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講義も終わって部屋に戻り、望やチビたちは昼寝。
先に戻ってきていた響と光も一緒に眠っている。
桜は服を作りに自分の部屋へ。
そして、風華とユカラは薬師になるための勉強を。
「姉さま」
「どうした?」
「むぅ…」
「言わないと分からないぞ」
「あ、あのね…」
「うん」
「うぅ…」
顔を真っ赤にさせて俯く。
何が言いたいのかはだいたい分かるけど、祐輔が言うまで待つ。
「か、噛みたい…。俺も…」
「何を?」
「姉さまの手…」
「ああ。いいぞ」
「えへへ」
頭を撫でてやり、そっと頬に触れる。
すると、祐輔は私の手を掴んで甘噛みを始める。
夏月とは違って、だいぶ歯は生え変わっているようだ。
立派な牙もある。
それでも夏月のときと変わらない感触なのは、自分の歯の状態を分かって、ちゃんと加減してくれているからだろう。
「姉ちゃん、手、きちんと洗った?」
「ああ。大丈夫だ」
「それなら良いけど」
「大切な弟や妹の口に入るものだ。清潔にしておかないとな」
「ん~」
こうやって甘噛みをさせていると、昔を思い出す。
お母さんやお父さんの膝の上に座って、同じように甘噛みをさせてもらった。
あのときは、自分がこの立場になるとは思ってもみなかったけど。
空いた手で祐輔の頭を優しく撫でると、可愛い笑顔を見せてくれた。
「ユカラ。甘噛みは、姉ちゃんみたいな狼、祐輔や夏月みたいな豹、葛葉みたいな狐とかの、永久歯が鋭くなる種族の子供によく見られるの」
「うん」
「カミカミでも良いんだけどな。でも、誰かの手というのが一番安心出来る。な、祐輔」
「うん!」
「カミカミって?」
「市場で売ってるの、見なかったか?昨日、桜のお菓子の中にもあったんだけど」
「あの茶色い骨みたいなの?」
「ああ。あれは、カミカミ草という植物の茎を加工したものだ」
「カミカミ草は通称。正式にはカミユナっていうの。カミユナの茎を束ねて、スクンとかを混ぜ込んで乾燥させたのがカミカミだよ」
「へぇ~。風華、よく知ってるね」
「昔に兄ちゃんに教わって、自分で作って食べてたから」
「美味しいの?」
「カミカミ草自体に味はない。ただ、歯応えがものすごく強いんだ。オレも、口が寂しいときはよくカミカミ草を噛んでいた」
「ふぅん」
「まあ、狼や犬、虎なんかは良いかもしれないけど、人にとっては歯応えが強すぎるから、あまり食べられてないみたいだ」
「え…。じゃあ、風華とか兄ちゃんって何…」
「希有な人ということだな」
「そ、そんなことないもん!兄ちゃんはともかく…私は普通だもん!」
「犬千代は変なのか…」
「変!すっごく変!」
そこまで力強く言うこともないと思うけど…。
「あと、お淑やかな女の子は、人前でカミカミをくわえるのは端ないとして嫌厭するものだ」
「風華、端ないんだ~」
「は、端なくない!」
おねだりをするときの祐輔よりも顔を真っ赤にさせて。
…まあ、"お淑やかな"女の子は、"人前で"くわえるのを端ないと嫌厭するものだけど、カミカミは万人に愛されている。
少し言葉遊びをしたつもりだったけど、予想外に面白い反応が見られた。
「姉さま」
「ん?」
「えへへ。なんでもない」
「そうか」
最後に付け加えるとしたら、甘噛みは親や兄、姉などの近しくて信頼出来る相手にしかやらないということ。
「ありがとな、祐輔」
「……?」
首を傾げる祐輔の顎を掻いてやると、ゴロゴロと喉を鳴らして。
…私も、甘噛みをしてもらえる姉でいられるように頑張らないとな。
空も赤くなってきて、そろそろ厨房から良い匂いがしてきた。
「狼の姉さま」
「どうした?」
「また来ても良い?」
「ああ。いつでも歓迎するぞ」
「えへへ。ありがと、なんだぞ」
「ヤーリェも。また来いよ」
「うん!」
二人の頭をガシガシと撫でてやると、ギュッと抱き付いてきた。
「へへっ。ルウェ、ヤーリェ、また遊ぼうぜ!」
「うん!」「また遊ぼ」
「今日は昼寝ばっかりだったけどな」
「えへへ」
「さあ、みんな心配するから。真っ直ぐ帰るんだぞ」
「分かってるよ~」「はぁい」
そして、ルウェとヤーリェは帰っていった。
祐輔は二人が見えなくなるまでずっと手を振っていて。
「隊長、祐輔くん。夕飯、もうすぐ出来ますよ」
「ああ、分かった。じゃあ戻ろうか」
「うん…」
「…ルウェか?」
「えぇっ!?」
「なんだ。一目惚れか?」
「うぅ…」
「恥ずかしがることはない。自然な感情なんだから」
「そうなの…?」
「ああ。オレだって同じだ」
「姉さまも…?」
「ああ」
「あ、紅葉。ちょうどよかっ…」
確かに、ちょうどよかった。
利家の手を取り、祐輔の前に立たせる。
「こいつが、オレの夫だ」
「こ、こいつ…」
「兄さま。姉さまを始めて見たとき、どう思ったの?」
「なっ、何をいきなり…!」
「それはオレも聞きたい」
「あ、あの…」
真剣に見つめる祐輔に、少しどぎまぎしているようだった。
…それだけかどうかは、私には分からないけどな。
「兄さま」
「か、可愛い女の子…だと…思いました…」
「なんで敬語なんだ」
「いや…」
「俺も一緒!」
「え、えぇ?」
グッと握り拳を作って、確認するように頷く。
「夫…。俺も、ルウェの夫になれるかな?」
「ルウェに気持ちが伝われば、きっとな。ただし、焦りは禁物。女の子は複雑だからな」
「うん。分かった」
「なんだかよく分からないけど、頑張れよ」
「うん!」
「よし。じゃあ、戻ろうか」
「夕飯~」
夕飯の歌を歌いながら、祐輔は中へ駆けていった。
さて…
「オレに始めて会ったとき、どう思ったんだ?」
「いや…だから…」
「どう思ったんだ?」
「………」
「ん?」
「き、綺麗だと…」
「実は?」
「いや…これが本当だから…。銀色の髪が風に流れて、日も当たってたし、キラキラ輝いて綺麗だなって…」
「………」
「目の前で、誰かが今にも処刑されそうってときに、そんなことを思うのは全くの場違いだとは思ったけどな…」
なんだか胸のところが熱くなった。
利家の顔は、夕日に照らされ赤く染まっていて。