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「ふぁ…」
「柚香、夕飯だぞ」
「あ、うん…」
「ルウェも起きろ」
「んー…」
頬を叩くと、顔をしかめてそっぽを向いてしまった。
「おい、ルウェ」
「ダメだよ、そんなんじゃ」
「ん?ヤーリェか。先に行ったんじゃなかったのか?」
「心配だから戻ってきたの」
「そうか。じゃあ、ルウェを起こしてくれ」
「うん」
頷くと、ヤーリェはルウェの角をギュッと握る。
そして、激しく頭を揺することもなく、そのままジッとしていて。
「ぅん…。何…?」
「夕飯だよ、ルウェ」
「夕飯!」
「うん。行こ」
「あ。狼の姉さまと柚香も一緒に行こ!」
「ああ」「うん」
ルウェに手を引かれ、部屋を出る。
柚香は少し慌ててるみたいで。
「おい、ルウェ」
「あ…柚香、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ。早く行こ?」
「うん!」
「でも、慌てちゃダメなんだからね」
「えへへ。分かってるよ、ヤーリェ」
そして、慌てず急がず。
まっすぐ広間まで。
落ちてきた箸を取って、すかさず鯖の煮付けを食べる。
直後、桜の箸は何もない場所を掴んだ。
そして、それを軽く捌いてやる。
「あぁもう!なんで~?」
「無闇やたらに突っ込んでくるだけじゃ勝てないってことだろ」
「なんでかなぁ…」
「桜。望を見習いなさいよ。静かに食べてるでしょ」
「望、最近すごく落ち着いてきたよね~」
「はぁ…。桜はなんで落ち着かないのかな?」
「さあ?」
「風華がしっかりしてるせいかもな」
「え?私?」
「ああ。姉がしっかりしていれば、妹は天真爛漫に育つものだ」
「えぇ~。ボク、風華と同い年だよ~」
「見た目も言動も、とても同い年とは思えないからねぇ」
「あ、そらねぇ。お帰りなさい」
「ただいま」
「空姉ちゃん、どこかに行ってたの?」
「いや、ずっと城にいたよ」
「えぇ…」
「まあ、代表がどこかに出掛けるなんてことはそうそうないだろう」
「たまに市場に行ったりするけどね。あ、そうだそうだ。明日からしばらく村に帰るんだった。風華たちはどうする?」
「どうしようかな…」
「ボクは帰ろっかな~。ラズイン旅団も明日発つって言ってたし」
「えっ、嘘!?」
「嘘じゃないわぁ。私たちは、ひとところにあまり長く留まらないから」
「あ、タルニアさん」
「寂しくなるな」
「私はまた当分の間は来ないけど、クノと長之助はまたすぐに回ってくるわぁ」
「え?なんでですか?」
「クノと長之助はルクレィ分隊だからよぉ」
「ルクレィ分隊はだいたい一ヶ月に一回、本隊は三ヶ月に一回、ここに来るんだ」
「へぇ~。でも、明日まではいるんですよね」
「ええ」
「じゃあ、たくさんお話させてください!」
「ボクも~」
「ええ。もちろん」
「私も、たくさんお話したいな」
「ふふふ。じゃあ、柚香ちゃんもねぇ」
「あの…私、みなさんが明日発つなんて知らなくて…。だから、暢気にしてて…。でも、いっぱい、いっぱい話したいことがあって…」
「ふふ、今日は眠れなさそうね」
「あっ…明日、早いですよね…」
「クノ、どうだったかしらぁ?」
「明日は昼に発つ予定ですね」
「じゃあ、村に行くのもそれくらいにしようかな」
「空姉ちゃん…」
「たっぷり話しなよ。次は三ヶ月後なんだからね」
「うん!ありがと!」
「結局、風華も村に帰るんだな」
「あ、うん。姉ちゃんも来る?」
「そうだな…。明日までに考えておくよ」
今はとにかく、風華たちの邪魔をしないことが肝要だ。
空に目で合図を送り、そっとその場を離れる。
…みんなはすでに話し込んでいた。
一瞬をも惜しむように。
このときは二度と訪れないから。
星が優しく瞬く夜空。
広間の熱気はまだまだ冷めないようで、片付けが済むと布団を持ち込む者もいた。
私はそんな熱気とは少し外れて、自分の部屋の屋根縁に。
「お前の角はどうなってるんだ?」
「分かんない」
「なんで角を握ったら目が覚めるんだ」
「目が覚めるんじゃないんだぞ。狼の姉さまに頭を撫でてもらったときみたいに、なんだか気持ち良いんだ」
「ふぅん。こうか?」
ゆっくりと頭を撫でると、ルウェはギュッと抱きついてきて。
「えへへ」
「そういえば、狼ルウェとクーアの名前は決まったのか?」
「あ…。忘れてたんだぞ…」
「ふふふ。また明日、考えような」
「うん!」
ルウェは龍なのに、響や光のような翼はないんだな。
でも、三人の中で一番小さいにも関わらず、角は一番立派だ。
「紅葉さまはみなさんとお話しにならないのですか?」
「また今度な」
「クノお兄ちゃん~」
「ルウェさま、まだ起きていたんですね。ヤーリェさまのように早く寝た方がいいですよ」
「あぅ…」
「まあいいじゃないか。クノもこっちに来いよ」
「…はい」
「その堅苦しい喋り方もやめて」
「………」
「クノとはまた一ヶ月後だな」
「そうだな」
「一ヶ月後なの?」
「僕と長之助はだいたい一ヶ月後。タルニアさまは三ヶ月後だな」
「寂しいんだぞ…」
「僕がいなくなって寂しいと思ってくれるのは嬉しい。でも、良き兄、姉がいるだろ?それを忘れちゃダメだ。ルウェが寂しいと思っていると、みんなが寂しくなるんだから」
「うん…」
「それに、また一ヶ月後に会えるんだから。哀しい顔をするな」
「うん…そうだよね」
「笑って笑って。ルウェは、笑ってる顔が一番だ」
「えへへ」
クノに撫でられてニッコリ笑顔。
それで安心したのか、大きな欠伸をして。
「さあ、寝ようか」
「うん…」
「紅葉はどうする?」
「もうちょっと星を見てるよ」
「分かった」
「笛、吹いてくれるか?」
「ふふ、分かったよ」
クノは、ルウェを寝かせて笛を取り出す。
私も懐から笛を取り出し、そっと口をあて。
そして、どちらともなく吹き始める。
ルウェは虚ろな目でそれを眺めていて。
ふたつの旋律は、月が昇り始めた夜空に遠くまで響いていった。