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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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二十六章



 第二十六章 第三の王





 遡ること十分前、コーウェルの砦内にある中庭に入ったルーネベリ、シュミレット、パシャル、そして、ゲルグとエンヤの五人はコーウェル兵の案内で目の前に見える古びた白い質素な建物へと向かって歩いていた。窓のある五階建ての屋敷ともとれるその建物と、花壇のように白い石の囲いの中に僅かな緑を植えられた中庭には人の気配はなく。トォノマの砦で見た大きな銅色の歯車をせっせと動かしていた男たちが懐かしいほど、コーウェルの砦内は静かだった。

 コーウェル兵は白い建物の前に辿り着くと、五人の方へ振り返った。

「お客さん方、この中は見た目以上に広い。加えて、部屋の数も途方もなく多い。何か聞こえてきても、余所見せずに俺の背中を追いかけてきてくれ」

「えっ?」とルーネベリが驚く暇もなく、コーウェル兵は建物の白い扉を開けた。すると、兵士が言った通りの景色が目の前に飛び込んできた。――なんと説明すればいいだろうか。目の前に廊下が五つ放射線状に奥へと伸びていた。壁と壁の仕切りは厚さ数ミリ程度、すべての廊下が入口と繋がっているようだった。生成術とやらだろう。

 呆気にとられたルーネベリとパシャル。ゲルグだけは「変わっていないな……」と小さく呟いていた。

 コーウェル兵は真ん中の廊下へ進んだ。なので、五人も後につづいて真ん中の廊下を進むと、なんと、左右にあるはずの壁がなくなっており、右側、左側それぞれに広間が見えていた。おまけに、それぞれの広間で灰色の布を頭に巻いた若い女性たちが這いつくばって一生懸命に床を磨いていた。彼女たちのおかげで床が輝くほど綺麗になっていたが、杖をついた意地の悪そうな顔の老婆がバケツの水を床に撒いて彼女たちに向かって「まだ汚れている」と怒鳴っていた。

 パシャルが短剣の鞘に手を置き顔を顰めたが、コーウェル兵が廊下の奥へとどんどん進んでいくので、ルーネベリがパシャルの肩を掴んで無理やり連れて行くしかなかった。内心、パシャルと同じ気持ちだった。シュミレットやゲルグも不快そうな顔をしていた。

 兵士について廊下の奥へ奥へと進んでいくと、なにやら三人の身なりのいい男が廊下で思い悩んだ風にうろうろとしていた。そして、廊下の隅の方で眼鏡をかけた小柄な男が丸まって指を噛んでいた。

コーウェル兵は四人の男に近づくと立ち止まり、片足で強く床を鳴らした。四人の男たちがこちらを向いたので、兵士は言った。

「閣下、客人をお連れ致しました。広間に行きたいそうです」

三人の身なりのいい男はじろじろとこちらを見ていたが、小柄な男はぶるっと震えてみせただけだった。立っている三人の中で元も背の高い男が言った。

「赤髪の男二人と、子供は広間に通せ。バッナスホート殿の知人だろう。しかし、後の二人は……」

ルーネベリが一歩前に出て言った。

「すみません、五人で広間に来るように言われたんです。必ず、五人でと」

 でたらめな事を言ったのだが、背の高い男はあっさりと頷いた。

「……そうか、ならば、仕方がない。通るがいい」

「ありがとうございます」と、ルーネベリは軽く会釈して四人の間を横切ろうとした。その束の間、パシャルが歩きながら俯いて小さな声で「バッナスホートだとぉ!」と言ったのをシュミレットが聞き逃さなかった。

 兵士が後から追いかけてきて、廊下の先を右に曲がったところで大きな白銀の扉の前へと五人を連れて行った。兵士の話では、ここはコーウェル王の玉座のある由緒ある広間で、扉を開けてすぐの部屋の奥にある扉のない入口からのみ入れるというのだ。一介の兵士は広間までは入れないと言うのでルーネベリが丁重に御礼を言い、兵士はにこやかに去って行った。

 大きな白銀の扉をルーネベリが開けようとしたところ、パシャルがルーネベリの腕を掴んだ。

「なんだ?」と聞くと、パシャルは眉を顰めて言った。

「この部屋の先にはなぁ、バッナスホートがいる」

「バッナスホート?」

「アラの宿敵、剛の世界の武道の覇者だぁ」

「あぁ!どこかで聞いたような気がしていたんだ。でも、それがどうしたんだ?」

「あいつは信じちゃならねぇよぉ」

「――えっ?」

 シュミレットが二人にだけ聞こえるように言った。

「君たち、話なら後で。ルーネベリ、広間の様子を見てきてくれないかな?僕たちはここにいるのでね。はやく」

「は、はい?わかりました」とルーネベリは、白銀の扉を開けてなかへ入っていった。

 パシャルが何か言いたげに唇を噛んだのを見て、シュミレットが言った。

「その話、僕に聞かせてくれるかな――?」


 ルーネベリが忍び足で部屋に入り、部屋の奥に見える広間の入口からこっそりと中の様子を見ると、奥にある玉座の手前でアラとカーンが床で眠るクワンの傍に付き添っているのが見えた。左側の壁際にはがたいのいい男が剣を床に置いて黙り込んでいた。あの男はパシャルがつい先ほど言ったバッナスホートという男なのだろう。容姿を見た限りでは、これまで出会った剛の世界出身の男の中でもっとも凛々しく見えた。

 ルーネベリはこっそりと引き返して、扉の前に着くと、パシャルがなにやらシュミレットに話をしているところで、「利用されなよぉ」と言っていた。

 シュミレットはルーネベリに気づくと、片手をあげてこちらへ歩きながら「なかはどうなっていたかな?」とシュミレットが言ったので、パシャルは次に口にしようと言葉を飲み込んだ。

「えぇ、皆いましたよ」と答えると、五人で玉座のある広間へ向かうため、部屋の中へと移動した。

 ルーネベリはシュミレットの近くへと早歩きして腰を曲げて小さな声で言った。

「先生、パシャルは何て言っていたんですか?」

 シュミレットはクスリと笑った。

「いずれ知ることになるけれど。僕の助手として、もうしばらく知らないでいてくれないかな」

「えぇ?どういうことですか――」

「解答は無数に存在する。僕は知ったうえで考え行動するけれど、君は知らないうえで考え行動する。条件が違う君と僕の答えが交差するとき、新たな答えに導かれる。その答えこそが重要なのだよ」

 正直、シュミレットの言わんとしている言葉の真の意味はわからなかったが、ここにきて隠れていた問題が同時に複数も現れていることだけはルーネベリにもわかっていた。

 天秤の剣への深まる疑問、セロトの世界での第三の王探し、新たに現れた武道の覇者バッナスホートとアラの関係。そして、パシャルがシュミレットに語った重要なのだろう言葉……。どれも複雑に絡み合い、一方の方向から見て考えているだけでは確かに見えない景色がある。一度にすべてを解決することなどできないが、思案する時間が欲しかった。けれど、シュミレットがルーネベリの腰を押して先導するように急かしたので仕方なく、もう一度、入口から広間の方へ顔をだした。

「ルーネベリ!」とアラがこちらに気づいたので、「ここです」とルーネベリは振り返った後、広間の中に入った。




 黒いマントをはためかした小柄な賢者を真っすぐ見つめながらバッナスホートは剣を持ち立ちあがった。

パシャルが賢者を横切り、クワンの元へ駆けて行って騒いでいたが、バッナスホートの目には入っていなかった。

 現れた賢者はどう見ても十四・五歳の顔色の悪い貧弱な子供のようにしか見えないが、七粒の紫色の石のついた片眼の奥にある見慣れない黄金の瞳はなんとも美しく、幼い顔を神秘的に彩っている。「賢者か」と内心、バッナスホートは呟き、表情には全く出さなかったがほくそ笑んでいた。

バッナスホートはすたすたと歩いてシュミレットに近づき、目の前で足をとめると見下ろした。冷酷な眼差しを受けて、シュミレットは「何か――」と言いかけたところ、バッナスホートは賢者の足元に跪いて頭を垂れた。

「俺は剛の世界の武道の覇者バッナスホートと申す。ぜひお手を貸していただきたい」

 シュミレットは跪く男を見下ろした。強者たちの上に君臨する男がこうもあっさりと頭を下げたところを見ると、バッナスホートは誰が賢者なのかを知っているようだとシュミレットは気づいた。知ったうえで、バッナスホート自身を天秤の剣の覇者にさせろと言っているのだ。三百年以上生きている賢者にはそんな浅はかな企みなどお見通しだったが、滑稽に見えてきたのでクスリと笑って見せた。

「立ちなさい。君たちはどこまで知っているのかな。第三の王について――」

 バッナスホートは俯いたまま一瞬にやりと笑い、すぐに無表情に戻って顔をあげて立ちあがった。

 黒い半袖を着たバッナスホートの身長はルーネベリと同じぐらいだろうか。丸太のようにほとんど筋肉だけで形作られた腕や分厚い胸板を見ても、大きな助手を見慣れているシュミレットはまったく物怖じせずに見つめ返してきたので、バッナスホートはこの賢者が鬼才ザーク・シュミレット、その人ではないかと思っていた。

 バッナスホートは剛の世界に生まれて早四十二年、賢者を見るのは生まれてこのかた初めての経験だが、天秤の剣の覇者となるために賢者に纏わる噂だけは剛の世界の覇翔城にいる時術師から話を聞いていた。時術師賢者、能弁クロウィン・ユノウ。奇術師賢者、沈着アフラ・エントロー。魔術師賢者、鬼才ザーク・シュミレット。下っ端の時術師は賢者の容姿までは知らなかったが、クロウィン・ユノウは派手好きで有名らしい。目の前にいる黒いマントを着た賢者の身なりを見るかぎりでは派手なものを好むとは思えない。そうなると、残るはアフラ・エントローか、ザーク・シュミレットになるが。落ち着きを通り過ぎ、笑うなどという余裕にもとれる反応は些か「沈着」にはそぐわない。それに、どうも華奢な賢者を見ていると、手玉にとられているような不快感もわずかにある。――そういった小さな情報の断片と動物的な勘からではあったが、バッナスホートのあてすっぽうは何もかもが当たっていた。恐ろしく的中していたのだ。

 ほんの僅かな時間で正体を特定されてしまったとも知らないシュミレットは、バッナスホートの返事を待っていた。バッナスホートはまた心の内でほくそ笑み、コーウェルの砦で見つけた四人の男について話した。

 四人の男について説明すると、ルーネベリが言った。

「その四人だったら、さっき廊下で会ったんじゃないですか?」

「そうかもしれないね」とシュミレット。バッナスホートは「この男がシュミレットの助手か」と思い、ルーネベリを見ていた。

 シュミレットはルーネベリに言った。

「彼らを連れてきてくれるかな。話を聞かせてもらいたいのだよ。アラ、君たちにも聞きたいのだけれどね」

 クワンの傍にいたアラやカーンの方を向くと、パシャルが無事でよかったと嬉しそうにクワンの手を握っていた。

 

 ルーネベリが廊下にいた四人の男たちを連れて広間に戻ってくると、つい先ほどまでいたはずのエンヤの姿がなくなっていた。広間へ通じる入口は一つなので、広間を出たのならばルーネベリとすれ違っているはずなのだが……。

 ルーネベリが「彼女は?」と聞くと、シュミレットが「そういえば、姿が見えないね」と答えた。すると、ゲルグが言った。

「彼女は広間へ入る前に、引き返してどこかへ行ってしまいました。そのことをお伝えしようと思ったのですが、皆さんお話されていましたので話す暇がなくて」

「えっ、どこに……」とルーネベリ、シュミレットは言った。

「賢人にも考えがあるようだね。彼らに任せよう。それよりも――」

 広間にやってきた四人の男たちを見てシュミレットはアラの方を向いた。しかし、話しだしたのはバッナスホートだった。

「口の周りにほくろのある男は司祭長の息子ダン。この中で最も背の高い男は裁判長の息子マーク。目くっきりした男は大臣の息子ビオ。眼鏡の小男は地下の書庫で働いているアワード。親子三代に渡って鎧を身に着けたことがないという男たちだ」

 アラはすらすらと説明したバッナスホートに驚いた。ビオがむっとした顔でアラの方を見てから言った。

「私たち四人の誰かが、あのお嬢さんの夫となりコーウェルの王となる」

「夫?」

 ルーネベリが首を傾げると、シュミレットがクスリと笑った。

「王になるために婚姻など結ぶ必要はないよ。セロトの王は、生まれながら決まっているのだよ」

「王が決まっている?選ばれるのではないのか。――バッナスホート殿、どういうことだ。話が違うぞ!」

 ビオの問いかけにバッナスホートは何も言わずに口角をあげた。かっとなったマークがバッナスホートに掴みかかろうとしたが、ダンが引きとめて言った。

「我々の中に、王はいないとは言っていない」

「そうだね、君の言う通り。だけれどね……」

 身なりのいい黒いチュニックのような服を着た茶髪の三人の男と、眼鏡をかけたくたびれた服を着た一人の男をシュミレットはじっと見つめた後、こう言った。

「裁判長、大臣、司祭長、これらの役職についている身分の高い親を持つ君たちが金属に触れたことがないというのはおかしいと僕は思うのだよ。セロトの国が戦争中で物資がないとしてもだね、権力者というのは他の者と違いを見せつけるために、身分に似合った物を少なからず一つは身に着けていると考えて然るべきだろうね」

「鎧は身に着けたことはない」とダン。ルーネベリは頷いた。

「いいえ、王は金属に触れたことがない人間。鎧だけが金属じゃない。指輪、腕輪、ネックレス。他にも沢山あります。なんらかの金属に触れたことがあるなら、王ではないということに……」

 ビオが叫んだ。

「指輪、指輪?」

 ルーネベリは言った。

「思い当たる物があるんですか?」

 ビオは服のポケットに手を入れて、ポケットから手を出すと握っていた掌をひろげた。そこには金色に光る指輪が一つあった。

「私の妻となる者に渡すつもりだった指輪だ。王のいた時代、姫君と婚姻した祖先に王から贈られたものだ。これを渡せなければ、私は両親に婚姻したと認めてもらえない。両親に認められない婚姻は一族の恥だ。王と偽ったところで、私は生涯独身も、恥にも耐えられない。諦めよう……」

 ぐっと指を持った手を握り、服のポケットにしまったビオは力が抜けたように肩をおとして床に座り込んだ。白状するならば今だと言わんばかりに、眼鏡をかけたアワードがぶるぶると震わせながらなんとか右手をあげた。

「ぼ、僕は、ひ、ひいお祖父さんから受け継いだ、王様から頂いた貴重な銀のぺ、ペンを持っています。ぼ、僕は王じゃあ、ありません」

「申し出てくれて、ありがとう」とシュミレット。アワードは震えながらも安心したように笑った。

 ビオとアワードが王ではないとわかったが、残りの二人は血の気の引いた顔をしていた。マークは目を泳がせて皆の顔をせわしなく見ながらもぞもぞと両手を握り合わせて、ぱっと走って広間の入口から逃げようとしたのでパシャルとカーンが追いかけ、捕まえて床に叩き倒した。

 大男二人に抑えられて呻いたアワードを見ながら、ダンが落ち着いた様子で袖元を捲りあげた。

「私も王ではない。見苦しい真似をしてまで王にはなりたくない」

 ダンの腕には銀の細い腕輪が嵌められていた。それを見たアワードは大暴れしよともがいたが、パシャルとカーンの押さえつけられる力からはとても逃れられなかった。

「往生際が悪いなぁ」とパシャル。相棒に押さえるのを半分任せて、パシャルはマークの身体を服の上から探りだした。腰や腕を探った後、背中を探し。マークの身体を少し浮かせて、床についていた腹から胸元にかけてトントンと手を押して探っていると、なにか固いものに触れたのを感じたパシャルはマークの服の首元から腕を突っ込んで触れた固いものを掴んで引っ張りだした。そうすると、ビオやダンよりも派手な装飾の施された飾りのついた金のネックレスがでてきた。

 ふぅふぅと荒く息をするマークは「偽物だ」と言ったが、パシャルが飾りを容赦なく噛んだ。

マークは「やめろ!」と怒鳴ったが、パシャルの口から出ていたネックレスは砕けることなく、パシャルの歯削られることもなく、美しいまま原型を留めていた。質のいい金属特有の性質だ。

ルーネベリは言った。

「彼も王ではありませんね。結局、アラたちが見つけた四人は誰も王ではなかったということですよね。第三の王は一体……」

 シュミレットはクスリ笑った。

「君、もっとも重要な手掛かりがここにいるじゃないか」

「えっ?」









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