8
日も暮れて、もうそろそろ夕飯かという時間。
下弦の月だから、昇る時間も遅い。
まだ…もうちょっと大丈夫だな。
「姉ちゃん、どうする?」
「何がだ」
「みんなと一緒に食べる?」
「ああ。なんでそんなことを聞く?」
「あ…いや…」
「…心配するな。みんな、オレの病気のことは知ってくれている。それに、そんなことを気にかけるようなやつらじゃない」
「そう…」
風華とともに広間へと向かう。
そこでは、すでに戦が始まっていて。
「あぁ!それ、望のだよ!」
「食べるのが遅いのが悪いんだよ~」
「むぅ~…そりゃ!」
「あ!またボクの盗った!」
「油断してるのが悪いの!」
「ふ、二人とも、ケンカしないで~っ」
ふふ、やってるやってる。
大勢で食べる食事というものは、本当に楽しいものだ。
「あ、隊長!ここ、空いてますよ~」
「隊長の分は避難させてありますから!」
「そうか。ありがとう」
「ふふ、人気者だね」
「そうか?」
「うん」
そう言って、風華は利家の横に座り、食べ始める。
…私も食べるかな。
「いろはねぇ の、もーらいっ!」
「甘いな」
桜の箸は空を掴む。
「あぅ…。まだまだ!」
「望も~」
「二人まとめてかかってこい」
…戦いは熾烈を極めた。
桜を止めてる間に、望が仕掛けてくる。
それを紙一重で防ぐと、今度は共同戦線を敷く。
この二人、ホントに息ぴったりだな。
まあ、机の上に登っているとかは気にしない。
たまに響が割り込んできたりしたが、最終的には、四本の箸が宙を舞うことになった。
「あぁ…」「むぅ…」
「勝負ありだな」
「はぁ…全然敵わなかったよ…」
「でも、次は負けないからね!」
「望むところだ」
「…でも、最後はアレだよね」
「いきますか!」
「せーのっ!」
「「「ごちそうさまでした!」」」
広間の全員の心がひとつになった瞬間だった。
さっきまでの興奮もだんだん落ち着いてきた。
衛士たちは各々の部屋に戻り、ゆっくり休んでいることだろう。
私は、調理班が片付けをしてくれている音を聴きながら、外の風景をぼんやりと眺めていた。
「隊長…そろそろ…」
「ああ。分かってる。ありがとう」
「はっ…」
夕食が済んだあとには、必ず外の風景を眺めるようにしている。
たとえ、満月の日であろうと。
不思議と、この夜という時間帯、あるいは、月というものに嫌悪の念を抱くことはなかった。
愛おしさを覚えるくらいだ。
この病気のお陰で、普段触れられない、人の心の温かさを感じることが出来る。
…いつの間にか、私は心待ちにするようになっていた。
この、闇の世界を…。
「…姉ちゃん」
「ああ。もう寝ようか」
「うん…」
風華は、私の手を取り、先導してくれる。
そんなことをしてもらわなくても、自分の部屋くらいには行けるんだけど…。
でも、風華の厚意に甘えさせてもらう。
「どうしたの?」
「ん?何が?」
「姉ちゃん、なんか嬉しそう」
「…そうだな」
温かくて柔らかい風華の手。
今まで、感じたことのない感触。
衛士のみんなも、案内役を買って出てくれた。
それは、ありがたいことではある。
けど…寂しかった。
みんな、割れ物を扱うように、慎重になりすぎていた。
贅沢を言ってはいけないんだけど。
「でも、風華は違う」
「え?」
「私を、私として扱ってくれる。目が見えない私としてではなく、あくまで、私として」
「…当たり前じゃない。姉ちゃんは姉ちゃんだもん。月光病であろうとなかろうと。他の誰かに変わったりはしないでしょ?」
「うん」
そう…。
他の誰でもない。
私は私なんだ。
「ところで、なんで"私"なの?さっきまで"オレ"だったじゃない」
「あ…いや…」
「ふふん。意外と姉ちゃんって…」
「もう!風華!」
「あははっ、内緒にしておいてあげるねっ!」
ホント頼むよ、風華…。
どうやら、心の声が漏れてしまったようです。
意外と紅葉は、他の子たちよりも女の子なのかもしれません。