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「お前は守りが薄すぎるんだ。攻めのことばっかりで、全然守ってないじゃないか」
「攻撃は最大の防御なりって言うじゃん」
「いつまでも、勝てない戦法に固執するな」
「長之助さんは、将棋か何かをしてるんですか?」
「そうだよ。祐輔にどうしても勝てないんだけどね」
「へぇ~。祐輔、強いんだね」
「えへへ」
風華に頭を撫でてもらって、ご機嫌さんのようだ。
まだ少し床に届かない足をブラブラさせている。
「ところで、タルニアさまはどこ行ったのかな」
「この中で長之助が知らなかったら誰が知ってるんだ」
「んー、誰だろ」
「考えるな。お前しかいないだろ」
「あれ?」
「タルニアさんは、市場に行ったよ。クノさんは広間にいるけど」
「へぇ~。じゃあ、そろそろオイラも街に行かないとね~」
「え?なんでですか?」
「薬の処方をね~」
「えっ、長之助さんって薬師なんですか?」
「似たようなものだね。旅団だから、常には診てあげることは出来ないけど、全国いろんなところの薬を持ってきてあげられる。だからまあ、風華みたいな薬師の補助をするってかんじかな」
「あれ?私、薬師なんて言いましたっけ?」
「言わなくても分かるよ。薬の匂いがするからね」
「えっ、そんなに匂いますか…?」
「お姉ちゃんは、苦いお薬の匂いがするよ」
「え?俺は分からないけど…」
「望は狼だからな。匂いに敏感なんだ」
「長之助お兄ちゃんは?」
「長之助は…知らん」
「えぇ~、酷いなぁ」
「でも、望はお姉ちゃんの匂いも長之助お兄ちゃんの匂いも好きだよ」
「へへっ。そう言われると照れるなぁ」
「お薬は苦いけど、みんなを元気にしてくれるんだ」
「そうだね。望は、お薬、好き?」
「えへへ。嫌い~」
「そうだよね。でも、それで良いんだよ。お薬がいらないなら、それが一番なんだから」
「うん!」
薬を飲まなくていいのなら、それが一番。
確かにそうだな。
健康であることは、何よりの財産だ。
「さあて。お腹いっぱいになったし、行ってくるよ」
「ああ」
「ごちそうさま。美味しかったよ~」
「あ、お粗末さまでした」
「夕飯、楽しみにしてるよ~」
「はい。腕によりを掛けますので」
「じゃあ、行ってきま~す」
「行ってらっしゃい」
そして、長之助は厨房を出ていった。
「あ、そうそう」
「なんだ」
「…いや、なんでもない」
「はぁ?」
「じゃあ、今度こそ行ってきま~す」
「おい、何なんだ!」
結局分からなかった。
何なんだ、まったく…。
「私も戻るね。ユカラも戻ってるはずだし」
「ああ」
「望も行く~」
「じゃあ、一緒に行こっか」
「姉さま、俺も行っていい?」
「なんで聞くんだ。祐輔の好きなようにすればいいじゃないか」
「うん」
「姉ちゃんはどうするの?」
「ん?そうだな…。オレも行こうかな」
「じゃあ、みんな一緒だね」
「ああ」
でも、行く前にやることがひとつ。
箸を置いて、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま~」「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま」
「はい。お粗末さまでした」
席を立ち、大助に軽く手を振る。
そして、なんだか嬉しそうな祐輔の頭に手を置いて、厨房を出た。
夏月の甘噛みが続く。
生え変わりの時期で、歯が痒いんだろうか。
「後ろ向いてください」
「は、はい…」
「うーん…」
「………」
クノは顔を真っ赤にさせて俯いている。
それに気付いているのかいないのか、風華は真剣な表情で。
「あ、あの…」
「喋らないで」
「………」
「うん。異常はないみたいですね」
「は、はい…。ありがとうございました…」
「あれ?熱、あるんですか?顔、赤いですよ」
「あ、え、いや、これは…」
そう言って、そそくさと上着を着て、部屋の隅の方へ行ってしまった。
風華は、何がなんだか分からないという風に首を傾げて。
…歳下の女の子に検査されることなんてなかったろうから、恥ずかしかったんだろうな。
可愛いやつだ。
「ねーね。さっきね、きれいなとりさんがいたの」
「ほぅ」
「それで、なまえはカイトなんだって」
「なるほどな」
望と祐輔は聞こえてない風で、葛葉たちと一所懸命に床に落書きをしていて。
用意した雑巾はすでに真っ黒で消せないから、落書きの領域はどんどん広がってきている。
「あっ!雑巾、真っ黒じゃない!それと、落書きの範囲、広すぎる!」
「だって…」
「雑巾、洗ってきなさい。あと、タライでも持ってきて、いつでも洗えるように」
「あ、私が行きます」
「あぁ、いいですよ」
「いえ。子供たちのためですから」
「…そうですか。ありがとうございます」
「お安い御用ですよ」
クノはそう言うと、雑巾を持って部屋を出ていった。
「クノさん、顔が赤かったみたいだったけど、大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
「そう?」
「ああ。あれは、風華のことが好きなだけだから」
「えぇっ!?」
風華の顔がみるみる赤くなっていく。
…思ったより面白いな。
「嘘だよ」
「う、嘘!?」
「ああ。それにしても、風華は面白い反応をするな」
「もう!姉ちゃん!」
「ふふふ。…クノには想い人がいるんだ」
「え?誰?」
「タルニアだよ」
「へぇ~。タルニアさん」
「見てたら分かるけどな」
「ふふ、確かに」
「あの…。よく考えたら水道の場所を知らなかったです…」
「わわっ!クノさん!?」
「……?どうしたんですか?」
「あはは、なんでもないですよ!水道ですね!私も一緒に行きます!」
「は、はぁ…」
風華は慌ててクノを押して部屋を出ていった。
クノもそうだが、風華も分かりやすい性格をしてるよな。
まあ、それがあの二人の良いところでもあるんだけど。