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おやつのあとは、みんなでお昼寝。
良い風が吹いていたから、屋根縁でチビたちの寝顔を風華、如月と一緒に見ていた。
「ただいま~」
「お帰り」「お帰り~」
「お帰りなさいませ。えっと…」
「あ。初めまして、狐さん。ぼくはヤーリェっていうの」
「ヤーリェさまですか。私は如月と申す者です。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
ヤーリェはみんなを起こさないように、抜き足差し足でやってきて。
そして、窓の縁に座る。
「今までどこに行ってたの?」
「えっと、頼まれてたものを市場で買って、家に届けてたの」
「へぇ~。偉かったんだね」
「えへへ」
「お昼ごはんは済ませたのですか?」
「うん。家で食べてきたよ」
「そうか。じゃあ、この大福、食べるか?」
「え?いいの?」
「美味しいよ。食べてごらん」
「うん!」
ヤーリェは私の前にちょこんと座り、なんとか確保しておいた苺大福を手に取る。
…しかし、城のチビたちからこの数個を守るのは骨が折れたなぁ。
「いただきま~す」
「はい、どうぞ」
大きく口を開けて、まずは半分。
一瞬顔をしかめたのは、酸っぱい苺のせいだろうか。
「ん~。美味しい~」
「でしょ~。光が買ってきてくれたんだよ」
「へぇ~。胡月堂の苺大福かなぁ」
「有名なのか?」
「ううん。裏道のちっちゃいお店だよ。でも、美味しいお菓子をいっぱい売ってるの」
「そうですね。この苺大福が一番人気だと、長之助さまから聞いたことがあります」
「ほぅ。じゃあ、また案内してくれるか?」
「うん!」
元気よく頷いて残りの半分を口に入れ、ゆっくりと味わう。
そして、最後に指を舐めて。
「ごちそうさまでした~」
「まだもうちょっとだけあるぞ」
「ううん。もういいよ」
「そうか」
「…ねぇ、紅葉お姉ちゃん」
「ん?どうした?」
「あのね…。うーん…。むぅ…」
「どうしたんだ」
「お腹が痛いのですか?」
「ううん…」
似たような光景を、ついこの前にも見たな。
風華も気付いたみたいで、チラチラとこちらに合図を送るけど。
でも、敢えてヤーリェが言い出すまで待ってみる。
「あのね…」
「うん」
「えっとね…」
「うん」
「………」
「………」
「うぅ…。風華お姉ちゃぁん…」
「ありゃりゃ。ヤーリェ、ちゃんと言わないと姉ちゃんも分からないよ?」
「うぅ…」
顔を真っ赤にさせて、せわしなく尻尾を振ったりしながら。
ようやく決心がついたのか、私の方をキッと見て口を開く。
「………。やっぱりダメ…」
しかし、開いた口は結局パクパクさせただけで、言葉にはならなかった。
相当な恥ずかしがり屋さんだな、この子は。
仕方ない。
少し助け船を出してやろうか。
「ヤーリェ。ほら、ここに座れ」
「…うん」
私の胡座の上に座ると、嬉しそうに自分の尻尾を抱えて。
「それで、どうしたんだ?」
「えっとね…。紅葉お姉ちゃん、甘噛みしてもいい…?」
「ああ。よくないわけがないだろ」
「うん!」
ヤーリェの頬を突ついてやると、少し恥ずかしそうにその指をくわえる。
…奥歯以外は全部生え変わってるみたいだな。
他はそうでもないけど、牙だけは祐輔のよりずっと鋭い。
なんでだろ。
狼の特徴が出ていて、舌は祐輔より滑らかだ。
「ん~」
「良かったね、ヤーリェ」
「うん!」
「あ、そういえば、葛葉は甘噛みしないなぁ…。なんでだろ。夏月はしてるのに」
「個人差があるからな。それに、狐は少し遅めだと聞く。それもあるんじゃないか?」
「そうかな」
「タルニアは今のヤーリェくらいのときに出てきた。まあ、あのお姫さまは猫だがな。対して、クノは夏月より小さいときに、すでに現れていたな」
「お前はまたいきなり出てくるんだな」
「ふむ。では、どういう風に出てくればよいのだ」
「…もういいよ。普通に出てきたら」
「そうか」
「カイトは、タルニアさんとクノさんのこと、よく知ってるんだね」
「まあな」
「私より長い間、タルニアさまとご同行なされていますから」
「へぇ~」
「嫉妬か?」
「いえ。しかし、嫉妬も混じっているかもしれませぬ。でも、あなたには敵わぬということは、ずっと昔に思い知らされましたので」
「ふふふ。そういえば、お前との付き合いも長いな」
「ええ」
「どれくらいの付き合いなの?」
「そうですね…。初めて会ったのは、私の尻尾がまだ七本のときでしたから…二百年ほどの付き合いでしょうか」
「…え?二百年?」
「ええ」
「ほぅ。ずいぶんと長かったんだな」
「二百年って、今、あなたたちは何歳なの…?」
「歳など、百を超えたときから面倒で数えておらぬ」
「私は今年で八百と五歳ですね。五年前に尻尾が九本に増えましたので」
「え?じゃあ、葛葉は何歳なの?九本、尻尾あるけど…」
「八百を超えてるのではないか?」
「えぇっ!?」
「…嘘を教えないでください。人間の九尾は確立されたひとつの人種です。尻尾が増えて九尾になるということはありませぬ。だから、見たままの年齢ですよ。ご安心ください」
「はぁ…。びっくりした…」
「……?」
ヤーリェは、よく分からないという風に可愛く首を傾げる。
まあ、こいつらが何歳であろうと、今ここに一緒にいるという事実は変わらない。
同じ時間を生きているということは変わらないんだから。