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部屋に近付くと、何かバタバタと走り回るような音がする。
「……?なんだ?」
「あぁ!あの子たち、まさか!」
私の手を離し、部屋まで走っていく。
「こらっ!暴れちゃダメでしょ!」
「あ、お姉ちゃん」
「こいつ、言うこと聞かないんだもん!」
聞こえたのは望と響の声。
…こいつって誰のことだ?
「誰かいるのか?」
「あ、ごめん、姉ちゃん…。ちょっと、森の方で拾って来ちゃったんだ…」
「拾ってきた?」
「うん。この子なんだけど」
と言って、風華は何か大きな毛玉のようなものを寄越す。
触ったかんじ、子犬…いや、この匂いは狼か…。
「ちっちゃい子犬なんだけど…」
「こいつは犬じゃないぞ」
「え?」
「お母さん、目、どうしたの?」
「これか?何、心配はない。それより、どうだ、響。こいつが何か当ててみろ」
響に子狼を渡す。
「うーん…フダツ?」
「違う」
「じゃあ、クルス」
「違う」
「望、分かるよ!狼でしょ!」
「えぇ!?狼!?」
「そうだ。よく分かったな。偉いぞ」
「えへへ」
「わたしも!わたしもなでなでして!」
「分かった。分かったから、押すなって」
二人が見せているであろう可愛い笑顔を拝めないのは残念だが、私の服を掴む感触、抱きついてくれている感触は感じられる。
今は、それだけで充分だ。
「私…狼なんて拾ってきちゃったの…?」
「どうした。何か問題でもあるのか?」
「だって、狼って、すっごく獰猛で…」
「じゃあ、オレや望も獰猛なのか?」
「そ、そういう意味じゃないよ。でも…」
「獰猛だとか凶暴だとかは、人が自分勝手な基準で決めたこと。人間に比べたら、こいつらの方がよっぽど大人しいよ」
「お母さん、わたし、難しい話、分かんないよ~」
「そうだな。こんな話はこれで終わりだ。…でも、風華、そのこと、ちゃんと分かっておいてくれ。動物というのは、決して獰猛でも凶暴でもないってことを」
「うん…」
「じゃあ、望、響。こいつの名前、決まってるのか?」
「うん!明日香!」
「あすか?」
「うん。明日、香るって書いて明日香!」
「ほぅ、響、漢字が出来るのか」
「うん!」
「望も出来るよ~!」
「そうか。二人とも、偉いな」
「えへへ」
またガシガシと頭を撫でてやる。
本当に可愛いやつらだ。
「さて、もう寝る時間だぞ。お前らの部屋は…」
「あ…姉ちゃん…」
少し部屋の外まで引っ張り出される。
「どうしたんだ」
「昨日も、二人ともここで寝てたんだ。匂いを消すのが遅れたし、デガナも食べてたから分からなかったかもだけど…」
「そうなのか?」
「うん…衛士さんは、別の部屋に連れて行ったって言ってたんだけど…」
「そうか。でも、まあいいじゃないか」
再び部屋へ戻る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、もう寝る時間だ、二人とも」
「うん」「分かった~」
「えっと…そこか」
「何が?」
「布団、もうちょっとこっちに寄せたらどうだ?」
「いいの?」
「悪いわけがないだろう」
「「やった!」」
布団を擦る音がした。
それが、部屋の中ほど…私と風華の布団があるであろう場所で止まる。
「それなら、こうでしょ」
「あ!お姉ちゃん、頭いいね!」
「そうかな」
風華の照れたような声。
たぶん音からするに、望と響の布団を私と風華の布団の間に入れたのだろう。
そして、バサバサと布団に潜り込むような音。
「おやすみ、お姉ちゃん、お母さん」
「おやすみ~」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ、望、響」
「うん…」
…すごく寝付きがいいな。
ていうか、早すぎないか?
響なんかは、もう寝息を立て始めてる。
二人の寝顔は、また昼寝のときか、もうしばらく先までお預け。
昼の、二人の寝顔を想像すると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「姉ちゃん、変なの」
「そうか?」
「…ううん。やっぱり、変じゃない。だって、私と同じ顔、してるもんね」
「ふふ、そうだな。…あ、こいつ、どうするんだ?」
「私が世話するつもりだけど」
「そうか。まあ、オレも出来る限りのことはする。それに、オレの方が狼の扱い方に関しては上だろうしな」
「え?なんで?」
「なんでってそりゃ…」
そこで止める。
これを、今言ってしまってもいいのだろうか…。
「そりゃ…何?」
「いや、今日はもう遅い。続きはまた今度にしよう」
「えぇ~!気になるよ!」
「次のお楽しみってやつだ。また話してやるから」
「絶対だよ!ねぇ、絶対!」
「分かってる。それと、そんな大きな声を出すな」
「あ…そうだね」
聞こえてくる二つの寝息。
起きる気配はないけど、それでも配慮するに越したことはない。
「オレたちも寝るか」
「うん。あ、布団、どこか分かる?」
「匂いでだいたいな。…ここか」
「やっぱり、嗅覚が鋭いんだね」
「ああ。狼だしな」
「私は全然だな~」
「よく利く鼻がなくても、風華には聡明な頭脳がある」
「ふふ、そうだね」
「ちょっとは謙遜しろよ」
「えぇ~」
「くっ…ふふふっ」
「あははははっ」
二人して笑った。
何事かと、明日香が頬を舐めてきて。
それがくすぐったくて、また笑った。
笑う門には福来る。
さあ、みなさん、笑いましょう。
意味なんていらないのです。
幸せになったもの勝ちなんですから。