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「ァン!」
「食べちゃダメなんだぞ」
「クゥ…」
「こら!舐めないの!」
「…なんだ、こいつは」
顔を舐めている子狐をつまみ上げ、目の前まで持ってくる。
金色に輝くその毛並は、葛葉を思い起こさせた。
「ウゥ…」
「あ…狼の姉さま…」
「ん?ルウェか。どうしたんだ。こんな朝早くに」
「昨日、雨が降ってて来れなかったから、今日は早く来ようって思ってたの」
「で、こいつは?」
「クーアなんだぞ」
「"黄金の魂"クーアか」
「うん」
クーアを投げて寄越し、布団から抜け出す。
空気はまだ冷たく、本当にまだ朝が明けたばかりなんだということが分かる。
「ふぁ…あふぅ…」
「まだ眠たいんだろ。もう少し寝るといい」
「眠くないもん…」
「意地を張るところじゃないだろ。ほら、こっちに来い」
「むぅ…」
クーアを抱き締めたままフラフラと布団の中に入る。
そして、すぐに寝息を立て始めて。
「ルウェ、寝ちゃったの?」
「ああ。ヤーリェも眠るといい」
「うん…」
ヤーリェはルウェの隣に入って、ニッコリと笑う。
「ルウェ、今日は絶対にお城に行く~!って、すごく張り切ってたの」
「そうか」
「うん…。私も…」
「…そうか」
頭をそっと撫でてやると、もう一度ニッコリ微笑んで眠ってしまった。
…じゃあ、私も寝るか。
太陽の光が射し込む。
もうそろそろ風華も起きたようだ。
「おはよう、風華」
「あ、おはよ。この子たち、いつ来たの?」
「朝のもっと早い時間にな」
「えっ。眠たかったんじゃないの?」
「そうだな。だから寝てる」
「あぁ、うん。そうだよね」
風華は二人の寝顔を見て、大きく伸びをする。
「それにしても、何か急ぎの用事でもあったのかな」
「急ぎの用事なら、ルウェはともかくヤーリェは寝る前に伝えるだろ」
「んー。そうかも」
「んぅ…」
「ありゃりゃ。起こしちゃったか」
「姉さま…」
「おはよ、ルウェ」
「おはよ…」
ルウェは布団の中でしばらくモゾモゾすると、どうやら湯タンポ代わりに抱いてたらしい白い狼を引き出してきた。
「明日香…じゃないよね」
「どこから連れてきたんだ」
「んー…」
「ダメだね。寝惚けてる」
「おい、お前はどこから来たんだ」
「ワゥ!」
「……?」
「………」
「どうも分からんな。じゃあ、お前は護獣なのか」
「ワゥ!」
「んー…。ルウェ、うるさい…」
「ルウェ?お前もルウェなのか?」
「ワゥ」
「ややこしいな…」
「なんて言ってるの?」
「こいつは、ルィムナの使徒であるルウェなんだと」
「へぇ~。って、ルィムナは実在するの?」
「実在"した"というのが一般的な見方だけどな。でも、もしかしたら、伝承の英雄は本当の神だったのかもしれない、という考えもあるくらいだから…」
「じゃあ、この子も本物の使徒かもしれないってこと?」
「その可能性は捨てきれないな」
「ワゥ!」
ルィムナの使徒か…。
いつかは北に行って護獣を授かってこようと思っていたが、こんな近くに本物かもしれない子がいたとは思いもしなかった。
…そういえば、さっきの狐はどこに行ったんだろう。
と、また布団がモゾモゾ動いて、金色の毛玉が転がり出てきた。
「ハッ、ハッ…」
「なんだ。ルウェの下敷きにでもなってたのか」
「ァン」
「そうか。災難だったな」
「何?この子も?」
「クーアだそうだ」
「クーア…クーア…。あ、カゥユの使徒だっけ?」
「ああ」
「へぇ~。こんな可愛い子なんだ~」
「ワゥ」
「あれ?ルウェ、焼きもち焼いてるの?ふふ、ルウェも可愛いよ~」
風華は二人を優しく撫でて。
ホント、普通の子狼と子狐にしか見えないけど。
でも、ルウェが少し発光しているあたり、確かに普通の子狼とは違うのかもしれない。
「お母さん…。おなかすいた…」
「あ。葛葉、おはよ」
「うん…おはよ…。ふぁ…」
「よく眠れた?」
「えへへ…。いっぱいねた…」
「良かったね」
「うん…」
「じゃあ、朝ごはん、食べに行こっか」
「うん」
「先に行っておいてくれ。オレはこいつらを起こしてから行くよ」
「あ、うん。よろしくね」
「ああ」
そして、風華と葛葉を部屋の外まで見送って。
…狼ルウェとクーアまで付いていったけど、まあいいか。
さてと
「朝だぞ。起きろ~。起床、起床」
「んー…」
「響、光。起きろ」
「むぅ…」「ふぁ…」
「望、柚香」
「おはよ~」「おはよ、紅葉お姉ちゃん」
「おはよう。ほら、ルウェとヤーリェも」
「あと五分…」
「ダメだ」
「じゃあ、十分なんだぞ…」
「増えてるじゃないか。祐輔と夏月も起きろ」
「んーっ…はぁ~。よく寝た」「………」
「夏月、起きろ。ルウェも!」
また眠り始めたルウェと夏月の布団を剥ぎ取り、外気に触れさせる。
冷たい空気にガタガタ震える二人に羽織を着せてやり、布団をある程度整え、光の髪を手櫛で鋤き、ヤーリェの服をしっかり正して。
「よし。朝ごはんを食べに行こう」
「朝ごはん!」「行こー」「お腹空いた~」
いざ厨房へ。
いつになく大人数で。
美味しい朝ごはんになりそうだ。