表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/578

89

「もうすぐ夕飯ですよ」

「あ、はい」

「灯さんも、食べるのはすっぽかさないでくださいね」

「お前、準備当番だったのか」

「あれ~?どうだったかなぁ?」

「………」

「ははは。まあいいじゃない。次に失敗しなかったら良いんだよ」

「そう言って、毎回すっぽかすんですよね」

「もう!余計なこと、言わないでよ!」

「灯?あとでゆっくり話そうか」

「あ、あはは…。遠慮しときますっ!」


そう言って、灯は部屋を飛び出していった。

まったく…。

みっちりと説教する必要があるようだな。


「じゃあ、私たちも行こっか」

「ああ。先に行ってくれ。夏月を起こしていくから」

「うん、分かった。じゃあ、クノさん、柚香ちゃん、行こ?」

「あ、私は紅葉お姉ちゃんたちと一緒に行って良いですか?」

「うん、もちろん」

「ちゃんと柚香の分は確保しておけよ」

「分かってるって。任せなさい」

「では、お先に」

「ああ」


風華はクノの手をギュッと握ると、こちらに手を振って部屋を出ていった。

相変わらずクノは顔を真っ赤にさせていて。

…ウブなんだな、クノは。

さて


「…おい、夏月。夕飯だぞ」

「んぅ…」

「ほら。起きろ」

「んー…」


夏月は耳を少しパタパタさせて、うっすら目を開ける。

尻尾をユラリ、ユラリと揺らして、なんだかご機嫌さんのようだった。


「えへへ…」

「どうしたんだ?」

「ゆめ…」

「夢を見たのか?」

「うん…」

「どんな夢だったんだ?」

「うーん…。わかんない…。でも、たのしいゆめ…」

「そうか」


そっと夏月の額に手をあてると、ゴロゴロと喉を鳴らして。


「さあ、夕飯だぞ」

「うん」


グーッと大きく伸びをすると、その反動で身体を起こす。

そして、大きな欠伸をすると立ち上がって。


「ねーね、早く行こ!」

「ああ」


柚香の手を引いて立たせてやる。

夏月は柚香を見てニッコリ笑うと、その手を取って


「おねえちゃん、だれ?」


うん、誰か分からない人の手を握ってそんなことを聞けるのは、ある意味才能だと思う。

でも、ここまで無防備なのは考えものだ。



客人がいるからか、みんな今日は妙に大人しかった。


「へぇ~、あの子とねぇ」

「カイトだよ」

「望ちゃんはカイトに相当気に入られたみたいねぇ」

「……?」

「ふふふ。まあ、本当の契約はもうちょっと体力が付いてからねぇ」

「うん。カイトもそう言ってた」

「でも、珍しいわねぇ。あの子から引き込むなんて」

「そうなのか?」

「ええ。基本的に、人との交わりは避けてるみたいだから」

「そうは見えないけどな」

「カイトはそうしてるつもりなのよ」


あれで人を避けてるつもりなのか。

ていうか、あの大きさ、容姿からして、人目を避けるのは不可能に近いだろう。

それこそ、雲の上を飛んだり、どこか山奥にでも隠れたりしない限りは。


「さあて。クノ」

「はい」

「ん?」


クノが合図をすると、ラズイン旅団員は全員立ち上がって。

どこに隠していたのか、楽器も持っている。


「本日は、この盛大な晩餐会にお招きいただき、感謝してもしきれませんわぁ」

「お礼と言ってはなんですが、我がラズイン楽団の演奏をお聞きください」


タルニアが素早く指揮棒を挙げると、一斉に構えて。

クノは横笛、長之助は太鼓。

他にも竪琴や木琴、尺八なんかもいる

そして、シンと静まりかえったときを見計らって、タルニアは指揮棒を操り始める。

最初はクノたち横笛から入って。

どこか少し寂しげに歩くような曲調は、特に流れるような旋律に強調されている。

と、寂しく一人で歩いてゆく旅人に一迅の風が吹いた。

優しい風は、旅人の背中をそっと押す。

続けて動物たちが集まってくる。

鳥の鳴き声、頼もしい犬たち、ズシリズシリと熊まで一緒に。

いつの間にか曲調は明るいものへと変わっていき、旅人の足取りも軽くなる。

空を仰げば白い雲が。

遥か遠くの地平線は確かにこの道に繋がっていて。

太陽が昇り、旅人を勇気付ける。

月が昇り、旅人を優しく見守る。

うん。

どんなときでも、自分は一人じゃない。

真っ直ぐ前に進めば、きっとあの虹を越えられる。

旅は、まだ始まったばかりなんだ。



優しい子守唄が部屋に響く。

子供たちは、もう夢の中。


「すごかったですね」

「ええ。自慢の楽団です」

「ラズイン旅団は、みんな楽器の心得があるんですか?」

「そうですね。楽器に触れる機会は多いです」

「へぇ~。いいなぁ」

「ふふふ。簡単なので、風華さまもやってみますか?」

「はい。また明日に」

「また明日」


そう言って、クノはまた笛を吹き始めた。

そっと撫でるような旋律は、眠気を誘うには充分だった。


「お休みなさいませ」


重たくなる瞼の向こう、クノが優しく微笑むのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ