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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部第五巻「天秤の剣」
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二十一章



 第二十一章 賢者と賢人





「コクハ=ダラバドル!」

 大きな声で叫んだかと思うと、ゲルグはパシャルの首筋にとびかかる勢いて迫った。

「その人はどこに?」

 パシャルは仰け反りながら首を揺らつかせた。

「わ、わからねぇなぁ、あっという間のことだったんだ」

「他には何も話をしていませんでしたか?」と、ゲルグ。パシャルは「いやぁ、何も」と答えたのだが、老人たちは難しい顔をして互いにひそひそと「黒い粉」がどうとか話し合っていた。一体、なんだというのだろうか。

 ルーネベリはゲルグに言った。

「コクハ=ダラバドルって何ですか?」

「古の、幻の要塞都市の名です」

「幻の要塞都市か。そういえば、さっき聞いたような。でも、その要塞都市がなんだっていうんですか?」

「先ほど賢人が突然消息を絶ったと話をしましたが、賢人は要塞都市『コクハ=ダラバドル』ごと姿を消したのです」

「要塞都市ごと消息を絶った……ということは、そもそも、賢人が現在もこの世に存在していてもおかしくないってことですよね。賢人の旧生成術でしたかね、その旧生成術があれば、仮に空を飛ぶなりなんなりして都市ごと移動ができて、別の土地へ移っていただけということもありますしね。もしかしたら、最近になって戻ってきたということもありうるのではないですか」

 ルーネベリがあまりにも思いついたことを考えなしベラベラと話すものなので、老人たちは皆身震いしていた。まさにこの世の終わりといわんばかりに顔面蒼白の老人も何人かいた。

リウが怒った顔で言った。

「不吉なことを!」

「あぁ、すみません。皆さんのお気持ちを考えれば確かに……。でも、考えようによっては悪いことではないのではないですか?」

 ゲルグは顔を歪めて言った。

「悪い事しかありません。『賢人の怒り』を賢人が蘇らせてしまうと、私たちの故郷が……」

「そうさせなければいいのだけの話ではありませんか。都市ごといなくなったというのなら、賢人が一人とは限りませんよね。それに、もともと、賢人はコーウェルとトォノマが仕えていた君主だということですし。あなたの話によると、今はコーウェル人とトォノマ人の両方には実質、統率者がいない状態なんですよね?賢人と話をつけて戦争の仲裁に入ってもらい、最終的には賢人の民として受け入れてもらえれば、戦争しなくてすむのではないでしょうか。もちろん、コーウェル人とトォノマ人の意志確認も必要でしょうし、簡単な話だとは言いませんが。コーウェルとトォノマの土地は離れているようですし、土地を奪い合うための戦争というわけではなさそうなので、まったく不可能というわけではないと俺は思うんです」

 ルーネベリの言い分を聞いていた老人たちは小さな戸惑いを見せていた。

 ゲルグが言った。

「大昔に姿を消した賢人が今更、私たちの望みを叶えてくれるというのですか?」

「うまくいけばの話ですが、戦争を終結させるのは可能だと思いますよ」

「つまり」と口を開いたのはシュミレットだった。

「パシャルの出会った人物が賢人であればいいのだね」

 ルーネベリはシュミレットの方を向いて赤い髪を掻きながら頷いた。

「はい。まぁ、その点も、うまくいけばの話ですけどね。本人に確かめるまでは何とも言えませんが。問題は、どうやってパシャルが会った人物を探しだすかですね」

「そうだね。そのことで一つ君に言っておきたいことがあるのだよ」

「えっ、なんですか?先生」

「僕とルーネベリはその人物に……」

 突然、シュミットの声を掻き消すような大きな爆発音が後方から響き渡った。流石の賢者も驚いてちぢこまり、ルーネベリは頭を守るように覆い、老人たちは怯えながら周囲を見まわした。用心棒をしているパシャルは素早く折れていない刃の美しい背中の大剣を抜いた。

 爆発音が発せられたのは螺旋階段の方からだった。爆発音の後すぐにカランコロンと何かが落ちてくる音が聞こえていた。不気味な音だ。震えあがった老人たちは耳に手をあてながらテーブルの下に隠れた。

 パシャルはルーネベリの名を呼び、剣を構えたパシャルを先に二人は部屋の外へ、螺旋階段の方へ忍び足で向かった。カランコロンと鳴る音は上の方から下へどんどんこちらへ近づいてくるので、不安に心臓が高鳴っていた。ごくりと唾を飲み込むパシャルの様子が後ろから見てもよくわかった。何かが近づいてくる恐怖に皆が怯えていた。螺旋階段が見えてきたとき、パシャルがルーネベリを振り返り何かを言おうとした――と、背後でカランとひときわ音が大きく鳴ると、黒い物体がパシャルの上に落ちてきてルーネベリごと雪崩れ込むように床に倒れ込んだ。パシャルは何かにぶつかった痛みに呻き、ルーネベリは下敷にされた重みと後頭部を床にぶつけた痛みに呻いた。部屋の中で立っていたシュミレットが冷静に言った。

「トォノマの兵士だね」

「えっ?」

 涙目のルーネベリが声をあげると、上にのっていたパシャルが苛々と黒い物体をぞんざいに押しのけて立ちあがり。ルーネベリものろのろ起きあがってみると、なるほど、床に倒れているのは黒い鎧を着たトォノマの兵士のようだった。

 兵士とぶつかった拍子に剣を床に落としたのだろう、大事な剣を拾いながらパシャルはぶつけた顎を擦り言った。

「なんだってぇ、兵士が降ってくるんだぁ」

「さぁ?」とルーネベリが首を傾げながら、兵士を見下ろすと、兵士は意識がないのか、ぴくりとも動かなかった。階段を踏み外したのか、誰かに突き飛ばされたのか……。鎧を脱がせて手当したほうがいいのだろうか。それにしても、先ほどの爆発音は何だったのだろうかとルーネベリが考えていると、部屋の中からその様子を見ていたシュミレットが遠くから微かに鳴る音を聞いて、「ルーネベリ」と叫んだ。

 シュミレットに呼ばれて顔を部屋の方へ向けたその時、トォノマの兵士とパシャル、そして、ルーネベリの上を何者かが軽々と飛び越えていった。すっかり部屋の方を向いたルーネベリの目には、白銀の鎧を着た人物のほっそりとした背中が見えており、その向こう側にいるシュミレットの姿が見えなくなっていた。

「先生!」

 ルーネベリとパシャルが部屋の中へ走ろうとすると、白銀の鎧の向こう側からシュミレットが「待ちなさい、二人とも」と言ったので、ルーネベリとパシャルは動きをとめた。こちら側からは見えないが、白銀の鎧を着た人物はシュミレットの剣を向けているのかもしれない。下手なことはできないと思っていると、じわじわと白銀の鎧が黒く変色した。

 どうなっているんだとルーネベリとパシャルが顔を見合わせると、向こう側にいるシュミレットが「ここは僕に任せて、君たちはそこにいなさい」と叫んだ。

「でも!」とルーネベリが叫んでも、「いいから」と賢者様がどうにかするというだから、二人は渋々大人しくしていることにした。


 シュミレットの方から見ると、目の前に白銀から黒い変化した不思議な鎧を纏う人物と対面して見下ろされている形になっていた。鎧の人物は生憎、腰にぶらさげた剣は抜いてはおらず、部屋の中を見まわしているだけだった。

 ……もしかしたらとは思っていたが、やはりこの人物とは一度会っているとシュミレットは確信していた。この地に辿り着いた時に、シュミレットとルーネベリを飛び越えて行った一番初めに会った鎧の人物だ。シュミレットはパシャルの話を思い返した。パシャルの出会った不思議な人物はクワンが剣を振るまでは攻撃をしてこなかった。シュミレットとルーネベリがはじめて会った時も、攻撃を仕掛けてはこなかった。目の前にいる人物は、こちらから何かしなければ、なにもしてこないのではないだろうか。

 シュミレットは両手を鎧の人物の方へ差しだし、なにも持っていないことをあえて見せることにした。鎧の人物は確かにシュミレットの華奢な手を注意深く見ていたが、何かを言うわけでもなかったので、シュミレットが先に言葉を発した。

「僕の名はザーク・シュミレットという。僕はコーウェル人でもトォノマ人でもない、他所から来た者です。君は何者ですか?」

《――コハクダ》

 心の中に響くような小さく繊細な声が聞こえた。そして、シュミレットは気づいた。それは言葉として口から発せられたものではない。十三世界においての奇術と非常に似通ったものだった。鎧の人物は「コハクダ」という言葉以外にも別の事を沢山話していた。それも二重三重四重に重なるほど、山ほどに。だが、奇術に明るくないシュミレットには聞こえてくる言葉を正しく並び変えて文章として聞き取ることができないのだ。それはパシャルとクワンも同じだったのだろう。聞こえてくる音が重なるほどザワザワと聞こえやがて無音に近くなり、聞こえているのに聞こえていないわけのわからない状況になる。頭の中を掻きまわされているような不快な気分になるのだ。クワンが錯乱したのはそのせいだろう。

 鎧の人物は沢山、シュミレットに語り掛けていたが、シュミレットには答えることができない。ただ、聞き取れるのはパシャルとお同じ「コクハダ」だった。

 シュミレットは話しつづけている鎧の人物に言った。

「悪いけれど、コハクダという言葉しか僕には聞き取れないのだよ」

《コクハダ》

「君が何を伝えたいのか、僕にはさっぱりわからない。君は幻の要塞都市コクハ=ダラバドルのことを言っているのか……」

 シュミレットが首を横に振ってわからないことを意思表示していたが、鎧の人物は「コクハダ」と繰り返して言っていた。何かを伝えたいのだろうが、鎧の人物もどうしたらいいのかわからないようだった。

 鎧の人物は籠手を脱いで、シュミレットとかわらない白い肌色の手をシュミレットの手に重ねた。見た目は同じに見えたが、うんと冷たい手だった。と、シュミレットの目の前に光りが走った。

《――コクハダ。セロト、滅び。怒り。探す》

 やはり、すべての言葉を聞き取ることはできなかったが、単語として心の中に聞こえてくる言葉が四つほど増えた。繰り返し「コハクダ」、「セロト」、「滅び」、「怒り」、「探す」という五つの言葉が聞こえてくる。

 ゲルグの話と照らし合わせると、コハクダというのは恐らくは要塞都市コクハ=ダラバドルを示しているのだろう。セロトというのはこの国の名。滅びというのは何を示すかはわからないが、怒りというのは「賢人の怒り」のことかもしれない。滅びと同様、探すという言葉も何のことかはわからなかった。

目の前を過った光がバチバチと静電気を生みはじめた。鎧の人物はシュミレットから手を離し、籠手を手に嵌め、すっとシュミレットの隣を通り過ぎてテーブルの方へ歩いて行った。それから、腰から剣を抜き取った。

 シュミレットは振り返り、「待ちなさい」と言った。テーブルの下には老人たちが隠れている。怯えた老人たちが悲鳴をあげていた。

 鎧の人物が抜いた剣は漆黒の刃だった。何の金属で鍛えたのかはわからないが、コーウェル兵とトォノマ兵が使う剣よりもずっと上等な剣なうえに、自然と纏った白い炎も上品で質のいい炎のように思えた。旧生成術というものは高度な文明人に相応しい技術といってもいいのかもしれない。しかし、彼らには言葉という文化が極端に乏しいのだろう。こちら側が何を言っても伝えようがないのだ、どうすればいいというのだろう。ひ弱な賢者の腕力では鎧を着た人間をとめようがない。

 シュミレットは指先を擦った。いつも魔術式を発動させるときにする何気ない動作の一つなのだが、この世界で魔術式が使えるのかはわからない。思わずついやってしまったと手元を見下ろすと、バチッと火花が飛び散っただけで何もでなかったのだが、静電気が激しくバチバチと鳴ったのをシュミレットは聞き逃していなかった。ただの静電気ではなく、何かが反応していると咄嗟に気づいた。

鎧の人物はテーブルに向かって剣を振り下ろそうとしていた。

 シュミレットは指先を擦りに擦り、火花を飛ばしつづけた。周囲の空気がバリバリと音を変えて鳴りはじめた。指先を摩擦するたび放電し、摩擦を繰り返すたび電圧が増している。この世界にはウェルテルという奇・魔・時力を通す伝達物資はないようだが、別の物質があり、その物質がシュミレットの体内から微量に漏れる魔力を電気として放電させ、空気中の電気と結びつけているようだ。つまり、シュミレットの身体自体が電力機器となっているのだ。指先を擦るたびに増幅した電気は行き場を求めるかのように、バリバリと白い光の線を発しながらシュミレットの身体に纏わりついてきた。

 黒い剣がテーブルに振り下ろされて、テーブルの上にあった朱色の粉の入った器を叩き壊してテーブルの端に刺さったが、すんなりと抜けて二度三度と剣を振り下ろしてテーブルの上の書物をずたずたに切り刻みはじめた。テーブルの下で老人たちが悲鳴あげようが喚こうが、鎧の人物は容赦のない破壊行為をやめなかった。

 シュミレットは両手を見下ろし、電気の纏わりつく両手を擦り合わせ、その後、背後から鎧の人物に近づいて背中に触れた。ビリリと電気が通り抜けた音が一瞬聞こえたかと思うと、鎧の人物は感電して真上に飛びあがった。金属は大抵のものは電気を通すが、この世界の金属も同じだったようだ。

 鎧の人物はがっくりと膝を折って床に座り込んだ。電圧はさほど高くなかっただろうが、一時的に動きを封じるには十分だったようだ。黒い変色した鎧は電気が通り抜けたせいか、白くなったり茶色くなったり紫になったりと落ち着かなかった。

「さぁ、今のうちに出てきなさい」

シュミレットが老人たちにそう言うと、血相変えて老人たちはテーブルの下からぞろぞろと出てきて、螺旋階段の方へ逃げて行った。

 鎧の人物は黒い剣を支えに顔だけシュミレットの方を振り返った。なにか言いたげだったが、呟きもしなかった。再び正面を向いた鎧の人物は色が変化しつづける鎧の下に片手を突っ込みごそごそと二センチほどの青い小さな紙のような物体を取りだし、兜の端を少しあげて口に放り込んだ。青い物体を口にして数秒足らずして、鎧の色がじわじわと黒に戻っていった。

 何事もなかったかのように剣を支えに立ちあがった鎧の人物は、シュミレットの方を向いた。流石にシュミレットも見下ろされて戸惑った。感電させるところまではうまくいったと思ったが、これほど早く回復するとは思わなかったのだ。まだ老人たちは皆、逃げている途中だ。シュミレットもすぐに逃げるべきだった。

 鎧の人物は剣を握りしめて一歩前に足を進めた。シュミレットは他の手段を考えてみたが、この窮地を達する手段を即時に考えつけなかった。魔術師にとって魔術式が使えないというのは不便極まりない。いくら知識があっても、いざという時に使えなくては何の意味もない。シュミレットは諦めて目を閉じた。

 老人たちがルーネベリたちの方へ逃げてきて、出口のある螺旋階段をのぼりはじめた。次々にこちらへ駆けてくる老人たちのせいで部屋の中にいるシュミレットがどうなっているかも見えなかった。ルーネベリは爪先立ち頭を動かして、動く老人たちの間からどうにか様子を伺い見ることができたのだが、なんと、鎧の人物が黒い剣を振りあげているところだった。鎧の人物の手前には黒いフードを被った小柄な人間が立っている。シュミレットだ。

「先生!」

 ルーネベリは老人たちを押しのけて部屋の中へ向かおうとしたが、いくらルーネベリとパシャルが長身とはいえ、怯えて理性を失った老人たちの流れに逆らうのはなかなか難しく。立ち位置の問題か、後ろにいたパシャルは老人たちの流れに飲まれるように螺旋階段の方へ追いやられてしまっていた。

 ルーネベリは負けずと踏ん張り、どうにか老人たちの中を突っ切ると、鎧の人物が剣を右手に握りしめたまま、左手をシュミレットの方に伸ばしているように見えた。逃げないようにシュミットの頭を掴むつもりだろうか。

「やめろ!」と、ルーネベリが腹の底から声をだして叫んだ。

 鎧の人物はルーネベリの声など聞こえていないかのように腕を伸ばして宙を摘まむような動作をした。バチッと音が鳴ったかと思うと、鎧の人物は指先に黄色い光を摘まんでいた。それから、その黄色い光を丸めた中指から小指の中に包むように押し込め、また宙から黄色い光を摘まみ取った。ルーネベリには何をしているのかまったくわからなかったが、鎧の人物は空中にあるシュミレットの放った電気だけを器用に掴んでいたのだった。人間技ではなかった。

 鎧の人物はシュミレットの放った電気を集め終わると、指先でこねるような動作をして小さな光の玉にしてシュミレットの方へ弾き飛ばした。電気の玉は斜め下にいるシュミレットの方へ真っすぐ飛んで行ったので、ルーネベリはひどく慌てた。

 目を閉じたままのシュミレットに電気の玉は飛んでいき、額に当たった瞬間、皮膚の中に溶けるように消えていった。痛みはなかったが、脳に強い衝撃を感じてシュミレットは目を見開いた。

「先生!」と立ったままのシュミレットにルーネベリが駆け寄ると、鎧の人物は剣を鞘に納めて、ひょいっとシュミレットとルーネベリを飛び越えて螺旋階段の方へ向かった。

 ルーネベリは鎧の人物を目で追うこともせずに、「大丈夫ですか?」とシュミレットの細い肩を掴んだ。










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