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「じゃあね~」「また遊ぼ~」
「またね~」
日も傾き、もう家へ帰る時間。
葛葉はいつまでも手を振っていた。
「………」
「………」
響と光は、少し近づいたとはいえ、まだ距離は離れていて。
桜の言ってた通りだな…。
さて…
「ねぇねぇ、ボクね、まだ行きたいところがあるんだ」
「えぇっ!?なんで、先に行っておかなかったのよ!」
「こっちこっち!」
「え?あ、あたしも?」
「あっ!待ちなさい!」
桜はユカラの手を引き、風華がそれを追いかけて。
路地の方へと入っていった。
…次は私たち。
「まったく…。何なんだ、桜のやつ…」
「むぅ…」
「葛葉、どうしたの?」
「ねむたい…」
「じゃあ、望がおんぶしてあげるね」
「ん…」
望は、フラフラの葛葉をおぶって。
…予期せぬ事態が発生。
どうするか…。
「お母さん。望、先に帰ってるね。葛葉、ちゃんと布団に寝かせてあげないと」
「あぁ、じゃあ、オレも一緒に行くよ。響、光。二人で帰られるよな?」
「…うん」「帰られる」
「夕飯までにはまだ時間があるから。ゆっくり帰ってこいよ」
「うん」「分かった」
二人の頭を軽く撫でてやり、望のあとを追う。
まさか、葛葉がここまで機転が利くとは…
「んぅ…」
「えへへ。可愛いね」
「…ああ。そうだな」
そんなわけないか。
本当に眠たかったらしい。
まあ、あれだけ遊び回ったからな。
でも、お陰で考えていたより自然に抜け出すことが出来た。
「望。先に帰っててくれるか?」
「え?なんで?」
「ちょっと用事があるんだ」
「…うん、分かった」
そして、二人の姿が見えなくなったあたりで、望と別れる。
お詫びの代わりに、昼に買った飴をひとつ、口に入れてやると、ニッコリ笑ってくれた。
…そのまま望を見送って。
葛葉を背負って歩いていく望の後ろ姿は、すっかり頼れる姉のそれになっていた。
短い間に、大きく成長したんだな。
「よし…」
手近にあった梯子を使って店の屋根の上に登る。
遠くに見えた二人の様子からすると、まだ何も話せないでいるようだった。
屋根伝いに近付いていくと、似たような影がもうひとつ。
「おい。すごく目立つぞ」
「え、嘘っ」
「…屋根の上ではな」
「もう…びっくりさせないでよ…」
「とりあえず、慎重になりすぎだろ。匍匐前進はやめろ」
「あ…うん…」
「風華とユカラは?」
「帰ったよ。あの兄妹が心配だって」
「あぁ…そういえば…」
「えぇ~。いろはねぇ、忘れてたの?」
「ああ。すっかり」
「はぁ…。まあ、今はあの二人だよ」
「そうだな」
屋根の上から少し顔を出して見てみる。
やっぱり二人は微妙な距離を保って歩いていた。
「………」
「………」
人通りがないわけではない。
前から来た人を避けたりして、距離が近付いたり離れたり。
「うぅ…。もどかしいなぁ…」
「シッ。気付かれるだろ」
「むぅ…」
それでも、もどかしいのは確かだ。
今すぐ出ていって誤解を解いてやり、仲直りさせたいところだけど、それでは意味がない。
と、そのとき
「響…」「光」
「どうしたの…?」
「光こそ」
「………。朝のこと…怒ってるよね…」
「………」
「ごめんなさい…。わたし…響に酷いこと言っちゃった…」
「ホント、そうだよ」
桜が飛び出そうとするのを止める。
「でも、わたしも光に酷いこと言った…。わたしも、光に謝りたかった…!」
「響…」
「ごめん…ごめんね…」
「うん…うん…」
…もう大丈夫だろ。
桜に目で合図を送って、その場を離れる。
二人の影は、夕日に照らされ、長く長く伸びていた。
一足先に城へ戻る。
広場ではセトが迎えてくれたが、早々に切り上げて医療室へ向かう。
「目、覚めたかな」
「さあな」
「としにぃ、ちゃんと看てたのかな」
「たぶんな」
「あの男の子、なんて名前なのかな」
「五郎左衛門虎彦麻呂乃助伊右衛門だろう」
「え、えぇ…。覚えらんないよ…」
「そんな名前なわけないだろ…」
「えぇっ!嘘なの!?」
「…気付けよ」
「むぅ~…」
そんなことを行ってる間に到着。
戸を開けて中に入る。
「あ、お帰りなさい」
「ただいま」
「どうなの?」
「夏月はまだ目が覚めないみたいだけど、顔色も良くなってるし、時間の問題だろうね。祐輔は、姉ちゃんの部屋で寝てる」
「このぬいぐるみ…」
「うん。望が買ってたぬいぐるみだよ」
「夏月のためだったんだな…」
「ユカラは?」
「自分の部屋にいると思うよ」
「分かった」
そして、桜は部屋を出ていった。
…夏月の顔を見てみると、最初とは違う、安心したような表情になっていて。
「私が帰ってきたとき、兄ちゃんが、政務をほったらかして何やってんの!って空姉ちゃんに怒られてた」
「そうか」
「そしたらね、大真面目な顔して、政務には僕は必要ないけど、この子には看病する人が必要なんだ!って。兄ちゃんらしいなぁって思った」
「ふふふ。自国の王がこんなのだって知ったら、国民はどう思うんだろうな」
「ホント、おかしな王様だよね」
「ああ」
他の医務班員に頼むという選択肢に思い至らなかったのか、政務を休みたかったのか。
そのほどは分からないけど。
でも私は、そんな人がこの国の王であることを誇りに思う。
…もちろん夫としても、だ。