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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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二十四章




 第二十四章 覇者を導く者





 バッナスホートはアラの赤い瞳を冷ややかに見つめた。

「その望みとやらは何だ?」

「ただでは教えない。先に私とカーンの拘束を解け、そして、私への侮辱はやめろ」

「お前たちを解放したところで俺たちは痛くも痒くもないが、お前の話が信用できる保証は?」

「そんなものはないが、取引に応した方が身のためだ。お前たち二人ではこの先には進めないだろう」

 バッナスホートはリカ・ネディの方に目配らせした。リカ・ネディは肩をすくめただけで頼りにはならなかった。

 バッナスホートは再びアラの方を向いて言った。

「お前の要求はそれだけか?」

「とりあえずは、そうだ」とアラが頷くと、バッナスホートは笑った。

「とりあえずか。まだ他にも要求するつもりか?」

「わかった。それだけでいい。取引に応じるならはやく拘束を解け」

「俺に命令するな。ネディ、解いてやれ」

 アラは前身を右に捻り、玉座の背凭れに少し隙間を作った。ネディは太い両腕を隙間に突っ込んで器用に銀色の縄を解いていった。すっかり拘束が解かれると、アラは自身の両手を左へ左に傾けて傷はないかと確かめていたが、縄の跡が残るどころかまったくの無傷だった。

 ネディは床に転がっているカーンの所に行き、カーンの拘束を解いてやると、ネディはカーンの耳元でそっと「ついてるな」と囁いて離れていった。

 床に座り込んだカーン。バッナスホートは言った。

「拘束を解いたぞ。取引は成立した。お前の言う『望み』を教えろ」

 頷いたアラは玉座から立ちあがり言った。

「賢者様がいる」

「賢者?――賢人となら俺も会ったぞ。あいつらはあてにはならん。中核からは出られないと言っていたぞ。もしや、それがお前の言う望みだというのか」

「先ほども言っていたが、『けんじん』、『中核』というのは何だ?私にもわかるように説明しろ」

 難しい顔をしたアラにバッナスホートはため息をついて安易に拘束を解いてやったことを悔いたが、ふとこのアラの問いかけに違和感を覚え、「お前たちはどこからこの砦にやってきた。トォノマの方ではないのか?」と聞いた。すると、アラが「トォノマとは何だ?私たちはずっと戦場にいた」と答えたのでバッナスホートは「賢人がわからないのか?」とも聞いた。

 アラもカーンも首を傾げるだけだったので、バッナスホートは仕方がなく、アラとカーンにセロトという国の歴史について簡単に説明をしてやった。トォノマ人とコーウェル人二つに分かれて戦っていることや、賢人たちの話をしたところで、ようやくこの地で何が起こっているのかを理解したアラとカーンの二人は目を合わせ、クワンを見た。

「パシャルはトォノマに捕らえられたのかもしれないな」とアラが言うと、カーンは黙って頷いた。

 リカ・ネディが「あの坊やも一緒にいたのか?」と嬉しそうに言った。

 アラは「あぁ」と頷いて言った。

「この地に来る前、私とカーン、パシャルとそこで眠るクワンの二人ずずつに分かれて行動していた。ここにクワンがいるならば、パシャルもいるはず。きっと賢者様もこの地に来ているはずだ」

 バッナスホートは言った。

「賢者様というのは誰のことを言っている?」

「隠してはおられたが、あの方は間違いなく賢者様だ。はじめて見た時からあの不思議な佇まい、只者ではなかった。実の名はわからないが……」

「もしや、この世界に俺たちの世界の三大賢者がいるのか?では、あの話は誠なのか。時折、賢者が紛れ込んでいて我々の為に良き助言を与えてくれるという剛の世界にのみ語り継がれている嘘とも誠もわからぬ話」

「取引を交わした以上、他言はするな」とアラが言うと、バッナスホートが意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「そうか、賢者か……。わかっている。賢者がいると皆に知れれば、奪い合いになる。かつての『天秤の剣の覇者』の傍には賢者がいたという――」

「賢者様にも何も言うな。私たちが正体に気づいていることは伏せておきたい」とアラが言うと、「なぜだ?」とバッナスホートが言った。

「私たちがやましい気持ちで傍にいると思われたくはないのだ」

「はっ」とバッナスホートは呆れ笑った。

「如何にも女々しい事を言う。賢者に何を思われようとかまわないだろう。利用できるものは十分に利用すればよい話だ」

「私たちはお前とは違う。他の気持ちを踏みにじってまでのぼりつめたくはない」

「賢者の名を出しておいてそれはないだろう」

「取引に賢者様の名を出したのは私が不甲斐ない故のことだ」とアラは床でいまだに眠るクワンを見ながら言った。

「付き合いはとても短いが、友とすでに呼べる仲だ。彼はこの世界で再会した時からずっと眠ったままだ。私とカーンのように戦って抗うこともできなかった。このまま眠ったまま、セロトという国に閉じ込められ、敗れた私たちと共にここで終わってしまうというのはあまりにも不憫だ。せめて彼のためにこの世界から脱してやりたい。その先に進めなくてもかまわない。そのために賢者様の名を出しても罰は当たらないだろう」

「他人のためだというのか?」

「他人じゃない。友のためだ」

 意志の強い燃えるような赤い瞳がバッナスホートを見ていた。バッナスホートは目を細めた。錯覚だろうか、幼い頃のアラの姿が見えていた。あの時もこの女は誰かのために叫んでいた。

 ――暗いくらい闇に蝕まれた二十六年前の「夜」。皆が狂気に襲われ、逃げ惑い、怯えきって隠れていた。しかし、大きな図体をした男を前に小さな幼いアラが立ち塞がったのだ。涙を流しながら若き日のバッナスホートに『あの女性を助けないのか?』と叫んだ。戸惑いと怒りと恐怖と……恥で心が押しつぶされそうだった。幼い子供の身体を払いのけ、その後のことはすべて目をつぶるしかなかった。当時、バッナスホートは十六歳だった。あの年の過ちを未だに思い出さなければならないとは思ってもいなかった。

 床に置いていた長剣を拾い、バッナスホートは言った。

「お前の小賢しさは聞くに堪えん。所詮、このままセロトに閉じ込められ虚しく終わりたくはないだけだろう。賢者は今、どこにいる?」




 一方、トォノマの砦から出たばかりのシュミレットたちはゲルグの胸元の布を掴んで強引に連れてきたエンヤと合流していた。

 怯えた老人ゲルグは黒い鎧を着た兵士エンヤから逃げようと抵抗していたが、ルーネベリがゲルグにこれまでの経緯を説明すると、ゲルグ本人が王であるということと、ゲルグの服を掴んで離さないこの兵士もまた王であるのだと知ると抵抗をやめて大人しくなった。

 心底驚いて、うっと息を詰まらせたかのようにゲルグは言った。

「私が王……?」

「えぇ、そうですよ。ゲルグさん」

 ルーネベリは深く頷いた。事実を知ったゲルグはけして嬉しい気持ちにはならなかったようで、悲しそうにゲルグは呟いた。

「私たちのせいで戦いが終わらなかったとは……なんたる不運。なんたる災難。これまでどれほどの人々が亡くなったというのか……」

 黒い鎧を着たエンヤは悲しむゲルグからそっと手を離してやった。ゲルグは地面に崩れ、両手に顔を埋めて泣いていた。エンヤの身体は鎧を通して賢人によって遠隔操作で動かされているはずなのだが、その時ばかりは、エンヤ自身の意志でそうしたかのように見えた。

パシャルは中腰になって泣くゲルグの肩に手を置いて言った。

「じぃさんよぉ、これから俺たちと一緒にコーウェルの砦に王さんを見つけに行くんだぁ」

 両手から顔をあげたゲルグは両目から涙を流しながら言った。

「あと一人、王を見つければこの戦いが終わるのですね。戦いが終わるのなら、もちろん私も行きます。私が王であるのならば、王の役目を果します。……あなた方と巡り会えて本当によかった。私の代で戦いを終らせることができる」

 今度は嬉しさのあまり感極まってゲルグは泣いていた。パシャルはゲルグを慰めようとしたのだが、逆効果だったようで、ますます大泣きしだしたので、ルーネベリがパシャルに何も言うなと小声で言う羽目になってしまった。皆はしばし、ゲルグが泣きやむのを待つことにした。

 考えてみれば、このセロトの民たちは生まれたときから戦争しか知らないのだ。何代にも渡って武器を持ち戦い、そして、戦う者のために働くというサイクルを繰り返してきた。十三世界にあるような娯楽も知らず、何のためなのかもわからずに命のやり取りをしてきたのだ。ようやくその苦しみから解放されるかもしれない一筋の希望に歓喜するのは当然の権利のように思えた。人は同じ立場にならなければ、他者の気持ちはわからないものだ。苦しんだ歳月も挫折も目には見えない。だが、彼らの歩みは確実な形となって人々の前に現れることがある。奇跡だと誰かは言うかもしれないが、それは必然なのだ。目には見えない苦労が身を結んだからこそ、彼らは「望み」を得ることができるのだから……。

 五分ほど経った頃だろうか、ゲルグが涙を拭いながらすっと立ちあがった。

「待たせて申し訳ない。コーウェルの砦に向かいましょう」

「もういいんですか?」とルーネベリ。ゲルグは鼻をすすり頷いた。

「もう大丈夫です。こうしている間にも戦場では兵士が戦っています。一刻も早く王を見つけにいきましょう」

 微かに笑ったゲルグを見てルーネベリもパシャルも顔を見合わせてほっとした。

「では、エンヤさんについて戦場を駆け抜けましょうか」

 ルーネベリがそう言ったところ、ゲルグが掌をこちらに向けて言った。

「待ってください。差し出がましいのですが、私はもっと早くコーウェルの砦に辿り着く方法を知っています」

 シュミレットが「方法?」と聞いたので、ゲルグは言った。

「私は足が遅いので、どうか皆さん。トォノマの砦の中に戻って人数分の鎧の足部と大きな布を探してきてください」

「鎧の足部と布で何をするんだぁ?」とパシャルが言ったのだが、シュミレットもルーネベリもゲルグが何をしようとしているのかがすぐにぴんときて、小さく笑った後「わかった」と言ってトォノマの砦の中に急いで引き返していった。

「ちょっとぉ、待てよぉ」とパシャルも慌てて二人の後を追って行った。




 コーウェルの砦では、アラが「わからない」とバッナスホートに返事をしていた。バッナスホートが苛立っているように顎を少し傾けたのを見てアラはつかさず言った。

「中核でお前たちが会っていないなら、トォノマの地にいるやもしれない。戦場にはいなかった。パシャルと一緒かもしれない」

 突然、バッナスホートが鞘から長剣を抜いた。灼熱の炎で幾重にも鍛えられた剣だ。質素な黒い鞘から現れる鋭く繊細な銀色の光が四方八方に反射してとても美しい。剛の世界の武道の覇者だけが持てる名剣ヴァラオス。遥か昔、翼人からこの剣を与えられた覇者から取られた名だそうだ。剛の世界の武道に携わる者には喉から手が出るほど欲しい剣だ。名剣ヴォラオスを手にし、絶世の美女ユー・ヴィアと婚姻を結ぼうとしている。称賛と嫉妬が渦巻く上に君臨するこの男バッナスホートをアラとて羨ましく思わないはずがなかった。

 この上、「天秤の剣の覇者」を導くという三大賢者の一人と会わせて本当にいいのだろうかという一抹の不安もあった。すべてがあの男の元に集おうとしている……。

 バッナスホートは名剣をアラとカーンに見せつけるように、傾けた。

「考えたな。賢者がいるというだけでも大きな取引の材料となる。しかし、これから俺たちにこの広いセロトの国で賢者を探せというのか。トォノマにいる保証もないだろう……」

「兄貴!」

「……なんだ、ネディ」

「兄貴には賢者が必要なんですよね?俺がさっとトォノマの砦まで行ってきますぜ」

 リカ・ネディがやけに明るい声でそう言った。バッナスホートは興味がなさそうにネディを振り返り言った。

「お前が探しに行くと言うなら、俺は待っているしかないな」

「兄貴、賢者のことは俺に任せてのんびり待っていてくださいよ」

「そうか、お前がそう言うのならば任せるしかないな」

 ネディは「はい!」と元気の良い子供のように頷いた。

リカ・ネディはアラよりも二歳ほど年上のはずだったが、こういった様子を見ると、精神的には幼いのだろうかとアラは思っていた。そう思っていたのは黙って話を聞いていたカーンも同じだった。

 アラが心配してネディに言った。

「トノォマの砦へ行く道を知っているのか?」

「あぁー、心配はいらねぇよ。さっきトォノマの捕虜を見つけて仲良くなったから、そいつに連れて行ってもらうぜ」

 ネディが豪快に笑った。こうなることを見越していたのが、それともただのお気楽かはわからないが、笑みを浮かべたままネディはバッナスホートに頭下げて部屋から飛び出て行った。

 バッナスホートは剣を鞘に収め、地面に座り込んだ。

「ネディが戻るまでは休んでおけ」

 アラもカーンも頷いた。




 トォノマの砦から出て来たルーネベリは黒い金属製の靴と膝あてを包んだ袋を両腕いっぱいに抱えていた。エンヤはすでに鎧を着ているので、鎧を着ていないルーネベリとシュミレット、パシャルとゲルグの四人分だ。ルーネベリの後につづいて砦から出てきたパシャルは灰色の五重に折りたたまれた布を両腕に抱えていた。最後に出てきたシュミレットといえば、何も持っていなかったというわけではなく、実に不思議な小さなものを両手に包むように持っていた。

 それは銀色の枠のようなものなのだが……何を隠そうリウの片眼鏡を飾る銀の縁だった。なぜシュミレットがそんなものを持っているかというと、トォノマの砦に引き返した後、ゲルグと共に逃げ出し砦内のあちこちに隠れていた捕虜の老人たちが砦の中に引き返してきたシュミレットとルーネベリとパシャルを見つけてゲルグが連れ去られた理由を問い詰めてきたのだ。ルーネベリがゲルグにしたのと同じように王の話をしてやると、老人たちは大変大喜びして孫が砦で働いているからとどこかへ小走り行き、ぜいぜいと荒い息を吐きながら金属製の鎧靴と膝あてを二組ずつ抱えた青年を十人も連れて戻ってきた。必要な分だけの靴と膝あてを貰い袋に入れ、あと大きい布が欲しいと言うと、老人の孫たちが砦の銅色の歯車を拭くための大きな布があるがそれでもいいかと聞いてきたので、お願いしますと言うと、すぐに布を持ってきてくれたのだ。そして、その時、老人リウがシュミレットに大事な片眼鏡からレンズを外して銀縁を渡したのだった。

 リウはコーウェルで三人目の王が見つかったら、三人目の王にこれを身につけさせて欲しいとシュミレットに頼んだ。リウの話では、片眼鏡の縁は大昔、王から頂いたブローチを溶かしてつくったものだそうだ。生成術を使えば元の形に戻すことができるので、王に返したいのだとリウは言った。それならば、ゲルグに渡せば良いのではないかとシュミレットは言ったのだが、リウはどういうわけか三人目の王に渡してほしいと強く望んだので承諾するしかなかった。

トォノマの砦から出てきたルーネベリ、シュミレット、パシャルの三人は外で待っていたゲルグとエンヤの元に着くと、地面に鎧靴と膝あて、大きな布を放り投げた。銀縁の枠はシュミレットがなくさないように鞄にしまった。

 ゲルグはパシャルの右腰にぶら下がった大きさの違う三つの短剣を指さした。

「この布を五等分に裂いて、短冊型にしてください」

「あいよぉ」とパシャルは一番目に小さい短剣を抜いてルーネベリに手渡し、二人で布を裂くことにした。おおよその大きさはルーネベリが目分で測り五等分した後、分割しやすいよう布の端に目印になるよう剣を突き刺した。地面に膝をついたパシャルはルーネベリが突き刺した短剣の隣に別の短剣を差し、布を引っ張りながら短剣を下へ動かして数センチだけ切った。ルーネベリは先に差していた短剣を地面から抜き。パシャルは短剣を地面に置いてから素手で繊維に沿って真っすぐ布を裂きはじめた。

 ビリビリと布が裂ける音を聞きながらシュミレットがパシャルの頭に向かって言った。

「そういえば、どうして僕が賢者だと知っていたのかな?」とシュミレットはパシャルに言った。パシャルは肩をびくつかせ、布を裂く手をとめて振り返った。

「――そ、そりゃ。俺を見くびらないでもらいたなぁ」

「あぁ、そのことなら俺も気になっていましたよ。クワンにでも聞いたんですかね?」とルーネベリ。パシャルはにたぁと笑った。

「そうそう、そうだぁ!」

「そうだろうか?彼はそんな口が軽い人ではないと僕は思うのだよ」

「クワンでないなら、どうしてわかったんでしょうか」とルーネベリが言うと、シュミットが少し考えた後、クスリと笑った。

「あぁ、わかったよ。君たちはアザームの街で僕がうっかり口を滑ったのを聞いていたのだね?年齢を口に出して言ってしまうとはね」

 パシャルは苦笑った。ルーネベリは首を傾げた。

「年齢を聞いて賢者だとわかったていうんですか?―――パシャルが知っているならアラもカーンも気づいているってことですかね」










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