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響と光はお互いに何も言わないまま、距離を開けて歩いていた。
はしゃぎ回る望と葛葉をも無視するように。
「ねぇ、お母さん。あれ、買っていい?」
「ん?」
「あの可愛いぬいぐるみ」
望が指すのは、白い虎のぬいぐるみ。
北に伝わる、護獣のお守りだった。
「小遣いをやっただろ。あれは望が自由に使っていいお金だ。それで買ってくればいい」
「うん」
懐のお金を取り出して、グッと握りしめる。
そして、店へと走っていった。
「ねーねー、葛葉もほしい~」
「どれが欲しいんだ?」
「姉ちゃん!ダメだよ!」
「何が」
「あんまり葛葉に買い与えたら!」
「おかしなものを欲しがってるわけじゃないんだから、良いじゃないか」
「それでも…ダメだよ」
「望に小遣いをやって、葛葉に何も買ってやらないのは不公平だろ」
「でも…」
「ほら。五百円やるから、この中で好きなものを買え。追加はなしだ。分かったな?」
「ごひゃくえん?」
「あの小さなぬいぐるみなら二個買えるお金だ。あっちの金平糖なら五袋。上手く組み合わせて、たくさん買うんだぞ」
「うん、わかった~」
「姉ちゃん!」
「金銭感覚を付けさせる良い機会だ。ああだこうだ教えられるより、実際にやってみる方が身に付きやすいだろ」
「そうだろうけど…」
「あまりカリカリするな。葛葉なら上手くやれるよ」
「うぅ…」
葛葉を見ると、何やら店主と話し込んでいた。
それに望も加わって…。
「ほら。上手く買えたみたいだ」
「………」
「おまけ貰った~」
「ふふ、良かったな」
「葛葉も~」
「初めてにしては上出来だな」
「えへへ」
葛葉の頭を撫でてやると、せわしなく尻尾を振って。
風華は複雑な顔をしていたけど、やっぱり嬉しそうだった。
「葛葉。ちゃんと買い物が出来て、偉かったね」
「うん!」
終わり良ければ全て良しだ。
…こっちの二人も、そうなってほしいんだけど。
「いろはねぇ!これ、美味しいよ!」
「桜は、もっと慎ましく買い物をするべきだな。いくら残ってるんだ?」
「んー、十八円」
「えぇっ!?」
「はい、風華にもあげる」
「なんで、もっと大切に使わないの!」
「良いじゃない。ケチっても仕方ないし」
そう言って、両手にいっぱい抱えたお菓子を、満足げに眺める。
…みんなに配るのかな。
とても一人で食べきれる量ではない。
「桜~…。重いよ~…」
「頑張ってね」
「頑張ってね、じゃないよ~…」
そして、哀れな犠牲者が一名。
自分の分だけでなく、桜の余剰分まで持たされているユカラ。
「桜。自分の分は自分で持て」
「もう持てないもん」
「じゃあ、ユカラが持ってる分は全部返してくるよ。ユカラ、どれが桜の分だ」
「えっと…」
「わーっ!分かった!分かったから!」
「まったく…」
慌ててユカラから荷物を受け取る。
荷物はみるみる少なくなり…ユカラの分は、飴が詰まった大きめの袋と、何かが入った小さな綺麗な袋だけになった。
「はぁ…」
「千円をどう使ったら、そんなに大量のお菓子を買えるんだ」
「んー」
「えぇっ!?それ、千円分なの!?」
「使ったのは千円だけだよ」
「へぇ…」
気になる言い方だけど、おまけしてもらったとか、そういう意味だろう。
桜は、響と光にも飴を渡して。
「………」
「………」
二人は何も言わず、飴を舐めていた。
市場の端の方に行くにつれ、人は少なくなる。
だから、通りに出て遊ぶ子供たちが増えてくる。
「あっ!狼の姉さま!」
「よう、ルウェ。元気にしてたか?」
「えへへ。昨日会ったばっかりなんだぞ」
「そうだったな」
早速飛び付いてきたルウェの頭を撫でてやる。
「ん~」
「ルウェ。この櫛なんだけど…」
「……?」
「大切なものなんじゃないの?」
「うん。すっごく大切なものなんだぞ」
「じゃあ、これ、返すね」
「なんで?」
「なんでって…」
「大切なものだから、葛葉にあげたかったの。葛葉は大切な人だから」
「昨日会ったばかりなのに?」
「えへへ。会った日の数なんて、関係ないんだぞ!」
ルウェの笑顔は、まさしく"純粋な心"だった。
「ルウェ~!おやつ~!」
「そら、みんなと遊んでこい」
「うん!」
そして、また走っていく。
響と光は、離れてはいるが、みんなと混じって遊んでいて。
…どうやら、作戦の前半は成功したようだ。
それより、桜に蟻のようにたかる子供たちが気になる。
お菓子目当てだろうが、さっきここに来たときより、明らかに数が増えていた。
「………」
「どうしたんだ?」
「会った日の数なんて、関係ない…。ルウェにとって、葛葉は大切な人…」
鼈甲の櫛を見ながら呟く。
「私、重要なことを見落としてたんだ…」
「そうだな」
「やっぱりダメだな…。何も考えないで、頭ごなしに叱ったりして…」
「今、気付けたんだから良いじゃないか。これから間違わなければ良い話だ。生きていれば、必ず間違うんだ。間違いは落ち込んだり、恥じたりするためにあるんじゃない。次、間違わないようにするためにある。成長するためにあるんだ。分かるよな?」
「うん…」
「じゃあ、ダメだとか、そんな自分を卑下するようなことは言わないでくれ」
「うん」
「ふふ、良い子だ」
「もう…」
頭をゆっくり撫でてやると、そっと身体を預けてきて。
「あっ!コイビト、みたい~!」
「こ、恋人!?」
「おねーちゃん、わたしもなでて~」
「ぼくも!」
「あー、こらこら。オレの手はふたつしかないんだからな。いっぺんに来るな」
結局はこうなるんだな。
群がってきたチビたちの相手は大変で。
でも、風華の表情はずっと良いものになっていた。