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「クノ、つぎは~?」
「はい。中を開いて、四角にするんです」
「んー?」
「こう…ですね」
「おぉ~」
「裏もやってみてください」
「うん!」「はぁい」
クノがやるように折ってみる。
端が少し不揃いなのもいるけど、みんな上手くいったようだ。
「出来た!」「みて~」
「ふふふ。上手く出来ましたね。じゃあ、次にいきましょうか」
「悪いな。相手をしてもらって」
「あ、いえ。こういうことは好きなので」
「子供のお世話といえばクノだよね~」
「長之助お兄ちゃん、次~」
「ほいほい」
盤面をチラリと見てパチリと駒を動かし、祐輔の顔を見る。
祐輔は一瞬考える風に眉間に皺を寄せたが、またすぐにパチリと次の手を打つ。
「良い手だけどねぇ。そうすると、こう…だね」
「あっ!」
守りが薄くなったところへ鋭く香車を食い込ませた。
こうなると辛いな。
でも、両刃の剣でもあるんだがな。
「長之助は容赦ないな」
「オイラの辞書には手加減の二文字はないからね~」
「手加減は三文字だ」
「あれ?」
「じゃあ、私は祐輔に加勢するとしようかな」
「えぇ~、そりゃないよ~」
「よし、祐輔。勝ちに行くぞ」
「おぉーっ!」
「まずはこの香車だ。取ればどうなる?」
「飛車が来る」
「そうだな。でも、放っておくと傷は広がる。さあ、どうする?」
「うーん…」
顎に手を当て、尻尾の先をユラユラと動かす。
祐輔の、考えるときの癖らしい。
そして、手持ちの駒を見て何か思い付いたらしい。
素早く手を伸ばし、次の手を打つ。
「あちゃ~」
「さあ、長之助の番だな」
「んー、攻め込むのはちょっと早すぎたかなぁ」
「よくこの段階で攻め込もうと考えたな」
「いやぁ、祐輔ならいけるかなと思ってさぁ。まさか紅葉が加勢するとは思わなかったから」
「いや、祐輔は自力でこの手を思い付いた。どのみち、こうなってただろうな」
「そっかぁ。祐輔は賢いんだな」
「えへへ」
少し恥ずかしそうに頬を掻いて、耳をパタパタさせる。
まったく…可愛いやつだな。
「つる~」
「はい、よく出来ました。どうですか?みんな、出来ましたか?」
「出来た~」「できたよ」
「私も出来たわぁ」
「タ、タルニアさま!お帰りなさいませ」
「タルニアおねえちゃん、みて~」
「ふふ、可愛い鶴が出来たわねぇ」
「えへへ」
「ほら。クノお兄ちゃんに、もっと教えてもらいなさい」
「うん!」
「タルニアお姉ちゃん」
「えっと、望ちゃんだったかしらぁ?」
「うん。あのね、タルニアお姉ちゃんも一緒にやろ?」
「そうねぇ。じゃあ、私もクノお兄ちゃんに教えてもらおうかしらぁ」
「タ、タルニアさま…」
「クノ、つぎ~」
「よろしくねぇ」
「は、はい」
タルニアが加わったことで、クノはカチコチに緊張して。
…あんなので、よくタルニアと一緒に旅が出来るな。
「ありゃりゃ~、まずいね~」
「へへっ。どんなもんだい!」
「いやぁ、祐輔は強いなぁ。ホントに今日が初めて?」
「うん」
「へぇ~。良い将棋師になれるよ~」
「そうだな。またオレが教えてやるから、しっかり勉強して強くなろうな」
「うん!」
頭を軽く叩いてやると、祐輔はそっと身体を預けてきた。
だから、ギュッと抱き締めて。
今日は一日中雨だろうな。
なぜか広場の真ん中でその四枚の翼をバタバタさせているセトを眺めながら、そんなことを考えてみる。
「んー…もっかい!な、頼むよ~」
「へへっ、いいぜ。もっかいやろ!」
「おかしいなぁ…。なんで負けるのかなぁ…」
「お前は勝負を焦りすぎるのだ。もう少し準備をしたらどうだ」
「自分ではちゃんとやってるつもりなんだけどなぁ…」
「まだまだ足りないってことだろ」
「ふぅむ…」
「ところで、タルニアとクノはどこへ行った」
「さあな。チビたちは広間だと思うけど」
「そうか」
「ねぇ、鳥さん」
「ん?」
「鳥さんの名前は?」
「名前?名前か。名前など、とうの昔に忘れた」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「まず、お前の名前から聞こうか」
「望だよ」
「望。望は火の属性が強いようだな」
「……?」
「内に燃える赤き炎。相手を想う気持ちは誰にも負けず、明るく全てを照らすだろう」
「…うん」
「望が私の名前を決めればよい。私は望を主と認めよう」
「…カイト」
「カイト。私の名前はカイトだ」
カイトは大きく数回羽ばたいて、火の粉を振り撒く。
そして、望を見て
「私はいつも望の傍にいる」
「望もカイトの傍にいるよ」
カイトは一度、目を瞑ってまた開ける。
そのまま上を向くと、空へと飛んでいった。
「何だったんだ?」
「契約…」
「契約?何の?」
「えへへ、内緒だよ」
「そうか」
望を抱き上げて膝の上に乗せ、また窓の外を見る。
遠くの方に、カイトが火の粉を散らしながら飛んでいるのが見えた。
それが、何か望に向けたもののように思えて。
いや、実際に望に向けたものなんだろう。
「綺麗だな」
「うん」
「王手」
「あー、えーっと、うーん…」
静かな雨の日、長之助の唸り声だけが部屋に響いていた。