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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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ニ十七章



 第二十七章 王の婚姻





 シュミレットは言った。

「ゲルグがその手掛かりだよ」

「ゲルグさん?」とルーネベリ。当のゲルグは「私――?」と名指されて戸惑っていた。シュミレットは頷いた。

「この砦に来る間、僕は考えていたのだよ。三人目の王に繋がる手がかりをね」

「それがゲルグさんなんですか?」

 ルーネベリが聞くと、シュミレットはパシャルやカーンに床に押さえつけられたままのマークや、ビオとダンを見て言った。

「ゲルグはかつて兵士だった。ゲルグが鎧を纏ったことで、金属を通して賢人たちはゲルグが王だと知った。けれども、三人目の王は金属には未だに触れてはいない。恐らくは、彼らのような権力者たちのように貴金属にも触れていないのだろうね。もちろん、眼鏡の君のようにペンも受け継いではいなと思うのだよ」

 ちらりとルーネベリはアワートを見た。「眼鏡の君」はアワードのことだと思ったからだ。シュミレットはつづけた。

「三人目の王はコーウェルの中で重職には就いていない。また、ゲルグの存在はもう一つの手掛かりを教えてくれていたのだよ。ゲルグはトォノマの砦では捕虜でもあった」

 ルーネベリはようやくシュミレットが言わんとしていることに気づいて息を吸い込んだ。

「あぁ、つまり……」

「三人目の王もまた捕虜である可能性があるのだよ。そして、三人目の王は女性であると僕は考えている」

 シュミレットの考えを聞いてコーウェルの三人の権力者の息子たちは少し驚いた顔をした後、心持ち顔が緩んだように見えた。

 ルーネベリは言った。

「先生、三人目の王が女性というのはともかく、捕虜であるかもしれないというのは俺も同感です。――色々とセロトを見てきてわかったんですが、セロトの国では王や将軍といった指揮官がいなかったので自分たちの与えられた役割だけを果たそうと皆懸命に働いていると聞きましたが。しかし、誰も彼もが従順に、世代が変わっても役割を受け継いでいるというのはおかしな話ですよね。与えられた役割を疑問に思ったり抗ったりするのが人の自由意志ですよね。それらがないとするなら、セロトの民というのはもともと独自の社会的習性があり、彼らはその習性どおりに生きていたことになりますよね。あくまでも仮説ですが、王は役割を与え、民を導びきながら生きる。民は民で、王に与えられた役割のみを果して生きる。そう考えると、すべての辻褄が合うんです」

「僕の話から少し反れている気もするけれど、どうぞ、つづけてくれるかな?」とシュミレット。ルーネベリは言った。

「はい。トォノマの砦では、王であるエンヤが知らずしらずのうちにコーウェル出身の捕虜たちに『賢人の怒り』を起動させるための独自の役割を与えて働かせていました。捕虜たちは王の指揮下にいたので働かざるおえません。ところが、コーウェル出身の捕虜の中にはゲルグさんもいました。二人目の王です。二人目の王も知らずしらずのうちに『賢人の怒り』を復活させることを阻止しようと、捕虜たちに働きかけました。ゲルグさんが別の役割を与えていたことになるわけです。二人の王という指揮官たちが相反する役割を与えていたので、起動も阻止もどちらもできなかったんです。こういったことから、王はセロトの民になんらかの役割を与えることができるんじゃないかと俺は思うんです」

「なるほどね。賢人はそこまでは話していなかったけれど、もしかしたら君の言う通りかもしれないね」

「セロトでは王以外の人間は決められた役割という『流れ』に沿って生きていますが、王はその流れの中にはいなかったんです。今まで皆と同じだと思い込んでいたにすぎないってことですね」

「ゲルグのように王自身が王だと気づいていないのかもしれないね」

「そうかもしれません。仮に王が捕虜だと考えると、なにもかも合点がいくんです。砦の中で一番身分が低いのは捕虜です。三人目の王がコーウェルの人間に逆らえないと思い込んでいるとすると、同じ捕虜たちの中に紛れて働き、息を潜めているんじゃないかと。すべて仮説に過ぎませんが……」

 ルーネベリの話を聞きながらダン、ビオが密かに目を合わせた。アワードは俯いて震える手元を見ていた。バッナスホートは言った。

「第三の王が女だという理由を教えてもらいたい」

 シュミレットはクスリと笑った。

「単なる偶然のことなのだけれどね、僕たちがコーウェルの砦へやって来る前、トォノマの砦で鎧靴と膝当てを助手に集めに行ってもらったのだよ。僕の助手は袋に入れて運んできてくれたのだけれどね、それを見て僕は思ったのだよ。三人目の王が男であれば、平民であろうと捕虜であろうと食料などと一緒に鎧や鎧の材料である金属も運んだことがあったのではないかとね」

「運ぶ?」と、バッナスホート。シュミレットは言った。

「賢人は王が金属に触れただけで、その人間が王かどうかがわかるのだよ。トォノマの砦では力仕事は男の仕事だったのでね、コーウェルの砦でも重いものを運ぶなどの力仕事は男の仕事で、女性はしていないのではないかな」

「じょ、女性は木製の小さな荷車で食料と衣類しか運びません……」と消え入りそうな声で答えたのはなんと権力者の息子たちではなく、アワードだった。シュミレットは言った。

「やはりね。第三の王は捕虜の女性である確信がますます深まったよ。彼女は僕らの近くにいるはずだよ。この砦の、僕らが通ってきた廊下のどこかにね――」

 なんとなく言い放ったシュミレットの言葉をアワードは聞いてから、額からつぅっと汗を流しはじめた。

「どうかしたんですか。体調でも?」

 ルーネベリがそう聞くと、アワードは手の甲で汗を拭き、ぶるぶると震えてふぅと苦しそうに息を吐いたかと思うと、ぱっと身を捻りアワードは慌てて広間を走り出て行った。見た目より身のこなしが素早いようで、誰もアワードを引きとめている暇もなかった。

「……なんだろう?」とルーネベリが暢気にそう思っていると、パシャルがマークから手を離してすっと立ちあがった。

「俺はわかったぉ!」

 パシャルはそう叫ぶと広間を走って出て行った。

 なんのことかさっぱりわからないルーネベリがシュミレットを見ると、シュミレットは軽く首を傾げた後に言った。

「カーン、アラ、そして――君、バッナスホートくん。急いでアワードを追いかけるんだ」

「えっ?」とルーネベリが言っている間に、アラとカーン、剣を手に握ったバッナスホートまでもが広間を大急ぎで出て行った。

 皆が広間を出て行くのを見送ると、シュミレットはルーネベリに眠ったままのクワンを運びなさいと言ったので、ゲルグに手を借りてクワンを背負いながらルーネベリは言った。

「先生、アワードを追いかけてどうするんですか?」

マークが首を擦りながら床からぞろぞろと立ちあがった。シュミレットは言った。

「アワードは第三の王が誰なのかを知っているのかもしれない」

「えぇ?」

「彼は僕らの話を聞いて、第三の王の元へ行ったのではないかな。そんな気がするのだよ」

「気がするって、あなたね……」

 シュミレットはクスリと笑った。

「僕らの予想は見事に外れたね。第三の王は自らが王だと知っているようだよ」

「えっ、どういうことですか?」

「君の仮説どおりなら、アワードは第三の王からなんらかの役割を与えられていたのかもしれないね。第三の王が危険だと認識したようだよ。パシャルもアワードが第三の王の元へ行ったのだと考えたのかもしれない。どちらにしても、アワードのことはアラたちに任せよう」

「わかりました……。でも、第三の王は自らが王だと知っているのに捕虜として生きていたってことになりますよね」

「なにか理由があってのことだろうね。詳しいことは本人に聞くとしようかな。アワードが第三の王を連れて逃げるならきっと砦を出ようとするだろうね。さもなければ、隠そうとするのか……。どちらにしても、僕らもここから移動しよう」

 ルーネベリはなんとなく腑に落ちないまま頷いた。 




 アワードを追いかけて広間を出たはずのパシャルは、廊下を曲がったところでさっそく放射線状に伸びた五つの廊下に悩まされていた。建物の入り口から奥にむかって放射線状に廊下がわかれていたのは覚えていたが、廊下の奥から出口の方向へ進むと、なんとまた廊下が放射線状に五つにわかれていたのだ。

アワードがどの廊下を通ったのかさっぱりわからず、パシャルは適当に選んだ廊下を進むと、また廊下が放射線状に五つわかれていて、さらに廊下には左右に通じる廊下もあり、進めば進むほどパシャル自身がどこにいるのか全くわからなくなっていた。まさに迷路だ。

 息があがり、少し廊下の壁際にもたれると、放射線状に伸びた左から二番目の廊下を、眼鏡をかけた小柄な男とその男と手を繋いで走る灰色の布を頭に巻いた少女が横切った。一瞬、横顔しか見えなかったが片方はアワードだとはっきりとわかった。もう一人は言わなくてもわかる。広間へ行く途中で見かけた老婆に怒鳴られながら床を磨いていた少女たちのうちの誰かだろう。パシャルはルーネベリに止められなければ、老婆に食ってかかるつもりだったのでよく覚えていた。シュミレットとルーネベリの話は難しくてよくわからなかったが、もしも、老婆がわざと怒鳴るという嫌な役目を演じさせられていたのなら、皆、老婆の方に目が行き、奴隷のように働かされている少女たちの中に紛れた王など探しはしない。用心棒をしているパシャルにとって、雇い主を守るための偽装はよく知った手だった。だから、アワードが広間から走り去った時に、すぐにピンときたのだ。アワードは用心棒のように第三の王を守ろうとしていると――。

 パシャルは急いで二人を追いかけようとすると、二人が通ってきた道からカーンが走ってきて出会い頭にぶつかった。床に倒れはしなかったが、カーンとパシャルは顔を見合わせていると、アワードと少女が走って行った廊下の先からアラが「こっちに来い!」と叫んでいるのが聞こえた。パシャルとカーンはすぐにアラの声が聞こえた方へと走った。

 アワードと少女は長身の赤い髪の女性アラが真正面から走ってくるのがみえると、右折して、また五つに伸びた廊下の一番右も道を走った。建物の道順を知り尽くしているアワードはどうにか追っ手を撒いて出口へとでようとしていた。しかしながら、普段、地下で過ごしてろくに運動もしてこなかったアワードにはこの長距離走は辛いもので、喉が焼けるほどに息を荒げていた。アワードに手を掴まれて走っていた少女もまた、アワードについて走るのが精一杯だった。

 後ろを振り返ると、すぐ近くまでアラやカーン、クワンといった強靭な肉体と体力を持つ追っ手が迫っていた。適うはずのない体力差だったが、アワードはどうにかして少女を逃がそうと建物の出口へとひたすら走った。

 廊下の奥に出口の扉が見えてきた頃、アワードが苦し紛れに少女の方向いて安心させようと微笑んだとき、どこからか伸びてきた太い腕に頭を壁に押し付けられた。アワードの細い身体が宙に浮いて、強い力で眼鏡のフレームが歪んで床にずれ落ちた。

「アワード!」

 太い腕の持ち主はバッナスホートだった。冷酷な赤い瞳にじろりと見下ろされて、少女は悲鳴をあげた。アラの声を遠くに聞いたバッナスホートは、駆けているアワードと少女の二人の足音を聞きながら出口近くの部屋の入口まで先回りしていたのだ。あの迷路のような廊下を聴力だけで迷わすに進んできたのだ、なんという男だろうか。

 少女が後退ると、ようやく到着したアラとパシャルとカーンという三人の巨体に後ろを塞がれて、また少女が悲鳴をあげた。その悲鳴ときたら、恐ろしくてたまらないといった震えるような悲鳴だった。パシャルはあまりにも少女が可哀そうに見えたので、何か声をかけようとすると、建物の入り口の方からルーネベリがぬっと顔を出して言った。

「何をしているんだ?あっ、見つかったんだな。よかった。早く外に出てきてくれ。先生が待っているんだ」

 ルーネベリは口元を抑えて涙を流していた少女を見て、バッナスホートの無残にも頭を壁に押さえつけらえているアワードを見て顔を顰めた。

「バッナスホートさん、暴力はいけませんよ。あなたも今すぐにアワードを離して、外に出てください。話があるんです」

「……わかった」

 バッナスホートはイラっとした顔を見せたが、ぱっとアワードを抑えつけた手を解放してやった。床に崩れ落ちたアワードに少女が駆け寄って「アワード、大丈夫?」と優しく囁いた。アワードはびくびくしながらも頷いて、床に落ちた歪んだ眼鏡を手で探し、なんとか掴んで耳にかけたが、右側の片方のレンズが落ちてしまった。


 アワードと少女を含めたアラ、カーン、パシャル、バッナスホートの六人が建物を出ると。ルーネベリとシュミレット、ゲルグ、そして、権力者の息子たち、ビオ、マーク、ダンまでもが待ち構えていた。

灰色の布を頭に巻いた茶色い瞳の少女は涙を手で拭いて、片方のレンズのない歪んだ眼鏡をかけたふらふらと歩くアワードに付き添いながら肝の座った顔つきでルーネベリたちの方を見ていた。

「どうやって外に出たんだぁ?」とパシャル。シュミレットは言った。

「コーウェルの三人組に出口まで案内してもらったのだよ。――ところで、君は自らが王だと知っているね?」

 シュミレットの問いかけに、少女はこっくりと頷いた。アワードからそっと離れ、覚悟を決めたような意志の強そうな若い娘の声は言った。

「アワードは私とは無関係だから、彼の命は助けてください。お願いします」

「何の話かな?」

 シュミレットは首を傾げた。

「私を殺しに来たのはわかっています。アワードは私を助けようとしてくれただけ。殺すのなら私だけを」

「あぁ、なるほどね。君がコーウェルの砦の捕虜たちに紛れて生きていたのは、殺されると思っていたからなのだね」

 少女は首を横に振った。

「王は民に殺されれる。何代にも渡ってそう教えられてきました。私たちは殺されたくなくて、ずっと隠れてひっそりと生きてきました……。見つかってしまったのなら、もう諦めます。アワードだけは助けてください」

 今まで沢山辛い目に遭ってきたのだろう、辛そうに目を伏せた少女にシュミレットは笑わなかった。手を組んで、ため息をついて言葉を選びながら言った。シュミレットなりの優しさだ。

「君は何という名前かな?」

「殺す人間の名前を聞く必要なんてあるんですか?」

「僕が知りたいのだよ。名前は?」

「……メウルです」

「メウル、心配しなくても君を殺しはしないよ」

「えっ」とメウルは驚いて顔をあげた。シュミレットは言った。

「僕らはセロトの民ではないのだよ。君に王の役割を果たしてもらいたくてね、君を探していただけなのだよ。第三の王をね?」

「第三の王……?」

「王はセロトの国にあと二人にいてね。彼がその一人」

 シュミレットはゲルグの方を向いた。ゲルグは顔をあげた少女に向かって軽く微笑み挨拶した。メウルは言った。

「あの人も王ですか?」

「そう、彼も君と同じ王なのだよ。もう一人は何処かへ行ってしまったけれど、すぐに戻ってくると僕は思っている。彼女も役割をわかっているはずだからね。彼女が戻ってくるまで、君の話を聞かせてもらいたいのだよ。君は重要な部分を知っているのだと思うのだよ。セロトの国に二百十五人もいたはずの王がいなくなった理由をね」

 メウルはアワードの方を向いてしばし黙り込んだが――、頭に巻いた灰色の布をとって胸元で握りしめた。

「私が母から聞いたのは昔の王の婚姻の話です。婚姻の話がなかったら、王は民に殺されずにすみました。戦いも起きませんでした」

「王の婚姻?」

「聞いた話なので、本当のことなのかはわからないです」

「それでも構わないよ。話してくれないかな」

 シュミレットがそう言うと、静かにメウルは頷いた。

「ある王の名はガウル、彼は……私の祖先です」

 権力者たちの息子マーク、ダン、ビオの三人は顔を見合わせてざわざわと騒いだ。シュミレットは言った。

「どうやら、君たちはガウルのことを知っているようだね」

 口の周りにほくろのある男は司祭長の息子ダンが言った。

「えぇ、父から聞いています。ガウルは悪の化身、悪の頂点!『賢人の怒り』を使って民を惑わした最初の王だ!」

 メウルはぽろりと涙をこぼした。ダンは言った傍から狼狽えた。









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