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「も、もうやめてください!」
「えぇ~。クノさんの尻尾、すごく気持ち良いのに~」
「風華」
「はぁい…」
渋々といったかんじでクノの尻尾を解放する風華。
クノはどっと疲れたようで、どことなくグッタリしていて。
「隊長」
「なんだ、灯。またそんな口調で」
「隊長に客人です」
「客人?」
「こんにちは…」
灯に連れられて入ってきたのは、見覚えのない女の子だった。
肌は真っ白で、分厚そうな羽織を着込んでいる。
身体が弱いのだろうか。
「あ、あの…」
「紅葉さま。この子は柚香という名前で、ヤマトから来たんです」
「ほぅ。ヤマト」
「遠いところから来たんだね」
「えっと…」
「昔から病気がちだったんですが、最近は調子も良いみたいなので連れてきたんです」
「へぇ~。ところで、クノさんと柚香ちゃんって兄妹なんですか?」
「あ、はい…。血は繋がってないんですけど、クノお兄ちゃんは私のお兄ちゃんです…」
「ふぅん」
「それで、いつまでそこに立ってるつもりなんだ?灯も入ってこいよ」
「うん。そうだね」
いつもの調子に戻った灯は、少し強引に柚香の手を引いて中に入ってくる。
柚香はおどおどした様子で。
「あれ?夏月、寝ちゃってるよ」
「ああ。ちょうど昼寝時だからな」
「広間も大昼寝会になってるよ。美希とユカラと一緒に見てたんだけどね」
「なんでお前は抜け出してきたんだ」
「だって、二人とも寝ちゃって誰とも喋られなくなったもん。それに、なんか新しい馬車が来てるのが見えたし」
そう言って柚香を私の隣に座らせると、自分は風華の横に座る。
無防備に尻尾をパタリ、パタリと振るものだから、風華の目に止まって。
「ひゃあっ!?」
「わぁ~。灯の尻尾ってすごくモフモフしてるね~」
「ふ、風華!」
「ん~。クノさんのも良いけど、灯のも良いなぁ」
「あの…風華お姉ちゃんは何をしてるんですか…?」
「灯の尻尾を触ってるな」
「は、はぁ…。尻尾、ですか…」
「柚香の尻尾は艶があるな。髪の毛も。手入れをしてるのか?」
「普段はしてないんですが、今この旅の間は毎朝クノお兄ちゃんが髪と尻尾に櫛を入れて、香油を付けてくれてるんです」
「ほぅ。なるほど。柚香からしてる良い匂いは香油だったのか」
「あ…鼻が良いんですね」
「まあな。狼だから」
「クノお兄ちゃんに聞いてた通りです」
「何が?」
「紅葉お姉ちゃんは、優しくて格好良い狼さんだって」
「クノがそんなことを言ってたのか?」
「はい」
クノの意図するところはよく分からないけど、褒めてくれるのなら嬉しいことだ。
風華と灯に、もみくちゃにされてる様子を感じながら、柚香はそっと笑う。
「クノお兄ちゃん、タルニアお姉ちゃんのことが好きだって言ってました」
「そうだろうな」
「でも、紅葉お姉ちゃんのことも好きみたいですよ。お姉ちゃんとして」
「ふぅん」
「いつも、うちに来たときはタルニアお姉ちゃんか紅葉お姉ちゃんの話ばかりです。好きなら好きって言えばいいのにね」
「なかなかそう簡単にいかないこともあるんだ。あんな堅物は特にな」
「へぇ~」
「はぁ…はぁ…。も、もう勘弁してください…」
尻尾を庇いながら、こちらへ命からがら逃げてきたクノは、肩で息をしていて。
ちょうど手のところにあったので、ギュッと尻尾の根元を握ってみると、クノの顔はみるみる赤くなっていく。
「い、紅葉さま!?」
「なんだ。お前の尻尾には顔を赤くする機能が付いているのか」
「離してください!」
「えへへ。クノお兄ちゃんは、昔から尻尾が弱いよね」
「ゆ、柚香…」
「いいなぁ、クノは。そんなにフカフカで」
「灯のも良いかんじじゃない」
「私は毛が太いからダメだよ。クノのは細いのがいっぱい生えてるから、フカフカで気持ち良いんだよ。それに、きっちり手入れもしてあるみたいだし」
「巻き尾なのが良いよね~」
「あー、うん。それもあるね。巻いてるから、余計にフカフカモフモフに見えるんだよ」
「尻尾談義もいいけど、ほどほどにしとけよ」
「「はぁい」」
「だとさ、クノ」
「………。え?あ、はい」
「ふふふ。クノお兄ちゃん、ちゃんと聞いてたの?」
「あ、いや…。何…?」
「やっぱりクノさんの尻尾って可愛いよね」
「うん。このなんとも言えない絶妙な曲線が良いよね」
「お前たちのせいでボロボロになってるけどな」
「ふぅ…」
クノはもう話も耳に入らないようで、ため息をつきながら尻尾を手櫛で整えている。
…ホントに几帳面だな。
「柚香の尻尾は細いよね~。なんか良い匂いするし」
「クノお兄ちゃんが香油を付けてくれるんです」
「へぇ~。優しいお兄ちゃんなんだね。私の兄ちゃんは…あんまり何もしてくれないかな。でも、いつも傍にいてくれるんだ」
「うん」
いつも傍にいてくれる。
もしかしたら、それが一番なのかもしれないな。