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「姉さま、起きて」
「ん…?」
「姉さま」
「祐輔か…」
揺さぶられて起きると、祐輔が腹の上に乗っかっていて。
さすがに、葛葉より重たいな…。
「起きて、姉さま!」
「あー、分かった分かった…」
祐輔を横にどかせて身体を起こす。
まだちょっと眠たい…。
でも、こちらを見て首を傾げる祐輔を見て、起きないわけにはいかない。
頭を撫でてやると、ニッコリ笑って応えてくれた。
「姉さま!夏月の様子、見に行こうよ!」
「ああ。そうだな」
風華は…もう医療室に行ったのかな。
それとも、朝ごはんだろうか。
どちらにせよ、少なくともこの部屋にはいなかった。
「夏月、起きたかなぁ」
「さあな。でも、悪くはなってないはずだ」
「うん!」
もう一度、頭を撫でてやって立ち上がり、着物の乱れを粗方直す。
上着を羽織って帯を締め、準備が出来ると、祐輔は手を握ってきて。
ふふ、とんだ甘えたを拾ってきたものだ。
「よし、行こうか」
「うん!」
部屋を出てすぐに、夜勤組が大欠伸をしているところに出くわした。
「あ…隊長…。すみません、お見苦しいところを…」
「いや。ご苦労さま。今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます…ふぁ…」
「はは、締まらないなぁ」
「はい…すみません…。では、失礼します…」
そして、部屋とは正反対の方向へ歩いていった。
…どこに行く気なのかな。
「ところで祐輔。昨日の昼に黙っていたことは、夏月のことだったのか?」
「うん…」
「なんで正直に言わなかったんだ」
「牢屋に入れられるって思ったから…」
「………」
たしかに、普通なら城に忍び込むのは大罪だ。
ここも、この前までそうだった。
…極端だったけど。
即刻死刑は有り得ないけど、長期の禁固刑は免れないだろうな。
それだけの危険を冒してまで、その日の生命を繋ぐだけの食料を盗みに入る。
こんなに小さな子が。
「姉さま…ごめんなさい…」
「ん?あぁ、いや、謝らなくて良いよ」
黙りこくっていたのを、怒ってるんだと思ったらしい。
怯えた顔をして、窺うようにこちらを見ていた。
…お詫びと言ってはなんだけど、空いてる方の手でゆっくり頭を撫でてやる。
すると、少し安心したような表情を見せてくれた。
「えへへ」
「誰も、ここでは祐輔たちを牢屋に入れようとする人はいない」
「…うん」
「だから、安心して。ここは、祐輔たちの家だから」
「うん」
少し、握る手に力が入ったようだった。
そして、医療室に到着。
物音が全くしないので、そっと戸を開けてみる。
「あ、姉ちゃん。おはよ」
「おはよう」
「夏月は?」
「うん。夜中に一回、目が覚めたんだって。でも、夜だって分かったら、また眠ったって」
「夏月、起きたのか!?」
「シーッ」
「あぅ…」
夏月だけでなく、望やチビたちもまだ寝ていて。
「夏月…」
「そのうち起きてくるから、ね?朝ごはん、食べにいこ?」
「うん…」
夏月を見て、逡巡しているようだった。
風華は祐輔に近付いて、そっと肩を抱く。
「夏月はこの子たちに任せて」
「………」
「ふふ、大丈夫だよ。この子たちは、自慢の妹たちなんだから」
「…うん。分かった」
「よし。じゃあ、行こうか」
「うん!」「お腹空いたぁ」
安らかな寝顔のみんなを見て。
そして、朝ごはんへ。
厨房では、灯がセトと話し込んでいた。
「でね、お姉ちゃんが、汚い部屋は嫌だーって飛び出していったんだ」
「………」
「ちょっと物が散らかってるだけなのにね」
「ほぅ。ちょっと、ねぇ」
「ひゃぁ!」
「あのときは酷かった。数日オレが留守にしてた間に、よくもまあ。あの汚い部屋にいて、よく調理班に入ろうと思えたな」
「い、今は綺麗だもん…」
「美希が片付けてるからだろ」
「そ、そんなこと…」
「ある。覚書をしては散らかし。服を脱いでは散らかし。とにかく、灯は散らかし上手だ」
「みんなが綺麗好きすぎるんだよ!」
「そんなことないだろ。私くらいで普通だと思うけど。でだ。朝ごはんか?」
「ん?灯が当番じゃなかったのか」
「違うよ。今日は美希」
「ああ。やっと決まったみたいだから」
そういえば、灯は敬語を使ってなかったな…。
変なところだけ、きちんとしてるやつだ。
「今日の朝ごはんは、胃に優しい元気の源、お粥だ。山菜風にしてみた」
「ほぅ」
「さあ、どうぞ召し上がれ」
美希に差し出された器には、なんとも豪快なかんじのするお粥が。
山菜は丸々そのまま入ってるし、匙も投げ入れられたかのようだった。
「いただきま~す」「いただきます」
「いただきます」
匙を取り、食べ始める。
ていうか、私のだけ金匙だな…。
別に良いんだけど…。
「ん~、美味しいね!」
「ああ」
豪快な見た目とは裏腹に、とても手の込んだもので。
このお焦げは別々に作ったものだろうな。
お粥の食感を上手く補っている。
「美希は、料理が上手いんだな」
「そ、そうかな…」
「しかも、勉強熱心でね。きっと、一流の調理師さんになるよ、美希は」
「………」
顔を赤くして俯く。
嬉しいのと、照れるのと。
あともう少し。
祐輔は、夢中になって食べていた。