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葛葉を膝に乗せて、窓から外を眺める。
雨は相変わらず降り続いていて、セトは見張り遊ぶのに飽きたのか毛繕いをしている。
「ん~」
「布団に付けないようにしろよ」
「うん」
響と光は、この前の墨をどこからか持ってきて床に落書きをしている。
「あっ」
「ん?何か見えたか?」
「あそこ~」
葛葉の指す方、街の少し向こうに。
「ふふ、面白いものを見つけたな」
「何~?何が見えたの?」
「もうちょっと待ってれば分かる」
「ふぅん」
さて、賑やかになりそうだな。
本隊が来るのは三ヶ月ぶりか。
前に出来なかったこと、今日出来ればいいな。
「あっ。おっきいとり!」
「え?どこに?」
「おそらのうえに、ちょっとだけ見えたの」
「ほぅ。もしかしたら不死鳥かもな」
「ふしちょう…」
「金色に輝くその姿を見た者は、その美しさに身を焦がす。生命果てるときは紅蓮の炎に包まれ、その灰からはまた新しい生命が生まれる」
「むぅ…」
「はは、難しかったか?」
「うん…」
「とにかく、とても綺麗な鳥だ」
「あっ!」
葛葉は窓から飛び出さんばかりに身を乗り出し、空を見て。
…確かにいるな。
金色の火の粉を散らしながら優雅に飛ぶ姿。
響と光も見つけたらしい。
絵を描くのをやめて外を見ている。
「わぁ~、火の鳥だぁ~」「綺麗だね」
「キラキラしてる~」
「じゃあ、あとで見に行こうか」
「え?」「見れるの?」
「見たい!」
「よし。決まりだな」
不死鳥はまた雲の上へ隠れて。
…あいつも相変わらずだな。
はしゃぐ葛葉の頭に手を乗せ、空の向こうを見た。
馬車の数は次第に減っていき、最後の一台だけが外門を通って広場にやってきた。
セトは雨に濡れるのも構わず、珍しそうに馬車のあとを追っている。
響と光、葛葉は、待ちきれずに部屋を飛び出していって。
そして、屋根縁に降り立つ影がひとつ。
「よぅ。久しぶりだな」
「お前にとっては、三ヶ月なんて取るに足らないほどだろ?」
「同じ一日は二度と来ない。取るに足らない日なんてものはない」
「ふふふ」
「ん?どうした」
「意味するところは微妙に違うけどな。灯も朝に同じことを言っていた」
「ほぅ。灯は、少しは部屋を片付けられるようになったのか。あれが三ヶ月で変わるとも思えんがな」
「ああ、全然だ。でも、新入りが来てな。灯の部屋に入ったから、今は綺麗だ」
「新入り?」
「美希って名前でな。元浪人、赤狼の優しい子だ」
「そうか。その子も大変だな。…ところで、噂に聞いたんだが、前王政が倒れたあとはどうだ。上手くいってるのか?」
「まだ分からないけどな。でも、きっと上手くいくよ」
「信頼してるのだな」
「ああ」
「それで、誰と結婚したのだ」
「えぇっ!?」
「なんだ。本当だったのか」
「カマを掛けたのか!」
「紅葉は三ヶ月前と比較しても、随分変わっている。何かあったと考えるのが自然だろう」
「………」
「まあ、話したいときに話してくれればいい」
「…ああ」
そこで一度大きく羽ばたいて、火の粉を散らす。
「じゃあな。またあとで」
「あ、そうだ」
「ん?」
「子供たちに会ってやってくれ。さっき、飛んでるのを見てたんだ」
「どこにいるんだ?」
「さあな。城の中だろ」
「…まあ、善処しよう」
「うん。ありがとう」
「それじゃあ」
「またあとでな」
小さく頷くと、そのまま屋根縁の柵を軽く蹴って飛び立った。
羽ばたきながら大きく旋回して、雲の上へと上っていく。
…今すぐにでも会いにいってほしかったんだけど。
「はぁい、衛士長さん。元気だったぁ?」
「お陰様でな」
「そう。よかったわぁ」
「紅葉さま、お久しぶりです」「久しぶり~」
「久しぶり」
続いて部屋に入ってきたのは、あの馬車に乗っていただろう三人。
全く変わりはないようで何よりだ。
「どうだ?ラズイン旅団は」
「ふふ、順調よぉ」
「クーア旅団は?」
「んー、なんのことかしらぁ?」
「義賊なんて言ってもな、犯罪は犯罪だ。捕まれば重刑は免れない」
「要するに、捕まらなければいい話でしょ~?」
「長之助。口が軽いと信用されないぞ」
「オイラは紅葉のことを信用してるから、口が軽くなるんだよ~」
「オレがお前たちを捕まえないという保証はない」
「そうだけどね」
そう言って、長之助は壁を背もたれにしてドカリと座り込む。
タルニアも、窓の縁、私の隣に座ってゆっくりと扇子を扇ぐ。
「クノもどこかに座れよ」
「いえ。それより、タルニアさま、長之助。客人と言えど、断りもなく座り込むのは紅葉さまに失礼かと」
「いいじゃない。私と紅葉姉さまの仲なんだから」
「親しき仲にも礼儀あり。気心の知れ合った友人同士であっても、常に礼儀を忘れない。人間として、当然の心構えです」
「相変わらず堅苦しいな、お前は」
立ち上がってクノの方へ行く。
驚いたように少し後ろへ下がったところを逃がさないように、手を掴んで。
そのまま手を引いて窓に戻り、タルニアの横に無理矢理座らせる。
「い、紅葉さま!?」
「今日は無礼講だ。楽しんでいってくれ」
「し、しかし…!」
タルニアをチラチラ見ながら顔を真っ赤にさせる様子は、すごく面白くて。
ふふ、やっぱりクノはからかい甲斐があるな。