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「魚は良いですよ~。焼いても煮ても刺身でも食べられますからね~」

「あれ?お姉ちゃん、骨は?」

「食べたけど」

「えぇっ!?」

「魚は骨まで食べられますからねぇ」

「いや、今日の魚は無理でしょ!」

「え?私も食べたけど…」

「…ねぇ、見て。この太さ。いくら狼っていっても、これは噛み砕いちゃいけないでしょ」

「狼の姉さまも香具夜お姉ちゃんも、すごいんだね」

「すごいんじゃなくて、意地汚いんじゃないの?」

「酷い言い様だな」

「だって、そうじゃない」

「残さず食べるというのは、オレたちの生命を繋いでくれた他の生命への感謝の気持ちを表すのに最も簡単な方法だ」

「骨まで食べることないでしょ…」

「硬い骨は揚げ物にしたりして食べますけどね。おやつに作りましょうか」

「おやつ~」


ルウェは足をパタパタさせて。

私のも骨煎餅にしてもらうべきだったかな。


「そういえば、今日から代表の人たちが一度帰郷するらしいですね」

「そうらしいな」

「へぇ~。全然知らなかった。ラズイン旅団だけじゃなかったんだね。なんだか、ちょっと寂しいかな…」

「そうだね…」

「三ヶ月なんて、あっと言う間ですよ。それに、分隊は毎月来てくださるんですから」

「…うん。そうだよね。それに、旅団天照ももうすぐだよね」

「あれ?そうだった?」

「たぶん」

「何それ…」


曖昧な灯の発言に呆れ顔の香具夜。

たぶんじゃなくて、ホントにもうすぐ来るんだけど。

今月はいろいろと忙しい月だな。


「あ、そうだ。オレもヤゥトに行こうと思う」

「え?なんで?」

「なんとなく」

「何それ…」

「私は良いと思うよ。紅葉、こっちに来てから、ユールオから出たことないでしょ」

「そういえばそうかもしれない」

「この前の遠足が最高記録じゃない?」

「そうだな」

「自分も、ユールオから出たことないんだぞ」

「へぇ~。あ、でも、ルウェってどこに住んでるの?」

「えっと、市場の一番向こう」

「一番向こうってことは…」

「孤児通りだな」

「うん。コジドオリなんだぞ」

「…ごめんね。変なこと聞いて」

「……?どういう意味?」

「ルウェ…お父さんもお母さんもいないの…?」

「いるよ」

「えっ?」

「孤児通りには、ぼくたちのお世話をしてくれる人がたくさんいるの。その人たちが、ぼくたちのお父さんでありお母さんであり」

「おっ、ヤーリェ。おはよう」

「おはよ、紅葉お姉ちゃん」

「ヤーリェ~」

「おはよ、ルウェも。灯お姉ちゃん、香具夜お姉ちゃん、昌士お兄ちゃん、おはよ」

「おはよ」「おはよ~」

「おはようございます。すぐに準備しますね」

「うん」


ヤーリェは私の横に座ると、そっと寄り掛かってきて。

頭を軽く叩くように撫でると、尻尾をユラユラと揺らす。


「それにしても、お姉ちゃんはともかく、私たちの名前までちゃんと覚えてくれてるなんてね。びっくりしちゃったよ」

「うん。覚えるの、結構得意なんだ」

「へぇ~。じゃあ今度、紅葉と絵合わせやってみなよ」

「オ、オレか?」

「何言ってんのよ。絵合わせと将棋は、誰も紅葉に勝てないじゃない」

「え?弓矢と剣術じゃなかったの?」

「確かにそっちもだけど…」

「あっ!自分、こんなときになんて言うか知ってるんだぞ!」

「へぇ。なんて言うの?」

「ブンブンリョウトウ!」

「…文武両道でしょ?」

「そう!それなんだぞ!」

「もう…。この前教えたばっかりなのに…」

「えへへ」

「でも、難しい言葉の使い方を覚えていただけでもすごいぞ」

「うん!」

「その言葉自体もちゃんと覚えてよね」

「うん。頑張るんだぞ」


両手をギュッと握り締めて。

…二人とも文武両道、才色兼備の立派な人物になってくれよ。


「さあ、出来ましたよ~。焼きツグと龍魚のヒレの白和え、さっぱりお澄まし。あと、ご飯はおかわり自由ですよ」

「ツグ…龍魚…」

「ん?どうしました?」

「ヤーリェはね、お魚が嫌いなの」

「えぇっ!?」

「大声を出すな」

「出したくもなりますよ!」

「はぁ…」

「ヤーリェ。なんで魚が嫌いなんですか?」

「…臭い」

「臭い、臭いですか…。私には分かりませんが、狼のお三方はどう思いますか?」

「んー。どうだろうな。クサヤは臭いけど」

「クサヤは私も苦手だなぁ。灯は?」

「クサヤは城に持ち込まれた瞬間から分かるよ」

「あの…クサヤじゃなくて、今日の料理の話をしてるんですが…」

「ヤーリェは、この魚、臭いと思うか?」

「うん…」

「だとさ」

「えっと…隊長たちの意見も聞いておきたいなぁ…なんて」

「私は上手く消せてると思うよ。特に、龍魚のヒレだね。この龍魚のヒレは酒で匂いを飛ばしてある。私がこの処理をすると、逆に酒の匂いが残るんだよね。でも、これは残ってないから不思議に思ってたところ」

「あぁ、それはちょっと秘密があるんですよ」

「まあそうだろね」

「でも…臭いもん…」

「じゃあ、目を瞑ってみろ」

「…なんで?」

「いいから」


少し眉間に皺を寄せて、渋々といったかんじで目を瞑るヤーリェ。


「よし。じゃあ、問題だ」

「問題…?」

「第一問。今日の朝食の献立は?」

「焼きツグと龍魚のヒレの白和え、さっぱりお澄まし。ご飯はおかわり自由」

「正解だ。じゃあ、第二問。昨日の夕飯の焼鳥の種類、分かるか?」

「ネギマ、つくね、焼肝、皮」

「そうだな」

「二人とも、よく覚えてるね~。私なんて全然だよ」

「灯は注意を払わなすぎなんじゃないの?」

「えぇ~…」

「次。そのつくね串の肉は何の肉?」

「鶏肉じゃないの?」

「そうだったか?灯」

「えーっと…。昨日のつくね串は、たしかナムの肉だったはずだよ」

「えっ、ナム!?」

「どうだ。昨日のは臭かったか?」

「うぅ…」

「じゃあ、これは?」

「臭い…もん…」

「頑固だな。…分かった。それなら、もう食べなくていい。昌士、片付けてやってくれ」

「はい」

「あ、あっ…」

「どうした。臭い魚は食べたくないんだろ。じゃあ、無理して食べる必要はない。ちなみに、今日の当番は昌士だから、朝から晩まで魚料理だ」

「今朝は良い魚が大漁でしたから。どこでも魚料理でしょうね」

「うぅ…」

「さあ、そろそろ洗濯の時間だ。行こうか、ヤーリェ」

「あっ、あぅ…」


ヤーリェの手を無理矢理取って、立ち上がらせる。

そして、厨房の出口まで引っ張っていく。


「ヤァ…。朝ごはん…。お腹空いたぁ…」

「魚は臭いから食べたくないんだろ?無理して食べなくていいって言ってるじゃないか」

「イヤだもん…。食べたいの…。うっ…うえぇ…」


頃合いだな。

泣き出したヤーリェを元の席に座らせて、昌士に目で合図する。

すぐに、さっき下げた朝ごはんが出てきて。


「さ、どうぞ」

「うっ…うぅ…」


泣きながら、箸に手を伸ばして。

そして、ゆっくりと食べ始める。


「ごめんな、ヤーリェ」

「うぅ…。紅葉お姉ちゃん…」

「ヤーリェ、美味しい?」

「うん…。美味しいよ…」


そして、また大粒の涙が頬を伝って。


「ごめんなさい…お魚さん…。臭いなんて言って食べないで…。ごめんなさい…」

「きっと許してくれますよ。ヤーリェは優しい心を持ってますからね」

「ごめんなさい…」


そうだな。

ヤーリェは優しい子だから。

これからは、ちゃんと魚も食べてくれるだろう。

泣きじゃくるヤーリェの頭を、ルウェはそっと撫でていた。

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