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「もうすぐ夕飯ですよ」
「あ、はい」
「灯さんも、食べるのはすっぽかさないでくださいね」
「お前、準備当番だったのか」
「あれ~?どうだったかなぁ?」
「………」
「ははは。まあいいじゃない。次に失敗しなかったら良いんだよ」
「そう言って、毎回すっぽかすんですよね」
「もう!余計なこと、言わないでよ!」
「灯?あとでゆっくり話そうか」
「あ、あはは…。遠慮しときますっ!」
そう言って、灯は部屋を飛び出していった。
まったく…。
みっちりと説教する必要があるようだな。
「じゃあ、私たちも行こっか」
「ああ。先に行ってくれ。夏月を起こしていくから」
「うん、分かった。じゃあ、クノさん、柚香ちゃん、行こ?」
「あ、私は紅葉お姉ちゃんたちと一緒に行って良いですか?」
「うん、もちろん」
「ちゃんと柚香の分は確保しておけよ」
「分かってるって。任せなさい」
「では、お先に」
「ああ」
風華はクノの手をギュッと握ると、こちらに手を振って部屋を出ていった。
相変わらずクノは顔を真っ赤にさせていて。
…ウブなんだな、クノは。
さて
「…おい、夏月。夕飯だぞ」
「んぅ…」
「ほら。起きろ」
「んー…」
夏月は耳を少しパタパタさせて、うっすら目を開ける。
尻尾をユラリ、ユラリと揺らして、なんだかご機嫌さんのようだった。
「えへへ…」
「どうしたんだ?」
「ゆめ…」
「夢を見たのか?」
「うん…」
「どんな夢だったんだ?」
「うーん…。わかんない…。でも、たのしいゆめ…」
「そうか」
そっと夏月の額に手をあてると、ゴロゴロと喉を鳴らして。
「さあ、夕飯だぞ」
「うん」
グーッと大きく伸びをすると、その反動で身体を起こす。
そして、大きな欠伸をすると立ち上がって。
「ねーね、早く行こ!」
「ああ」
柚香の手を引いて立たせてやる。
夏月は柚香を見てニッコリ笑うと、その手を取って
「おねえちゃん、だれ?」
うん、誰か分からない人の手を握ってそんなことを聞けるのは、ある意味才能だと思う。
でも、ここまで無防備なのは考えものだ。
客人がいるからか、みんな今日は妙に大人しかった。
「へぇ~、あの子とねぇ」
「カイトだよ」
「望ちゃんはカイトに相当気に入られたみたいねぇ」
「……?」
「ふふふ。まあ、本当の契約はもうちょっと体力が付いてからねぇ」
「うん。カイトもそう言ってた」
「でも、珍しいわねぇ。あの子から引き込むなんて」
「そうなのか?」
「ええ。基本的に、人との交わりは避けてるみたいだから」
「そうは見えないけどな」
「カイトはそうしてるつもりなのよ」
あれで人を避けてるつもりなのか。
ていうか、あの大きさ、容姿からして、人目を避けるのは不可能に近いだろう。
それこそ、雲の上を飛んだり、どこか山奥にでも隠れたりしない限りは。
「さあて。クノ」
「はい」
「ん?」
クノが合図をすると、ラズイン旅団員は全員立ち上がって。
どこに隠していたのか、楽器も持っている。
「本日は、この盛大な晩餐会にお招きいただき、感謝してもしきれませんわぁ」
「お礼と言ってはなんですが、我がラズイン楽団の演奏をお聞きください」
タルニアが素早く指揮棒を挙げると、一斉に構えて。
クノは横笛、長之助は太鼓。
他にも竪琴や木琴、尺八なんかもいる
そして、シンと静まりかえったときを見計らって、タルニアは指揮棒を操り始める。
最初はクノたち横笛から入って。
どこか少し寂しげに歩くような曲調は、特に流れるような旋律に強調されている。
と、寂しく一人で歩いてゆく旅人に一迅の風が吹いた。
優しい風は、旅人の背中をそっと押す。
続けて動物たちが集まってくる。
鳥の鳴き声、頼もしい犬たち、ズシリズシリと熊まで一緒に。
いつの間にか曲調は明るいものへと変わっていき、旅人の足取りも軽くなる。
空を仰げば白い雲が。
遥か遠くの地平線は確かにこの道に繋がっていて。
太陽が昇り、旅人を勇気付ける。
月が昇り、旅人を優しく見守る。
うん。
どんなときでも、自分は一人じゃない。
真っ直ぐ前に進めば、きっとあの虹を越えられる。
旅は、まだ始まったばかりなんだ。
優しい子守唄が部屋に響く。
子供たちは、もう夢の中。
「すごかったですね」
「ええ。自慢の楽団です」
「ラズイン旅団は、みんな楽器の心得があるんですか?」
「そうですね。楽器に触れる機会は多いです」
「へぇ~。いいなぁ」
「ふふふ。簡単なので、風華さまもやってみますか?」
「はい。また明日に」
「また明日」
そう言って、クノはまた笛を吹き始めた。
そっと撫でるような旋律は、眠気を誘うには充分だった。
「お休みなさいませ」
重たくなる瞼の向こう、クノが優しく微笑むのが見えた。