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「んぅ…」
「ふふ、可愛いね」
「はい。誠に愛らしき寝顔ですね」
「風邪引くといけないから…」
「あっ!姉ちゃん、今、どこで手を拭いたの?」
「ん?服…かな。意識してなかった」
「ちゃんと手拭いで拭きなよ!」
「え?なんで」
「汚いでしょ…」
「オレは汚いとは思わないけど。な、ヤーリェ」
「ぅむ…」
「もう…」
ヤーリェの頬を突ついてみると、小さく口を開けてモゴモゴし始めた。
そこに指を入れてやると安心したようにため息をついて。
しばらくして落ち着いてから、布団まで運んでやる。
「こっちもお願い出来るか?」
「あ、美希。お帰りなさい」
「あたしたちもいるよ~」
「夏月も寝ちゃった」
「お帰り。ユカラ、祐輔」
「ただいま~」「ただいま」
美希に続いて、ユカラと祐輔も帰ってきた。
葛葉と夏月をそっと布団に下ろすと、屋根縁に出てきて。
「涼さんの食堂に行ってたの?」
「ああ。よく分かったな」
「クノさんが、みんなが食堂に入っていくのを見てたんだって」
「ほぅ」
「でも、なんで市場に行ってたんだ?買い物でもあったのか?」
「いや。灯に付き合わされてたんだ。葛葉は私に付いてきただけ」
「じゃあ、肝心の灯はどうしたんだ」
「涼が大変だろうからって、食堂の手伝いだ」
「え?大変って?涼さん、どうしたの?」
「身重だろ」
「えっ、嘘!?全然知らなかった!」
「風華は鈍感だからな。誰かに似て」
「鈍感じゃないもん!」
「どうかな」
「もーっ!」
「それで、ユカラたちは?」
「あたしは、お裁縫のための布を買いに行ったんだ。祐輔と夏月は、市場をいろいろ見て回りたいって。ね?」
「うん。いろんなところを見せてもらったんだ」
「良かったな」
「うん!」
祐輔の頭を撫でてやると、尻尾の先をクルリと動かして。
「そういえば、市場で長之助さんに会ったよ」
「何をしてたんだ?」
「回診と仕入れって言ってたかな」
「長之助さんは薬師だからね」
「そうなの?」
「うん」
「へぇ~。じゃあ、お薬の材料でも買いに行ってたのかな」
「だと思うよ」
「ところで、さっきから気になってたんだが、そこの狐は?朝はいなかったよな?」
「申し遅れました。私、如月という者です。現在、タルニアさまにお仕えさせていただいております。どうか、よろしくお願いいたします」
「私は美希だ。あの金髪の九尾が葛葉、隣で寝てるのが夏月」
「あたしはユカラだよ~」
「美希さま、ユカラさま、。それに、葛葉さまと夏月さまですね。あと…そちらの坊っちゃんは…?」
「ん?あ、寝てる。こいつは祐輔。夏月の兄貴だ」
「祐輔さまですね」
「ああ。よろしくな、如月」
「よろしくお願いいたします」
如月は深々と頭を下げる。
それに合わせて、ユカラも慌ててお辞儀をして。
「そういえば、さっきタルニアに仕えていると言っていたが、如月は護獣なのか?」
「いえ。私は聖獣ですね。ちなみに、タルニアさまの護獣は龍です。強いていうなら、クルクスあたりでしょうか」
「ん?聖獣?護獣とは違うのか?」
「はい」
「美希も、お昼に厨房にいたらよかったのにね」
「いや、あそこに美希までいたら、如月の話は永遠に始まらなかった」
「ふふ、そうかも」
「……?」
「護獣はその人の本質を表す獣、聖獣は神の使徒である獣のことですね」
「あ、まとめた」
「ええ。いつまでも失敗は出来ませぬので」
「まあ、今この場所で話に割り込むやつなんていないけどな。祐輔も寝てるし」
「むぅ…」
残念そうに尻尾をパタリと振って、耳の裏を掻く。
その間に、祐輔を布団に寝かせて。
「今日は空が蒼いな」
「そうだね。良い天気」
「空の蒼は包容の蒼なんだぞ…」
「あ、起こしたか?」
「ううん…。ちょっと目が覚めたの…」
「空の蒼は包容の蒼か…。海の蒼は哀しみの蒼…」
「北の伝承だな」
「ああ」
「自分は…望に…」
「望?望が北の伝承を知ってたのか?」
「………」
「寝ちゃったね」
ルウェに布団を掛け直してやり、屋根縁に戻る。
空を仰ぐと、そこには確かに蒼い空があった。
「空の蒼。全てを見てるが故に受け止められる包容の色。海の蒼。全てを内包してるが故に見せられない哀しみの色。しかし、ふたつは互いに混ざり合い、いつか希望に変わるだろう。蒼は癒しの色、生命の色」
「へぇ~。そんな伝承があるんだね」
「"高き空"シィリアと"生命の源"ルクエンの物語だな」
「ねぇ、如月。シィリアとルクエンも本当にいるの?」
「ええ。お二方は今も昔も、非常に良き親友のようです。それこそ、姉弟のように」
「そうなんだ~」
「伝承でも、そう伝えられているな」
空のシィリア、海のルクエン、そして陸のクノ。
さっきの伝承ではシィリアとルクエンしか出てこないが、クノも二人とはとても仲が良いと言われている。
「私たちはみんな、ひとつの大きな家族です。喧嘩やいがみ合いをすることもあるでしょうが、その心はいつもひとつなんです」
「いつもひとつ…」
「ええ」
家族、心、ひとつ。
北の伝承でよく使われる言葉。
みんなにとって、大切な言葉…。