恋人じゃないけど、毎週金曜に彼女が来る
「ねえ、高瀬」
「何」
「お腹空いた」
「冷蔵庫」
「何もない」
「昨日買い物しただろ」
「食べた」
「誰が?」
「私」
「……なんで?」
「お腹空いてたから」
金曜日の夜、仕事から帰ってきた俺の部屋には、なぜか美咲がいた。正確には、俺が帰宅したときにはすでにいた。
「どうやって入った?」
「合鍵」
「なんで持ってるんだっけ?」
「前に高瀬がくれた」
「なんで?」
「忘れた」
「俺も忘れた」
美咲はソファに寝転がったまま、俺を見る。
「ご飯」
「自分で作れ」
「高瀬の料理が食べたい」
「じゃあ材料買ってこい」
「高瀬が買ってきて」
「なんで俺?」
「私、もう外に出たくない」
「まだ帰ってきたばっかりなんだけど」
「じゃあ一緒に行こう」
「面倒」
「私も」
「……」
「……」
「行くか」
「うん」
結局、二人でスーパーに行った。
「これ買おう」
「高い」
「じゃあこれ」
「それは嫌い」
「じゃあ何ならいいの?」
「肉」
「雑すぎる」
「肉なら大体うまい」
「それ、料理する人の発言じゃないよね」
「料理するのは高瀬」
「俺の家なんだけど」
「だから高瀬が作る」
「理屈がおかしい」
「でも作るんでしょ?」
「……作るけど」
「ほら」
「お前、俺の扱い上手くなったな」
「付き合い長いから」
「付き合ってないけどな」
「知ってる」
「じゃあ言うな」
肉と野菜を買って帰る。
俺が料理をしている間、美咲はソファに座ってスマホをいじっていた。
「美咲」
「ん?」
「手伝え」
「何すればいい?」
「皿出して」
「分かった」
美咲は立ち上がる。食器棚を開ける。
「これ?」
「それ」
「二枚?」
「二枚」
「私たち、夫婦みたいだね」
「その発言、今すぐ撤回しろ」
「なんで?」
「なんか嫌だ」
「じゃあ恋人?」
「もっと嫌だ」
「じゃあ何?」
「……友達」
「身体の関係がある友達?」
「声がでかい」
「誰もいないよ」
「そういう問題じゃない」
美咲は楽しそうに笑った。
「じゃあ、なんて言えばいいの?」
「知らん」
「高瀬と私って何?」
「……」
俺はフライパンを振りながら考えた。
「知らん」
「二回目」
「だって知らないものは知らない」
「便利な言葉だね」
「お前も使ってるだろ」
「まあね」
料理が完成する。二人でテーブルにつく。
「いただきます」
「いただきます」
美咲が肉を一口食べる。
「おいしい」
「そう」
「これなら結婚してもいいよ」
「料理だけで判断するな」
「じゃあ何が必要?」
「知らない」
「またそれ?」
「便利だから」
「じゃあ私、高瀬と結婚したら毎日これ食べられる?」
「作らない」
「なんで?」
「結婚した瞬間に作らなくなる」
「最低」
「だから結婚しないほうがいい」
「それもそうだね」
美咲は笑いながら肉を食べ続けた。
食事を終えると、二人でゲームを始めた。美咲はゲームが下手だ。本当に下手だ。
「待って、今の絶対おかしい!」
「お前が落ちただけ」
「違う。コントローラーが悪い」
「三回連続で?」
「このコントローラー、私と相性悪い」
「俺とは相性いいけど」
「じゃあ交換して」
「はい」
交換する。数分後。
「また落ちた!」
「……」
「ほら! やっぱりゲームがおかしい!」
「お前が下手なだけ」
「高瀬、性格悪い」
「事実」
「もうやらない」
「そうしろ」
「でも次勝ちたい」
「やるの?」
「やる」
「どっちだよ」
深夜までゲームを続けた。
その後、美咲は風呂に入り、俺のTシャツを勝手に着て出てきた。
「それ俺の」
「知ってる」
「返して」
「嫌」
「なんで?」
「着心地いいから」
「俺のなんだけど」
「洗濯するから」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何?」
「……」
また答えられなかった。美咲は笑った。
「高瀬って、本当に面倒くさいね」
「お前に言われたくない」
「でも嫌じゃないでしょ?」
「何が?」
「私がいるの」
「……まあ」
「じゃあいいじゃん」
「何が?」
「何でも」
美咲はそう言って、ベッドに入った。
「寝るの?」
「うん」
「自分の家に帰らないの?」
「面倒」
「明日仕事は?」
「休み」
「俺も」
「じゃあ問題ないね」
「問題しかない気がするけど」
「おやすみ、高瀬」
「……おやすみ」
電気を消す。暗闇の中で、しばらくすると美咲の声がした。
「ねえ」
「何?」
「私たち、いつまでこんな感じなんだろうね」
「さあ」
「高瀬は変えたい?」
「変える必要ある?」
「ないね」
「だろ」
「じゃあ、このままでいいか」
「ああ」
「じゃあ来週も来る」
「好きにしろ」
「合鍵あるし」
「それ返せ」
「嫌」
「なんで?」
「便利だから」
「……」
「高瀬」
「何」
「好き」
「……は?」
「おやすみ」
「おい、待て」
返事がない。寝たらしい。
俺は暗闇の中で天井を見上げた。今のは何だったんだ。聞き間違いか?いや、確かに言った。好き、と。
でも。
「……まあ、いいか」
どうせ来週も会う。聞きたければ、そのとき聞けばいい。
俺は目を閉じた。そして翌朝。
「高瀬」
「ん……?」
「朝ご飯」
「自分で作れ」
「昨日好きって言ったじゃん」
「それと朝飯に何の関係がある」
「好きな人に作ってほしい」
「お前、昨日まで友達って言ってなかった?」
「友達だよ」
「じゃあ何で好きって言った?」
「友達として」
「……」
「何?」
「もういい」
「何それ」
俺は布団をかぶった。美咲が笑う。
「高瀬、顔赤い」
「うるさい」
「かわいい」
「帰れ」
「朝ご飯食べたらね」
「……何食べたい?」
「卵焼き」
「分かった」
結局、俺は起きた。
恋人じゃない。たぶん。少なくとも、今は。
でもまあ。毎週金曜日にこいつが来る生活も、悪くない。
そう思ってしまった時点で、俺たちの関係はもう少しだけ、変わり始めていたのかもしれない。




