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恋人じゃないけど、毎週金曜に彼女が来る

作者: 大豆
掲載日:2026/09/09

「ねえ、高瀬」


「何」


「お腹空いた」


「冷蔵庫」


「何もない」


「昨日買い物しただろ」


「食べた」


「誰が?」


「私」


「……なんで?」


「お腹空いてたから」


金曜日の夜、仕事から帰ってきた俺の部屋には、なぜか美咲がいた。正確には、俺が帰宅したときにはすでにいた。


「どうやって入った?」


「合鍵」


「なんで持ってるんだっけ?」


「前に高瀬がくれた」


「なんで?」


「忘れた」


「俺も忘れた」


美咲はソファに寝転がったまま、俺を見る。


「ご飯」


「自分で作れ」


「高瀬の料理が食べたい」


「じゃあ材料買ってこい」


「高瀬が買ってきて」


「なんで俺?」


「私、もう外に出たくない」


「まだ帰ってきたばっかりなんだけど」


「じゃあ一緒に行こう」


「面倒」


「私も」


「……」


「……」


「行くか」


「うん」


結局、二人でスーパーに行った。


「これ買おう」


「高い」


「じゃあこれ」


「それは嫌い」


「じゃあ何ならいいの?」


「肉」


「雑すぎる」


「肉なら大体うまい」


「それ、料理する人の発言じゃないよね」


「料理するのは高瀬」


「俺の家なんだけど」


「だから高瀬が作る」


「理屈がおかしい」


「でも作るんでしょ?」


「……作るけど」


「ほら」


「お前、俺の扱い上手くなったな」


「付き合い長いから」


「付き合ってないけどな」


「知ってる」


「じゃあ言うな」


肉と野菜を買って帰る。

俺が料理をしている間、美咲はソファに座ってスマホをいじっていた。


「美咲」


「ん?」


「手伝え」


「何すればいい?」


「皿出して」


「分かった」


美咲は立ち上がる。食器棚を開ける。


「これ?」


「それ」


「二枚?」


「二枚」


「私たち、夫婦みたいだね」


「その発言、今すぐ撤回しろ」


「なんで?」


「なんか嫌だ」


「じゃあ恋人?」


「もっと嫌だ」


「じゃあ何?」


「……友達」


「身体の関係がある友達?」


「声がでかい」


「誰もいないよ」


「そういう問題じゃない」


美咲は楽しそうに笑った。


「じゃあ、なんて言えばいいの?」


「知らん」


「高瀬と私って何?」


「……」


俺はフライパンを振りながら考えた。


「知らん」


「二回目」


「だって知らないものは知らない」


「便利な言葉だね」


「お前も使ってるだろ」


「まあね」


料理が完成する。二人でテーブルにつく。


「いただきます」


「いただきます」


美咲が肉を一口食べる。


「おいしい」


「そう」


「これなら結婚してもいいよ」


「料理だけで判断するな」


「じゃあ何が必要?」


「知らない」


「またそれ?」


「便利だから」


「じゃあ私、高瀬と結婚したら毎日これ食べられる?」


「作らない」


「なんで?」


「結婚した瞬間に作らなくなる」


「最低」


「だから結婚しないほうがいい」


「それもそうだね」


美咲は笑いながら肉を食べ続けた。

食事を終えると、二人でゲームを始めた。美咲はゲームが下手だ。本当に下手だ。


「待って、今の絶対おかしい!」


「お前が落ちただけ」


「違う。コントローラーが悪い」


「三回連続で?」


「このコントローラー、私と相性悪い」


「俺とは相性いいけど」


「じゃあ交換して」


「はい」


交換する。数分後。


「また落ちた!」


「……」


「ほら! やっぱりゲームがおかしい!」


「お前が下手なだけ」


「高瀬、性格悪い」


「事実」


「もうやらない」


「そうしろ」


「でも次勝ちたい」


「やるの?」


「やる」


「どっちだよ」


深夜までゲームを続けた。

その後、美咲は風呂に入り、俺のTシャツを勝手に着て出てきた。


「それ俺の」


「知ってる」


「返して」


「嫌」


「なんで?」


「着心地いいから」


「俺のなんだけど」


「洗濯するから」


「そういう問題じゃない」


「じゃあ何?」


「……」


また答えられなかった。美咲は笑った。


「高瀬って、本当に面倒くさいね」


「お前に言われたくない」


「でも嫌じゃないでしょ?」


「何が?」


「私がいるの」


「……まあ」


「じゃあいいじゃん」


「何が?」


「何でも」


美咲はそう言って、ベッドに入った。


「寝るの?」


「うん」


「自分の家に帰らないの?」


「面倒」


「明日仕事は?」


「休み」


「俺も」


「じゃあ問題ないね」


「問題しかない気がするけど」


「おやすみ、高瀬」


「……おやすみ」


電気を消す。暗闇の中で、しばらくすると美咲の声がした。


「ねえ」


「何?」


「私たち、いつまでこんな感じなんだろうね」


「さあ」


「高瀬は変えたい?」


「変える必要ある?」


「ないね」


「だろ」


「じゃあ、このままでいいか」


「ああ」


「じゃあ来週も来る」


「好きにしろ」


「合鍵あるし」


「それ返せ」


「嫌」


「なんで?」


「便利だから」


「……」


「高瀬」


「何」


「好き」


「……は?」


「おやすみ」


「おい、待て」


返事がない。寝たらしい。

俺は暗闇の中で天井を見上げた。今のは何だったんだ。聞き間違いか?いや、確かに言った。好き、と。

でも。


「……まあ、いいか」


どうせ来週も会う。聞きたければ、そのとき聞けばいい。

俺は目を閉じた。そして翌朝。


「高瀬」


「ん……?」


「朝ご飯」


「自分で作れ」


「昨日好きって言ったじゃん」


「それと朝飯に何の関係がある」


「好きな人に作ってほしい」


「お前、昨日まで友達って言ってなかった?」


「友達だよ」


「じゃあ何で好きって言った?」


「友達として」


「……」


「何?」


「もういい」


「何それ」


俺は布団をかぶった。美咲が笑う。


「高瀬、顔赤い」


「うるさい」


「かわいい」


「帰れ」


「朝ご飯食べたらね」


「……何食べたい?」


「卵焼き」


「分かった」


結局、俺は起きた。

恋人じゃない。たぶん。少なくとも、今は。

でもまあ。毎週金曜日にこいつが来る生活も、悪くない。

そう思ってしまった時点で、俺たちの関係はもう少しだけ、変わり始めていたのかもしれない。

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