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「んー、美希お姉ちゃんが言ってたのを真似しただけだよ」
「そうなのか?」
「うん」
望が急に大人びたかと思ったけど、そういうことだったのか…。
じゃあ、美希は望と響に対して言ったのかな。
「ふぁ…あふぅ…。美希、まだぁ?」
「さっき聞いてから一分も経ってないぞ」
「お腹が空きすぎて、ボクのお腹と背中がくっついたらどうするのさ」
「内臓があるからくっつかない。安心しろ」
「むぅ…」
「桜。ちょっとは祐輔たちを見習え。何も言わないで待ってるじゃないか」
「寝てるだけだよ」
「えっ」
後ろを振り返る美希。
すると、確かに祐輔と夏月、それに加えて葛葉も、机に突っ伏して眠っていた。
…さっきまで寝てたのにな。
泣き疲れたんだろうか。
「はぁ…。葛葉の涎を拭いてやれ…」
「うん」
桜は布巾を受け取ると、葛葉を起こさないようにそっと拭き取る。
その葛葉はというと、涎だけでなく口をモグモグさせたりもしてるけど、昼ごはんを食べる夢でも見てるんだろうか。
「それよりさぁ、まだなの?」
「桜が聞く限り完成しない。それに、まだ昼には早いだろ。ちょうど昼ごはん時に出来るように作ってるから、出来るときにしか出来ない」
「えぇ~…。生煮えでも良いからさぁ…」
「ダメだ。いい加減なものは食べさせられない」
「はぁ…」
ため息をついて、ぐったり机に伏せる。
尻尾も力なく床に垂れて。
「他にやることはないのか?」
「あったら待ってないよ…」
「まあ、そうだろうな」
「そういえば、ユカラはどうした?」
「風華のところ。響と光も一緒だよ」
「ふぅん」
響と光は一緒にいるんだな。
うん、やっぱり仲良しが一番。
ユカラは、薬師修行だろうな。
「ルウェの服も四着くらい考えてるんだけど、どれが良いのか分かんないんだよね…」
「聞けばいいじゃないか」
「んー、そうだね…」
「ついでに葛葉と夏月のも作ってやれよ」
「葛葉は、衛士の服、すごく気に入ってるじゃない」
「外着も衛士の服じゃ窮屈だろ」
「そんなこと、考えてないんじゃないかなぁ」
「望のも作って~」
「うん。すっごく可愛いの、作ってあげるね」
「えへへ」
「望は袴が良いかなぁ。裾を絞って動きやすくして…」
「くすぐったいよ~」
望の身体をあちこちペタペタ触って、どういった服を作るか吟味している。
どこからか巻き尺を取り出して、採寸も始めた。
「ヤーリェは明るい色が似合うよね…。ルウェは髪が短いから…。葛葉は金が多いから赤か白が似合うかな…。夏月は割と大人しいみたいだから…」
「たくさん作らないとな」
「うん。でも、楽しいから。みんな、ボクを頼ってくれてるし。それも嬉しい」
「ふふふ。良いの、作ってやれよ」
「うん!もちろん!」
「ほら、出来たぞ」
「待ってました!」
さっきまでの真剣な表情はどこへやら。
桜にとっては、どんなことも食欲には敵わないらしい。
「いただきま~す!」
「熱いから気を付けろよ」
「あっつ!あっつい!」
「はぁ…。ちゃんと注意したのに…」
「ふぁ…。ごはん、まだ~?」
「お、葛葉。ほら、出来てるぞ」
「わぁ~。たべていい?」
「ああ」
「いただきま~す」
「熱いぞ。ふーふーしてやろうか?」
「うん!」
「あちち…。舌、火傷しちゃったよ…」
美希は私と望の分を入れると、葛葉を膝の上に乗せて食べさせ始めて。
…仲が良いのは喜ばしいことだが、少し甘やかしすぎじゃなかろうか。
「ふーふー」
「葛葉。あーんして」
「あーん」
「美味しいか?」
「うん!」
「美希お姉ちゃん。これ、すっごく美味しいよ!」
「ふふ、そうか。それなら良かった。また作ってやるからな」
「えへへ」
「ほら。望もあーん」
「あーん」
…まあいいか。
楽しそうだし。
それよりだ。
「二人とも起きろ。昼ごはん、出来てるぞ」
「ん…むぅ…」「ふぁ…」
「ほら、ちゃんと起きて」
手が塞がっている美希に目で合図を送られ、代わりに昼ごはんを用意する。
匂いでどんどん目が覚めてきたようだ。
器を渡す頃には、完全に食べる体勢に入っていた。
「ほら。熱いから気を付けろよ」
「これ、全部食べていいのか?」
「ああ。遠慮なんてするなよ。夏月もな」
「いただきま~す!」「いただきます!」
「ちゃんと冷ましてから食べろよ」
「うん」
忠告をしっかりと聞き、多少がっついてはいるが二人ともちゃんと冷まして食べていた。
…結局、火傷をしたのは桜だけだったというわけだ。
「むぅ…。なんで、こっちを見てるのさ…」
「いや、別になんでもない」
「うぅ…。絶対、火傷してるのはボクだけだとか思ってるよ…」
「お、心の中が読めるのか」
「読めないよ!」
「そうか」
「はぁ…。舌がジンジンするよ…」
そう言って、舌を手団扇で扇いだりしている。
…風華に言って、軟膏でも付けてもらった方が良いんじゃないだろうか。
「葛葉、あーん」
「あーん」
「私のこと、好きか?」
「うん、だいすき!」
「ふふふ。私も大好きだぞ」
うん、美希に付ける薬はなさそうだ。
これは、利家でもお手上げだろうな。