っている』ということだけは正しい気はしているよ。実のところ、僕もそんな気はしていたのだよ」

「先生もですか?」

 小さく驚いてみせたルーネベリにシュミレットは頷いた。

「僕らが見てきた世界の説明は誰にもできるものではないかもしれないけれど、共に行動している者のうちの誰かが『言葉』を達成した時、次の世界へ移動できる。これは僕が過去に二度参加した時も同じだった。学者である君が僕と同意見でよかったよ」

「うん?」とルーネベリは歩きながら腕を組んで言った。

「もしかして、先生は同意してもらいたかったんですか?」

「剛の世界の人間は天秤の剣のことなど興味がないからね」

 がっくりとルーネベリは頭を下げた。

「まぁ、考えてみれば、その程度のことをあなたが考えないわけがないですよね……」

シュミレットはクスリと笑った。

「客観的に物事を見ることは大切だと僕は思うのだよ。君が言った世界と世界がどこかで繋がっているという話は、今までの僕の中にはない発想だった。僕は別々の世界へ闇雲に飛んでばかりいるのだと思っていたよ。君のいう秩序こそが正しいのかもしれないね」

「えっ?」

「僕は前々から、『天秤の剣』という名前は実に不思議な名前だと思っていたのだよ。世界と世界が繋がっているとして、天秤の剣が公開された日に集い参加した人々がなぜここにいるのだろう。あれほど多くの人間が誰かの代わりをしている理由は何だろうね。何の釣り合いをとっているのだろう……」

 さっと顔をあげたルーネベリは「確かに」と呟いた。

 シュミレットは言った。

「天秤の剣の謎はますます深まるばかりだね」

 皆が各自、話し込んだり黙り込んだりしながら歩きつづけ。ようやく、七人が靄を抜けようとした時、言葉が浮かんできた。


                   挿絵(By みてみん) 



 ふわり靄を抜けた瞬間、目の前に透明な鉱石で綺麗に整備された道が広がっていた。ーーいや、違う。よくよく見てみれば、透明な鉱石の中に空間もないのに少し紫がかった濃いさらりとした液体のようなものが流動していた。けれど、けして水のように流れているわけではなく、無作為に動いているかのようだった。整備された道の両端には、同じ透明な鉱石で作られた花のような植物がキラキラ光りながらびっしりと埋められていた。近くで見てみると、紙をくしゃくしゃに丸めたような形で、ルーネベリの拳ほどの大きさの花が針ほど細い茎で不安定に立っていた。

 空は満天の「星」空なのだが、灯りもないのになぜか周囲は昼間のように明るい。また奇妙な場所に来てしまったとルーネベリは思ったが、すぐに「まぁ、しょうがない」と開き直った。そして、好奇心一杯の顔をしながら、しゃがみこんで鉱石をトントンと叩いてみた。鉱石は固く、ルーネベリが叩いたぐらいでは中で流動する液体は振動しなかったが、数分後、一箇所に集まっていた液体が生きているかのように気紛れに散った。見たこともない鉱石を見て面白いと思わずにいられなかった。

 シュミレットとカーンは見事な星空を見上げていた。色とりどりの光の小さな粒がキラキラと無数に暗闇で輝いている。宝石の輝きを見ているかのようで実に美しい景色だった。アラとパシャルは鉱石でできた花を地面から抜こうとしていたが硬くて抜けず、バッナスホートは自慢の名剣ヴォラオスを鞘から抜いて鉱石でできた花の茎を切り落とそうとしたが、名刀は透明な鉱石に当たった途端に弾かれた。流石、名刀といわれるだけ刃こぼれはしなかったが、バッナスホートは不満げに唇を噛んだ。

 皆が星空や鉱石に夢中になっていると、背後から声が聞こえてきた。皆が振り返ると、星空と同じ模様のローブのような裾の長い服を着た三十代ほどの男が二人こちらへ駆けてくるのが見えた。まだ若いというのに白い髪を短く刈り込み、眉も瞳も白い。二人の男たちはとても怒っているようで、こちらに向かって叫んだ。

「罰当たりめ!お前たち、どこから入ってきた」

 男たちは走りながら両手を合わせた。そして、片方の男は合わせた掌から炎を、もう片方の男は氷をだしたかと思うと、それぞれ氷と炎は棒に形をかえ、男たちが両手を離すほどに棒は両端が地面へと曲がった弓の形となって浮いていた。それを見たカーンとアラは咄嗟に背中の大剣を抜いた。二人の男たちが武器を作っているのだと気づいたからだ。

 出来上がった弓を二人の男たちが撫でると、炎の弓と氷の弓に細い銀色の弦が張られた。

 パシャルとルーネベリはただ驚き、バッナスホートは静かに腕を組んでいた。シュミレットに至っては興味深そうに男たちが次に掌から溢れ出る炎や氷から立派な弓矢をつくりだすのを見ていた。

 二人の男たちは矢をつがえてルーネベリたちの手前五メートルほどまで近づくと立ち止まった。薄く青みがかった美しい凍てついた鏃と激しく燃える赤い炎の鏃はルーネベリたちのうち二人に狙いを定めていた。七人の中で最も強いと思われるバッナスホートと、なぜかただの学者であるルーネベリだった。

 アラとカーンが大剣を構え、白髪の男たちは力一杯に弓を反らせて矢を放とうとしていた。その刹那、地響きのような声が脳内に走った。

《我が招いた者たちに何をしている》

 ドンッと落雷のような音が鳴ったかと思うと、白髪の二人の男たちの弓が砕け散った。アラとカーン、パシャルは唖然とした。ルーネベリが周囲を見回したが、人の姿はなかった。一体、どこから声が聞こえてきたのだろうかと思っていると、白髪の二人の男たちは震えながらその場に平伏した。

「お許しを。……この者たちが謁見を許されているとは存じませんでした。謁見を許されているのであれば、衣を着替えるのが習わしです」

 白髪の男たちの声に応えるように、再び地響きのような声が脳内に響いた。

《その者たちはそのままでよい。我が神殿へ案内し、我の肉体に会わせよ。傷一つつけてはならぬ》

 ルーネベリは「肉体?」と小さく呟いてしまった。

 白髪の男たちは地面に頭を叩きつけて「必ずや御命令のままに」と些か大袈裟なのではないかというほどに激しく叫んだので、アラとカーンは二人がもう攻撃してくることはないだろうと思い、大剣を背中の鞘に戻した。

 脳内に聞こえていた声はそれから聞こえなくなり、白髪の男たちはようやく立ちあがった。二人の男は額を強くぶつけすぎて血が滲んでいた。

「大丈夫ですか?」とルーネベリが思わず聞くと、先ほど氷の弓をつくった片方の男が冷淡に言った。

「無論。リンはこの程度で死することはない」

「そうですか……。あの、リンというのは、あなたのお名前ですか?」                                               

 そう聞いたルーネベリに対して炎の弓を作った方の男が不審そうな顔をしてひどくぶっきらぼうに言った。

「リンはリンだ」

「これから女神様にお会いできるのですね!」と明るい声で急に話に割って入ってきたのはクワンだった。クワンは目を煌めかせて両手を握りしめていた。白髪の二人の男はとても嫌な顔をしたが、その心の内を隠すように白髪の男二人は同時に頷いた。

「女神様の御命令だ。なにがあってもお連れする」

「何があってもというのは……何かあるんですか?」と不安になったルーネベリが聞くと、冷淡に話す男が言った。

「リンはとても誇り高い。御命令を受けていないリンは女神様に謁見しようとする者を阻もうとしてくるだろう」

「阻むって、どうしてですか?」

「リンは女神様を深く愛している。深い愛ゆえに嫉妬心も深い」

「嫉妬心ですか……」

 少し呆れる理由だったが、もしかしたらこの二人もクワンに対して嫉妬心を抱いているのかもしれない。いや、クワンだけではなく、七人全員に対してもそうかもしれない。女神様が命令してくれなかったら、どうなっていたことやら。ルーネベリは話を反らそうと、別のことを聞いた。

「もしかして、リンというのはあなたちの総称なんですか?」

「質問が多い」とぶっきらぼうに話す男がめんどくさそうに言ったが、もう片方の男はルーネベリの問いに答えてくれた。

「リンは女神様の親衛隊。一人一人の名前は生涯持たない」

「でしたら、どうやって呼びかけたらいいんですか?」

「呼びかけるな。慣れ合うことはない」

 やはりひどく冷たい言い方だったが、女神様の命令がなかったら冷たかったどころではすまなかっただろう。殺されていたかもしれない。

 二人の白髪の男たちは女神のいる神殿へ連れて行ってくれると言ったので、透明な鉱石の道をずっと歩いていくことになった。

 白髪の男たちが先頭を歩き、後ろを七人がついて歩くだけだ。

 鉱石の花が道の両側に植えられているだけの舗装された道は歩くほどに味気なくなってくる。この世界に到着した当初は期待で一杯だったが、植物や動物など生き物の気配がない寂しい鉱石でできた世界はだんだんつまらなくなってきていた。ほんの数分で飽きてしまったのだ。代り映えしない景色を見ながら無言で歩く皆はぼんやりとしていた。

 しばし歩いていると、穏やかな方のリンがぱっと振り返って口を開いた。

「どうやってここへ入ってきた?」

「入口からですが……」と、ルーネベリが言った。

「何を言う?ここには入口はない」

「えっ、いや、入口はありましたよ。なんて言えばいいのか……」

「抜け道があるのか?ここは神聖な神の庭。神の庭に相応しくない下々の輩の侵入を許すことはできぬ。入口のある場所を教えろ」

 余所者に対する敵対心剥きだしの顔でリンがルーネベリを睨んだ。神経質までにも入口があることが許せないようだった。ルーネベリがどう答えていいのか途方に暮れていると、ずっと黙っていたシュミレットが代わりに言った。

「下々の輩ね。君たちは女神様から何を聞いていたのかな。僕らは女神様に招かれたのだよ。僕らが君らリンと対等かそれに近い存在だと思っているのは些か傲慢というものではないだろうか」

 リンの二人ははじめ小柄な子供が大人に歯向かっているのだと思ったのだが、シュミレットが顔をあげると、フードの奥に隠れていた金色の瞳がわずかに見え、二人は心臓が抉られたのかと思ったほど驚愕した。リンたちが生まれてこの方、見たことがないほど美しく神々しい瞳だった。シュミレットの言った言葉が頭の中で何度も木霊し、それらの意味を考えると、とても恐ろしくなって頭を伏せた。

「お許しを」

 シュミレットはわざと不機嫌そうな顔をして言った。

「君たちの無作法には非常に驚かされる。そうとは思わないかな、ルーネベリ?」

「えっ、あぁ、まぁ、そうですね。俺たちは招かれた側ですし。歓迎されていないなら、帰った方がよさそうですね」

 ルーネベリがシュミレットの意図に乗り強気になってそう言うと、白髪の男たちは妙に慌てふためいて、地面に平伏した。

「お許しを。お許しを。リンは女神様以外の神が存在することを存じませんでした。無知なリンを何卒お許しください」

 パシャルが「神?」と首を傾げたが、カーンが後ろから羽交い絞めにし、アラはパシャルが暴れないように胴体を抑え、バッナスホートがパシャルの口を封じて黙らせた。今、下手ことを言われたくなかったのだ。

 シュミレットはゴホンと咳払いして言った。

「立ちなさい」

 白髪の二人はさっと立ちあがった。ぶっきらぼうだったリンでさえ顔面蒼白でシュミレットの命令じみた言葉を素直に聞いていた。

「ここはなんという世界なのか教えてくれないかな。僕らは女神様に呼ばれただけでなんの知識もないのだよ」

「この世界はレソフィラと申します。ここの層は神の庭です」

「なるほど、それで、層というからには他にも何かあるのかな?」

「ございます。レソフィラは神の庭、高の庭、平の庭、下の庭の四層となり。層は身分を表すものです」

「なるほどね、身分こそがすべての世界なのだね。心得たよ」

 一体、何を心得たというのかシュミレットはクスリと意味深な笑みを浮かべていた。ルーネベリはとても不安になった。










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