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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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二十八章



 第二十八章 扉の先





「ーーガウル王は私と同じ年のころ、同じ王だった美しい隣地の女王を愛してしまいました。けれど、賢人との取り決めで王同士は婚姻してはならず、女王との愛を諦めて、ガウル王は貴族の女性と婚姻することになりました。ガウル王の婚姻の日、セロトの国の王たちを招いた盛大な婚姻の儀が取り行われました。ガウルに嫉妬していた隣地の王は、貴族からガウル王の叶わなかった愛の話を聞き、皆の前で面白おかしくガウル王が愛した女王をひどく辱めました。婚姻の翌日に女王は自害し、この世を去りました。激怒したガウル王と女王の友の王たちが隣地の王を民に殺せと命令しました。隣地の王も友の王たちとともにガウルを殺せと命令しました。戦いのはじまりでした」

 悲しげだが、可愛らしく涙を流すメウルに見惚れながらダンは言った。

「私の知っている話とは違うな」

 メウルは突然、大きく目を見開いて大きな声で「それはそうでしょう!」と言ったので、皆はたじろいだ。

 シュミレットが言った。

「どういうことなのかな?」

「このコーウェルは隣地の王の住処でした。あなたたちは隣地の王に仕えていた貴族の末裔なのです」

「なんだって!」とルーネベリは思わず叫んでいた。

 アワードがやるせない顔をしてメウルに後ろから近づき、そっと手を伸ばしてメウルの手を握り、肩に手を置いた。メウルは灰色の布で涙を拭き、鼻を啜りながら肩に置かれたアワードの手に手を重ねて微笑んだ。親しげなその様子から二人が恋人同士だとわかった途端、権力者たちの息子マーク、ダン、ビオは舌打ちをしていた。新たに見つかった可憐な女王に取り入るつもりだったのかもしれない……。

 メウルは言った。

「コーウェルは隣地の王の住処。トォノマはガウル王の住処でした。戦乱の中、王が民に誤った命を下したため、王が命を狙われることとなりました。ガウル王を祖に持つ私たち一族は民の目を欺くために敵であるはずのコーウェルの地に逃れてきました。他の王たちがどうなったのかは知りません」

「なるほどね、セロトの王たちはそうしていなくなったのだね……」

と、シュミレットはその後に何か言おうと思っていたのだが、エンヤが建物から白銀の兜を一つ、剣を二本持って出てきたのが見えたので、そろそろなのかと思い別の話をすることにした。

「ーーメウル、僕は君に渡さなければならないものがあるのだよ」

 シュミレットはマントの下に隠した鞄からリウから預かった片眼鏡の縁を取りだし、メウルに見せた。鈍く輝く銀縁を見たメウルとアワードは顔を顔を見合わせて首を傾げた。

 メウルは言った。

「これは……?」

「王に返してほしいと頼まれたのだよ。君のものだよ」

「……そんな、私は王とは名ばかりです。受け取れません」

「そう言われても、僕が困るだけだよ。元の持ち主も困る。どうだろう、これで結婚指輪を作ってはどうかな?旧生成術を使えば、形などどうとでも変えることができるだろうからね」

「メウル」と少し声を高くして呼んだのはアワードだった。アワードを振り返ったメウルにアワードはゆっくりと頷いた。銀縁を受け取るべきだと言っているのだろう。歪んだ眼鏡をかけ薄ら笑うアワードはなんとも頼りがなく見えたが、この人とならばメウルはこの先、王として生きていける気がしていた。アワードがメウルを選んだのではない。メウルがコーウェルの砦の地下の書庫で地味な仕事にもこつこつと励むアワードを見つけ、選んだのだ。

 メウルはシュミレットの方を向いて、銀縁を受け取ると、とびっきりの笑顔で言った。

「ありがとう。薄くのばして指輪を二つ作ります」

「二つも作れば細い指輪になってしまうね」

「いいんです。私とアワードは糸のように頼りなくても、絆を一生大切にします。壊れても、何度も元に戻せます。私たちには未来があるから」

「実にいい笑顔だね」とクスリ笑うシュミレット。

「えぇ、そうですね」と言ったのは笑顔のルーネベリだった。

 心が和んだせいかいつの間にか皆が笑っていた。メウルとアワードは微笑み合い、パシャルは「結婚するのかぁ、めでたいなぁ!」と豪快に笑った。カーンは口元だけ綻ばせ、アラはにこにことしていた。ゲルグも嬉しそうに笑い。傲慢なバッナスホートも、王位を逃したマーク、ダン、ビオさえも苦笑っていた。

セロトの戦いは間もなく終わるのだ。第三の王メウルに辿り着くまで、これまで様々なことがあったが、笑顔で終われるのは爽快だった。そして、戦いが終わりを迎えるということは、ルーネベリたちもこの世界を去る時でもあるのだろう。

 エンヤが皆の前に到着すると、白銀の兜を一つと剣を二本地面に放り投げた。それから、エンヤは腰にぶら下げた剣を抜いた。

 シュミレットは兜を見つめて、クスリと笑った。

「そういえばね、賢人と話したとき、ゲルグに兜をかぶせてコーウェルに導くと言っていたのだよ。僕はてっきり、ゲルグに兜をかぶせてコーウェルの砦に向かうのだと思い込んでいたのだけれど。実際にはそうはならなかった。賢人の言った兜というのは、もしかしたら王の冠のことだったのかもしれないね」

「王の冠?」とルーネベリ。

「ゲルグはただの捕虜だったけれど、僕らが彼が王なのだと教えたことで彼は真の王となった。ここからは僕の勝手な想像だけれどね。ゲルグはもともとコーウェルの地にいた。身分は知らなかったようだけれど、彼は隣地の王の末裔だったのかもしれない。そして、隣地の王の侮辱された女王の末裔がエンヤだったとしたら、ゲルグを捕虜としていたぶっていたのは、時を超えた復讐だったとすれば面白いことになるね」

「えぇ!まさか、先生、そんなこと」

 クスリとシュミレットは笑った。

「僕の勝手な想像だよ。真実は誰にもわからない」

「まぁ、そうですが……。もしそんなことがあったらぞっとしますよ」

「雑談はここまでにして。ゲルグに兜と剣を渡してあげてくれるかな?」

 ルーネベリは呆れたように首を横に振って、地面に転がっている兜と剣を手に取ってゲルグに手渡した。

 ゲルグは兜を抱え、筋肉の衰えた腕でなんとか剣も抱えて言った。

「これをどうするのですか?」

 ルーネベリは言った。

「兜をかぶってください。それから、三人の王には剣を持ってもらうんです」

「私たちにここで戦えと?」

「いえいえ、戦争を止めるには三人が剣を交わえなければならないそうです。まぁ、要するに三人が同時に剣をぶつけるだけでいいそうですよ」

 ゲルグは「本当にそんなことをしなければならないのか」と心配そうな顔をしたので、シュミレットが言った。

「君たち王の身体は特別なのだよ。王同士の婚姻が許されなかったのは王の身体の秘密に纏わることなのだよ」

「秘密?」

「君たちが知るべきなのかはわからない。僕には聞かない方がいい。だけれど、確実に言えることは、三人の王が剣を交えた時、戦いが終わり。セロトの国に平和が訪れるということだけだよ。ゲルグ、君は兜をかぶり、剣を握るんだ。メウルは銀縁を握りながら剣を持てばいいのだよ。後はエンヤがやってくれるだろうね」

 白銀の鎧を纏うエンヤの方をメウルは向いてから、決心した面持ちで片眼鏡を右の掌に置いて言った。

「わかりました。私、やります。それで戦いが終わるのなら、私は何でもします。この国の一人の王としてーー」

 メウルはアワードに頷きかけてからそっとアワードから離れて地面に横たわる剣の柄を握った。

「重い……」

 どうやらエンヤ持ってきた剣は生成術で作られた燃える剣ではなく、純粋な金属のみで鍛えられた剣のようだ。両手で持ち上げても鍛練を積んでいないメウルの細い腕は剣の重みに耐えながら震え、剣先が揺れるたびに身体ごとぐらついていた。あまり長くは持っていられないだろう。老人ゲルグはシュミレットの話には納得していなかったが、シュミレットの話を信じてやまない少女メウルの言葉に心動かされていた。メウルは良い女王となるだろう。人生の大半が捕虜として過ごしたゲルグ自身は、今更良い王になれる自信はなかったが。かねてからの願いはメウルが言った言葉そのものだった。

「私も戦争を止められるのならば、何でもしましょう。もはや捕虜ではない。私もまた民を導く王だ」

 ゲルグは兜をかぶり、剣を握りしめた。

 最後に白銀の鎧を纏ったままのエンヤが腰の鞘に収めていた剣を握り、メウルとゲルグの二人に近づきて二人の腕を少し上に持ち上げてから二本の剣を交差させるような仕草を見せてから二本を離した。互いに剣を交わせるようにしろと言っているのだろう。

 メウルとゲルグは頷いて剣を握りしめて待機したので、エンヤは二本の剣よりも下の方へ剣を下ろした。

いよいよだろう。皆が息をのみながらその様子を見ていると、誰の合図を待つことなく、メウルとゲルグは剣を交えようと動き、エンヤは剣を振り上げた。三本の剣が同時に交わり、カシャンと高い音を鳴らした。その途端にわっと空気を振動させながら見えない何かが駆け抜けていった。カシャンカシャンカシャンと音を鳴らしてセロトの国中を瞬時に駆け抜けていった。まるで剣が詩のないうたを歌っているかのようだった。

 風が駆け抜けた後、三人の王は剣を交えたまま光に包まれて立っていた。微動さにも動かず、時が止まったかのように固まっていた。周囲にいたはずのアワードやマーク、ダン、ビオの姿も消えており。砦の建物も光の中に消えて見えなくなっていた。

 その場にいたのはシュミレット、ルーネベリ、アラ、カーン、パシャル、バッナスホートと未だ眠りについたままのクワンだけになっていた。七人の心の中に静かな声が響いてきた。

《ーーあなたたちのお陰でセロトの民も船は守られました。もう間もなく、私たちは無事に旅の目的地に到着します。ありがとうございました。感謝の気持ちを込めて、あなたたちのために扉を用意しました》

 三人の王たちが立っている隣に、白い煙まく中に黒い穴が現れた。不安を煽るような先の見えない真っ暗な闇が向こうに見えていた。しかし、声は言った。

《心配ありません。セロトの民は許されていませんが、私たちは開くことを許された存在なのです。この扉を通れば、あなたたちは六人揃って安全に次の世界へ辿り着くことができます。後ろを振り返らず、扉が閉じる前に進んでください》

 六人の身体が勝手に動き出した。眠っているクワンの身体も本人の意志関係なく立ちあがって歩きだした。声も発することもできずに、足だけがあの黒い穴の方へ進み、穴という扉を通り抜けた。皆が扉を通り抜ける瞬間、最後に声が呟いた。

《ーー私たちは口を閉ざした者。伝える者は他に存在します》

 意味深な言葉だったが、誰も振り返りも問いかける暇もなく、暗闇の中へ身体がすっぽり入って声が止んだ。




 ぱっと目が開いた時、七人は靄の中に立っていた。どうしてもこうも視界を奪う霧や煙、靄といったものにたびたび遭遇するのだろうか。ふと互いを見てみると、クワンが目覚めており、驚いたように周囲を見渡していた。

「あれ、ここはどこですか?」

 セロトで眠ってからのの記憶がほとんどないだろうクワンにどう説明しようかとルーネベリは迷ったが、迷っただけで何も言わなかった。それはアラやパシャル、カーンも同じだったようで。クワンの肩や背中にそれぞれが手を置いてぽんぽんと軽く叩いただけだった。色々大変な目にあったが、無事ならそれでいいと皆が思っていたからだった。

 クワンが訝しみ、「何ですか?」と言うと、パシャルは「お前はいいなぁ」と言ったのでクワンは不思議そうに首を傾げた。

 七人で話し合い、とりあえず靄の中を歩くことになった。霧や煙の中に何回かいたので、とにかくどこかに辿り着かなければ行けないということだけはわかっていたからだ。

 皆、疲労感はなかったが。清々しい気分というわけでもなく、クワンがパッナスホートに挨拶した後から会話はなくなっていた。シュミレットも黙り込み、ルーネベリもこれまでの出来事を一人で思い返しながら歩いていた。

 しばらく七人が靄の中を歩いていると、遠くの方に何やら行列が歩いているのが見えてきた。皆、頭から随分と裾の長い白い布を羽織って一列に並んで遠くへ歩いていた。新しい世界の住人だろうかと思い、ルーネベリとパシャルがその行列の方へ近づこうとしたが、行列は近づけば近づくほど遠ざかっていった。そして、ルーネベリはあることに気づいた。

 その行列は奥へ向かって進んでいるはずなので、最後尾を行く者の姿が見えるはずなのだが。行列がいくら進もうとも、どこからともなく次から次へと姿が現れて最後尾は見えず、永遠と列をなしているのだ。

パシャルとルーネベリは顔を見合わせて傾げた。

 白い布を羽織った者たちをじっと見ていると、皆、一様に黒い水晶のような玉を抱えているようだった。いや、抱えている手はあるのだろうか……と、ルーネベリは不審に思った。布を羽織った者たちの足元は布で隠れて全く見えなかった。顔も白い布の暗がりでまったく見えず。なんとも不気味だった。

《あいつらのことは気にするな。ああいう存在なんだ》と、聞いてもいないのに誰かが答えた。

 ルーネベリとパシャルが顔をあげると、二人の身長よりも少し高い位置に、宙に座っている剣士のような装いをした人物がこちらを見下ろしていた。

「お前、誰だぁ?」

 パシャルがそう聞くと、腰にぶら下げた剣に手を添えて、座っていた宙から身軽に飛び降りてきた。それにはルーネベリもパシャルもたじろいだ。

 ぱっと目の前に立ち塞がったその人物はパシャルとルーネベリを順に指さしてた後、手を下ろして言った。

《ルーシェ・エルオセム・プレイエムオット。お前はパシャル、お前はルーネベリと言うのだな。もう会うことはないだろうが、私のことはルーシェと呼ぶがいい。「お前」と呼ばれたくはないからな》

 名乗ってもいないのに名を言い当てられてルーネベリもパシャルも驚いた。

 そのルーシェという者は、鳶色の革の鞘に収まった立派な鋼の剣を腰に携え、すらりとした手足を黒いズボンと紺色のチュニックに収めていた。長いさらさらの黒髪で両耳を覆い、ルーネベリたちよりもましだが、少しつりあがった冷淡な黒い瞳には何もかもが見透かされているようだった。平らな胸元からパシャルはルーシェが男だと思っていた。しかし、ルーネベリは違っていた。

「ルーシェ、あなたは女性ですね?」

 小さな笑い声があがった。ルーシェは小さな笑みを浮かべていた。《あぁ、かつてはそうだったな。私でさえ忘れていたことだ》

風変わりな返答にルーネベリは戸惑った。

「かつて?ーーあ、あなたは一体?」

《私は狩人。あいつらが去るのを待っている》

「あいつら?」

 ルーシェは白い布を羽織った行列を指さした。

《あいつらがいなくなった瞬間、獲物がどこかに現れる。獲物を追いかけるのが狩人の仕事だ》

 ルーネベリは少し考え、言った。

「獲物……。それは獣ですか、人ですか?」

 ルーシェはふわりと笑った。

《どちらでもない。だから、厄介だ。お前たち、先を急ぐのだろう?ここはまだ世界の入口だ。もう少し歩いてみろ。目的地に着ける》

「そうなんですか。でも、その獲物の話も聞きたいんですが……」

《欲張りな奴だな。教えてやりたいが、教えたらお前たちは獲物に食われるぞ》

「えっ?」

《獲物は口がでかい。丸飲みだ。別の話をしてやろう。この先に行くと、女神に祀りあげられた哀れな娘がいる。娘は女神になりたくないと駄々をこねて逃げまわっている。娘を助けてやれ》

 ルーネベリはルーシェの腰にぶら下がった剣を見て言った。

「あなたが助けてあげればいいんじゃないですか?」

《私は助けられないからお前に話している》

「どうしてですか?」

《狩人だからだ。獲物を狩ることしかできない》

 ルーシェはそう言うとあの行列の方を向いた。

《ーーそろそろ消えるな。私の仲間が呼んでいる。もう行く。お前たちは娘を探せ》

「えっ、ちょっと」とルーネベリが言いかけたが、ルーシェは鞘に手を置いて跡形もなく消えてしまった。

 パシャルは驚愕してすぐにルーシェがいた場所に手を伸ばしたが、何も触れないところを見ると透明になったわけではなかったようだ。時術式のようなものを使わず、突然、人が姿を消した。









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