表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
105/179

二十五章



 第二十五章 コーウェルの砦





 シュミレットはこっくり頷いた。

「そうなるだろうね。まぁ、たいした問題ではないのだけれどね」

 パシャルは手をとめて、ぎょっとした顔をして振り返った。

「たいしたことないだってぇ?そんなこと言ったらいけねぇよ。賢者に会いたい人間は剛の世界には山ほどいるんだぁ」

「えっ、どうして剛の世界の人間が先生に会いたがるんだ?」とルーネベリ。シュミレットはクスリと笑った。

「君たちは剛の世界の先人たちが語り継いできた話を信じ切っているようだね。剛の世界に伝わる話は僕も知っているよ。まぁ、でも、期待はしないことだね。僕は天秤の剣とはなんの関わりもないのだからね。パシャル、君の考えているようにはならないのだよ」

「嘘だぁ!」とパシャルは大声をあげた。

「あの……?」

 話が見えないとルーネベリがシュミレットに言うと、シュミレットは面白そうに言った。

「過去二回、『天秤の剣の覇者』の隣に僕がいたのをたまたま見た者がいたというだけの話だよ」

「えっ、先生が覇者の隣に?」

「僕の存在が覇者になるための『鍵』だと思っているようだけれどね、残念ながら僕が参加しているのは私的な理由なのだよ」

 シュミレットの助手を長年やっているルーネベリは「私的な理由」が何を示すのかよくよくわかっていたので、「あぁ、なるほど」と頷いてしまった。パシャルはルーネベリが頷くのが納得できなかったようで、噛みつくように言った。

「頷くとこじゃないだろうよぉ!」

「あぁ、そうだな。助手としての俺の見解なんだが、先生はただの好奇心で参加しているだけだから、ただ単に先生の傍にいたとしても天秤の剣の覇者にはなれないだろうな」

「偶然、覇者の隣にいたっていうのかぁ?」

「偶然も偶然。過去二回、僕は一人で行動していたのでね。僕の正体を知らない覇者たちは僕を哀れに思って同行していただけのだよ。君もはじめて僕を見たとき子供だと思っていただろう?」

 パシャルはぎくりと肩を揺らして布を裂く作業に戻った。

「僕は『鍵』ではないと断言できるよ。ルーネベリの言う通り、僕の独断で参加したに過ぎない。天秤の剣は実に興味深いのだよ」

 シュミレットは短剣を手に持ちパシャルが布を裂ききるの待っているルーネベリの方を向いて言った。

「君も天秤の剣に関わる不可思議な世界の数々を興味深いと思っていたのではないかな?」

ルーネベリは深く頷いた。

「確かに……。ここまで三つの世界を旅して……いや、旅というのが適切なのかはかわかりませんが。三つの世界は天秤の剣が作りだした空想の世界なのか、実在する世界なのかいまいちはっきりとしていない事が興味深いです」

「君は僕らが共通の『空想』を見ているとでも?」

「いいえ、『空想の世界』と決めつけてしまうのは、あまりにも浅はかだと思います」

「その根拠は何かな?」とシュミレット。ルーネベリは言った。

「根拠はありませんが、実は気になっていたことがあるんです。詳しくはもう少し後で話してもかまいませんか?幾つか確かめたいこともあるんです」

「なるほど、わかったよ。まだ時間はあるからね。君の好きな時でかまわないよ」

「ありがとうございます」

 パシャルは四枚目の布を裂きながらぼやくよう言った。

「よくわかんねぇけどよぉ、俺は納得できねぇなぁ。偶然ってそう何回も起こるものかぁ?」

 シュミレットはルーネベリと顔を見合わせ、首を傾げた。

「――パシャル、もしも、今回も、仮にその偶然が起こるのなら、一体誰が覇者になると君は思っているのだろうね。僕の傍には助手のルーネベリ、アラとカーン、クワン、そして、君がいた。けれど、まだ天秤の剣は閉じられていない。これから出会う人物が覇者になる可能性もある。さて、君はどう思う。僕が傍にいるだけで、君自身が覇者になれるとでも?」

「そ、それはなぁ……」

 パシャルが戸惑う様子を見て、ルーネベリはため息をついた。

「まったく、あなたね……。パシャルで遊ぶのはやめてください。そんなこと誰もわかるわけがないじゃないですか。そもそも、わかったところで、先生は覇者には興味がないでしょう」

「君の言うとり、誰が覇者になろと僕は興味がない。我が助手にはなんでもお見通しのようだね」

「世間ではそういうことを悪ふざけというんですよ。十三世界を離れてもあなたが賢者だということを忘れないでください」

 シュミレットはクスクスと笑った。

「悪意はないんだ」とルーネベリはパシャルに言ったが、パシャルは少し落ち込んでいるようだった。しばらくの間、黙々と布を裂いていた。


 パシャルが五枚目の布を切り終わると、ルーネベリは短剣をパシャルに返してから布をすべて拾いあげて一人ずつに配った。それから、先ほどルーネベリが砦から運んできた袋から黒い金属製の靴と膝あてをパシャルとゲルグに手伝ってもらいながら四足ずつ取とりだして地面に並べた。

 シュミレット、ルーネベリ、ゲルグ、パシャルの四人が靴を脱いで鎧靴の中に足を入れると、不思議なことに鎧靴は生き物ように少しうねりながらぴったりと足のサイズに変化した。旧生成術というもので作られた靴だそうだが、どんなサイズにも適応できる機能まであるとは皆たまげていた。鎧靴とは打って変わってごく普通の膝あてを付けて準備がようやく整った。

 パシャルはやや横に長すぎる長方形のタオルのような形に切った布を両手で引っ張りながら言った。

「これをどうするんだぁ?」

 ルーネベリは天を指さして言った。

「鎧靴で思いっきり踏み込んで跳んだ後、空中で万歳してこの布を広げるんだ。――そうですよね、ゲルグさん?」

「えぇ、そうです」とゲルグは言った。ルーネベリは布を持った拳をぐいっと振った。

「思った通りだ。どういう原理かは定かじゃないが、鎧靴を履くと身軽になる。身軽になって前方方向へ跳んだ後、布を広げれば、布が風を受け跳躍距離が長くなるというわけだ。ほとんど飛ぶことに近いだろうな。これはリスタより面白いかもしれない!」

「リスタって空中を歩いて遊ぶものだろぉ?」

「あぁ、リスタでは空気を踏む靴を履くが。このセロトでは身軽になる靴を履いているんだ。……あぁ、この靴を持ち帰ることができたら、学者仲間に見せたいな。皆、感動するだろうなぁ……」

 うっとりとルーネベリは黒く光る足元を眺めていた。

シュミレットは言った。

「のんびりしている場合かな?」

「……あぁ、すみません」

 ルーネベリは苦笑いしてシュミットの左隣に並んだ。パシャルも半笑いしながらルーネベリの隣に立ち、シュミレットの右隣にはゲルグ、ゲルグの右隣にはエンヤが立って砦とは反対側の先の見えない白い煙が立ち込めている方角を向いていた。

 エンヤが最初に足を踏み込んで宙に大きく飛びあがった。慣れたもので助走もなく軽々と煙の中に消えていった。エンヤを見送った後、シュミレットとゲルグが後につづき、最後にルーネベリとパシャルが同時に足を強く踏み込んで跳んだ。

 セロトの鎧靴をはじめて履いたというのに靴は履いている者の望み通りに働いてくれた。踏み込んで跳びあがると、地面が遠ざかり白い煙の中へ入っていった。全身が白い風を切るように進み、煙の中に入っているというのになぜか清々しかった。そして、跳べる高さの限界までくると、緩やかに地面の方へ楕円を描きながら落ちてゆくのがわかった。運動不足でもまったく息が切れることもなく、地面に近づくと、ごく普通だと思っていた膝当てがすべての衝撃を吸収してくれたかのようにふんわりと着地することができた。それはまるは綿の上を跳ねて飛んでいるような感覚だろう。ルーネベリが思っていた以上に楽しいものだった。けれども、これで終わりではない。何度か跳ぶ感覚を身体で覚えたら、次は宙で布を広げなければならない。鎧靴のおかげでさほど難しいことではないと思えたので、二回ほど跳んだ後、ルーネベリは思いきって宙で両腕をあげて布を大きく広げた。布がボッと音を立てて風を受けた。ルーネベリの身体は空中で少し後退したかのように見えたが、再び前方へ飛行しはじめた。跳んだ距離よりも遠くへ進んでいたのが目に見えたわかった。なぜなら、地面の方で戦う兵士たちの姿が煙から見え隠れしていたからだ。戦場の真上を飛んでいるようだ。

「俺たち飛んでるなぁ」

 ふと隣を見ると、少し後ろの方でパシャルも万歳して布を広げて飛んでいた。

「気持ちがいいな」とルーネベリが言うと、パシャルはぶるぶると顔を横に振った。

「俺は地面の方がぁ合ってる。あと何回飛べばいいんだよぉ」

 ルーネベリは笑った。空中での飛行時間はおよそ三分といったところだろうか。煙が立ち込めているため正確な飛行距離まではわからなかったが、飛行速度がそこそこあったので一回飛ぶたびに五キロは飛んでいるのではないかとルーネベリは思っていた。

 トォノマの砦からコーウェルの砦までの距離もわからないため、ひたすら跳んで空中で両腕をあげて布を広げて飛行し、勢いがなくなると地面の方へ緩やかに落ちながら両腕を下ろして布をくしゃくしゃと両手の中に押し込め、地面に足が着くと、再び跳ぶことを繰り返した。

 飛ぶのは確かに楽しかったが、パシャルはこの飛行が苦手なようで無口になっていたので、言葉を交わすこともなく繰り返すだけの動作に慣れてくると、ただの単調なつまらない動作になっていた。ルーネベリは身体を動かしながら思考に耽りはじめていた。

 ――ルーネベリの脳裏にはアザームの街を去る前に見た、黄金の瞳を持つ光輝く男の姿が浮かんでいた。あの男の正体も気になるところなのだが、それよりも、彼が最後に呟いた「見送り、ありがとう」という言葉がルーネベリの心に引っ掛かっていた。先ほどシュミレットに確かめたいと言っていたのは彼の言葉がきかっけだったのだ。ルーネベリの中には天秤の剣の謎に関してある仮説が浮かんでいたが、確証となる決め手がまだ見つかっていなかった。見つけたところで何がどうなるわけでもないのだが……学者として非常に興味深い事実なのだ。ぜひとも知りたいという欲求がルーネベリの頭の中を占めていた。あれこれと考えを巡らせていると、突然、「ルーネベリ!」とシュミレットの叫ぶ声が聞こえた。

 ふと我に返ると、ルーネベリは白い壁にぶつかりそうになっていた。

「うわっ」と、慌ててルーネベリは壁を蹴って後ろにふわりと下がった。前へ進む勢いを削がれてルーネベリの身体は後退しながら、後ろ向きのまま緩やかに地面に降り立った。

 地面にはすでにシュミレットやパシャル、ゲルグとエンヤが到着していて、鎧靴を脱ぎながらルーネベリの方を見ていた。シュミレットは膝当てを外しながら言った。

「君、なにをぼんやりしていたのかな?壁にぶつかる趣味があるとは知らなかったよ」

 ルーネベリは鎧靴で軽く歩きながらシュミレットの隣にどすんと座り込んだ。

「……残念ですが、そんな趣味は持ち合わせていませんよ。考え事をしていただけです」

「考え事?そうだね、どうやって砦の中に侵入しようか考えてくれていたのだね」

 ルーネベリはしまったと額に手をあてた。

「そのことは考えていませんでした。弱りましたね。こっちの砦に来るのははじめてで、どうやったら疑われずに砦に……」

 ルーネベリがそう言いかけたところ、エンヤがすたすたと皆の前に立った。すると、黒い鎧が白銀の鎧に変化した。エンヤを通して賢人が気を利かしてくれたようだ。

「つまり、僕たちは捕虜ということだね」とシュミレット。ルーネベリは「そのようですね」と頷いた。




 白銀の鎧を着たエンヤを筆頭に、五人がコーウェルの砦の入口を探して白い壁に沿って歩いていくと、半分開いた焦げ茶色い大きな門が見えてきた。

 門に向かって歩きながら、ルーネベリは考えていた。――トォノマの砦は外からは見えなかったというのに、コーウェルの砦はこうもはっきりと目視できた。戦略上、砦を隠す必要がないのか、トォノマほど旧生成術を使いこなせていないのかはわからないが。コーウェルとトノォマの二つに分かれているのだから、トォノマの砦とは勝手が違うのだろう。簡単に砦の中に入れてくれればいいのだが……。

コーウェルの門の前にやってくると、白銀の鎧を着た兵士が門に寄りかかって、左脇に脱いだ兜を抱えて煙草をふかしていた。茶髪の兵士はまだ若く、二十代後半といったところだろうか。他人が寛いでいる姿を見るのは久しぶりで、ルーネベリだけでなくシュミレット、ゲルグも驚いていた。

兵士はルーネベリたちに気づくと「よぉ」と煙を吐きながら言った。いや、正しくは白銀の鎧を纏ったエンヤに言ったのだろうが、兵士はちらりとルーネベリの方を見て言った。

「あんたも一緒か。探し人はもう見つかったのか?」

「えっ?」

 兵士は捕虜に扮していたルーネベリに話しかけていた。この兵士とは初対面のはずなのだが、なぜか親しげだ。ルーネベリが戸惑っていると、兵士は小指の先ほどしかない煙草を地面に落として足で踏んで火を消し、こちらに近づいてきた。

「あっ、よく見たら顔が違うな。ネディだと思った。似ているな」

「ネディ?」とルーネベリが聞き返すと、パシャルが「ネディって、リカ・ネディのことかぁ?」と言いだした。

 兵士は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

「気前のいい男でな。鎧を貸してやる代わりに煙草をくれたんだ。コーウェルじゃあ高価なものだから、嬉しくてな。ちびっこくなるまで味わったよ」

「そうなのか……」とルーネベリはぼんやりと相槌を打った。

 ネディという男のおかげだろうか、この兵士にルーネベリたちに対する敵意はないようだ。それどころか、親切にも「砦に用があるなら入れよ」と砦の門を指さしたのだ。

「通っていいのか?」とルーネベリが聞くと、兵士は笑って言った。

「もちろん。あんたと同じ赤い髪の連中が広間に集まっている。よければ、案内しようか?」

「い、いいのか……?」

「どうせ暇だからな。俺たち兵士は砦から出ていけと追い出されて、戦場に出る時間まで暇潰しているんだ。ついてきてくれ」

 兵士は兜を頭にかぶり、コーウェルの砦の中へと歩いて行った。


 コーウェルの砦の中にあるどこかの広間で、アラとカーンは床で眠ったままののクワンの傍に寄り添っていた。顔を叩いてみたが、クワンはやはり一向に起きそうもなかった。

 リカ・ネディが広間から出て行ってもう大分経っていたが、誰も話はしていなかった。バッナスホートはリカ・ネディが賢者を連れて戻ってくるのをひたすら待ちつづけるつもりらしく。太い腕を組んで壁際に座り込んで瞑想していた。バッナスホートの目の前にはあの名剣ヴォラオスが鞘に収められて置かれている。

 カーンは黙り込んだまま、アラとクワンと共にバッナスホートの手の内から逃げる策を考えていたが。逃げる際に少しでももたつけば、バッナスホートに斬られるのが分かっていた。最強の男に剣の腕ではまったく適わない。今のこの瞬間に死に至る傷を負えば、自分たちの身がどうなるのかがわからない。どう考えても何もできないと思い、カーンは顔には出さなかったが落胆していた。広間の出口を見ながら、こんな時に相棒がいればな心強いのだが……と思っていると、部屋の入口からルーネベリが顔をだしたのを見て思わず声を張りあげていた。

「ルーネベリ!」

 アラも驚きながら振り返った。カーンの声でぱっと目を見開いたバッナスホートもきつい眼差しを入口の方へ向けた。

 赤い髪の大柄な男が一度後ろを向いて「ここです」と言い、ふにゃけた笑みを浮かべて広間に入ってきた。

「――あいつは誰だ?」

 バッナスホートが小声でアラに聞いた。

「賢者様の助手のルーネベリだ。なぜ、ここに……」

「助手か。賢者はどこだ?風貌を教えろ」

「賢者様は黒いマントを着た、片眼鏡の……」

「あれが賢者か?」

 バッナスホートはルーネベリの後、入口から姿を現しこちらへ近づいてくる小柄で黒髪の少年を、目を細めて見ていた。

「あぁ。賢者様がここにいるなら、トォノマの砦に行ったネディを呼び戻さなければ」とアラ。しかし、バッナスホートは冷淡に言った。

「ほうっておけ。あいつは運がなかっただけだ」

 アラは顔を顰めた。

「お前のために探しに行ったんだぞ」

「俺の知ったことか。――俺は神に愛されている。賢者の方から俺の元にやってきた」









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ