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「ウゥ…」
「もう、暴れないでよ!」
「お前の抱っこの仕方が気に入らないんだろ」
「じゃあ、どうやるのさ」
「後ろ足をしっかり持ってやって、前足と胴体をもう一方の腕に乗せるんだ」
説明しながら、狼ルウェで実演してみせる。
桜もそれを見てクーアの抱き方を変えて。
「あ、大人しくなった」
「大人しくなったんじゃなくて、さっきまでは嫌がってただけだ」
「えぇ~。なんで」
「抱き方が雑だからだろ」
「雑じゃないもん。ね、クーア」
「………」
「ねぇ、クーア」
「………」
そっぽを向いたまま、クーアは返事をしなかった。
よっぽど気に入らなかったのか。
と、柚香が服の裾を引っ張る。
「紅葉お姉ちゃん、名前、付けてあげるんじゃなかったの?」
「あぁ、そういえばそうだったな。ルウェ、どうするんだ」
「えっと…。姉さまはどう思う?」
「え?私?私は、ルウェの好きなようにしたらいいと思うよ」
「じゃあ、名前、付けてあげるんだぞ。いいよね、ルウェ、クーア」
「ワゥ」「ァン!」
「ふふ、どんな名前が良いかなぁ」
狼ルウェの喉をくすぐりながら。
クーアは桜に抱かれて大欠伸をしている。
「何をしてるの?」
「あ、お姉ちゃん」
「え?ルウェ、タルニアさんのこと知ってるの?」
「ううん。知らない」
「えぇ…」
「お姉ちゃん、ルウェとクーアの名前、どんなのがいいと思う?」
「その子たちのことかしらぁ?」
「うん」
「そうねぇ。聖獣だからといって、特別な名前を考える必要はないわぁ」
「え?聖獣だって分かるんですか?」
「ええ。私にも似たようなのがいるから」
「……?」
「如月、聞いてたわよねぇ。一緒に考えてあげてくれない?」
と、タルニアの横に何かが降ってきた。
…金色の狐。
クーアが大人になったような、黄金の美しい狐。
「なんだ。お前も聖獣だったのか」
「ええ。お久しぶりです、紅葉さま」
「久しぶり。それにしても、ラズイン旅団には聖獣がたくさんいるんだな」
「…私だけだと記憶しておりますが。他にもおられましたか」
「カイトは?」
「あの子は同行者ねぇ。ずいぶんと長いけど、誰かと契約しているわけではないわぁ」
「へぇ~。でも、聖獣と一緒なんて珍しくないですか?」
「あのセトという銀龍も明日香という白狼も、見たところ聖獣のようですが。違いましたか?」
「えっ、そうなの?」
「まあ確かに、あいつらがどこから来たのかすらも分かってないけどな。ある日突然ここにいたわけだし」
「ほぅ。興味深い話だな」「あ、お母さんいた~」
「ん?響か。どうしたんだ?」
屋根縁に下りてきたのはカイトと響だった。
意外な取り合わせだけど、何かしてたんだろうか。
「光、知らない?」
「いや、見てないな」
「うーん…。どこに行ったのかな…。望お姉ちゃんもいないし…」
「昼になったら帰ってくるだろ」
「そだね。でさ、みんなで何やってたの?」
「聖獣の話だよ~」
「えぇーっ!ルウェとクーアに名前を付ける話なんだぞ!」
「あれ?そうだっけ?」
「もう…。猫の姉さま、もっとしっかりしてほしいんだぞ…」
「ごめん…」
「ふふふ。私は銀龍の若者と幼き白狼の話の方に興味をそそられるがな」
「え?なんで?」
「もしかすると、誰かに引き寄せられたのかもしれないからな」
「えぇ~、誰に?」
「さあな」
そう言って、カイトは少し目を細めて周りをグルリと見回す。
…風華のあたりを重点的に見ていたようだけど。
風華なのか…?
「まあいい。名前だったな」
「うん」
「"純粋な心"ルウェ、"黄金の魂"クーア。二人に贈る名前は…」
「属性の違う二人の聖獣と契約するなんて、ルウェちゃんは心が強いのねぇ」
「そういえば、契約って何なんだ?望も言ってたけど」
「んー。説明してもいいんだけど、上手く出来る自信がないのよねぇ。よく知ってる人がいればいいんだけど。とにかく、とても感覚的なものよぉ」
「ふぅん」
「狼の姉さま、お姉ちゃん、名前!」
「あぁ、そうだったな」
さて、どうしたものか。
狼ルウェもクーアも、待ち切れずに眠ってしまっている。
…特別な名前を考える必要はないかもしれないけど、名前はその人にとって特別なものだ。
「ユウナ、イナヒメ」
「ユウナは良いとして、稲姫…?どこかの戦国武将の娘みたいな名前だな…」
「うん。あ、ネネ」
「柚香は戦国時代が好きなのか?」
「ううん。でも、今、いっぱいお勉強してるんだ」
「柚香は学者さんか何かになりたいの?」
「…薬師さまになりたい。長之助お兄ちゃんみたいな、立派な薬師さまに」
「へぇ~。じゃあ、風華と一緒だね」
「風華お姉ちゃんも薬師さまになりたいの?」
「うん。兄ちゃんが薬師だから…。それに、姉ちゃんとの約束もあるし」
「えへへ。じゃあ、一緒に頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」
風華…。
約束、覚えててくれたんだな。
…私自身が忘れてたなんて言えないけど。
でも…ありがとう。
「うーん…。やっぱり難しいんだぞ…」
「そうですね…。名前というものは、難しきものです…」
「名前、名前…」
どんどん話が脱線していく中、ルウェと如月、響だけはひたすら名前を考えていた。