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「またここだな」
「いいじゃないか。楽しく喋ってるんだから」
「口と一緒に手も動かしてくれると助かるんだけど」
「一度にふたつ以上のことをすると、ひとつひとつが疎かになる」
「じゃあ、お喋りを疎かにして、洗濯を一所懸命やってほしいんだけどな」
「そんなこと、出来ると思うか?」
「出来ないだろうな」
「そうだろ」
「開き直るな」
利家に小突かれてしまった。
頭を押さえて可愛く上目遣い…なんて柄じゃないので、キッと睨み付けておく。
「じゃあな。香具夜、しっかり頼んだぞ」
「任せといてよ」
「まあ、香具夜も一緒に喋ってたタチだけどな」
「そうかもしれないけど、紅葉よりは頼りになるだろ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
「………」
洗濯物籠を取り上げて、足払いを掛けておく。
転んだ利家の横にその籠を置いて。
「いてて…。いきなりなんなんだ…」
「知らない」
「ふふ、仲良しだねぇ」
「どこが」
「とぼけちゃって。隠してるつもりだった?」
「か、香具夜お姉ちゃん…」
「いいじゃない。もう知らない人はいないでしょ?」
「そうだけどさぁ…」
「何の話だ」
「あはは…。なんでもないよ…」
「……?」
隠してる?
何か隠してたかな?
あっ…もしかして…!
「灯!お前…!」
「ち、違うって!」
「じゃあ、なんで!」
「紅葉、契りの証人を持って窓のところで呆けてたでしょ。広場から丸見えだったよ」
「なっ…!」
「まあ、その前から噂されてたことくらいは知ってるよね?」
「そんな…。全然知らないぞ!」
「…本気で言ってるの?」
「当たり前じゃないか!」
「鈍感だねぇ…」
鈍感…。
鈍感なのか、私は。
自分が噂されてるなんて全く考えなかったし、気付かなかった。
利家との結婚も、大々的に知れ渡ってるとは…。
「お姉ちゃん、顔がすごく赤くなってるよ」
「だ、だって…」
「みんなが知ってるのは紅葉と利家の結婚だけだから。月夜に城の外周を二人で歩いてたとか、紅葉が大胆な行動に出たとか、毒の実を食べてヘロヘロになった紅葉を利家が部屋まで抱えていったとか、そんなことは全然知らないからね」
「も、もうやめてくれ…」
「他にも、あることないこといろいろあるけど、全然知らないんだから」
「………」
「あ、お姉ちゃんが爆発した」
…そりゃ、爆発もするよ。
なんでそんなに見られてるんだよ。
全く全部全てじゃないか…。
「お嫁さんに行けないね」
「もう結婚してるから大丈夫だよ」
「あ、そっか」
「でも、もう普通には往来を歩けないだろうね」
「…そだね」
「はぁ…」
「まあ、気を落とさずに。みんな祝福してくれてるよ」
「…もう決めた。ヤゥトから帰らない。向こうに住む。帰りたくない」
「ほらほら、バカなこと言ってないで。あとちょっとなんだから、さっさと洗濯、済ますよ」
「うぅ~…」
もう嫌だ…。
今すぐにでも放浪の旅に出たい…。
恥ずかしいよ…。
上に何かズシリと重いものが乗っかる感触。
何度振り払っても、何度でも乗っかってきて。
「お母さん、起きて~」
「うぅ…。嫌だ…」
「寂しさで死ぬことはあっても、恥ずかしさで死ぬことはないよ」
「じゃあ、灯の恥ずかしい噂を流してやる…」
「えっ、あっ、今のなし!」
「灯は頭を洗うとき目を瞑るのが怖くて、一人では風呂に入れない…」
「お姉ちゃん!ちょっと!」
「灯は未だに夜中に厠へ行けない…」
「もう!やめてよ!」
「みんなが知ってることは噂になり得ないよ」
「じゃあ…夜中に厠へ行けないことが原因で…」
「ダメ!ダメだよ、お姉ちゃん!」
「ほら、灯も嫌がってるしさ。いじけてないで出てきなよ」
「お母さん、いじけてるの?」
「いじけてない」
「ふぅん」
不思議そうにこちらを覗き込む望。
尻尾がユラユラと揺れて、何か誘ってるように見えたから
「そらっ!」
「わわっ!?」
「ギュ~ッ」
「えへへ、お母さん、くすぐったい~」
布団の中に引き込んで、ギュッと抱き締める。
望は楽しそうにバタバタと暴れて。
「こらっ。なんでお前はそんなに可愛いんだっ」
「えへへ」
「ムギュ~」
「ムギュ~」
子供特有の少し高めの体温に触れている間に、もうなんだかどうでもよくなってしまった。
布団をどけると、望をもう一度抱き締める。
望はニッコリ笑って応えてくれて。
「お母さん、大好き!」
「オレも大好きだよ」
「はぁ…。ホント単純だよね…」
「灯は、夜中に厠に行けないせいで…」
「もう!それはやめてよ!」
「ホント、灯も恥ずかしい秘密がたくさんあるよね…」
「そ、そんなことないもん!香具夜お姉ちゃんが持たなさすぎなの!」
赤くなる灯と、ニヤニヤする香具夜。
…私は香具夜の恥ずかしい秘密もいくつか知ってるんだけど、とりあえず今は、切札としておいておこうかな。
「それより、望。ちょっと歯を見せてみろ」
「うん」
「どうしたの?」
「ああ。ちょっとな…」
望の歯は全部綺麗に生え変わっていて、歯並びもいい。
でも、今気付いたけど…
「やっぱり二牙症か」
「えっ、ホント?」
「ああ。ほら、見てみろ」
「わっ、ホントだ~。すごいね」
「三牙症か四牙症くらい行ってるんじゃないの?」
「段階が決められてるわけじゃないから、二牙症は二牙症だ」
「ニガショウって何なの?」
「まあ、それはあとだ。まずは風華のところに…」
「風華って、そこで寝てるよね」
「………」
「じゃあ、次の候補だね」
「え~?誰かなぁ?」
灯はわざとらしく大きな動作で。
そして、二人してニヤニヤと私を見る。
「な、なんだ」
「利家のところ」
「だね。さあ、行こう」
「三平太とか、郁代とか、医務班員は他にもいるだろ!なんで犬千代なんだ!」
「さあ行こ~。望もほら」
「うん」
「出発~」
「こらっ!待て!」
なんで今、利家なんだよ!
収まった恥ずかしさが、また押し寄せてきて。
もう!
なんで風華はこんなときに限って寝てるんだよ!