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「ふぁ…あふぅ…」
「あ、起きた」
「姉さま…」
「ん?」
「抱っこ…」
「ああ。ほら」
膝を叩くと、フラフラと近付いてきてギュッと抱き締める。
望はそれをジッと見ていて。
「ふふ、望も来るか?」
「うーん…」
「えっ!」
ハッとして後ろを振り返り、望の姿を確認すると慌てて離れる。
耳まで真っ赤にさせて。
「どうしたの?」
「………」
「ふふ、恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいの?」
「………」
祐輔は固まったまま動かない。
その様子がとても面白くて。
「うぅ…」
「望もお姉ちゃんだ。甘えたいなら、甘えても良いんだぞ」
「お姉ちゃん…」
「ああ」
「お姉ちゃん」
「ん?どうしたの?」
「…むぅ」
「ほら、言いたいことがあるなら言えよ」
「うぅ…」
「……?」
「望は俺の…お姉ちゃん…?」
「うん。そうだよ」
「…抱っこ…してくれる?」
「うん。ほら、来なよ」
望が微笑んで手を広げると、祐輔はおそるおそる近付いていく。
そして、ギュッと抱き締めて。
「良い子良い子」
「お姉ちゃん…」
本当の姉弟みたいだった。
いや、本当の姉弟より姉弟らしいかもしれない。
…二人とも、元は同じような境遇だったから。
言わずとも分かりあえるところがあるんだろうな。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「これからも、ときどき抱っこしてくれる?」
「うん。もちろんだよ」
「ありがと…」
そう言って、祐輔はそっと離れる。
今度は弟としてではなく、兄として。
「おにいちゃん…」
「おはよ、夏月。よく眠ってたな」
「うん…。夏月ね…ゆめ、みたの…。おとうさんと…おかあさんが、ニッコリわらってるの…。よかったねって…」
「夏月…」
「夏月、さみしくないよ…。おにいちゃんがいる。ねーねがいる。葛葉もいる…。みんないるから…。だから、さみしくないよ…」
祐輔は夏月の横に座って、そっと抱き締める。
夏月の目には、いつの間にか涙が溜まっていて。
「さみしくない…。さみしくないのに…さみしいよ…」
「夏月…」
「おとうさん、いつかえってくるの?おかあさん、いつかえってくるの…?さみしいよ…」
"ある"ものを感じて、"ない"ものが際立つ。
ここには家族はいるけど、親はいない。
夏月の哀しみは、どこまでも深くて。
…祐輔も同じ。
あの甘えは、"ない"ものを感じて、より強められたものだったんだ。
でも、私は姉さまでありお母さんではない。
その溝に、祐輔も同じ哀しみを見た。
「でも、哀しいのは夏月と祐輔だけじゃないんだよ」
「うっ…うぅ…」「お姉ちゃん…?」
「二人が哀しいと、望も哀しい。葛葉も哀しい。お母さんも哀しい。みんな哀しい。望は…お母さんにはなれないけど…。でも、夏月と祐輔の家族なんだよ。一緒に泣いてあげられる。一緒に笑ってあげられる。ダメだよって怒ってあげられる。よく頑張ったねって褒めてあげられる。ギュッて抱き締めてあげられる。だから、哀しまないで。いつでも傍にいるから。いつまでも一緒だから」
「うえぇ…おねえちゃぁん…」「お姉ちゃん…」
望は優しく二人を抱き締めて。
温かい雫が、頬を伝っていた。
「ねーねー…」
「ほら、こっちに来い」
「うん…」
そしてそれを見ていた葛葉は、私に抱き付いて離れようとはしなかった。
…しかし、最近感じていた望の成長だが、まさかここまでとは思わなかった。
小さな望が、急に大きく見えて。
子供っていうのは、いつの間にか大きくなってるものです。
望もどんどん大人になっていくんでしょうね。